かえるの絵本

第9話 この世の竜



(――!?)

アンジェは思わず、足を止めた。

ポカンとして、入り口に立つ。そこは自分が帰る、いつもの酒場。
けれど・・・。

「・・・・・・マスター・・・?」

うかがうように呼んでみても、返事は返ってこない。

マスターが・・・いない。お客さんもいない。
それどころか、そのお客さんたちの座る椅子が・・・・・・すべてテーブルの上に裏返され
て、乗ってしまっている。これじゃまるで、閉店の様子だ。

日が高い時間なので、明かりが灯ってなくとも、さして暗くは感じないけれど・・・。
数刻前とは、あまりに違うその風景に、アンジェは目をぱちくりさせた。

先ほどまで、彼女は図書館に行ってきた。

冒険で手に入れた、とある本を預けるために。

コロナの西に位置する山にて見つけてきたその本は、街にとっても、あるいは世界に
とっても、貴重な文献であると思われるものだった。
だから、ひととおり読んだあと、ひとまず図書館に持っていくことにしたのである。

『この世界に住まう竜』――本には、こんな題名がつけられていた。


コロナの西のレーシィ山。そこを住処としていた、古の魔法使い。
今はなきその人物が、竜について書かれた本を持っていたはずだとラドゥに教えられ、
アンジェはさっそく、仲間とともにその本を探してきた。

自分にかけられた呪いが、竜によるものであること・・・。
運命の水晶球にて、それが明かされてから、かれこれ2ヶ月。

直接的ではないにしろ、自身に関わる情報を、またひとつ手に入れたことになる。

(マスター、やっぱりいないのかなぁ・・・)

カウンターの中をのぞいてみたが、やはり姿は見当たらない。
どうしたものかと、彼女は何気なくまわりを見渡して・・・そして、ふと、視線が止まった。

ん?と一瞬目を見開いて、次には足がそちらへ動く。

カウンターのテーブルの、一番隅に「それ」はあった。壁に立て掛けて置かれている、
それは・・・・・・

竪琴。

広場でときどき会う、吟遊詩人のミーユが持っているような、あの音を奏でる竪琴だ。

なぜそんなものがここに・・・?
疑問にいくはずの思考は、しかしすぐにかき消された。
アンジェはいつのまにか、手を伸ばしていたのである。その竪琴に。

コト・・・と小さな音をたてて、それはアンジェの腕におさまった。
持ち上げるとき、いくぶん手つきがぎこちなかったとはいえ、なぜか自分は、「これ」の
持ち方に覚えがある。知っている。

それからアンジェは、一番近くのテーブルの椅子をひとつ、床に下ろして座った。

・・・彼女は普段、もとある物を勝手に動かすようなことは、しないはずなのだが。

ポロン・・・。

ゆっくりと触れた指が、弦を弾く。

ポロ・・・ロン・・・。

音の余韻が、全身に響く。

なぜだろう・・・。
うれしい・・・。
自分の指が、音を奏でている。
心の中の音階が、いまここに、生み出されていく・・・!

アンジェは、今度は何か、もっと長い旋律を弾いてみたくて、とぎれとぎれに触れていた
弦から一度、指を離した。そして、目を瞑る。

彼女の脳裏には、そのとき、先ほどまで持っていたあの本についてが、現れてきた。

・・・・・・この世界には、三種類の竜が存在する・・・・・・。

食い入るように読んだ文章。

・・・・・・赤き竜・・・・・・青き竜・・・・・・白き竜・・・・・・。

あるだけの想像力をふくらませて思い浮かべた、呪いの主・・・竜の群像。

アンジェの瞳に、光が灯る。

指が再び、弦に向かい、今度は正確に音階を追う。

そしてアンジェは、口をひらいた。


カウンターの奥にある、厨房の裏口から入ってきたマスターは、重い荷物を運んだあと
の、じわりとかいた汗を拭いながら、それを耳に聞き入れた。


闇なす炎  赤き竜  しあわせのいろ  切り裂いて

業火のなかで  ふるう爪  民は恐れし  かの者を


琴の音にのって、心地の良い歌声が店の中に響いている。
少しばかり、寂しげな印象のメロディ。しかしながら、あたたかく感じる歌声。

その歌声の主を見て、マスターは思わず、自分の目を疑った。

短い間奏をいれて、アンジェが再び、声を発する。


清き流れに  青き竜  優しさそなえ  友となり

絆の深さ  つなぐ水  大切なもの  守るため


まるで、親が子に歌ってきかせるような・・・穏やかで、優しくて、そしてどこか懐かしい、
そんな歌。そんな旋律。

一瞬、目を疑ったとはいえ、マスターはその歌声に納得した。

そう。
この声は、アンジェの声だ。


光まといし  白き竜  神々しきは  その姿

聖なる未来へ  導く者  瞳に映す  時来たる


竪琴が、歌の終わりを告げる後奏を奏でた。

細い指が、しだいに速さを落として、音階を弾く。

最後の一音が、余韻となってその場に残り、アンジェはまた瞼を閉じそうになる。

――静寂。

・・・・・・・・・。

・・・・・・パチパチパチパチ・・・・・・。

その音で、アンジェはハッと我に返った。

びっくりして振り向くと、なんとそこには、カウンターのいつもの位置に立っている、マス
ターの姿があるではないか。しかも、手をたたいている。

「アンジェ、おまえ・・・すごいな!!」

興奮したような拍手を一度止めて、マスターはカウンターから足早にこちらへ出てきた。

「いやー、驚いたぜ。まさか、おまえがなぁ! 楽器なんて、いつ習ったんだ? ああ、
いや、それより、おまえさんの歌声・・・! 良〜い声してるじゃないか!!」

「マ、マスター・・・」

なんだかとても喜んでいるマスターの様子に、アンジェも困ったような笑みを浮かべて、
顔を見上げた。そして・・・

「あっ・・・!!」大事なことを思い出す。

「マスター、これっ・・・ご、ごめんなさい!!」
焦ったように椅子から立ち上がり、いつのまにか腕に馴染んでしまっている竪琴に気づ
いて、彼女は少々青ざめる。
「そこに置いてあったの・・・私、勝手に・・・。・・・あっ、やだっ、椅子まで・・・っ!!」

