かえるの絵本

第10話 悪者を追って



「あら。いらっしゃい、アンジェ」

? 何かしら、あれ。

「こんにちは、ユーン。今日はね、お仕事の途中なの」

大きな青い袋・・・。

「この荷物を届けに行くところなんだけど・・・」

その、抱えた袋を一度地面におろしながら、アンジェはこう続けたの。

「ねぇユーン。『ラケル』さんって人・・・知らない?」

「・・・ラケル? ええ、知ってるけど、どうしてアンジェが、ラケルのことを探してるの?」

夏が本格的に顔を見せ始めた、7月の半ば。
こうして、わたしたちの長い一日が始まったのよ――。


ラケルは、わたしにとっては、弟のような存在。

そのラケル宛の荷物が、街の倉庫に間違って届いていたとのことで、アンジェはその
配送の仕事を引き受けたのだそうなの。

宛先が、エルフの村の近くの森となっていたから、まずはわたしのところに寄ってくれ
た・・・ということなのね。

「ラケルなら、ここからすぐの森に住んでるわよ。・・・でも、昔のわたしみたいに、人間
を嫌ってるの・・・」

人間のお父さんと、エルフのお母さんとの間に生まれたラケルは、そのせいでずいぶ
んとイヤな思いをしてきたようでね・・・彼は、森に住む動物たちだけにしか、心を開か
ないようになってしまったの。

両親を亡くしてひとりぼっちだったわたしは、そんなラケルを家族のように気にかける
ようになったわ。そのおかげか、どうやらラケルも、わたしにだけは心を許し、いろいろ
と話をしてくれるようにもなってきたのよ。

だからこそ・・・。今となっては、ちょっとフクザツ・・・なんだけど、ね。

「アンジェ、荷物重くない? わたし持とうか?」

「ううん、ありがとう。大丈夫だよ。ラケルさんの家も、もうすぐなんだよね」

街で暮らす、人間・・・のアンジェ。
そんな人間たちを嫌っていた・・・以前の、わたし。

・・・・・・人間なんて、信じちゃだめよ・・・・・・!

何度も繰り返し聞かせたその言葉に、ラケルはいつも、大きくうなずいていたわ。
彼の人間嫌いを強くしてしまったのは、他でもない・・・・・・このわたしなのよ。

・・・でも。もしかしたら、ラケルも変われるかもしれない。このアンジェに会えば。
そう、わたしのように。きっと――。

それにしても。

森を進みながら、お互いにいろいろとあった出来事を話したりしていたんだけど・・・。
こんなに楽しくおしゃべりしながら歩いたのは、結構ひさしぶりかもしれないわ。
(可哀想に、今は記憶をなくしてしまっているアンジェだけれど、本来の姿もたぶん、
わたしと同じ年くらいの女の子なんじゃないかしら・・・って思うのよね)

普段はシンとした森だから、わたしたちの(言いたくないけど)甲高い声が、辺りに響き
渡っていたんでしょう。それで・・・・・・。

ドンッ――。

不意に鈍い音がして、次の瞬間、アンジェが前に転んだの。

「アンジェ!?」

そして目の前には、いつのまにか数人の男たちが立っていて・・・・・・なんと、その中の
一人が、アンジェの持っていたあの青い袋を、手にしているじゃない!

「たいそうな荷物を持ってるじゃねえか! こいつをちょっといただいてくぜ!」

「ちょっと、あんたたち」おそらく後ろからぶつかるように荷物を奪われて、倒れたアン
ジェに手を貸しながら、わたしはそいつらを睨みつけて言ったわ。
「ラケルの荷物を、どうするつもりよ!!」

男たちは、ニヤリと嫌な笑みを浮かべ、くるりと背を向けて、

「オレたちに会ったのが運のツキだって、あきらめるんだな!」

そう言い残して、森の奥へと消えていってしまったのよ。

困ったわ・・・。
荷物を盗られてしまったこともそうだけれど、それ以上に・・・・・・。

「アンジェ、とりあえず、わたしからラケルに事情を説明してみるわ」

真っ青な表情のアンジェは、それでも辛そうに笑みを返して、うなずいたわ。
思いもかけないハプニングに見舞われたわたしたちは、それから無言で、その場を
あとにしたの。

