かえるの絵本

第6話 First encounter



「・・・やっぱり、変だよな」
青いローブの少年が言う。「竜が、牛を盗むなんて・・・聞いたことがない」

「ま、いいじゃねーか」
赤い鎧の戦士が返す。「人が困ってたら、助けてやるのが人情ってもんだろ」

「でも・・・」
そして、ピンクの髪の少女が続く。「もし、それが本当なら・・・」

竜が、現れたのなら――。

三人は、依頼主のもとへと向かっていた。

牧場から盗まれた牛たちを、取り戻してほしい・・・。
それが、今回の依頼の内容であった。

一見、変わりようのないその依頼に、彼らがいくぶんの緊張感を抱いているのには、相当
の理由がある。

『牛が消えたのは、竜のしわざだ』と。

依頼主が言い張っている・・・とのことなのである。


痕跡は、確かにあった。
事件の現場と思われる、牧場の地面に、くっきりと。

「たった一晩で、四頭もの牛を消すなんて、人間わざとは思えねえ!」

その「証拠」をまず目にしてきた、コロナからの冒険者に向かって、依頼主である牧場の
ロドリゲスは、事件の様子を興奮気味に語ってみせた。

「あの竜の爪あとを見ただろ? あ〜恐ろしい。おれはあれを見て、昔、バレンシアって
街に現れた、赤い竜の話を思い出したんだ」

一瞬、アンジェはピクリと反応した。

「そいつは、鉄をも切り裂く爪を持っていて、真っ赤な炎をはき、人を食うらしい」
それからロドリゲスは、少し口調を落ち着かせる。「英雄に退治されたって話だがな」

「その話なら、オレも聞いたことがあるぜ」
アルターが言う。「まだ小っちぇえ頃だけどな・・・竜と戦った、勇者の話だ」

「・・・勇者?」

見上げるように、アンジェは尋ねた。アルターがその返答をしようとするや否や、依頼主
ロドリゲスが再び大声を発する。

「今度もきっと、そんな赤い竜がやったんだ!」

そのとき、テーブルの端に立っていたロドリゲスの妻が、怪訝そうに口をはさんだ。

「あたしには、竜のしわざってのもちょいとひっかかるんだけどねぇ。竜がはらぺこだった
ら、牛を食べるんだろ? そんな様子、ありゃしないよ」

何ィ!?・・・といわんばかりの視線を向ける夫に気付きながら、さらに話を続ける。
「地面の爪あとだって、やわらかい地面だ。別に竜でなくたって掘れるよ。そうだろ?」

妻の言い分に納得しかけたのか、一瞬言葉につまったロドリゲスだったが、すぐさま元の
主張に舞い戻った。

「い〜や、違う。ありゃあ、どう考えても竜のしわざだ」

「まったく、頑固だね。だいたい、どうしてウチの牛が竜に狙われなきゃならないのさ」

「そりゃあお前、うちのブッチーに勝る牛はいないからよ! なぁ、あんたたち、頼むよ。
竜を倒して、ウチのかわいい牛たちを取り戻してくれ!!」

その熱の入りように、マーロは半ばあきれた表情を浮かべていた。

「とにかく、もう一度現場を見に行ってみようぜ」

三人は外へ出た。そして今一度、痕跡のある場へと、足を運んだのだった。


地面は、深くえぐられている。
鋭い三本の凹凸が、確かに「爪あと」のようにも見えるかもしれない・・・。

アンジェは腰を下ろして、そこに手を触れてみた。

「・・・何か感じるか?アンジェ」
マーロが問う。だが、アンジェは首を横に振った。

もしこの爪あとが、「呪いの主」のものであるとしたら・・・その呪いを受けたアンジェには、
何か感じるところがあるかもしれない、と思ったのだが・・・。
地面に触れてわかったことは、ただひとつ。
依頼主の妻が述べたとおり、誰にでも跡をつけられそうな、やわらかい土だ、ということ。

「・・・でももし、これが本当に、竜のものだとしたら」
しゃがんだまま、ポツリとアンジェが呟いた。「・・・やっぱり、戦うことになるのかな・・・」

先ほどから、心の中で、ロドリゲスの言葉が妙に繰り返すのである。
『竜を倒して』という、その一言が・・・・・・。

「そりゃそうだろ」答えたのは、アルターだ。「竜を倒して、今度はオレたちが勇者だぜ!」

そのときだった。
手の土をはらいながら立ち上がろうとしたアンジェが、ひとつの人影に気付いたのは。

「竜が現れたという噂を聞いて来てみれば・・・・・・」

低い声を発しながら、その人物は近付いてきた。

波打つ長い黒髪。装飾の施された、青銅の全身鎧。
すらりと高い長身に、マントを纏うその姿は、旅の剣士・・・といったところであろうか。

「これは竜のものではないな」剣士は言い放った。「人間がやったものだろう」

傍らで驚く「先客」三人を気にもせず、地面のえぐれを見つめながら、さらに考察をする。
「・・・・・・なぜこんなことをしたのか。竜について、何か知っているのかもしれないな」

