かえるの絵本
第20話 精霊の姫
自分を呼ぶ声。
――ここに、おいでなさい――。
思い出しても、聞き覚えのない声なのに。
(誰なのです――?)
その瞬間、見つめるように浮かんだ光は、すぅっと彼方に消えていく。
最後に(待って!)と手を伸ばす。
目が覚めても、決して消えない、その面影・・・・・・。
――どんっ。
「・・・あっ、ごめんなさい!!」
ほうきをぎゅっと握りしめたまま、カリンはあわてて頭を下げた。
ぼぅっとしていて、ぶつかってしまった・・・。
駆けまわる子どもの声。噴水の音。
と。
「カリン、大丈夫!?」
気持ちがまた憂鬱になりかけたところを、その声に救われた。
「あ・・・アンジェ。・・・こんにちは」
ふわりと髪を揺らして駆けてきた少女は、もういちど心配の言葉をかけてから、あらためてにこりと微笑んだ。
「あの、アンジェ。今日は・・・?」
「うん、依頼を受けにきたんだ。コロナのババに」
「・・・おばあさまに・・・?」
ババが依頼を出していたなんて、まったく知らなかった。怪訝そうな顔をするカリンを見て、アンジェは「そっか・・・」と小さく続ける。
「もしかして、カリンにはまだ言ってないんだ・・・」
「・・・・・・?」
いったい何のことなのだろう――。
「じゃ、行こ!」
ひらりと振り返り、アンジェが歩き出す。
「あの・・・、アンジェ」
足を動かすどころか、カリンは、そのままアンジェを呼び止めていた。
「よかったら、話を聞いていただけないでしょうか」
まっすぐ見つめるエメラルドの瞳に映った友は、一瞬不思議な顔を見せつつも、足を止め、おだやかに次の言葉を待ってくれている。
カリンは、その様子に安心をしながら、ゆっくりと話し始めた。
「おばあさま、アンジェさんがご用のようですのでお連れしました」
そう言うと、カリンはそのままテントを出て行こうとした。
だが、「おまえもここで話を聞いてお行き」とのババの声。
「さて、アンジェ。おまえさん、あたしが酒場に出した依頼を受けてきたんだろう? まあ、そこで話を聞いておくれ」
そこまで言うと、コロナのババは、急にカリンへと顔を向けた。
「それで、カリン」
「はい、おばあさま」
「おまえひとりで夢に出てきた城を目指すなんて、許さないよ!」
「――!」
う・・・とカリンは息をのんだ。そして、みるみる寂しそうに瞳を落とていく。
「この、アンジェに一緒に行ってもらうんだ」
「・・・本当ですか!」
それでは、行ってもいいんですね。その声と同時に、少女の顔にはパァッと希望の色
「聞いての通りさ、アンジェ。この子が、夢で見たお城で、誰かが呼んでるなんて言うもんでね。そこに行くと言ってきかないんだよ」
アンジェはこくりとうなずいている。
「・・・そんなおとぎ話みたいな話と、笑うかもしれないけどね」
などと伺うように言ったのにも、アンジェは素直な眼差しで「いいえ」と首を振った。
・・・・・・アンジェと一緒に行けたら・・・・・・。
「では、アンジェ。さっそくまいりましょう」
弾む気持ちが、自然に動きにあらわれる。アンジェを伴って、すぐにもテントを出ようとする勢い――そんなカリンを、ババがあわてて呼び止める。
「これ、カリン、お待ちって! このまま、あてもなく出発するつもりなのかい?」
その問いかけに「・・・ええ」と答えるカリンを見て、ババは少々呆れたそぶりを浮かべつつ、スッとふたりの前に立って言った。
「オルフォスの城に行ってみるといいよ」
カリンとアンジェが、「えっ・・・?」と同時に目を向ける。
「国が滅んで久しく、今は廃墟になってしまったが、きっと何かわかるはずだよ」
・・・行き先が判明して、アンジェは純粋に勇んだ顔をしていたが・・・カリンは、少し考えてから首をかしげた。
「・・・おばあさま、どうしてそれを?」
一瞬、ババの言葉がつまったかのようにも見えた――。だが、すぐに何事もなかったかのように、水晶玉に手をふれた。
「占いに出たんだよ」
コロナの街からは、ずいぶんと離れた地にある広大な森。
「・・・こっ、ここが城かぁ!?」
思わず第一声を上げたのは、少女ふたりに同行してきたアルターである。
