かえるの絵本

第3話 潜在する力



しまった――。

目の前には、3匹のコボルト。人狼型のモンスターだ。

コロナの街の行政地区にある、「政務室」にいる、「ユリア」という人物に指輪を届けるよう
酒場のマスターに頼まれ、さっそく向かったアンジェであったが、当の本人がなかなか見
つからず、さらに、街中を捜し回っているうちに、その指輪までもをなくしてしまった。

「それ、すごく貴重な物だからな。絶対になくさないでくれよ!」

マスターの念押しも甦り、今度は指輪を探して街をさまよう。人々の証言情報も得て、そう
して辿り着いたのが、ここ、街の裏山なのだった。

おかげで、指輪は見つかった。ただ、モンスターたちの足下に・・・であったが。

「きっと、ゆびわを取り返しに来たコボ! やっつけるコボ!」

ああ、やっぱり・・・・・・。
この間と、まったく同じパターン。戦いの準備なんて出来ているはずもない。・・・が、避け
られないのは自分でわかる。形だけでもと、武器を構え・・・・・・来たッ!!

そのとき。

「お待ちなさい!」

透き通るようなその声の主は、亜麻色の衣に身を包んだ、長い黒髪の青年であった。
アンジェは、その人物と初対面ではなかった。何日か前、いつものように街を歩いている
とき、広場の片隅で美しい歌声を披露していた、その人物に出会ったのである。
彼は、街々を渡り歩いて歌を奏でる、吟遊詩人だったのだ。

「私はミーユ。私の知り合いに手をかけるなど、許しませんよ」

そういって、吟遊詩人ミーユは、その優美な風貌からは想像もつかないような、見事な剣
さばきで、あっという間に3体を倒してしまった。
アンジェも、とりあえずは手にしたナイフで切りかかってもみたのだが、通しで見れば、
この戦いの勝利は、ミーユひとりの力であったといっても、決して過言ではないのだった。

「やりましたね、アンジェ」
汗ひとつかいていない穏やかな顔つきで、詩人は振り向き、そして、こう続ける・・・。

「アンジェ、自分の力は弱いうちは、ひとりで冒険には行かずに、仲間を誘っていった方
がいいですよ。でないと、今回のようなピンチを引き起こしてしまいますからね」

・・・・・・ズキンッと、胸に突き刺さる。
わかってる。わかってはいるのだ。けれど、こんな街の裏山で、モンスターに出くわすなん
て、想像しているわけがない!

それとも、それが私の「弱さ」なのか・・・?

土とホコリで汚れてしまった指輪を拾い、アンジェはその場をあとにした。
すでに政務室へと戻っていたユリアに、その物を届け、何事もなかったかのように依頼を
終了し、酒場の自室へと戻る。

しかし、部屋に入った途端の、大きな溜め息だけは、隠しようがないのだった。

「アンジェ、どうしたケロ? 指輪はちゃんと届けられたのに、元気ないケロね?」

・・・・・・・・・。

かえるには「名前」という概念がないのを、アンジェは身をもって知っていたが、それでも
いつのまにか、「かえちゃん」などと呼ぶようになったルームメイトのかえるに、先ほど起
きた出来事の一部始終を話して聞かせた。
いや、正確には、かえるに向かって話しているというよりも、自分の中の憤りをあらため
て思い起こしているといったほうが、あっているのかもしれないが・・・。

「・・・かえちゃんや、ミーユさん、他の誰にも、きっと笑われてしまうと思うけど・・・でも・・・
悔しい。・・・・・・だって、私はもっと・・・・・・」

!!
・・・もっと・・・何・・・?

アンジェは、腰につけていた武器を手に取った。
銅製の、軽いナイフ。賢者ラドゥが、自分を人間の姿に変えたときに与えてくれたものだ。
その、鈍く光る刃先を見つめながら、ここ数日の自分を振り返ってみる。

「悔しさ」という感情。
少なくとも、それがアンジェにとって久しいものであることに、間違いはなかった。


翌朝。
とある場所に出掛けようと、酒場の階段を降りてきたアンジェは、そこでアルターにバッタ
リと出会った。

「よう、アンジェ。どっか行くのか?」

「・・・うん。ちょっと鍛冶屋に・・・」

悔しさを和らげるために、新しい武器を買おう!
・・・これが、昨日アンジェが考えた末の、とりあえずの結論であった。
実際の効果はともかくとして、今持っているこのナイフでは、いかんせん頼りないという
感は、確かに否めない。
それで今日は、この間かえるが案内してくれた「ロッド」というドワーフの鍛冶屋へ、行って
みることにしたのである。

それを聞いたアルターは、「よっしゃ、そういうことなら付き合ってやるぜ!」と、いきなり
同行することを決めたようで、二人は、街の大通りにある店へと向かったのだった。