これから会いに行く人物の反応を、脳裏に思い浮かべながら・・・。


「ぼくに荷物・・・? それで、その荷物はどうしたのさ?」

翠の瞳は斜めを向いて、アンジェの姿をうつしていない。
まるですべてを拒むような口調・・・・・・思っていたとおりだわ。

そんなラケルへ、アンジェもおそるおそる、さっきの出来事を説明したのだけれど。

「・・・・・・。だから人間って信じられないよ。ウソをつくなら、もっと上手についたら?」

「う、うそじゃなっ・・・」

「荷物、なくしたんだろ? もういいよ。帰りなよ」

そうして、完全に背を向けてしまったの。

「ラケル。アンジェの言ってることは、本当なのよ」

わたしが仲介すれば、話くらいは聞いてくれると思ったんだけど・・・。

「・・・ユーン。悪いけど、動物たちにエサをやりに行く時間なんだ。今度来るときは、
ひとりで来てよね」

・・・やっぱり、駄目だったわ。

テーブルに置かれた小袋を無造作に掴んで、ラケルは逃げるように、部屋を出ていっ
ちゃった・・・。

「ごめんね、アンジェ。ラケルって、知らない人には、いつもああなの・・・」

ため息をつきながら、顔を見合わせた、そのとき――。

「うわああああっ!!」

扉の外で、ラケルの声が響いたの!
急いで出ていったわたしたちが見たものは・・・・・・。

「おい、おまえたち! この森は人間が来るところじゃない! さっさと帰れ!」

ラケルが怒鳴ってる相手、あれは・・・!
と、その手のナイフが、いきなりラケルを襲ったのよ!

「ラケル!!」

「・・・おまえら、さっきの。あの荷物、いったいなんだよ。金目のモン、全然入ってねえ
じゃねえか。しかたねえから、あとでたき火にでも使ってやるぜ!」

「なっ・・・」左腕を押さえながら、ラケルは立ち上がったわ。「この森でたき火だなんて、
森中に火がまわって、大変なことになるよ。人間は人間の住んでるところで、勝手に
すればいいだろ。森や動物たちを、まきぞえにしないでくれよ」

それを聞いた盗賊は、またあの嫌な笑みを浮かべたのよ。

「へえ・・・タイヘンねぇ・・・。あいにくオレたちは、『タイヘン』なことをすんのが、大好き
なんだ。こんな森、メチャメチャにしてやるぜ!」

「待て!!」

ラケルの叫びも通じず、男たちは、高笑いのまま走り去っていってしまった。

「わたしたち、あいつらに荷物を奪われちゃったのよ」
立ち尽くすラケルに、わたしは声をかけたの。・・・けれど。

「ふーん、どうだか・・・! 荷物をなくしちゃったから、あの悪者たちのせいにしてるん
じゃないの!?」

「・・・違う!!」

割って入ったのは・・・意外にもアンジェだった。

「な、なんだよ。・・・もしそれが本当なら、ぼくといっしょに、あいつらを追いかけてよ!
このままじゃきっと、あいつらに森がめちゃくちゃにされちゃう」

「うん! もちろんだよ」応えたアンジェの眼差しは、いつもより力強く見えたわ。

「でも、その前に・・・」

そう言うと、アンジェは腰の布袋から、何かを取り出したの。

「腕のキズ・・・薬草、巻いとこう。血、止めなきゃ。ね」


(ひどい・・・・・・)

森の中には、無差別に切りつけられた動物たちの、痛々しい姿があったわ。

「なんてヤツらだ・・・。こんなふうに、動物をキズつけるなんて・・・・・・」

ラケルの悲痛な声。
怒りではない――悲しみの言葉。

わたしたちは、森に生えた薬草で動物たちを助けながら、先を急いだわ。
でも心配になって、出口に続くこの小径から外れた場所も、念のため調べてみたの。

そしたら案の定。森のあちこちで、動物たちがケガを負わされてた。
こんなに森中の動物を傷つけるだなんて・・・あいつら、本当にひどすぎるわ!!

かなりの時間がかかったけれど、どうにか全ての動物たちを助けることができたわた
したちは、森の出口へと向かった。
そして、そこに、やつらがいたの。
あの、げすな宣言どおり、燃えさかるたき火を囲んで・・・ね。

「おい、おまえたち! その火をすぐに消せ!」

「なんでそんなこと、おまえに指図されなきゃならねえんだ!」

睨みあう両者。
けれど、向こうはさらに、卑劣な手に出たのよ。
「そんなに、この荷物が大切なのかよ! だったら、こうしてやるぜ!」

アンジェから奪った、あのラケル宛の青い袋を、盗賊のひとりが高く持ち上げ・・・・・・
そして、こともあろうに、目の前で燃える炎の中へ――。

「これでもう、気にならないだろ!」

「なっ・・・」

なんてことを!!