「廃墟・・・ですね。確かに今は見る影もありませんが・・・」
つぶやくように言ったカリンの言葉どおり、目の前に広がる『オルフォスの城』は・・・壁は所々が崩れ落ち、焼けた跡だろうか、白亜の壁に目立つかすれた黒。崩壊して、森の緑と一体化してしまっている部分もある。・・・三人は、しばしその風景に感傷的になる。
そのうち、とにかく眺めていても仕方がない、ということで、入り口らしき場所から古跡の中へ。
「ふたりとも、オレのそばから離れんじゃないぜ! どんなヤツらが襲ってきたって――」
「あっ・・・! きた!!」
人里離れ、陰気を好む魔物たちには、最も適した廃墟である。さっそく、棲みつく魔狼の群れがとびかかってきた。
・・・精霊使いの職についているカリンではあるが、さすがに冒険慣れしたアンジェやアルターからすれば、無言のうちに『守るべき存在』。もともと、カリンが戦いを好まないというのも、二人は理解してくれている。
その後も幾度か魔物に道を阻まれたが、特に危ういことなく探索は進み――やがて、三人は古びた玉座の置かれた部屋へと足を踏み入れていた。
「・・・・・・・・・」
カリンは、ぎゅっ・・・と胸の貴石を握りしめた。
(・・・・・・。ここは・・・)
そのとき、玉座の上の暗闇に、突然、すぅーっと小さな光の玉が浮かんできたのである。
――よくきましたね。継承の資格を持つ者よ――。
(!!)
突如現れた光と、耳に届いたその声に、アルターとアンジェは驚きとともに辺りを見据えた。
「この声、夢の中と同じ! あなたはいったい誰なのです?」
心のままに、カリンは飛び出し、問いかけていた。
「教えてください、あなたは・・・!」
声は、そんなカリンの問いには応えなかった。
――資格を持つ者よ。この王国が滅んで、はや十数年の月日が経ってしまいました――。
光が、ゆっくりと下降する。
――この国には、大いなる精霊の遺産が封印されています。あなたには、それを受け継ぐ資格があるのです――。
「・・・・・・!?」
今度は、三人が三人とも同じ反応をみせた。
――これから、遺産が眠る封印の神殿へ、あなたを案内しましょう。あなたが封印を解くことができれば、大いなる遺産は、あなたの前に姿を現すでしょう――。
そして光は動いた。『さあ、ついていらっしゃい』との言葉とともに。
「・・・・・・!」
「――追いかけよう!!」ゆるやかにその場を移動していく光を目にして、真っ先にそう言ったのはアンジェであった。しかし。
「カリンに遺産だとかを受け継ぐ資格があるってのは、どういうことだ? 話がさっぱり見えねぇぜ!」
腕を組み、首をかしげるアルターの言い分も、ごもっともである。
「そんな・・・、私はおばあさまに拾われた、ただのこどもだったのです・・・。ずっと、私はただの孤児だと聞かされてきましたから」
ほんとうに、話がさっぱり見えない・・・。やり場のない想いが、カリンの声に表れる。
「それに、大いなる精霊の遺産と言っても、私が精霊使いだからというだけのものかもしれませんし・・・・・・」
だんだんと落ちた瞳が、そうしてついに城の床をとらえようとした、そのとき・・・。
「とにかく、行ってみよう?」
再び、促したのは、今この場で最も迷いのない瞳をしている――アンジェ――。
「行けばきっと、何かがわかる・・・。カリンの・・・自分のこと、何か掴めるかもしれないんだったら・・・やっぱり、行ってみたいでしょう?」
優しく、それでいてどこか力強い。そんな眼差しに、カリンの勇気が導かれていく。
・・・思い起こせばこのアンジェこそ、ここまで自分探しの冒険を続けてきた本人・・・。
「そうですね、アンジェ・・・私、真実を確かめてみたいんです。あの光が消えてしまわないうちに、追いかけましょう」
「うん!」
「よっしゃあ、やっぱりそうこなくっちゃな」
むろん、先ほどまで疑問で止まっていたアルターも、前向き意見には大賛成だ。
「消えてしまいました・・・」
王城跡を出て、深い森をさらに奥へ奥へ。
獣も、魔物も、もちろん人間の気配さえ感じない。もう何年もの月日を、誰にも見つからずにいた静かなる神殿・・・。ひんやりとした空気の中にも、どこか神秘な、心に何かを訴えかけてくるかのような奇妙な感覚を、カリンは感じずにはいられなかった。