「あの・・・」と言いかけた、ピンクの髪の少女のほうへ、剣士はふと顔を向けた。
「私は犯人を追いかけてみるとしよう」そう言いながら。

「そこのきみ、邪魔をしたな。失礼する」

言葉を残し、颯爽と去っていくその後ろ姿を、三人はしばし呆然と見送った。
「・・・なんだったんだ、あいつは」
マーロの一言で我に返った彼らは、即決で、今の剣士を追うことに同意する。

竜について、何か知っている・・・。
あの剣士こそ、きっと何かを知っているのだ――。


牧場を出て、追っている最中に、奇妙なものを発見した。

足下から鳴き声のようなものが聞こえるのに気付き、雑草をかきわけると、そこにいたの
である。・・・・・・牛、が。

「なんだこりゃあ!?」

アルターの驚きは、ごもっともだ。
「足下」に、牛がいた・・・つまり、その牛は、おそろしいほど小さいのである。

「なんか気持ち悪いけど、とりあえず拾っておくか?」

マーロの提案に従って、手のひらサイズのミニミニ牛を、布袋に入れる。

その後、道を進む途中で同じ場面にあたり、結局、一人一匹ずつのミニ牛を持つことに
なったころ・・・彼らは、どうやら敷地の出口にあたる木柵の前まで、辿り着いていた。

柵の向こうに、人影が見える。何やら、様子がおかしいようだが・・・。

「兄貴ぃー、ちっちゃくした牛がいないのネー。どっかへ逃げちゃったらしいのネー」
「オイ、何やってんだ! 早く探せ!」
「ちゃんと探せよ、まったく。見つからなかったら、オヤツぬきだからな!」

二人の男が、慌てて地面を物色している。それと、もう一人は主格であろうか・・・黒褐色
の肌に銀髪の人物。彼らが、ロドリゲスの牛を盗んだ牛泥棒であることは、間違いない。

「こんだけ探していねーってことは、やっぱ、どっかにおっことしてきたんでしょ」
「しょうがないから、外に探しに行くのネー・・・・・・・!?」

ようやく、目があった。

「おまえらが探してるのって、コレだろ?」

アルターが、ニヤニヤしながら、取りだしたミニ牛を見せびらかす。

「!? そっ、それは、おれが『ミニミニ』の魔法で小さくしたミニミニ牛! ・・・・・・そうか、
バレちまっちゃあ、しょうがねーな」

主犯の男は、不敵な笑みを浮かべた。
先ほどまで慌てふためいていた配下の二人も、主犯の傍らに素早く移動する。

「おれは一族をはぐれた、はぐれエルフ。生きていくためなら、牛ドロボーでも、なんでも
するぜ」
「そして、おれはその子分、トニー!」
「同じく、ジミーなのネー!」

「知られたからには、オネンネしてもらうぜ。・・・おまえらは三人。おれたちも三人だ。ここ
は三対三のバトルロイヤルでいこうじゃねーか。え、おまえら、覚悟はいいか?」

おもしれぇ・・・と言うふうに、アルターが剣をかまえる。マーロとアンジェも、それぞれ武器
を手にして、始まる戦いへの意欲を見せる。

「やってやらぁー!!」

牛泥棒たちが、各々決めた相手に向かい、勢いよく飛びかかってきた・・・・・・が。

――ゴツーン!

・・・彼らは、それは勢いよくぶつかり合った。

「・・・こっ、このスカポンタンどもが!」‘親分’はぐれエルフが、頭を押さえて叱咤する。
「このピンクのは、おれの獲物だろ! おまえたちは、他のヤツをやれよ!!」

「まーた自分だけ、一番弱そうなやつを狙おうとするー」
「親分、ズルいのネー」
「ばっかやろう、誰を狙おうとおれの勝手だろうが! いいから仕切り直しだ!」

はぁ・・・と、そこで思わず溜息をついたのは、瑠璃色の少年魔術士であった。
なんだか、相手をするのがだんだん面倒になってきた彼は、杖に手をかざし、短い呪文
を口にした。

