かえるの絵本 第21話
「竜、あらわる」



「まさかオレたちを探してたんじゃないだろうな。マスター、ちゃんと伝えてくれたか?」

不敵な笑みを一瞬戻して、アルターが言う。

「うん。ちゃんと聞いたよ」

微笑んで、アンジェは戦士を見上げた。

『竜のウワサが広がっちまった』と、街の騒ぎに困惑していたマスターの、送り際のその言伝。
――アルターとマーロが、先に行って待っている――と。

勝負の期限は一日。賢者の転送魔法に頼るほかに、アンジェが間に合うすべはなかったのだ。

「・・・アンジェ。ロンダキオンは?」

マーロがすっと隣に来て尋ねた。それに呼応したように、アンジェは鍛冶屋でのいきさつを伝える。
聞き終えたマーロは、またしても出てきた例の名前に腹立ちとため息を混ぜたような表情をしてから、そして、手元に何かを取り出した。

「だったら・・・なおさらこいつが必要だった、ってことだな」

広げられたそれは、地図。

「シャルルから借りてきた。・・・カナ山の、山頂までの近道が記されてる」

「――!!」

そのとき、前方の殿舎から、神聖なる魔力をまとった賢者が姿を現した。

「アンジェよ」威厳ある声。「ついに来るべき日がやってきたぞ」

ゆるりと話を交わせる状況ではない。
それでも・・・見据えるその場にいる少女は、自らが『一年』という機会を与え、苛酷な宿命を見守ってきた人物。

「おまえにかけられた呪いが、再びその力を現すときまで、あと一日。そして今、竜も再び姿を現した。これらはすべて、運命のめぐり合わせに相違あるまい」

そして、ラドゥはふっと瞳を緩めた。

「おまえは、たゆまぬ努力をしたようじゃな。その努力、無駄ではないぞ」

(・・・・・・・・・っ)

・・・アンジェの両手が、心の震えをおさえるように、ぐっと強く握られていく。

おまえは、十分な強さを身につけておる――。
そう、諭しの言葉を伝えながら、賢者ラドゥは石床に転送の魔法陣を出現させる。

「・・・さあ。行くのじゃアンジェ! おまえの勝利を、わしも信じて待つとしよう」

光の中に、四人の若者たちが消えていく。
『行ってきます!』。
過去の記憶を取り戻した少女の、確かな瞳と決意の声が、賢者の胸に響き渡っていた。



カナ山のふもとに送られた四人は、貴重な地図を頼りに山頂への近道を進んでゆく。

ときに険しい斜面を登り、今や背高の草が生い茂るけもの道のような旧道も、地図にそって行く。

「・・・なあ、アンジェ」

と、走りながら、マーロがなんとなく耳打ち気味に話しかけてきた。

「あのさ・・・。実は、アンジェの記憶のこと・・・あいつに話しておいたんだ」

『あいつ』――少年は、涼やかな視線を前方にうつした。
進行の最前列に出て、道を阻む岩土を斬り崩している・・・アルター。

「ま、別にどっちでもいいと思ったんだけど。知っておいてもいいかな・・・って」

・・・ともに戦う『仲間』としては、やっぱり・・・さ。

瞳をそむけて、最後はつぶやくような口ぶり。
けれども、それでアンジェは十分だった。

(そっか・・・アルターも、知ってくれたんだ・・・)
その事実と、マーロの心づかいが、本当にうれしかったのだ。

豪快に道を開くアルターに加わろうとして、アンジェが剣に手をかけ走り寄ろうとしたそのとき――上空から、数匹の魔物がこちらめがけて急降下してきた。

血走った眼。
耳をさく奇声。
・・・もはや”意思”を感じぬその姿・・・。

「・・・なんだかイヤな感じだわ。手強いというより、気味がわるい」

撃退したあとの、レティルの言葉だ。
そう・・・それが竜の邪気の影響。
この山の魔物たちは、すでに自己というものを完全に失っている。

(・・・・・・・・・)

――アンジェは、半年前のことを思い出した。

半年前、このカナ山の洞くつに竜の手がかりを求めてやって来たとき。
あのときも、今ほどではないが、竜の残したわずかな邪気がこの地に漂っていたのである。

まだ何も記憶のたよりがなかったアンジェは、それでも、肌に感じる――身に覚えのある――異様な空気の感覚に、とまどいながら足を進めていった。
そのうち、とまどいはいつしか、心の中で熱い『戦意』のようなものに変わっていき・・・。

・・・・・・その状態で振り下ろした剣が、ロキの岩に確かなキズをつけていた・・・・・・。

”謎の剣士”の、驚愕の表情。
こちらを見つめる瞳をうけて、自分も、たった少しの間だけれど、忘れるわけなき親友とまっすぐ向き合っていたというのに――。

(・・・レオン・・・!)

