かえるの絵本

第7話 鉱石の洞くつ



旅の途中、立ち寄った街で、リンという女性に出会いました。

その街・シェスナは、いま深刻な水不足に悩まされているとのことで、彼女はこれから
「水源の地図」を求めて、山中の洞窟へと、足を運ぼうとしているところだったのでした。

見たところ旅慣れているようだとはいえ、軽装の女性一人ではやはり危険を伴います。
ですから私と相棒は、このリンの洞窟探索に、同行することにしたのです。

そして・・・

道中でいろいろと話をしながら、私たちは、ちょっと驚きの事実に当たりました。
それは――リンも昔は、かなりの腕前を持つ冒険者であったこと。
危険な冒険を難なくこなしては、珍しい宝物を次々と見つけてきていたこと。
そうした宝をいつも分け合っていた、最高の仲間がいたこと――。

その仲間というのが、私も相棒もよく知っている人物で・・・。

コロナの街の武器職人――そう、あの人だったのです。


あれは6月のはじめ。
賢者の魔法で人間の姿になってから、2ヶ月のときがすぎた頃でした。

いつものように朝食をすませ、宿の1階にある酒場へと降りると、待ちかねていたように
私を呼ぶ声が上がりました。

「よう、アンジェ。ちょっとこっち来てみろよ!」

これまたいつものようにカウンターの前に立つ、その呼び声の主は、挨拶しながら近づく
私に、手にした1枚の紙を見せました。

「・・・・・・『鉱石探しの手伝い人求む』?」

「そう。依頼人は、ロッドだぜ。なあアンジェ、今日用事あんのか? なければオレたちで
おっさんの手伝い、やってやろうぜ!」

今日はちょうど予定もないし、断る理由はありません。お世話になっているロッドの依頼
とあって、私は二つ返事で同意をしました。

大通りにある鍛冶屋からは、今日も独特な鉱液の匂いが漂っています。

「よう、おっさん! 鉱石探し・・・だっけ、手伝いにきてやったぜ!」

店に入るやいなや話をきりだすアルターと私を見て、店主のロッドはすぐに事の次第を
理解したようでした。
「おまえたちが依頼を受けてくれたのか。そいつは心強いな」
そう言いながら、手にした工具を置くと、さらに詳しい話を始めました。

「・・・マスターから聞いたと思うが、炭坑まで鉱石を取りに行くのを手伝ってもらいたいん
だ。あそこも最近は、怪物どものすみかになっちまって、誰も堀りに行きたがらん。だか
ら、オレみずから堀りに行かなきゃならないんだが、さすがにひとりじゃきつくてな」

「怪物どものすみかか、おもしれぇ! よーし、ロッド。オレに任せとけって。おっさんも、
もうトシだしな。魔物退治はしっかり引き受けてやるから、安心しとけよな」

「何言ってやがる。誰がトシだ。魔物を片付けるのはオレひとりでもじゅうぶんだ」

それを聞いて、えっ?と揃って顔を向けた私たちへ、ロッドはこう締めくくりました。

「おまえたちに手伝ってもらうのは、採った鉱石の運び役だよ。荷物持ちだ、荷物持ち。
しっかり頼むぜ〜。わっはっは」

こうして私たちは、炭坑のある山へと、ロッドのお供に向かったのでした。


コロナの街の冒険者にとって、鍛冶屋のロッドは、なくてはならない存在です。
ロッドの鍛えてくれる、自分に最適な武器や防具が無ければ、どんな屈強な冒険者で
あっても、冒険の成功は難しいものになるでしょうから。

けれど、ロッドのすごいところは、それだけではありませんでした。

それは、山道を進んでいた途中のこと。脇に位置する崖を見ながら、ロッドが足を止め
ました。

「この崖をよく見てみろ。他のところとは、少し違って見えるだろ?」

そういえば、確かに・・・土が少し崩れているし、草の生え方も何やらまばらに見えます。

「いいか、アンジェ。これは人間や獣、あるいはモンスターのやつらかもしれないが、とに
かく何者かがこの上に行った形跡があるって証拠なんだ。つまり・・・」

「この上には、何かがあるかもしれねぇ・・・ってことだな」

同じく崖を見上げながら、アルターが続きを口にしました。

「その通りだ。アルター、おまえさんはどうやらもう登はんができるようだが、アンジェは
・・・・・・」

『登はん』・・・以前、キノコを採りに山を登ったときにも、同じような場面があったのを思
い出しました。見ず知らずの旅の人に手助けしてもらい、なんとか乗り越えたものの、私
にはやはり厳しいものがあったのです。だから、今も・・・。

