かえるの絵本

第8話 人間だめし



昼休みをつげるチャイムが鳴った。

講義室から出てきたマーロは、ホールの受付にとある人影を見つけて歩み寄る。

「なんだ。今日はここで仕事だったのか」

職員用のローブを身につけて、アンジェは手元の書類をそろえていた。

「うん、午前中だけ。だからこれでおしまい・・・っと」

ここ、魔法学院には、普段はナヴィという受付嬢がいるのだが、彼女が急用の場合や休
暇をとるときには、このように冒険者を雇うこともあるのである。

「ふーん。・・・・・・じゃあ、午後はヒマなんだ」

いくぶんの憶測をかねて、マーロは言った。今日の授業は午前中のみなので、「午後が
ヒマ」なのは、実は自分自身のことであったりもする。目の前の少女も、きっと同じだ・・・
だったら・・・・・・。

けれど、アンジェの首は縦には振られなかった。予想に反した反応を受けて、一瞬、不機
嫌な表情を浮かべかけたマーロだったが、アンジェの答えには、まだ続きがあった。

「実はね・・・これ・・・」

そう言って、アンジェは1枚の紙を取り出した。
それは、酒場に入った依頼の用紙だ。
『宝石をさがして』と、中身にはある。午後の予定が決まった。


行政地区にある高級酒場の女主人、サラ。

今回の依頼主である彼女は、慣れないその場の雰囲気に緊張している冒険者を迎え、
その緊張をときほぐすかのように、依頼の詳細を優しく伝える。

「実は、この間なくしちゃった宝石を探してきてほしいの。エルフの村の近くに落としたの
は確かなんだけど、場所が思い出せなくて・・・。悪いけど、エルフの村まで行って、その
宝石が落ちてなかったか、探してきてくれない?」

それから、こう続いた。

「あっ、そうそう。今回の依頼は、できればあなたたち二人までで行ってほしいの。エルフ
は人間をよく思っていないわ。大勢で行けば、きっとイヤがると思うから・・・」

――そんなわけで、アンジェは今、マーロとともに森の中を歩いている。

「・・・ごめんね。なんだかムリヤリ誘っちゃったみたいで・・・」

申し訳なさそうにアンジェが言うので、思わずマーロは、逆に微笑み返してしまったり。

「別に・・・かまわないさ。どうせ付き合うつもりだったし」

エルフについては悪い印象はないが、サラも言っていたとおり、彼らが人間を好んでいな
いのは確かだ。落とし物を探すのに、ある程度の交渉が必要だとしたら、アンジェには
おれが必要になるだろう・・・と。

まあ、同行した理由は単にそれだけではないのだが。

記憶をなくした少女のために、エルフに関するいろいろな知識などを話しているうちに、
森がひらけて、目的の村落に辿り着いた。

木々と同化したような質素な家々が、ポツリポツリと建っている。
その中心に、二人が思わず目を見開いてしまうほどの、それは大きなハスの花が咲いて
いた。そして、この美しい花こそが、このエルフの村の長・フェーンの居場所なのである。

「まあ、人間がこの村を訪れるなんて、何年ぶりでしょう」

母性を感じさせる穏やかな微笑みとともに、フェーンは、水面に浮かぶハスの葉を渡って
やってきた、二人の若き人間を迎え入れた。

「それで、この村には、何かご用事でいらっしゃったのですか?」
そう尋ねられて、アンジェは待ってましたとばかりに『探しもの』についてを話した。

フェーンは、しばらく何かを思い出すかのように考え事をしていたが、優しい眼差しに憂
いが浮かぶと同時に、思考の結果を口にした。つまりは、心当たりがない――のだと。

二人は、とりあえずお礼を述べて、その場を離れた。それから、村にいる他のエルフたち
に同様の質問をすることで、ひとつの手がかりをつかんだのである。

「・・・宝石? そういえば、ユーンが、そんなものを拾ったとか話していたわね・・・」

アンジェの顔が、ぱぁっと明るくなった。だが、エルフの女性は、苦い顔で付け加える。

「でも、彼女はねぇ・・・」

女性はそれ以上は口にしなかったが、瞬時にマーロは、ことの次第を察知した。

「なにかわかりましたか? えっ、ユーンの居場所・・・ですか? ユーンでしたら、この村
の外れから行ける森におります」

再びフェーンのもとへ戻り、手に入れた情報を伝えると、温和な物腰の長は、まさにマー
ロが思った通りの反応を口にしたのだった。

「・・・ですが、ユーンは人間のことを、あまりよく思っておりません。あなたがたが会いに
行ったとしても、望み通りになるとは限りませんよ。それでも、行かれるのですか?」