うつろいから抜け出せなかった自己を呪う。
アンジェは悔しさを噛みしめて走った。
・・・せめて、せめて、『彼の知る』本当の自分で、今度こそレオンと向き合いたいから・・・・・・。

(お願い、無事でいて・・・!!)

やがて、いつしか魔物の出現する気配がなくなってきていた。

山道の木々が途切れる。

と、そのとき――記憶のなかの”あの日と同じ風”が、吹いた。


・・・この腕を、この剣を、何度振り下ろしたことか。

この十年、自分を休ませてきたわけではない。
十年前のあの時よりも、確実に力を増した自覚はある。

それなのに・・・・・・。

「ぐっ・・・!!」

痛いほど見知ったはずのこの仇敵の肌は、こんなにも重く強固なものだったのか。
長い黒髪が、汗で顔に絡みつき、もれる呼吸が荒くなる。

(――ロンダキオンよ)

ふたたび斬りつける、その手の痺れが全身をつたう。
打撃を受けた身体の数箇所が、脳の命令をきかなくなってくる。
己の限界――。

・・・聖なる神具ロンダキオンは、それでも、剣士に奇跡の力を与えようとはしない・・・。

『これで、終わりだ』
そう、剣士の耳には聞こえたような気がした。

自分めがけて襲いくる、鋭い大爪が間近に迫るのを感じても、剣士の身体はそこから一歩も退くことはなかった。
ただ、爪先に光る一点の陽光だけが、閉じた瞼のうらに残る。

(いま行くぞ・・・きみのもとへ・・・)

もはや小さな笑みを浮かべた剣士の、想い映した心の行く先・・・。

『――レオン――!!』

(・・・・・・!)

・・・・・・土ぼこりの中に、鮮やかなピンク色が見える。
ふわりと、その先端が頬にふれる。
声を感じて見開いた両目が、そこにある透きとおったみずいろの瞳と、一瞬だが確かに合わさる――。

最後の心を届けようとした相手。
ようやく会えるのだと思った姿。その姿こそ、まさに・・・。

風に揺れる若草色のマントへ、敵の爪が寸前まで振り下ろされた、そのとき。

「――!?」

剣士のふところから、ひとすじの強き光が放たれた。

十年前・・・。

光が、邪悪なる攻撃からふたりを守る。

十年前、あいつは自分の命と引き換えに、私をかばって死んだ。
勇者としての実力と人望を備え、いつも弱い者の味方だった。
私にとって、あいつは憧れだったんだ。

(――アンジェリシア――!!)


赤き竜が聖なる光にひるんだ隙に、アンジェたちは傷ついたレオンをその場から救い出した。
そして、死角になりそうな大岩の影に潜み、すぐさまレオンへ応急手当をほどこす。

小さなうめき声をあげて、剣士が目を開いた。

「アンジェ・・・レンフレーテ・・・」

きみたちが助けてくれたのか・・・。
そう言ったレオンの瞳は、どこか無念さを隠しきれない。

「私では竜に勝てないというのか・・・」
レオンは、まるで独り言のように呟いた。
「ロンダキオンは私に、友の仇もうたせてはくれないのか・・・・・・。せめて見殺しにしてくれていればよかったものを・・・」

「バカいわないでよ!」とっさにレティルが叫んだ。

「そんなこと、できるわけないじゃない! だって、あなたは・・・あたしと、アンジェの大切な人、なんだから・・・・・・」

ふるえそうな声で、レティルは必死に訴えかける。
『真実』を含めた、その想い。
けれども、レオンの心は、いまだ固く閉ざされたまま・・・。

「友との約束も果たせぬ私に、ぶざまに生き続けろというのか? クッ・・・! こんな怪我では死ねそうもない」

ただ『絶望』の一文字しか映っていない――。
そんな剣士の態度に、アルターとマーロが同様に憤る。
「助けてもらって・・・!」と声の高ぶる二人の手前で・・・・・・たったひとり。