「・・・何かある」
石碑――。
精霊の遺産をここに封印す。
そのとき、アルターが突然うしろを振り返った。
「どうしたの・・・? アルター」
アンジェとカリンも、同じく、いま来た入り口付近に目をおくる。・・・が、特に変わったところはない。
「・・・気のせいか・・・。まあ、いいや。で、どうすんだ?」
「ええ、やはりここがオルフォス王国の遺産が眠っているという、封印の神殿のようです・・・。では、奥へと進んでみましょうか」
神殿の内部は、さすがに『大いなる遺産』を封印しているという地だけあり、回廊の所々に魔力で封じられた扉が配されていた。
大きな扉の前に、何かを置くための台座のようなもの。その数は、四つ。
カリンたちは、四つの石を、いろいろと並びを変えて置いてみた。・・・・・・すると。
前方の扉が、キィ・・・と音をたて、開いていく。
――継承の資格を持つ者よ、今、封印は解かれました――。
「うおっ! やったぜ!!」
いつの間にか現れていた光に気にすることなく、アルターがガッツポーズをかかげてみせた。
――さあ、進みなさい。そして、大いなる遺産を受け取るのです――。
頭上の光の輝きは、いっそう強まっているようにも見える。
「どうして私がその遺産を受け取るのか、まだ私にはわかりません」
曖昧のままではいられない一番の疑問を、カリンはすがるように訴えた。
「教えてください! オルフォス王国と私には、どんな関係があるのです?」
光は、それでも終始落ち着き、ただ、”継承の資格者”カリンを扉の先へと進ませようとする。
――すべては、精霊の導きのままに。遺産をお受け取りなさい。そのとき、すべてがわかるでしょう――。
アンジェたちにも背中を押され、カリンは、ついに『遺産』への一歩を踏み出すことにした。
「封印が解けたようだな!」
突然、耳をさいた声。一同はとっさに武器に手をかけ振り返った。
「ちっ・・・やっぱ気のせいじゃなかった。つけてきやがってたんだ!」
アルターが悔しげに吐き捨てると同時に、先頭の男が片手を挙げて号令した。
「我々先遣隊で遺産を頂いてしまえば大手柄だ! さあ、遺産をよこせ」
「あなたたちは、いったい何者なのですか?」
すると・・・。
「我らが、その遺産をいただくために、王国を滅ぼしたとしたら?」
(――!!)
・・・・・・この国が、”亡き”ものとなった理由。
「なんて・・・ひどいことを!」
カリンはたまらず杖を握った。しかし、
「! アンジェ!?」
「ここは私たちが! カリンは早く、扉の向こうへ・・・!」
剣を構えたアンジェが、すばやく男たちの前に立ちはだかった。
「おう、とっとと行って、継承だかなんだかをすませて来な!」
アルターも、にっと笑って大剣を手にする。
カリンは一瞬とまどいながらも、すぐに二人に礼を述べ・・・自分のなすべきことをしてくる決意をかためた。
――さあ、カリン。あなたに、この大いなる精霊の遺産をさずけましょう。あなたはたくさんの精霊たちの加護を受けているのですよ――。
光の玉に言われるまま、カリンは薄闇の部屋の中央まで歩み寄る。
「・・・・・・!! これは!?」
気が付くと、カリンはその身に、清らかな新緑色のローブをまとっていた。
「教えて下さい!」
それら身にまとった『精霊の遺産』は、自分の身体を突然おおったにもかかわらず、不思議なほど心地よい感覚をおぼえさせる。カリンはいよいよ自らの”正体”を、強く問わずにいられなくなった。
「なぜ私にそんな力があるのですか? 私はいったい何者なんですか?」
すべての役目を全うした安堵であろうか・・・。
――あなたこそ、オルフォス王家の血をひく、ただ一人の生き残り――。
「・・・えっ・・・」
予想だにしない、その返答。カリンの瞳が大きく見開く。
――オルフォスの国は、代々、精霊の加護を受けてきました。だからオルフォスの王は、精霊使いの力を持つのです――。
光の声は、淡々と続く。
