かえるの絵本 最終話
「英雄」



旅立ちの日。

別れを惜しむ多くの想いに囲まれて、アンジェは一人一人と挨拶を交わした。

邪悪を滅ぼし、平和をもたらしたアンジェのもとには、その武勇を聞いた世界中の街々から多くの『依頼』が寄せられていたのである。

助けを求める、さまざまな声――。
アンジェの決意は揺るぎなかった。

一年間の宿をもらったマスターに限りない感謝の意を伝えて、それから、赤き戦士の前に立つ。

「・・・・・・・・・」

しばし、無言で。
おたがいに、つきぬ思い出に心を馳せ・・・。

やがて、少女が先に片手を差し出した。

「元気でね。アルター」

・・・と。一瞬の間。

「・・・おう。おまえもな! アンジェ」

アルターははっとしたように受け止めて、大きな手で、少女の手を包みこむ。

「またきっと戻ってこいよ。・・・おまえに負けねえくらい、オレもさらに腕を上げてやるからな!」

ニッと笑ったアルターに、アンジェも「――うん!」と微笑みかえす。

交わした固い握手は、絶えることなき信頼の証。
再会の楽しみをその瞳にこめて、ふたりはしばらくの別れに身を置く。

そして、ひととおりの挨拶を交わし終え・・・。

「アンジェさん」

魔法学院の講師スタットが、最後にアンジェに声をかけた。

「アンジェさん・・・、もう少し、出発を待ってもらえませんか・・・。あの子も、きっと・・・」

・・・小さく、アンジェは首を横に振った。

「・・・元気でねって、伝えて下さい。それから、ありがとう・・・って・・・」

短い言葉に、お辞儀を加え、少女は別れの時をしめくくる。
あたたかな街に笑顔で手を振り、旅の一歩を踏み出していく。

見送る輪のなか、やはり、『彼』の姿はどこにもなかった――。


やわらかな若草の匂いが、街道に新たな息吹を感じさせる。

アンジェは振り返らなかった。
まっすぐと前だけを見て、清々しい陽光の中を歩み続ける。

コロナの街が、だんだんと背後に遠くなりゆき、やがて、見えなくなっていた。

「・・・アンジェ。アンジェ!」

と。・・・少女の腰から、届く声。

「本当にいいんだケロ・・・? 本当に・・・このままひとりで行っちゃうんだケロ!?」

ベルトに提げた小袋から、顔を出すのは、ルームメイトの。

「・・・・・・ひとりじゃないでしょ。かえちゃんがいるじゃない」

「・・・。アンジェ・・・」

それは呪いの『産物』なのか。アンジェとかえるは変わらぬ友情を手に入れた。
・・・いつかぼくも一緒に冒険してみたいケロ・・・。
かえるの話したささやかな願い。たとえ危険な冒険であっても、必ず守ると誓える少女の真なる強さ。

心はずむ旅の始まり。
けれど・・・この状況はやっぱり納得がいかない。

「・・・・・・」

しだいに、少女の歩みが遅くなってきていた。

「・・・・・・しかたないよ・・・」

そして、一歩・・・一歩・・・。足が、止まる。

萌ゆる春草の緑の中に、アンジェの心がひもとかれていく。

・・・・・・本当はあのとき、『一緒に来て』と言いたかった。

・・・・・・でも、言えなかった。


終わりのわからぬ旅。

・・・マーロの未来を、いつまでも自分と重ねることなど、できないのだから・・・・・・。


止まった足を動かそうとした。

重い。重い一歩となるけれど、踏み出さなければいけない道。


・・・・・・・・・・・・。


『アンジェ――――!!』



馴染んだ声が・・・胸をつらぬき、鼓動を強めて。
振り返る。・・・もう、息づく想いは止められない・・・。

「・・・はぁっ、はぁっ・・・。よかった・・・追いついて・・・・・・」

街道を駆け追ってきた瑠璃の魔術士が、少女の瞳にその身を映らす。

「・・・アンジェ。おれも行く」

「・・・・・・・・・」

「遅くなってごめん。でも、これでおれも準備は完璧だから」

・・・少年の荷物は、豊富な魔術書。そして母親ゆずりの貴重なる知識。

この一年のように。それよりもはるかに。
かぎりない冒険の旅で、少女の力となるための準備――。

「マーロ・・・・・・」

「さあ、行こうぜ。・・・まずは、故郷に帰るんだよな?」


――本当にいいの?
――本当に、永き旅路に身を投じてもいいの? ・・・なんて・・・。

アンジェはきかなかった。


ただ、いつものようにうなずいて・・・。「ありがとう」と、一言。

腰の袋で満足そうなかえるの頭をすっと撫で、ローブの傍らに肩を並べる。


いつわりのない、自分の気持ち。

素直に・・・・・・。





少女はその後、魔術士とともにたくさんの場所を訪れて、数えきれない冒険譚を残していくこととなる。

華麗なる戦い、隠された秘宝、やさしさの照らす闇――。その行く末に救われた心は数知れない。



新たな冒険に挑むとき。そして成功させたとき。
もちろん、なんでもない日々のさなかでも。
隣にはいつも大切な人がいて、力を合わせ、想いを重ね・・・。


なくすことなき幸せを感じながら、アンジェはまた、多くの人に笑顔と光を生み続けていったのである。




語り継がれる伝説は、そんな英雄の物語。






ご愛読ありがとうございました。

最終あとがきは、こちらから(^^)


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