「いらっしゃい・・・ん? なんだ、アルターか」
武具を鍛える独特の匂いを漂わせている店内で、職人のロッドは仕事の手を休めつつ、
客の応対をする。「・・・と、そっちのおまえは・・・」

「アンジェだよ。コロナには、こないだ来たばっかりなんだ。なっ?」

「・・・知ってるよ。挨拶に来たもんな。確か、呪いで姿を変えられちまったとかって・・・。
で、今日は何の用だ? 新しい武器でも必要になったか?」

コクコク・・・と、アンジェはすぐにうなずいた。

「そうか。それでアンジェ、おまえ、ロディタイトは持ってるんだろうな」

あくまで職人として、眉ひとつ動かさず、ロッドはアンジェに聞き返した。・・・が、それを聞
いて激怒したのは、傍らにいたアルターである。

「おいロッド! アンジェはまだ新米冒険者だって、さっきも言っただろっ!? ロディタイ
トなんか持ってなくたって、しょうがねぇじゃねーか!!」

「・・・新米だろうと、何だろうと、ロディタイトを持たんヤツに武具をやるわけにはいかねえ
よ。それがこの、オレの店の決まりだからな」

「・・・・・・んだとォ!!」

見るからに血の気の多い二人の間で、まさにひと悶着起きよう・・・というとき、それを止
めたのは、当のアンジェの一声であった。

「ロディタイトなら・・・ここに・・・・・・」

そう言って、アンジェは腰の布袋から、ほのかに光るひとつの石を取り出し、手のひらに
のせて差し出してみせた。

「なんだ。持ってるんじゃねえか・・・」
「アンジェ・・・それいつの間に手に入れたんだ?」
いまにも取っ組み合いの始まりそうだった戦士と鍛冶屋が、気の抜けたようにアンジェの
ほうを見る。

ロディタイトを手に入れたのは、5日ほど前の、レーシィ山に行ったときだった。
キノコを採るため、山を登っている途中で、この鉱石を見つけたのである。まあ、手に入
れられたのは、同行してくれたあの旅人のおかげであることに変わりはないのだが。
そのロディタイトという石で、鍛冶屋の武器と交換してもらえることも、そのときに教えて
もらったのだった。

「それがあるんなら、文句はないぜ。ちょっと待ってな」

ロディタイトを受け取ったロッドは、そのまま店の奥へ行くと、すぐに代わりの物を手にし
て戻ってきた。そして、それをアンジェに手渡し、話を続ける。

「そいつは、マンゴーシュっつう、まあ見たとおり短剣だ。今のおまえには、このくらいが
ちょうどいいだろうと思ってな。・・・だが、短剣だからって侮るんじゃないぜ。そいつは、そ
こらの剣よりもよっぽど頑丈に作られてるからな、それで相手の攻撃を受け止めて、そ
こから反撃に移ることだって出来るんだ。・・・まぁ、それなりの腕があってこそ、の話だけ
どな! わっはっは!!」

陽気な笑いに見送られ、それから、アンジェとアルターは店をあとにしたのだった。

――マンゴーシュ、か・・・。

明るい陽光を受けて、短剣はキラリと輝いた。いや、アンジェの目には、それ以上に輝い
て見えていたのかもしれない。求めていた、新しい武器。なんだかこれだけで、少しでも
自分が強くなったような気がしてくる。

「ありがとう、アルター。一緒に来てくれて!」

マンゴーシュを大事そうに持って、アンジェは満面の笑みをこぼして言った。

「・・・あ、ああ、なんてことねぇよ。良かったな。気に入った武器が見つかって・・・」

武器を手に入れて、こんなにもうれしそうにしている女の子・・・。
自称フェミニストのアルターは、これまでにもいろんな冒険者や街人を見てきたが、考え
てみれば、こんな女の子には、今まで出会ったことがない。

・・・・・・もう少し、一緒にいたい。

アルターは思った。そして、酒場に戻る一歩手前で、ひとつの提案をしたのである。

「なあ、アンジェ。そのマンゴーシュ・・・使ってみたくないか?」


着いた場所は、酒場の近くの裏山だった。
どうやらここは、アルター専用の剣の稽古場であるらしい。

「どうだ、アンジェ。これから一戦交えないか? オレ様の腕前も見せてやりたいし。なっ
練習試合だ!」

唐突な誘いに、思わずアンジェは驚き、手に入れたばかりの武器に目をやった。

「・・・練習試合って・・・、これで・・・!?」

だが、アルターの答えは違っていた。

「いや、いくらなんでも真剣は危ねぇだろ。・・・って、危ないのはオレじゃなくって、おまえ
が、な。だから、とりあえず今日はこれで勝負だぜ!!」

そう言って、そこらに落ちているしっかりとした木の枝を2本、手にとったのである。

さっきは、「マンゴーシュを使ってみたくないか」とか言ってたのに・・・?
アンジェの疑問はごもっともである。それが、「買い物だけで終わらせたくない」アルター
の、とっさの誘い文句であったことなど、気付くはずもなかったのだから。

