2005/04 沖縄 - 3日目

3日目は那覇を離れて本島中部をぐるっと一周するように走りました。 夜にはりんけんバンドのライブも組み込み、かなり盛り沢山なツアーになりました。


那覇市西のホテルからは、波の上ビーチ脇の公園、泊港(周辺の離島への船が発着する)、 那覇新都心、国道330号線というコースで宜野湾市我如古(がねこ)まで行き、 そこから裏道に入り、宜野湾市と中城村の境界付近を北進しました。 宜野湾市側が台地、中城村側が谷と山になっていて、とても眺望の良いコースです。 車の通行は少なく、風景を楽しみながらのんびりと走れました。


宜野湾市普天間からは再び国道330号線に戻り先に進みました。 その先は両側が米軍基地 「キャンプフォスター」 になるので、他に道が無いのです。 基地の間では十分な広さの歩道があるので、安心して走ることができます。 宜野湾市から北中城村に入ってすぐ、右手の丘の上に巨大な国旗が掲揚されています。 そこには海兵隊の司令部があります。


「キャンプフォスター」 を横切る途中の交差点で左折、北谷(ちゃたん)方面への県道に進みました。 その途中には米軍の消防署 CAMP FOSTER FIRE STATION があります。 消防署は基地のフェンスの中ではなく県道に面しています。 左端に鳥居が見えますが、神様が祭ってあるわけではなく、 米軍が好んで設置している日本的アクセサリーです。


北谷町ではハンビー地区にある 「かぼ天の店 なかそね」 に寄って休憩しました。 「かぼ天」 というのは南瓜の砂糖てんぷら、つまり、南瓜入りのサータアンダギーのことです。 ちゃんと南瓜の味がして、なかなか美味しいものでした。 元々は惣菜のてんぷら屋なので、普通のてんぷらもあり、揚げたての熱々を食べることができました。 ちなみに、「ハンビー地区」 というのは米軍の 「ハンビー飛行場」 跡を再開発した地区の愛称で、 「ハンビー郵便局」 なんていうのもあります。

「なかそね」 の次は昼食のために沖縄市南桃原(みなみとうばる)の 「しまぶく」 に向かいました。 この区間はこの日のコースで最も長い登りで、標高差100mほどあります。 勾配も急な箇所があり、何度か休みながら登りました。

「しまぶく」 は 「山里郵便局」 の向かいにある老舗のそば屋で、 中部ではかなり人気があるそうです。 メニューは、そばの大中、じゅうしい(炊き込み御飯)、いなり、めし、以上です。 典型的なそば屋のメニューですね。 そばは鰹出汁の良く効いた美味しいものでした。 じゅうしいは香辛料が入っているような、ちょっと変わったものでしたが、癖になる味でした。


昼食後は沖縄市の中心部を空港通り〜ゴヤ十字路〜くすの木通りと進み、 沖縄市役所の木陰で休憩しました。 市役所の建物にはカラフルな鯉幟(ただしビニール製)が万国旗のように飾り付けられていました。


沖縄市役所の東側は土地が少し低くなっていて、その境界には激坂が多くありました。 そのうちの一つを下り、うるま市(旧具志川市)方面に向かいました。 この付近の幹線道路は車の通行が多いけれども自転車で走れるような歩道は整備されていないので、 住宅街の中の細い裏道を進みました。 途中からは台地の縁を通ったので、中城湾方面の眺望が素晴らしかったです。


うるま市での目的地は宮里にある具志川名物 「やきもちやき」 の店です。 このユニークな名前の御菓子は県立中部病院のそばにある小さな、でも目立つ店で売られていました。 そのすぐ近くの県道75号線沿いには 「金晃てんぷら店」 があります。 ここは人気があって行列が絶えない店という情報でした。 私達が訪れた時も常に数人が店内にいるような状況でした。


2つのおやつを買った後は、それを食べるのに適当な場所がないか探しながら走り、 沖縄市登川(のぼりかわ)の団地の公園でおやつタイムにしました。 「やきもちやき」 は紅芋、田芋、ウコン、よもぎ、プレーンの5枚セットになっています。 餡の入った餅なので、ずっしりと重く、3人で2個だけ食べました。 餅は軟らかく、餡は甘さ控えめで、なかなか美味しいものでした。 「金晃てんぷら店」 のてんぷらはゴーヤ、紅芋、豆を食べました。 一部ちょっと揚げ過ぎな感じもしましたが、こちらも美味でした。


次に沖縄市登川の国道329号線を渡った所にある 「沖縄市農民研修センター」 内の 「ミルク工房おきなわ」 に行きました。 県産素材を使ったジェラートが食べられます。 この日はコーンではミルク味だけだったので、 私はカップ入りになっているものの中から春限定の 「桑の実」 を食べました。 ちょっと酸味があって、美味しかったです。


