最後の生理の日で計算した予定日は5/9、初診での超音波の大きさからの予定日は5/19ー私の中では、5/9と思い続けていたが、ちょうどその頃ひどい咳で風邪をこじらせる。咳のたびに尿もれがあり不快。
5/15ー診察日。臨月に入り、内診2回目。私の中では、お腹も少し痛かったし、子宮口が2cm開いてる気持ちだったが、結果は「very thin」隙間程度とのこと。がっかり。
翌日(5/16)ー夜中よりうんちがしたい感じが何度もあり、トイレへ行く。眠れない。朝になって、昨日の内診の刺激か、ドロッとした出血がある。「おしるし?」と思い、待ってましたと少し嬉しいような気持ちになる。
5/17ー朝になり陣痛が20〜30分おきにやってくる。何も手に付かず、時計とにらめっこ。パパも仕事がひと段楽していて、昼には帰宅してきてくれた。心強いが、陣痛も遠のいたり 始まらず精神的に それがちょっとプレッシャーとなる。足踏みやスクワットのような事をやりすすめようとする。(予定日頃になると無茶もする)
この日は、近所のお世話になる日本人の方の家で、食事会&日本のテレビの『ものまね番組』のビデオ観賞会を予定していた。陣痛がきそうなので断ろうかと思ったが、「それならちょうど良いじゃない?うちで陣痛がつくまで居て アキ君をそのままおいていけば?」と家でゆっくりしたい気もあったが、夕方よりそのお宅で食事&ものまね番組を観て気を紛らわす。すごく大笑いできた。こんなに笑えたのは、こちらではそうないくらい(笑)。時々すごく痛くなるも時間は不規則。22時頃まで居たが、変化もなくとりあえず帰宅。
パパとアキが入眠。私も眠ろうと努力したが、15分〜30分おきくらいの陣痛がやってくる度に痛くて眠れない。ギリギリまで我慢と思いつつ2時頃 10分間隔になりパパをおこす。でも起こすと、とおのいたりして不思議。パパがおにぎりを作ってくれる。アキの分と3人分。(アキはよその家であまり遠慮して食べないので持たせる。)
10分間隔だったが、病院へ「5分毎に陣痛がある」といって連絡。夜間だったので、電話がうまくつながらず焦った。英語も通じにくかった。ーすぐに大学病院の病棟へきてくれと指示あり。アキを先ほどの近所のお宅へ預けるため、夜中になり申し訳ないが連絡。
3時頃 外はどしゃぶりの雨。アキは大泣き。赤ん坊が産まれるなら一緒に行くと泣叫ぶ。預ける先でも大泣きで迷惑をかけるが、なだめて病院へ急ぐ。8階にある産科へ直接行き、陣痛の様子などを伝え、後ろあきの衣類に着替える。英語が聴きずらく曖昧な返事も多かったが、パパの助けもかり、なんとか必要最低限は伝えれた。
しばらくしてレジデント(研修医)の女の人が現れ内診。最初はドクターだと思わなかった、、、。子宮口が、5〜6cm開いている。今日の担当医に連絡。あまり痛がっていないので、ナースも驚いて『Magic!!』と言っていた。私もこれならトントンといくかな?と余裕の感じになっていた。無痛分娩を体験したい気持ちがあったので、「I want to have an epidural.」と硬膜外麻酔の希望を伝える。書類を簡単に説明され、同意書にサイン。
4時30分 LDR室(陣痛、分娩、回復を1つの部屋で)ヘ移動。アメリカでは、個室が一般的のようだ。モニターがつけられ、陣痛の波が分かる。児心音は聞こえないので静かな部屋。