許せない・・・許せないわ・・・。
アンジェもラケルも、きっとそう思っているはず!

「・・・森をいたずらに荒らして、他人のものを、平気で盗んで・・・」
ラケルが肩を震わせる。
「おまえたちは、人間の中でも、一番のクズだ!!」

「・・・・・・なんだと!!」

男たちが、一斉にナイフを抜いたわ。
まずはわたしの放った衝波を、やつらはかろうじて避け、そのまま飛びかかってくる。

それから、わたしたちは、三手にわかれて戦った。

相手は、動きさえ素早いけれど、腕自体は大したことない。
繰り出すナイフに気をつければ、すぐにスキを見つけることができたわ。

アンジェもラケルも、同じようにして片付けてた。
男たちは情けなくその場にへたりこみ、戦いは終わったようにみえた――そのとき。

(ラケル・・・!?)

盗賊のひとりの前で、ラケルが弓をつがえていたのよ。

「・・・許さない。絶対に許さない・・・」

「ラケル! だめ!!」

気持ちはわかるけど、それ以上は・・・!
そんなことをしたら、あなたが・・・・・・!!

「ぐっ・・・」

鋭く光る矢に迫られ、男は冷や汗まじりの声を出した。
けれど、ラケルがなかなか矢を放たないのを見て、その汗が一瞬ひいたのよ。

「へっ・・・へへへ・・・」上擦った笑いとともに、男は自分を指さしたわ。「ホラ・・・やって
みろよ・・・? 心臓か? それともアタマか? えぇっ!!」

「・・・くっ・・・」ラケルの・・・弓を持つ手が震えてる・・・。・・・と。

「このクソガキがーっ!!」

突然、男が立ち上がり、ラケルを突き飛ばしたの!

「さっきから、エラソーなことぬかしやがって! ガキのくせによ!! しかもおまえ、
ハーフエルフだろっ!? 人間か、エルフか、はっきりしろってんだ! この中途半端
ヤローが!!」

な・・・なんてこと言うの!?