ともあれ、気分も随分上向きになっていた今日のアンジェは、快く練習試合の誘いを受け
ることにした。枝を受け取り、両手でしっかり握ってみせる。

「よし。それじゃ、どこからでもかかって来ていいぜ!」

微笑を浮かべて、アルターも構えた。軽くて余裕の構えである。が、そこにスキはない。

ダダダダッ――。

・・・スキがあるかないかなど、アンジェは考えていなかった。「どこからでもかかって来い」
の指示通り、勢いよく突撃し、あっさりとアルターにかわされてしまう。

「これで後ろから真っ二つーーーっ!!・・・だな」

アルターの枝は、アンジェの背中ギリギリのところで止まっていた。勝負あり、である。

あ然としているアンジェを見て、ちょっとばかりうれしそうにアルターは言う。
「わかったわかった。今度はよけないからよ! もう1回かかってこいって」

2戦目。公約どおり、アルターは1歩もよけずに、アンジェの力任せの技をすべてしっかり
と受けてみせた。だが、力でアルターにかなうわけがない。振り下ろしたところをうまくすく
われ、アンジェの剣がわりの枝は、そのまま手を離れ飛んでいってしまったのだった。

「・・・剣がなければ、戦えないな。この勝負も、オレ様の勝ちってことだな! けど、気に
すんなよなっ、アンジェ。このオレは、コロナでも一番の実力を誇る戦士だし、おまえはま
だ、冒険者になったばかりなんだしな! ・・・さ〜てと、そろそろ帰るとすっか」

「・・・待って!!」途端に、鋭い声が発せられた。「お願い。もう1回・・・!」

急いで枝を拾いにいったアンジェに、アルターは応えることにした。3度目の、交戦。

アンジェの攻撃は、1戦目とまったく同じだった。正面から走り寄り、寸でのところで、しっ
かりとアルターにかわされている。(・・・これじゃ、さっきと変わらないぜ)アルターは、余
裕の笑みで武器を振り下ろした・・・・・・が。

――カ・・・キンッ

2本の枝が、勢いよく重なった。
先ほどとは、違う。自らの突撃をかわされたアンジェは、そこで瞬時に体勢を立て直し、
枝の両端をしっかりと支えて、なんと、アルターの剣技を受け止めてみせたのである。

・・・・・・!

そのとき、アルターには一瞬のスキが生まれた。

『攻撃を受け止めて・・・反撃する』
アンジェの脳裏に、閃光が走った。ぶつかり合った下方の枝は、するりとその場を離れ、
小柄な少女の動きに合わせて、滑らかに半円を描く。そして・・・・・・。

「・・・・・・後ろから・・・真っ二つ」

かすかに揺れる、戦士の赤いマントの寸前で、アンジェの枝は止められていた。勝負は
決まった。

「・・・・・・・・・」緋色の戦士は、さすがに驚愕を隠せないようであったが、すぐに開き直って
口を開いた。それは、アルターの最大の長所でもある。

「オレの技を見て、学んだってワケだな。結構やるな、おまえも。・・・ま、とりあえず、今日
のところは、オレ様の2勝ってことだ。アンジェ、またいつでも相手してやるぜ!」

・・・2勝1敗。アンジェにとっては、1勝2敗。でも。

対戦相手を上回った瞬間の、あの手応え。あの感触・・・。
アンジェの中に、熱い何かが生まれようとしていた。
その後、アンジェは、コロナの街で積極的に仕事や訓練を受け、自然と自分自身を鍛え
るようになっていく。無力なかえるが、人間の姿になって、1ヶ月・・・・・・

運命の冒険が、幕を開けるとき。
4月の終わり。その日はやってきた――。


第4話へつづく


さて、今回から語り口調を一時中断して、ナレーション方式(?)にしてみました。
「こっちの方が書きやすい」というのが主な理由ではあるのですが(笑)、そろそろ仲間の活躍も目立ってくるころですから、
丁度良いかな〜なんて思ってます。語りとナレーションが一緒になってる部分もありますが、それもまた一興ということで。(^^;
主人公の名前が気になる人は、ご自分の主人公ちゃんのお名前を当てはめて読むと良いかも?です。(たぶん)

ところで武器防具関係ですが、私の場合、この話のように育成モードのときに買うなんてことは、まずありませんですねぇ、ハイ。
たぶん皆さんそうだと思いますが・・・。ロッドとアルターの掛け合いは、またいずれ登場することと思いますので、ファンの方は
お楽しみに。ところで、そろそろお気づきの方もいらっしゃると思いますが、この主人公の職業はいったい何でしょう?(笑)

次回、第4話「水晶に映る運命」。
ご存知、主人公クエスト第1弾! あなたはどのメンバーで行きました??

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