かえるの絵本

第5話 ネコと盗賊



5月。ポカポカ陽気の昼下がり。
倉庫整理の仕事を終えて、広場を通ったアンジェに、とある姿が目に入った。

スポーティな、ショートカットの女の子。
彼女の名前は、ルー。

アンジェがコロナの街にやってきたとき、ルーは街にはいなかった。
どこかに出かけている最中だった彼女は、コロナに戻るとすぐに、アンジェの部屋まで、
わざわざ挨拶に来てくれたのだ。
コロナの街でも評判の、気さくで明るい女の子なのである。

・・・けれど。

今日のルーは、何かが違う。
まわりをキョロキョロ見回して、建物の隙間をのぞいたり、
・・・いや、彼女の職業上、それは別におかしな行動ではないのだが・・・
明らかに、それとは様子が変わっている。

「・・・ルー?」

アンジェが声をかけると、彼女は、焦りまじりの声を返した。

「お願い、ルビィを一緒に捜して!」


「ルビィ」とは、ネコの名前だ。
ルーと一緒に暮らしている、ネコの名前。

ルーと知り合ってすぐに、アンジェは、ルーの買い物に付き合ったことがあった。
二人で持ち帰った、両手いっぱいの荷物・・・それが、ルビィという名の、ペットのネコの
ものだった。
「とってもカワイイんだよ」・・・いつも以上にニコニコと話すその様子が、今も印象に残っ
ている。そういえば、「今度アンジェにも紹介するね」とも、言っていたっけ・・・。

「ルビィがね、家を出たまま帰ってこないのよ。いつもは、ちゃーんと帰ってくるのに・・・。
あたし、捜してみたんだけど、どこに行っちゃったか、わからないの・・・・・・」

それは大変だ。・・・アンジェは思った。一緒に捜そうと申し出たのは、言うまでもない。
かくして、二人はまず、これからどうするかを考えようと、ルーの家へと向かった。

(うわぁ・・・・・・)
人間の姿になってから、アンジェは、自分以外の人の部屋に入ったことがなかったので
ある。だから、ドアが開いた瞬間に、思わず辺りを見回してしまう。

「さあ、アンジェ。遠慮しないで、入って入って!」
うながされ、足を踏み入れる。部屋は綺麗に片付けられていて、広すぎる・・・とは思えな
いけれど、それでも、どこか・・・・・・。

「あたしね、半年前までは、スラムの酒場に住んでいたんだよ」

お茶の用意をしながら、背中を向けてルーは言う。そして、手にしたカップをテーブルに
置くと、少しばかり辛そうな笑みを浮かべながら、こう続けた。
「・・・・・・パパと一緒にね・・・・・・」

スラムの酒場――。
そこは、「マノン」という名の、気のいい店主が経営している。
そのマノンが、かつては伝説とまでいわしめた、名の知れた盗賊であったことは、アンジ
ェもすでに聞いていた。そして、目の前にいるルーは、マノンの娘であり、スラムの酒場
の看板娘だったのだ・・・ということも。

「でも半年前、ルビィを拾ってきた頃から、パパとうまくいかなくなって・・・。パパってば、
あたしとルビィのこと、なんだか避けてばかりいたの。そして、とうとう訳もわからず、スラ
ムの酒場を追い出されちゃった・・・」

伏し目がちなルーに、アンジェは多少の戸惑いを感じた。こういうときは、何と言えばい
いのだろう、と・・・。それからルーは、自分の母親についても話してくれた。母親は、ルー
が幼い頃に、病気で亡くなったのだそうだ。

「ママがいれば、パパも、あたしのこと追い出したりしなかったかな・・・・・・?」

しばしの、無言。
そして、アンジェがカップの中身を飲み終えると、二人は行動を再開することにした。

目的地は、「盗賊ギルド」。
自らも所属しているその組合ならば、ルビィの情報が入っているかもしれない・・・との、
ルーの提案に、アンジェも賛同したのだった。


「やあ、ルーちゃん。どうだい、ルビィは見つかったかい?」

薄暗い建物の中、長い階段を下りた先に、「盗賊ギルド」はある。珍しい宝石やら武器や
らを飾った棚を背に、カウンターごしに話しかけたのが、この場所の責任者、アッシュと
いう人物である。