アンジェが、小さく、息をつくように・・・笑った。

(相変わらず、なんだから・・・)

「・・・。どうして、こんなことをする・・・」

少女の小さな微笑は、レオンにも感じられた。その影響か、かなくなだった気持ちに、なんとなく違う風が吹いてくる。

「・・・ありがとう。一応、礼は言わせてもらおう」

遠くを見ていた瞳が、そのとき初めて目の前の人物を受け入れて・・・あらためて、レオンは少女の顔をじっくりと見つめた。

何を伝えてもいいような・・・。
やわらかな、おだやかなその表情は、なぜこうまでも自分に安らぎを与えるのか・・・・・・。

「・・・きみに助けられたとき、思い出していた・・・・・・」

安らぎに包まれた心は、止まらずに話し始めていた。

「十年前の戦いでも、同じような場面があったのだ・・・。きみがロンダキオンを手にしたときから、あいつときみが・・・・・・妙に、重なって思える・・・・・・。きみは本当に、あいつに似ている・・・」

アンジェは、まだ何も言おうとはしていなかったが・・・。
レティルにマーロ、アルターは思った。
――今こそついに『真実』を明かす瞬間なのだと。

「竜から私をかばった、私の友に・・・」

・・・レオンの言葉がとぎれたところで、口をひらいたのはレティル。

「あのね、レオン」

レティルは、それから一度アンジェをうかがった。
うん・・・と瞳が伝えている。レティルはうなずいて、続けた。

「アンジェこそが、あなたの大切な友だちなのよ。十年前から、ずっと・・・ね」

「・・・!?」

・・・・・・冗談には、聞こえなかった。
唐突に聞かされたその言葉の意味を考えて、レオンは大きく目を見開いて葛藤を始める。
十年前から・・・。ということは・・・。とはいえ、いくらなんでも話がつながらない・・・。

なかなか理解できずにいるレオンを見かねて、今度はアルターが、核心の一言をついた。

「似てるんじゃなくて、本人なんだよ」

――なあ、アンジェ。
ポンと肩をたたかれて、その”本人”が真実を語る。

「レオン。私の名前は、アンジェリシア・マークス」

ゆっくりと、しかし、確実に。

「ずっと、記憶をなくしてた・・・。あのあと、レオンと一緒に竜と戦ったあのとき、私、竜に呪いをかけられた・・・」

レオンが驚きの声を上げる。
『呪い』とは・・・考えにも及ばなかった事態。

「かえるに姿を変えられて、自分が誰かもわからないまま、十年・・・。十年も経ってた――」

だんだんと感情高ぶってくる彼女の言葉に、レオンは身を乗り出して聞いていた。
コロナの近くの森で、賢者が魔法で戻してくれた”本来の”姿。その魔法さえも、今日が最後の期限なのだという。

「そんな・・・信じられない・・・・・・」

レオンは、声を震わせる。

「ううん、本当なの。レオン、すべて本当のことなの・・・。だから・・・」

「・・・いや・・・違うんだ」

震えたまま、けれど、剣士の瞳に希望の光がともっていく――。

「きみが生きていてくれた・・・。アンジェリシア、きみが生きていてくれたとは・・・・・・!!」

私が感じていたものは、間違いではなかったんだな!
それはまさに、絶望から解き放たれたまなざしだった。
アンジェが、レティルが、暗き影を背負ったレオンを憂うすべての者たちが待ち望んでいた、そのまなざし。