すべてテーブルの上にあるものが、ひとつだけ自分の後ろに下りている。

彼女はいよいよパニックになって、「とっ、とにかくお返しします!!」と、手にあるもの
を、マスターへと押しつけた。

だが。

マスターはそれを、受け取らない。
逆に、アンジェのほうへ押し戻すように手を伸ばし、そして笑いながらこう言った。

「気に入ったんなら、これ、おまえにやるぞ?」

目と口をまん丸く開いて、この上ない驚きを表しているアンジェに、マスターは、渦中の
それ――謎の竪琴についてのいきさつを、手短に話してくれた。

「もともと、誰かにやろうと思ってそこに置いといたんだよ。物置整理してたらな、それが
出てきて・・・」

マスターは、顎に手をあて、天井を見上げる。

「いつだったかなぁ・・・かなり昔の話なんだが、うちの酒場で歌ってた旅の吟遊詩人が、
この街で滞在してる途中に新しい楽器が手に入ったとかで、それまで使っていたそいつ
を、ここに置いていったんだよ。お世話になったお礼に・・・ってな」

いま、自分のもとにあるその竪琴を、アンジェはあらためて見つめた。

「・・・とはいっても、オレは楽器なんて扱えないし、さっき物置で見つけちまってなぁ・・・
店に飾る場所を作るか、でもなければ、今度ミーユのやつでも来たときに、渡してやろう
と思ってたんだ。だから・・・」

それから、少女の肩を、ポンとたたく。「おまえにやるよ! いや、ぜひ使ってくれ」

正直いえば、その申し出は、アンジェにとって願ってもないものではあるのだが・・・。

「でも・・・」やはりアンジェは、遠慮してしまう。「だったら、やっぱりミーユさんにあげた
ほうがいいんじゃ・・・」

そうして返ってくる答えが、なんとなくわかっていたマスターは、さらに力強く続けた。

「よし、ならこうしよう! おまえこれから、そいつを使って店で歌ってくれ。おまえのその
歌声・・・隠しておくにはもったいないからな! みんなも喜ぶだろうし・・・なっ、頼むぜ、
アンジェ!!」

「ええっ!? そんな・・・でも私、歌、知らないし・・・」

そうなのだ。
実は、さっきまで自分が歌っていたあの歌でさえ、何だったのかわからないでいる。

「ああ、それなら大丈夫だ」
マスターは、そんなアンジェの不安を消すように、答えを出した。

「楽譜っつったか・・・あれがあれば、おまえにも歌えるさ。街でも売ってるだろうし、確か
うちにもあったんじゃないかな・・・客の好む歌の入ったやつが・・・・・・と!」

すると何かを思いだしたかのように、マスターはいきなり声色を変えた。

「そういや、オレは大掃除の途中だったんだ! アンジェ、ちょうどよかったぜ。探しつい
でに手伝ってくれ!」

この時期に大掃除というのもなんだが・・・マスターは「思い立ったら即実行」な人である
らしい・・・。

とにかく。

それからアンジェは、酒場でときどき、自らの歌声を披露することになった。

ときには、客の歌に合わせて、竪琴による伴奏をつけてあげたり・・・と。

マスターの用意してくれた譜面が、初めて見てもスラスラ読めてしまうのは、きっと彼女
の失われた記憶の中に、「音楽」というものが、密接に関わってくるからなのであろう。

歌や楽器を奏でているとき、アンジェは心から楽しく、穏やかになれた。

それと同時に、何か、身体の底から熱いチカラが湧いてくるような・・・そんな気さえして
いたのである。


賢者ラドゥは言った。

「この世界には、三種の竜がいるようだが、おまえの呪いに関係ある竜は、赤き竜の
ようじゃ」

人の生きる道を、正しく見据えることのできるこの賢き者は、少女にかけられた呪いの
元を、瞬時に識別したのである。

そして、かの古の文献は、赤き竜について、こう記している。


赤き竜は、破壊の化身。その力は強大である。

――力には力で対抗すべし――。


第10話につづく


「竜のうた」・・・作詞・作曲yumiでお送りしました。(爆笑)

というわけで、この主人公アンジェさん、職業は「吟遊詩人」であります、ハイ!
今回の話は、吟遊詩人の仕事の「弾き語り」のアニメーション(?)をイメージしてもらえばいいかな〜と。
・・・ですが。細かい設定を申し上げさせて頂きますとですね(何だこの口調(^^;)、彼女は正確には「吟遊詩人」ではありません。
ゲームの職業上「吟遊詩人」である・・・といったところで。ま、このへんの詳しいところは、いずれ話の中で明かしたいと思います。

さてと、次回からまた、ゲーム内容追ってく話か・・・。今回ほぼオリジナルで、自分的にとっても楽しかったりして・・・(笑)

次回、第10話「悪者を追って」。ラケル登場クエストですな。ふむ。

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