「ううん、まだ見つからないの。もうずっと、家に帰ってこないし、こんなに捜してるのに、
見つからないなんて・・・・・・」

もう何度も繰り返したであろう会話を口に、ルーは答えた。それから、呟くように続ける。
「もしかして、パパがどこかに捨てちゃったのかな・・・。パパ、あたしたちのこと嫌ってた
から」

ええっ・・・と、アンジェは驚愕した。
そんなこと、あるはずがないけれど、まさか・・・まさか・・・!?

しかし、その心配はすぐに解消されることとなる。「ルーちゃん、それは違うよ」アッシュが
言ったのである。

「マノンさんは・・・・・・あの人、ネコアレルギーなんだよ。自分のために、ルビィを捨てろ
だなんて言えなかったから、わざとルーちゃんを引き離したんだ」

今度は違った意味で、「えっ!?」という顔をする二人。「あたしのこと、キライじゃなかっ
たんだ」と、ルーが調子外れの声を上げると、アッシュはくすりと笑って言った。

「マノンさんも、ヘンなところで意地を張る人だからなあ」

確かに・・・。そう思いながら、アンジェも少し笑った。そんな和やかな雰囲気になったとこ
ろで、さらにアッシュは、重大な情報を口にしたのである。

「ところでルーちゃん。裏の排水溝は、まだ捜してないんじゃないか? あの辺で、ネコの
声を聞いたって奴がいたんだけどな」

「・・・・・・! そういえば、まだそこは捜してないわ」ルーが、ハッとしたように答える。が、
それは次に疑問に変わる。「でもアッシュ、あんなところ、どうやって入ればいいのさ?」

「まあまあ、あわてなさんなって」余裕をこめて、答えるアッシュ。「ほら、ルーちゃん、オレ
たち盗賊が、得意な魔法があるだろ?」

「・・・得意な魔法?・・・・・・あ〜!!」

ポンっと手をたたいて納得したルーを見ると、アッシュの助言は最終段階に入った。

「排水溝の近くに土管があるから、アレをつかえば、そこから入れるぜ」

うんうんうん・・・と頷きながら、ルーの考えはまとまったようである。
「サンキュ、アッシュ!」と、いつもの天真爛漫な笑顔を見せて、アンジェのほうへと振り
返る。

「アンジェ、行こう!」

「あっ・・・う、うん!」

盗賊どうしのやりとりについていけないアンジェは、一生懸命、話の筋を追っていた。
そうして二人は、スラムの建物の裏側へ。「そこにルビィがいる!!」ルーの心に、希望
の光が、強く灯ってきたのである。


「この土管のことかなあ、アッシュの言ってた入口って?」

空き地の壁からは、1本の管が顔を出している。「確かに、この大きさじゃ、普通では入
れないわね」

アンジェも、土管をのぞき込む。手のひらですっぽり覆えてしまうくらいの穴である。

「ルー? さっき言ってた、魔法って・・・?」

振り向きながら訊くアンジェ。すると、ルーはニヤリと笑って、人差し指をまっすぐこちらに
向けていた。「ふふふ、アンジェ、いくよ〜・・・・・・」

――ミニミニ!!