「・・・ちゅうと・・・はんぱ・・・」

「ラケル!」わたしは、ラケルの肩を抱きしめたわ。「気にしちゃだめ! あんなやつの
言葉なんか・・・気にしちゃだめよ!!」

「・・・ぼくは・・・・・・」

「ああ、そうだっ。おまえは何をしたって、ハンパなん・・・・・・・・・」

あ・・・。

男の喉元で、キラリと短剣が光った。

「それ以上言うなら・・・私が許さない」

低い声。厳しい声。アンジェ――。

「ラケル」そのまま、今度は一転していつもの穏やかな口調で、アンジェは言ったわ。

「ラケルは、中途半端なんかじゃないよ。森や動物たちを思うラケルの心は、誰よりも
強くて、大きなものなんだから。だから・・・」

振り向いたアンジェ。包み込むような、優しい笑顔。「自信、もっていいんだよ」

「・・・な・・・なんなんだ、おまえは!?」剣を突きつけられているというのに、盗賊には
ぜんぜん反省の色がないわ。「荷物を盗られたまぬけのくせに・・・!!」

「・・・そう。それも許せない」

そしてアンジェは、言いながら片方の手に、魔法の炎を出現させたの。

「ラケルに届くはずだった荷物を・・・。ラケルが受け取るはずだった、誰かの心を・・・
あなたは燃やしてしまった・・・。だから・・・同じ目にあって・・・反省して」

「――ひぃぃぃぃっ!!」

「ボスッ、そ、そいつマジだぜ!! も、燃やされちまう!!」

「わわわ、わかってるッ!! に、荷物・・・! 荷物、燃やしてなんかいませんって!
おい、おまえら!!」

・・・えっ? 燃やしてない・・・ですって!?
すると、他の盗賊たちが、岩かげからあの青い袋を運んできたのよ。

それを見て、アンジェは男から武器を離し、手のひらの炎を消したの。

「いやー、いやー、どうもおさわがせしました」
引きつった笑いを浮かべて、男たちが後ずさりをしていくわ。

「あの、さっき燃やした荷物、ウソモンです。おあずかりした本物は、ここ、おいとき
ますんで。・・・・・・ってことで、逃げろ!」

・・・・・・・・・。

短剣を鞘にしまって、アンジェが青い袋を持ってきた。

「はい!ラケル。・・・なんかいろいろあったけど、荷物、これで届けたからね!」

「・・・アンジェ・・・」

その声を聞いて、わたしはすぐに気付いたわ。

ああ、きっとラケルもわかってくれたんだ・・・・・・ってね。


人間であるラケルのお父さんは、一年ほど前から冒険に出たっきり、戻ってこないの
だそうなの。

そして、ラケルのお母さんは、このところずっと重い病気にかかっていて、エルフの村
に運ばれてる。

家族を置いて旅立ってしまった、いちばん身近な「人間」であるお父さんを憎むことで、
ラケルの人間への不信感は、ますます高まってしまったというわけなのね。

でも――。

「そういえば、アンジェが持ってきた荷物、中身は何だったの?」

小屋に戻り、袋を開けると・・・中から、ツーンとした草の匂いが漂ったの。

「・・・・・・父さんだ・・・・・・」

一緒に入っていた手紙を目にして、ラケルが小さく呟いたわ・・・。

我が子、ラケルへ。
もう、ずいぶんと会っていないが、元気にしているか?

ずっと家を留守にしている私を、おまえはうらんでいるかもしれないな。だが・・・
母さんの病気にきくという、まぼろしの薬草があることを知り、矢も盾もたまらず、
旅立ってしまった。あちこちを旅したが、ようやく、その薬草がしげっている山を見つけ
たよ。この薬草を飲みつづければ、母さんの病気は、必ずよくなるそうだ。
こちらから、月に一度送るから、母さんに飲ませてあげておくれ。
母さんのことを、たのんだぞ。 ・・・・・・父

「父さん・・・。父さんは、母さんのために、薬をとりに行っていたんだ・・・・・・!」

「よかったわね、ラケル。お母さまは、この薬草できっと元気になるわ!」

「・・・うん、ぼく、すぐに届けに行かなきゃ!」

言うやいなや、薬草を小袋につめて、ラケルは扉へと走ったの。
そして、くるりと振り返った。

「・・・アンジェ。本当にありがとう。アンジェのおかげだよ」

アンジェが返した柔らかな微笑みは、そうして誰の心をも、暖かくしてくれるのよね。

帰り道。
初めて会った日のように、暮れ始めの森を歩くわたしたち。

「それにしても・・・。ふふっ、ちょっと驚いちゃったわ。さっきのアンジェ」

さっきの・・・というのは、もちろん・・・。

「・・・・・・うん」
なんだかアンジェは、自分自身でもわかっていないような、そんな表情をしているわ。

「でも・・・許せなかったの・・・。誰かに痛い思いや、悲しい思いをさせた人を見てると、
・・・こらしめなきゃいけないな・・・って・・・・・・」

――たぶん。
それがあなたの、本当の姿なんだわ。

そんな、素敵なアンジェを取り戻すためにも・・・わたしはこれからも、精一杯チカラに
なりたい・・・って思うのよ。

それは、わたしだけじゃなく・・・・・・ラケルもきっと、ね。


第11話につづく


ってゆうか、アンジェさんの正体って、必殺仕置人・・・!?(爆死)
ああ、今回もまた長くなってしまいましたね。冒頭でユーンが「長い一日」っていってるけど。

盗賊ノラ犬団、なんだかすっごい悪者にしちゃいましたよ。いや・・・ファンの方すいません。
私のかえほん小説って、なんか毛色ヘンですよね(^^;;; もっとほのぼのしようよって感じです。
主人公がどんどん少年マンガ風になってるよーな・・・(筆者@ジャンプ系大好き)
・・・と、愚痴ってもしょうがないので、ラケルのクエストについてちょっと書いてみますが、
そういえば私、この冒険、ユーン以外で連れてったことないですよ。4周とも、全部この展開。皆さんはいかがですか?

竜を追う彼女。そして、かつての勇者の思い出。役者は出揃った――! 次回、第11話「女剣士」。

・・・あ、そうです。レラのクエストは1周目受けてないので・・・省略です。(容赦ナシ!(殴))

目次にもどる    トップにもどる


☆ 掲示板 ☆
ご感想フォーム