――荒ぶる風。

「ぎゃあぁあぁぁぁ!!!」

丁度良くひとつの場所にかたまっていた牛泥棒たちを、激しい竜巻が直撃。

「ああっ、ずるいぜマーロ! よーし、次はオレ様のまとめ技を見せてやるぜぇ〜」

と、緋色の戦士が大剣をかかげるや否や・・・地面に崩れた男たちは、ぶんぶんと手を振
り、息切れた声を発したのであった。
「ま、まいった! 降参するから、許してくれ」

つまんねぇ・・・と不完全燃焼気味なアルターに、かたや「当然」といった顔つきをしている
マーロの姿に微笑しながら、アンジェも自分の武器を腰へとしまった。
騒ぎは、これで一件落着したように見えた。・・・だが。

(――!?)

「おまえ、竜について何か知っているのか? 知っていることがあるのなら、しゃべった方
が身のためだぞ」

青銅の影が、アンジェの体を押しのけた。
アンジェたちが追っていたはずの、黒髪の剣士――彼は、地面にへたりこんでいる、はぐ
れエルフの胸ぐらを強引に掴むと、低く厳しい声で、忠告を述べた。

「お、おれたちは何も知らねえ! ただ、竜を見たって噂を利用しようとしただけだ・・・」

はぐれエルフは、必死の声を上げる。

「ここまで竜の噂が広まっていたとは・・・」
エルフを無造作に放すと、剣士は誰に言うでもなく、口を開いた。
「今回の竜は偽物だったが、赤い竜は本当にいる。あれと関わってはいけない・・・・・・」

「ちょっと待て! あんた、本当にいったい何者なんだ!」

そのまま去ろうとした剣士を止めるように、アルターが叫んだ。

「私に会ったことは、忘れることだ。そして、赤い竜のこともな。あいにく、私は名乗る名な
ど持ち合わせていないので、これで失礼する」

剣士は去った。
消えさりようのない心のかたまりを、そこに残して。

「・・・何が言いたかったんだろうな」

マーロの言葉が、彼らの思いを表していた。


依頼主のもとへと連行された牛泥棒たちは、結局そのまま、ロドリゲスの牧場にて、誠心
誠意、働かされることとなった。

小さくされた牛たちは、マーロの魔法で元の大きさに戻った。
そのときの、ロドリゲスの喜びようといったら・・・・・・それこそまさに、歓喜の嵐。

肝心の竜との関連は、はずれに終わったが・・・。
依頼主の喜ぶ姿を目にしているうちに、アンジェの中のわだかまりも、いつのまにか解消
されたようであった。

依頼を達成した三人は、そうして、コロナの街へと帰って行ったのである。



同じとき――。

何かを思いだしたかのように、黒髪の剣士は、ふと足を止めた。

「あの髪の色・・・」ひとり、呟く。「・・・面影も、どこか・・・」

(似ている・・・・・・)

そのとき、剣士の表情には、一瞬だけ安らかなものが生まれたが、それはすぐに厳しい
ものへと変わった。

「だが、本物と偽物の区別もつかないとは・・・。皮肉なものだ。あれがもし・・・おまえだと
したら・・・・・・奴の、竜の痕跡を、間違えるはずなどない」

剣士は、天空を見上げ、そこに映ったひとつの姿へ、返らぬ答えを投げかけた。

「そうだろう・・・アンジェリシア」


第7話につづく


ふぅ・・・やっとここまできましたねぇ。といっても、これで5月のイベントですから、まだまだ先は長い・・・と。

しかし、これでどの竜編か決まりましたね。そう、赤竜編!(まあ、1stプレイという時点で、赤竜決定っつう感じでしょうが(笑))
このイベントは、ほとんどの皆さんも経験がおありの通り、最初のプレイではマスターが持ってくるほぼ「強制」の依頼なんですよね。
だから、その後の「幻の魚・・・」と「さまよい街道」を自ら受けたとしても、たぶん赤竜に決定しちゃう仕組みになってるんです。

攻略も何も知らない、その初回のプレイで、私は偶然にも、その後の2イベントを受けなかったのですよ。
赤い竜と関わるために、私の主人公はいるのだ・・・と。今となっては思います。ちと大げさすぎるかな、ハハハ(^^;
謎の剣士と、主人公の記憶が、徐々に近付いていく様子を・・・どうか楽しみにしていて下さいね。(・・・早くそこまでいきたいなぁ(苦笑))

さてさて、次回はロッドのイベント。
第7話・おやじとゆかいな仲間た・・・・・・違う違う(^^; 第7話「鉱石の洞くつ」。お楽しみに!

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