・・・・・・!? ぐんぐんぐん、と大きくなる。アンジェの目に映るものが、一気に巨大化して
いく。目が回ったような感覚をおさえて、上を見上げると、そこには空に届かんばかりの
(大きさに見える)ルーが、今度は自分のほうへと人差し指を向け、言葉を発していた。

瞬間、アンジェの前に、同じ大きさのルーが現れる。そう、二人の身体が、縮んだのであ
る。それが、魔法「ミニミニ」の効果――。

「えへへ、ビックリした? この『ミニミニ』はね、あたしたち盗賊にとって、必須の魔法っ
ていわれてるんだ。でも、さすがにやっぱクラクラするな・・・。アンジェは大丈夫?」

大丈夫、とアンジェは答えた。確かに、身体が小さくなっていく瞬間は、軽いめまいが襲
ったが・・・。この視界、この目の高さには・・・・・・経験があるから・・・・・・。

二人は、土管の中へと潜り込んだ。管を抜けると、そこには広い世界が広がっている。
下水の流れる、地下水道。辺りを確認して、ルーはもう一度「ミニミニ」を唱えた。二人の
身体が、元の大きさに戻った。

「さあ、ルビィを捜すわよ! 気合い入れてこうね、アンジェ!」

冷たい空気の下水道内を、二人は進んでいった。生活排水の流れ出る場所である。ど
こから捨てたのかは定かでないが、いろいろな家庭の道具が散らばっている。・・・と。

「!? どうしたの、ルー?」
前を歩いていたルーが、突然、ガラクタの山へと走り寄ったのである。

「・・・お宝のニオイがする・・・!」

ニオイ・・・?と息を吸ったアンジェの鼻に、下水の匂いが思いっきり入り込んだ。慌てて
鼻を押さえるその前では、当のルーが、生活品の山をあれやこれやと崩し始めている。
その目はまさに、「盗賊」のもの。そして・・・

「コレだぁ〜!!」

ガシャーンと、道具類が崩れる。そのなかに立つルーの右手には、1本のビン・・・らしき
ものが握られていた。

「・・・・・・なにこれ?」あらためて、自分の手にあるものを見定める盗賊ルー。どうやら、
そこに隠されていた「何か」に、敏感に反応した、ということのようである。ともあれ、ビン
に貼られたラベルを読んでみると、

「えっと・・・『ネコダイジョーブ』? ・・・・・・ネコアレルギーに効く薬だって!」

ルーの顔が、パァッと明るくなる。ことの次第を理解して、アンジェも一緒に喜んだ。
「これがあれば、パパのアレルギー、治るかも!」

偶然の産物か。まさに、「お宝発見」だったのである。

――そのとき。

もう音はたたないはずのガラクタが、小さな音をたてた。アンジェとルーが目を向けると、
そこには・・・・・・

「かえちゃん!?」

ひっくり返った鍋の上にいたのは、1匹のかえる・・・そう、アンジェのルームメイト。

「・・・あれ、アンジェ?」重なった道具類の真上には、細い配水管が通っていた。かえる
は、そこから出てきたのであった。「こんなところで、何してるケロ?」

「ルビィを・・・ルーのうちのネコをさがして・・・・・・」

「ネコッ!?」アンジェが言い終わらないうちに、かえるは恐ろしいものを見たかのように
後ろに飛びずさんだ。「ネネネ、ネコがこの中にいるんだケロ!? や、やっぱり・・・」

「やっぱり」って・・・? アンジェは再び聞き返した。すると、かえるはこう言った。

「さっき外を歩いていたら、街のボスネコに追いかけられたんだケロ。それで、この配水
管に逃げ込んだんだケロよ。後ろから追いかけてくる気配がなかったから、ぼくはそこで
ひと安心したんだケロ。・・・それなのに!」

今にも泣きそうな声で、かえるは続ける。「中からも、ネコの声が聞こえるんだケロー!」

・・・ということは・・・!

「それが、ルビィかもしれない! ねっ、ルー!!」

有力な情報を得て、意気揚々にアンジェは振り向いた。だが。

「・・・アンジェ?」ルーは、けげんな顔でこちらを見ていた。「もしかして、かえると話を?」

ケロケロと、声をたてるかえる。それに向かって、独り言のように会話している女の子。
ルーの目には、いや普通の人の目には、そうとしか映らないのである。気付いたアンジェ
は、カアッと顔を赤くして黙ってしまった。呪いのことは、もちろんルーも知っていることだ
けれど、でも・・・・・・。

「あははっ、良いね。便利じゃん!」

――えっ?