村落から少し離れた、さらに深い緑の場所。
案内をかってでてくれたフェーンに連れられ、アンジェとマーロは、噂の当人と対面した。

「フェーン様、なにかご用でしょうか? それに・・・・・・」

森の少女は、すぐさま二人の「異邦者」に目を運んだ。美しく、澄んだ瞳。だが、そこに
秘められた意志は・・・・・・。

「ユーン、実は、この方々が何か落とし物を探されているそうで・・・。あなたは最近、何か
を拾ったそうですね?」

「落とし物ですか・・・」ユーンと呼ばれた少女は、やはり心当たりがあるようで、家の中か
ら何かを手にし、長の元へと差し出した。「フェーン様、お探しのものはこれですか?」

フェーンにうながされて、二人は、少女の持つそれを確認させてもらった。細めの指輪で
赤い小ぶりの石がついている。間違いない、サラの言っていた代物だ――。

「どうやら、お探しの物のようですね。ユーン、聞いての通りです。この宝石を、この方々
に返してあげたいのですが、よろしいですか?」

エルフの長が、許可を求める。・・・だが、少女はふいに表情を硬くさせ、無言で視線を
斜めにずらした。

「・・・ユーン?」
声低めにうかがうフェーンの隣で、アンジェもまた、不安げな表情を浮かべていた。その
とき、ユーンは何かを決心したように、強い眼差しで顔を上げ、そして言ったのである。
「そこの人間さん。その宝石を返してあげるかわりに、ちょっと頼みがあるんだけど・・・」

えっ・・・と一瞬目を丸くしながらも、二人の人間は、しっかりと耳を傾けていた。

「わたし、これから、この森の木にあげる肥料を『妖精の森』まで取りに行くの。それを手
伝ってくれたら、この宝石は返してあげるわ。どう?」

(交換条件・・・ってわけか)心の中で、マーロは低くつぶやいた。
だが、「どうするんだ?」と聞こうとして、傍らの少女に視線を向けると・・・そこには安堵
にも似た、やわらかな表情があったのである。

「はい!手伝います」アンジェはこくりとうなずいて言った。「・・・あ。マーロ・・・いい? もし
イヤだったら・・・その・・・私だけでもお手伝いしていくから・・・」

「おれも行くよ」アンジェの心配をさえぎるかのごとく、マーロは早々に返答する。「依頼は
きっちりこなしたいしな。それに・・・」

あんたを一人で置いていけるわけないだろ、と言いかけて、彼はとっさに口を止めた。

「本当に、手伝ってくれるの?」エルフの少女が、再び問う。

「ああ、そう言っただろ。・・・で、その森は、どこにあるんだよ」
「なにか持っていく道具とか、ありますか?」

そんな二人の人間を見て、今度はユーンが、目を丸くしていた。
あまりにも快く引き受けられ、すぐにも出発できる意気込みでいる。それは彼女にとって
「想像外」の出来事だったのだ。良い意味で、予想を裏切られた・・・そんな感じ。

「わかったわ。それじゃ、早速出発しましょう。わたしについて来てね」

それでも毅然とした態度を崩さず、ユーンは歩き出した。アンジェとマーロも、あとに続く。

「お二人とも、ユーンをお願いします・・・・・・」
三人の若者を見送りながら、エルフの長は、小さく祈りをのべていた。


――妖精の森・・・か。

代々の魔術士の血をひくマーロには、この場所の神秘さが人並み以上に感じられた。
光を受ける木の葉、枝、地に生える草花からも、微量の魔力が発せられているような・・・
そんな気さえしてくる。

「肥料の材料になるのは、『ゾウノ実』、『ニンフの花』と、『イカリ草』の三つよ。肥料の材
料とそっくりな形をした偽物もあるから、気をつけてね」

三種類の植物について、ユーンが特徴をまじえて説明する。

「それから、この森に住む妖精は、すっごくイタズラ好きでね。よくみんなを困らせるの。
だから、妖精たちに会ったら注意してね。わかった?」

「は〜い!」

なんだかんだいって世話好きな姉と、無知で純粋な妹が目の前で会話しているのを見て
いるようで、マーロは密かに口元を緩ませていた。とにかく、妖精については、この森で
なくても、ある程度は気をつけるべき存在・・・。冒険者としては、当然のことだった。

・・・だが。
清らかな空気に深呼吸しながら、歩みを進めていたアンジェは、耳に入った愛らしい声に
呼ばれて、木々の隙間へと姿を消していってしまったのである。

「!? おい、アンジェ・・・!」
気付いたマーロがユーンを引き止め、あとを追ったが、時すでに遅し。

そこにあったのは、ポカンとして立ちすくんでいるアンジェの後ろ姿と・・・中身が空っぽの
宝箱であった。

「お金・・・渡しちゃったのね?」ユーンの問いに、アンジェが無言で小さくうなずく。「もう!
だから言ったじゃない!」

きっと妖精にこの宝箱を見せられて、「ものすごいお宝が入っている」とかなんとか、言わ
れたのだろう。そして、開けるために金貨を要求する。騙しの手口の、初歩の初歩だ。