自信なさげに首を振った私を確認すると、ロッドはまずアルターを先に登らせました。
それから今度は自分が崖に足をかけ、少し上がると、手を伸ばしてこう言いました。

「ほら、オレにつかまれ。冒険で山を行くときには、こういう仲間が必要になる。いいか、
アンジェ。覚えておけよ」

それはまるで、自分に冒険の先生ができたようで・・・私は大きくうなずくと、ロッドの手を
借り、崖を登ることができたのでした。

「あっ・・・おい、ロッド!! それはオレの役目だろ〜!!」

そんなアルターも、登り切った先で見つけた「お宝」には、満足しているようでした。
重すぎて誰かがそこに脱ぎ捨てていったのでしょうか・・・鉄製の部分鎧。一見「お古」な
その鎧も、ロッドの手にかかれば、新品同様の立派な防具になるのです。

鍛冶屋のロッドは、元・冒険者。それも、とてもスゴ腕な――。

その実力をまざまざと見せつけられながら、私たちは採掘場へと、足を踏み入れたので
した。


「おう、アンジェ。おまえずいぶん、マンゴーシュの扱いに慣れてきたみたいだな」

鉱山に潜む魔物たちを退けながら、坑道の奥を目指します。

ロッドが褒めてくれたように、確かにこの頃の私は、もうほぼ自在に短剣を使えるように
なっていました。マンゴーシュは本当に、私にピッタリの武器であったのです。

「だったらよぉ、ロッド・・・もうちっとオレたちに活躍の場を与えろよなー?」

アルターが、苦笑まじりに不満を述べます。

「ん? おお、それはすまんな。何せ久々の冒険だからよ。こういうバケモンどもを前に
すると、血が騒いじまってな! ・・・と、ほらほら、また現れやがったぞ〜♪」

数秒後、目の前の魔物たちは、ロッドの斧の旋回によってきれいに片付けられました。

「だあ〜っ、また!! ・・・ちくしょー、オレも絶対あの技使えるようになってやる」

ちなみにこの冒険の後、言葉のとおり、アルターは「あの技」を自分の剣でマスターして
います。前後に広がった敵を一撃にして攻撃する技――「連舞」を。

そのまま、特に危ないこともなく進んでいくと、少しずつ採掘場らしき姿が顔を表すように
なってきました。鉱石を運ぶトロッコや、つるはしなどが名残をのこすその場所。
そして、その奥には・・・・・・。

三人が、しばらく揃って無言になりました。
「な・・・・・・」目を見開いたまま、ロッドが口を開きます。「なんてすごいロディタイトだ」

「・・・・・・これが・・・・・・」

透き通る石・・・それはまるで、光のかたまり・・・。
大きな大きなロディタイトの原石が、そこに眠っていたのでした。

「これだけあれば、どんな武器でも作れるぞ!」

ロッドが言います。鍛冶職人としての夢・・・その夢の叶う喜びを、今まさに味わっている
ように・・・。私もアルターも、初めて見る鉱石の凄さに、完全に目を奪われていました。

だから・・・気付かなかったのです。

「アンジェ、あぶねえ!!」

その声と同時に、私は後ろからの強い衝撃を受けました。殴打の勢いで壁に吹き飛ば
された私は、そのとき一瞬、気を失いました。駆け寄ったアルターの声に気付いて目を
開けると、その前では――。

「この石は、オレ様のモノだ・・・誰にも渡さない・・・・・・」

ボーンゴーレム・・・その地に眠る怨霊。赤黒い骸骨の魔物が、今度はロッドに向かって
邪悪な刃を振り下ろそうとしているところでした。

「ほざきよる、このバケモンめが!」

敵より先に動いたロッドが、斧の一撃を与えます。普通なら立てなくなるほどの攻撃を、
魔物の足にぶつけたはず・・・・・・が、そこから手痛い反撃が返ってきたのです!

「ロッド!!」

「くっ・・・・・・。おお、気が付いたか、アンジェ。こいつは相当手強い。ここはオレに任せ
て、おまえたちはロディタイトを持って逃げろ!」

・・・・・・。逃げろ・・・・・・?

「何言ってんだよ、ロッド!! んなこと、できるわけねえだろ!!」

・・・その通りだ・・・。

私も、戦う。ロッドを助ける・・・!