おやつの後は嘉手納基地の北側の県道を通って 「道の駅 かでな」 に行きました。 ここの屋上(4階)は嘉手納基地を見る絶好のポイントになっています。 土曜日だったので回数は少なかったようですが、 輸送機や戦闘機が離発着する様子を見ることができました。 戦闘機の離陸時の音は凄かったです。

「道の駅 かでな」 を後にしてからは、「嘉手納ロータリー」 を経由して、 国道58号線で読谷村方面に向かいました。 「嘉手納ロータリー」 の中は再開発のためにほとんどの建物が取り壊されていて、 以前訪れた時とは全く異なる風景になっていました。 道路はまだロータリー形式になっていましたが、近いうちに廃止されるそうです。


読谷村では、最初に 「読谷補助飛行場跡」 に向かいました。 近いうちに返還が予定されている米軍基地で、 古い滑走路を流用した道路があり、現在は自由に通行できるようになっています。 周辺では耕作が黙認されていたので、サトウキビ等の畑が広がっていて良い感じだったのですが、 返還に先だって黙認耕作が禁止され、畑というより荒野のような部分が多くなっていました。


「読谷補助飛行場」 の跡地には読谷村役場もあります。 その役場には、紅芋で有名な読谷村らしく、巨大な紅芋のオブジェが置いてありました。 何かのイベントで使ったものを、とりあえず、ここに仮置きしてあるという雰囲気でしたが、 色といい、形といい、なかなか良くできていました。


読谷村役場から5分ほど走ると 「象の檻」 と呼ばれている円形のアンテナが特徴の 「楚辺通信所」 があります。 このアンテナは写真だとあまり大きく見えないのですが、 直径200m、高さ30mほどもある巨大なものです。 ここでは周辺(アジア各国)で行われている各種の通信を傍受しているそうです。

「楚辺通信所」 の次は 「座喜味(ざきみ)城跡」 に行く予定でしたが、 時間が無くなったので、断念して帰路につきました。


「読谷補助飛行場」 のある台地から南側の坂道を下って行くと、 正面に現役の米軍基地があるのですが、その入口には立派な鳥居があります。 この基地は 「トリイステーション」 と呼ばれています。


「トリイステーション」 の脇から部分開通している国道58号線バイパスを南下、 比謝川を渡り、嘉手納漁港という経路で戻りました。 漁港の上には多くの鯉幟が泳いでいました。 ここでは、ほとんどがちゃんとした鯉幟だったようです。


漁港から海岸沿いの道をしばらく南下すると、 「海が見えるそば家」 があります。 フランス料理屋から転業したという変わったそば屋なのですが、美味しいと評判です。 名前の通り海に面した場所にあり、晴れていれば夕陽が綺麗と思い、 最後に寄ることにしていたのですが、既に閉店した後でした。 これにはがっかりしました。 しかたないので、国道58号線に出て、北谷を目指しました。


嘉手納から30分ほどで北谷町の美浜に着きました。 前回訪れた時には工事中だった高層ホテルも営業を始めていて、 さらに賑やかになったようでした。 暗くなり始めたサンセットビーチの周辺ではバーベキューをしているグループはいくつもあり、 周辺に良い匂いをまき散らしていましたが、そんな中、 私たちはビーチの正面にあるライブハウス 「カラハーイ」 に向かいました。


カラハーイ」 は 「りんけんバンド」 が本拠地にしているライブハウスです。 「りんけんバンド」 のライブは月に数回しか行われないのですが、 運良くこの日に行われることになっていたのです。 午後7時半ごろに入店したので開演までは1時間ほどでした。 その間に料理を注文して、夕食にしました。 「りんけんバンド」 のライブは混雑するので、 料理メニューが非常に限られたものになっていて、 前日に比べるとかなり寂しい内容の夕食になってしまいました。


今回は午後6時半の開場から遅れて入店したので2階席になりました。 2階席でも中央部分だとステージ全体を見渡すことができて良いのですが、 端のほうだったので、目の前に邪魔なスピーカーがあって、いまいちでした。 でも、開場時間に入ると開演までの時間が長過ぎて持て余してしまうので、 どちらを取るか、難しいところです。 ライブのほうは相変わらずサービス満点で楽しめるものでした。

ライブは午後10時ごろに終了しました。 その後は那覇のホテルまで約20Kmのナイトランになりました。 昼間と違って涼しい空気の中、のんびり1時間半ほどかけて走りました。 ホテルに帰着したのは午前0時ごろでした。 朝8時に出発したので16時間におよぶ長時間ツアーになりましたが、も無事終了しました。 盛り沢山な内容で、とても充実した1日でした。