思ってもみなかったルーの言葉に、アンジェは目を丸くした。それにかまわずニコリと笑
うと、ルーはアンジェが言った情報を念押しした。

「この中に、ルビィがいるのね?」排水溝の先をまっすぐに見つめ、ルーのまなざしが強
くなる。「行こう、アンジェ! ルビィが待ってる!」

それから、二人は走った。
汚れた下水も、匂いも、ものともせず。ときには、ルーの「ミニミニ」を使い、狭い土管をく
ぐり抜けて。コロナの地下の下水道を、巡りに巡った、その結果――。

「ルビィー!ルビィー!」

――にゃーん――。

それはまさしく、ネコの鳴き声。数え切れないほど繰り返されたルーの呼びかけに、とう
とう、待ち望んでいた反応が示された瞬間だった。声のするほうへ、早足で向かう。と。

「ルビィ!」

白い毛並みが、下水ですっかり汚れてしまってはいるが・・・捜し求めた本人(猫)に、間
違いはなかった。
「もう、心配したんだから!!」怒っているのか、泣いているのか、喜んでいるのかわから
ない様子で、とにかくルーは、見つけたネコを、ぎゅーと強く抱きしめた。

それを見て、アンジェも微笑みながら近付いていく。

「よかったね。ルビィ、見つかって」

「うん!・・・サンキュ、アンジェ! ルビィは無事に見つけられたし、アレルギーを治す薬
も見つけられて・・・。戻ったらすぐに、パパに薬を渡しに行かなくちゃ」

ルーの瞳は、やっぱり少し潤んでいた。

「・・・ねえ、アンジェ、また一緒に冒険したいね。おもしろい話があったら、あたしも誘って
よね」
そして、少しばかり照れたように、ルーの言葉はこう続く。

「たぶん・・・パパの酒場にいるからさ」


翌日。

スラムの酒場を訪れたアンジェを、輝く笑顔が迎え入れた。

「いらっしゃーい! あっ、アンジェ!!」

テキパキと料理を運ぶその後ろでは、店主のマノンが、真っ白なネコにミルクをあげてい
る。動きはまだまだぎこちないが、その表情は、優しいものに間違いない。

のちにルーは、アンジェに、こう言うのである。

・・・あたし、アンジェみたいな気の合う友だちができて、本当にうれしいんだ・・・。

その言葉は、きっと真実。
なぜなら・・・アンジェのなかにも、同じ気持ちが生まれていたから。


第6話へつづく


ハイ! というわけで、1周目、ルーの絵本は出来ませんでした〜。これぞ「プレイリポート小説」の真髄ってか!(笑)
でもね。その後、2周目からは絵本が出来るように、ルーの家→スラムの酒場というのもやってみましたけどね・・・

私、こっち(盗賊ギルドに行くほう)の展開のほうが、好きなんですよ。酒場に行っちゃうと、どうしてもルーが子供っぽくなって
しまってるような気がして・・・。もう19歳なんだから、パパパパ連発しちゃダメよ、みたいな。(大きなお世話だ)
それはそうと、「3人パーティのもう一人はどうした?」という疑問をお持ちでしょう、そこの貴方。
今回は、敵がいない、という設定にして、二人で捜しに行ったということにしました。いやぁ、勝手ですねぇ。横暴ですねぇ。
(だって、街の排水溝に行くのに、薬買って、仲間を揃えて・・っての大げさじゃん(爆))
このクエスト、誰つれていっても、どうせしゃべらないしね。(だからって、実際のゲームを二人で行くのは危険です(笑))

次回、第6話「First encounter」。 邦題(?)「最初の遭遇」。
遭遇・・・誰と? 何と? イベント名は、そう・・・牛泥棒をつかまえて!

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