「無茶だ! よせ!!」

その言葉を、聞けるわけはありませんでした。私も、そしてアルターも、目前の強敵へと
向けて、各々の技を放ちました。

長い戦い。攻撃と反撃の繰り返し。そして最後・・・高く跳んだロッドの斧が、敵の頭を打
ち砕き・・・・・・ボーンゴーレムは、地へと崩れ落ちました。

「アンジェ、何を考えてる!」
私は勝利に喜びました。けれどそんな間もなく、ロッドが怒りの形相で訴えたのです。
「なんとか勝てたからよかったが、ヘタすりゃ、みんな死んじまうぞ!」

「・・・・・・・・・」

私は、言葉を返せませんでした。返せなかったというよりも、返さなかったのです。
自分がしたことは、間違ってはいない・・・そう、信じていたから・・・・・・。

視線を外さず、口をつぐむ私を見ると、ロッドはふいにくるりと背中を向けました。

「・・・まあ、オレも負けん気の強いヤツは、嫌いじゃないがな」

へへっ・・・と、アルターが私に笑みを見せました。緊張の糸がほぐれた瞬間。

でも、それだけでは終わらなかった・・・。
この戦いの衝撃で、洞窟内に激しい揺れが生じたのです。

「まずい、崩れるぞ!」ロッドが振り返り、それから鋭く叫びました。


「それであいつは何と言ったと思う? ・・・『おまえは先に脱出しろ』って・・・そう言ったん
だよ」

水源の地図のある場所を目指しながら、リンの冒険者時代の話は続きました。

「だからって、仲間を置いて逃げるなんて、できるわけがないだろ?」

そう・・・できるわけがない。
「早く行け!」と押し出されるようにその場を離れさせられ、採掘場の外に出たものの、
そのままロッドの命令通りに「店で待つ」ことなんて、できるわけもなく・・・。

「その場で待つしかなかったけど、それでも私は信じていたんだ・・・」

うん・・・と私もうなずきました。
私もあのとき、必死で崩れた岩をどかそうとしていました。すると・・・

「すると、いきなり足もとの岩が一個、ポーンと飛んだのさ。そこから、あいつが出てきた
んだよ。ったく本当に・・・無茶なのは自分だろっての・・・ねぇ」

懐かしそうに、リンは笑いました。

『ん? ・・・アンジェ! おまえ、逃げなかったのか? そうか・・・・・・』
岩の隙間から顔を出したロッドは、私たちの姿を見て、驚くように言いました。
私はきっと、さっきのように怒るんだろうな、と思って覚悟を決めていましたが、ロッドは
そのまま、どこか遠くを見つめるように、黙り込んでしまったのです。

「どうしたんだよ、ロッド? ・・・ボーッとしちまって」アルターが顔を覗きこみました。

「すまんすまん」それに応え、ロッドは立ち上がり、そしてこう続けました。「少しばかり、
昔のことを思い出したのさ」

・・・・・・ああ、そうだったんだ・・・・・・。

「こういう洞窟を歩いていると、ホントに思い出すよ。まあ、ここが崩れるようなことは、な
いと思うけどさ」

ふふっ・・・。私は小さく微笑みました。

大丈夫。たとえ崩れても、強い魔物が現れたとしても、必ず守ります。
だってあなたは、お世話になったあのロッドの、大切な人・・・なんだもの!

コロナを離れて数ヶ月――。
それは新たなる冒険の中で見つけた、心が暖かくなる、ひとつの発見だったのでした。


第8話につづく


さてと、今回は少し説明が必要ですね。
この話に出てきた「リン」とは、水竜編に登場するメインキャラクター。ですが、前回で述べた通り、この小説は赤竜編です。

赤竜編のエンディングで、仲間(この話の中での「相棒」)とともに新たな旅に出た主人公。
その旅の途中で、シェスナの街に立ち寄り、リンに出会った・・・という設定に・・・してしまったんですぅ。くっは〜、メチャ強引ッ
ロッドのクエストを書くのに、ただ鉱山冒険の筋を追っていくだけでは、ちとつまんないかなぁと思いましてね。
そう・・・読者の方々に、飽きずに読んでもらえるように・・・。そして、書いてる自分が飽きないように・・・(←本音)

ところで、話中には出さなかったのですが、冒険終わって店に戻ってきたときのロッドのセリフのなかで、
「おまえはだいぶ血の気が多いようだな。まるでオレの若い頃を見ているみたいだったよ」ってのがあるんですが、
お、女主人公に、それ言われても・・・・・・(汗) と、いつも思ってしまいます。呪いの解けた姿はロッドかぁぁ!?みたいな(爆笑)

さぁ〜て、来週のかえるの絵本は〜?
「アンジェです。依頼人の落とした宝石を探して森を訪れた私たちは、そこで
エルフの少女と出会います。第8話『人間だめし』。来週もまた、見て下さいね〜!」
・・・って、絶対”来週”じゃないですけど・・・(^^;

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