「もう一度きみと出会えて、本当にうれしい。また助けられてしまったことになるな・・・」

そしてレオンは次に『私のせいで呪いを・・・』と続けようした。
謝ろうとしたのである。・・・と。

「・・・!」
アンジェが、すっと手を伸ばして、その口にふれた。

「レオンのせいじゃないよ」

・・・優しくて、おだやかで、その中でもどこか力強いその表情は、確かに間違いなく忘れえぬ親友・アンジェリシアのもの。

「レオンのせいじゃない。しいて言うなら・・・力の足りなかった自分のせい、かな。・・・それか、竜のせい」

「アンジェリシア・・・」

「そう。とにかく、謝るのは私のほう。十年もつらい責任を背負わせて、本当にごめん」

・・・もっと、もっとちゃんと話したいのに・・・。
ごく短くしか伝えられないこの状況を、アンジェは悔やんだ。

そろそろ、竜が動く――。禍々しい空気を感じる。

レオンは、アンジェにロンダキオンを手渡した。
神々しく輝く光円の中央に、ロッドの手によりしっかりと埋め込まれた月長石の結晶。
よみがえった聖なる力。

「きみの仇をうつため、私はまわりをかえりみようともしなかった。これはきみのものだ」

神具を身につけた少女の姿を確認し、それからレオンは立ち上がろうとする。

「私も、この程度のキズなら・・・ウッ!」

しかし、竜からうけた傷は感覚以上に大きかった。
わき腹をおさえて、痛みに顔をゆがませる。

「ケガ人は引っ込んでな!」マーロが、見るに見かねて声をはさんだ。「あとは、おれたちがやるからさ・・・」

「・・・。すまんな・・・」

少年の気持ちは、正直にうれしかった。
けれどもやはり、レオンの心は、まだ戦うことを棄てきれない・・・。

そのとき、立ち上がったアンジェが口をひらいた。

「レティル。・・・頼みがあるの」

視線がレオンのもとから移され、少女は、名を呼んだ女剣士の瞳をまっすぐに見つめる。

「お願い」

――そして、伝えられたその頼み。

「先にコロナに戻って・・・レオンを診療所に連れてってくれないかな」


「――!!」

突然の提案に、その場の一同が驚きの表情をみせた。
レオンはもちろんのこと、レティルの驚愕さえも例外ではない。

レオンを助けるという目的はあった。
けれどもそれ以上に、自分はアンジェとともに戦うために、ここに来たのだ。

「・・・アンジェ」下を向いたまま、レティルは訊いた。「・・・どうして?」

アンジェは微笑んでいた。そこから発せられた答えは。

「レティルになら、まかせられるから」

――レオンの無事を、任せられるから――。

(・・・・・・!)

「・・・・・・。わかったわ」

「!? レンフレーテ!」

「・・・レオンのことは、あたしにまかせて。一足先にコロナの街で、あなたたちの勝利を信じて待ってるから」

・・・これは何より、責任ある仕事だと。レティルはアンジェに頷いた。
竜のいるこの場所にいる限り、いつか怪我をかえりみず戦いに出てしまうかもしれない。レオンは、そういう心の持ち主だから。

と。ついに竜がすさまじい叫びを轟かせた。
「アンジェ」と、マーロが小さくうながす。アルターはすでに、大岩の脇から敵に鋭い視線をおくっている。

刹那ののち――五人は、それぞれの方向へと駆け出していった。

三人は邪竜のもとへ。
そして、二人は街へと続く山道へ。

「レオン・・・」

肩を貸して歩みながら、レティルは傍らの剣士に語りかける。

「強く願い続ければ、いつか思いはかなう。そう信じるから、人は強くなれるんじゃない」

視線はあえて、前方を見据えたまま。

「・・・アンジェは、あたしにそれを気づかせてくれた。だから大丈夫。強く信じていれば、きっと竜だって倒せるわ!」

(・・・・・・レンフレーテ)
レオンは、うつむいていた顔を上げた。

「・・・そうだな。今は信じよう」

あいつもきっと、同じ気持ちで戦ってくれるはずだから――。

『もう、誰にもつらい思いはさせないよ』
・・・レオンにも、みんなにも。そしてもちろん、自分にもね!

そう微笑んでいったアンジェの、あの頼もしい澄んだまなざし・・・・・・。

背後で轟音が響いた。

竜と少女の大いなる戦いが、今、始まった。


第22話につづく


・・・で、レティルとレオンは、山を下りてラドゥの魔法陣からコロナに戻ったという設定です。(説明くさい)

ほとんど毎日、筆(?)を入れていたにもかかわらず、書き上がるまで一週間以上もかかってしまいました。
先週の今日も、夜6時台のアニメ見ながらファイル開いてた気がしますよ(爆)
ただ、そのぶん考えていたストーリーはほぼ盛り込めたと思っています。盛り込みすぎという感もアリ・・・?(^^;

というわけで、最後はムリヤリつじつまを合わせて(笑)、次回は1stプレイ時のメンバーそのままにてラストバトルです!

次回、第22話「運命の決戦」。

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