「まあ、次からは気を付けろよな」

いつになくシュンとしてしまったアンジェの肩に軽く手を置き、マーロは声をかけた。

普段の自分なら、こんな鈍くさい相手を前に、フォローの言葉などかけないはずであった
のに・・・・・・。自分のなかの変化に多少のとまどいを覚えながらも、同時に感じる心地
良さを、彼は素直に認めていた。――少なくとも、今の自分の行動で、目の前の少女は
微笑みを取り戻したのだから。

しかし・・・。アンジェはまた、やってしまった。

「確かこのあたりの木のどれかに、材料のひとつがあったはずなの。調べてみましょう」

小道を抜けて、少し広い場所に出た三人は、そこに生える低めの広葉樹に注目した。

一本ずつ別れて調べることにして、アンジェも目についた樹木に近付き、幹に手を触れ、
上を見上げたそのとき・・・何かがコツンと顔に当たって、地面に落ちた。
まだ熟れかけで青みを残している、木の実である。

「あ〜っ!!」
アンジェがそれを拾うのと同時に、甲高い声が耳に届いた。
「それ、私が取ろうと思ってたのにぃ〜。ねぇ〜、お願い、その『トラノ実』をゆずって〜」

(えっ、トラノ実・・・!?)
勢いよく飛んできた妖精のその言葉に、アンジェは思わず驚いて木の実に目をやった。

「代わりにこの『ゾウノ実』をあげるからさぁ〜」

「ゾウノ実・・・」頭のメモを確認して、材料の名前を思い出す。
そう、探していたのは「ゾウノ実」だ。それじゃ・・・取りかえてもらおう!
手にある木の実を妖精に差しだそうとした、そのとき――。

「ダメよ!!」高く厳しい声があがった。「悪いけど、その申し出はお断りさせてもらうわ」

「う〜、けちぃ〜。けちけちけち〜」
ぼけ〜とした人間を押しのけて前に立ったエルフの少女に向かい、妖精は駄々っ子の
ように羽根をばたつかせた。そして、駄々をこねれば、本音が出る。
「私、その『ゾウノ実』、すごく好きなのに〜」

・・・・・・・・・。
冷たい視線に見送られ、妖精はそそくさとその場を飛び去った。

ユーンがくるりと振り返る。

「ちょっと、あなた! わたしの言うこと聞いてなかったの!?」

「ご、ごめんなさい・・・っ」

もうダマされないぞ・・・と、肝に銘じていたつもりだったのに・・・。
材料のひとつが見つかったという時点で、すっかり気が抜けてしまっていた。

「本当にごめんなさい・・・。次からは注意する・・・ぜったいに注意するからっ・・・」

悔しさと恥ずかしさで、うつむいたまま顔を上げられない。
無言のうちに重い空気が流れようとしていた、その瞬間。

――くくっ。

マーロが突然、吹き出した。

「にしても・・・ホンットに単純だよなー、アンジェって・・・・・・ぷっ・・・くくくっ・・・」

「なっ・・・」今にも泣き出しそうだったアンジェが、一瞬にして真っ赤になる。
「だ・・・だってそんな、仕方ないじゃないっ。・・・もう〜、そんなに笑わないでよ〜っ!!」

腹を抱えて笑うマーロというのも初めてだが、アンジェにとってはそれどころではない。
とにかく目の前で大爆笑されているのを止めたくて、必死になる彼女の目に――。
ふと、その姿は、映った。

ユーンが・・・笑っている。
ここまで、しかめっ面を崩さなかったこのエルフの少女も、こちらを見て笑っているのだ。

あっ・・・!と気付いたのもつかの間、ユーンはすぐに表情をもとに戻してしまったが・・・。

「とにかく、助けてくれてありがとう、ユーン!」
アンジェは心からのお礼を述べた。

「えっ・・・ええ。まあ、あなたのおかげでゾウノ実の木が見つかったんだものね。一応、
お礼を言っておくわ」


肥料さがしは、順調に進んでいた。
材料のひとつ、「ニンフの花」は、妖精たちの育てている花壇の中に咲いていたので、
もちろん妖精の許可を得て、1本だけ拝借させてもらったのであった。

残りは、あとひとつ・・・。
そんな一行の前に、またもや胡散臭く・・・かつ得意気な妖精が、その姿を現した。

「この先は、イカリ草の群生地よ。行きたい?」

妖精の指さす道の向こうは、茂みのせいで先が見えない。
けれど、そんなことはどうでもいいこと。彼らはその場を、何事もなかったように通りすぎ
るはずだった。
ためらいがちなひとりの足が、とうとうその歩みを、止めてしまうまで――。

「アンジェ・・・」

それは、ユーンが初めて名前を呼んだ瞬間であった。しかし、その声は冷たく、厳しい。

「もうすぐ日も暮れるわ。妖精のイタズラに付き合っているヒマは、わたしたちにはもう
ないのよ」

「・・・うん。わかってる」アンジェは顔を上げ、その瞳がまっすぐユーンをとらえる。

「でも、もし本当に、あの向こうにイカリ草があったら・・・。もしこのまま材料が全部そろわ
なくて、肥料を作ることができなかったとしたら・・・・・・森も、森に住むユーンたちだって、
困ることになっちゃう・・・!」

言葉を受けた側とは対照的に、少女は笑顔でマントをひるがえした。
「だから私、見るだけ見てくる。すぐに戻ってくるから、二人はここで待ってて!」

緑の向こうに、アンジェが消える。
残された二人は、まるで何かに貫かれたかのように、その場に立ち尽くした。

だが、それも数秒のこと。
間もなくその茂みの中から、奇怪な轟音が響いたのである・・・!

イカリ草の群生地・・・やはりそれは嘘だった。
そのかわり、人間の二倍はある巨大な人喰い花が、そこに息をひそめていたのだ。

「ちっ・・・とんでもないウソつきやがって!!」

駆けつけたマーロが、アンジェの傍らにつく。
そのアンジェは、魔法を放とうと伸ばした手を、何故かいきなり引っ込めた。

「マーロ! 炎の矢は使えないっ」

――ここで炎を放ったら、周りの木々に燃え広がってしまう・・・!

「だったら・・・」状況を把握したマーロが、素早く杖をかかげる。「これでいくぜ!!」

シュパッとしぶきをあげて、水の刃が魔物を襲う。
けれど、水の魔法は植物には軽傷。完全には切り裂けない。

それもふまえ、マーロが第二弾の魔法を放とうとした、そのとき――。

「二人とも、どいて!!」

アンジェとマーロの後ろから、凄まじい剣気――衝波が飛んだ。
ぎゃあっと悲鳴をあげて魔物は倒れ、花びらが風に舞う。

「アンジェ、怪我はない!?」
ユーンが、剣を収めて駆け寄ってくる。

「大丈夫。まさか魔物がいるなんて思わなかったから、ビックリしちゃった」

えへへっとアンジェは笑い、それから少しうつむいて言った。
「でも、結局イカリ草はなかった。時間・・・ムダにしちゃったね」

それを聞いて、マーロが不敵に微笑んだ。

「・・・いや、そうでもないと思うぜ。妖精のヤツが、あんなウソをついたってことは、この
近くに『本物』がある・・・ってことじゃないのか?」

勘は見事に的を射た。

このあとすぐ、彼らは目的の草のある場所へと、辿り着くのである。


茜色の空の下、二人は帰路についた。

夜の営業が始まり忙しそうだったサラに、手短に宝石を返し、依頼が無事完了する。

『わたし、今までは人間って、自然や森を破壊するだけの生き物だって思ってたの』

・・・アンジェを酒場に送ってから、マーロはひとり、先ほどのエルフの少女の言葉を思い
出していた。

『でも今回のことで、人間の中にも、あなたたちのような人がいるってわかったから・・・。
少しは人間に、心を開けるような気がする・・・・・・』

(あいつ・・・また仲間を増やしたんだな・・・)

それは、彼女が呪いをかけられているという、特別な存在であるからだけではなく。
もっと違う、何かが・・・。一緒に冒険したいと思わせる、何かが・・・そこにはある。

「・・・・・・。また、誘えよな」

ポツリとつぶやいた声が、街の喧噪に消されてゆく。

楽しくて・・・あたたかい。その心の意味を、マーロはまだ知らなかった。


第9話につづく


長編読破、おつかれさまでございます。今までのなかで、一番長くなってしまいました・・・。
このユーンのイベントは、もともと場面転換が多く、適当なカットもしづらかったです。あまり省略するのも、なんですしねー。

上の材料探しの展開は、ほぼプレイ通りです。・・・「ゾウノ実」の部分を除いて(笑)
だってユーンってば、ゲームじゃ助けてくれないんだものっ 渡しちまったよ妖精に〜〜〜っっ!!!
だから、初回は絵本できなかったのですよ。仲間になってくれたので、別に気にしてなかったんですけどね。
ちなみに、オークに襲われる妖精も助けなかった(爆) 「ニンフの花」は、まさに直感でしたね。赤ーッ!みたいな。

今回は、いつのまにかマーロサイドな話になっていますが、いかがでしたか・・・?

次回、第9話「この世の竜」。主人公が・・・歌います。

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