――しかし、それは争いの力でもあります。ときの王カロンは、その力を封印し、争いをなくそうと願いました。しかし、邪悪な者たちはその力を狙い、王国を滅ぼしてしまったのです・・・――。
「そんな! では、私は・・・」
――そう、あなたはカロン王の娘。今はなき、王国の忘れ形見なのです――。
(・・・・・・・・・)
しばらく、言葉を発することができなかった。
孤児だと思って生きてきて。それでも、コロナのババや友たちと暮らす毎日は、なに不自由なく充実していて・・・。
何よりも今、この身にまとった遺産たちが、強く心に語りかける。
「・・・最後に、もうひとつだけ!」
カリンは、うつむいた顔をゆっくりと上げた。
「あなたは・・・・・・誰なのですか?」
うっすらと涙をためたエメラルドの瞳に見上げられて、光がその問いに応える。
――私は代々この国を守ってきた精霊です。この国の、今は亡き王たちの魂も、私と共にあります。・・・さあ、もう行かなくてはなりません――。
「待って! 待ってください! あなたは私の・・・・・・!」
手を伸ばした瞬間に、瞳の雫がはらりとこぼれた。
――あなたは早く、待っている仲間のところへ戻りなさい――。
・・・・・・・・・これからは、ずっとおまえと共にいます、カリン・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・」
・・・涙が止まらなかった。
(ずっと、共に・・・)
そして・・・ひとしきり泣いたあと、カリンはぐいとその涙を拭い、歩き出した。
同じころ、継承の間の外では、戦士と少女が華麗に敵を壊滅させ、後から来た主犯格のエルフと対峙していたところだった。
「・・・! 効いてねぇ・・・!?」
「フン。貴様らの攻撃など、このオレに通用するか。そら、お返しだ!」
ジャッハと呼ばれるエルフは、そう言うとアンジェとアルターの頭上に暗黒の波動を生み出し始めた。広がる闇が、じわじわと二人の身体に絡みついていく。自由が奪われる・・・! と、そのとき。
「お待ちなさい!」
まばゆい光が、瞬時に邪悪な闇を消し去る。
「・・・・・・カリン!」
闇の力に手放しそうになった剣を持ち直して、アンジェが笑顔で振り返った。
「あなたですね、私欲のために、オルフォス王国を滅ぼしたというのは!」
まとった神秘のローブから、ほのかな魔力が光り立つ。
「いまはなきオルフォス王の娘、このカリンが、これ以上ひどいことはさせません!」
「なに! オルフォス王の娘だと!? 生きていたのか!」
明かされた真実に、その場の皆が様々の驚きを見せた。
「待って、カリン! 攻撃が・・・届かないみたいなの」
「ああ・・・! あいつのまわりに、見えねえ壁があるみてぇなんだ!」
アンジェとアルターが、鋭い視線をジャッハにおくる。カリンは首飾りへと手をふれた。
(・・・見えない壁・・・)
それから、遺産のロッドを高らかとかかげ、叫んだ――。
「この地に宿りし精霊たちよ。オルフォスのカリンが命ずる。邪悪なる者より、その守護する力を離させたまえ・・・!」
神殿の床から、まるで鋭利な刃物にも似た光が飛び出し、ジャッハの身体を取り囲む。
今ここに、オルフォスすべての想いをこめて、カリンは哀しき歴史に終止符を打った。
噴水の水音。にぎやかな話し声。
父王が封印した、大いなる精霊の遺産を受け継いで、カリンはコロナの街へと帰ってきた。
・・・向こうから、ふわりと揺れるピンクの髪。こちらへ手をふり、歩んでくる。
「あんなに大きな力をさずかったものの・・・毎日は何も変わらないみたいです」
小さく笑って、カリンは言った。
「本当の自分を知るって、こういう感じ、なのですね・・・」
言いながら、空を見上げる。
「・・・カリン」
やわらかな声。耳に届くその声は、でもどこか・・・どこか確信を含めたふうにも聞こえて・・・。
「自分のすべてを知るって、重くて、心が押しつぶされそうになることもあるけど・・・でも、やっぱり、知れてよかったなって・・・思うものだよね」
瞬間、カリンはハッと瞳をひらいた。
(アンジェ・・・、あなたは・・・!)
「っと! それじゃ、そろそろ行くね。訓練所の人たちも、お昼食べ終わった頃だろうし」
じゃ、またね。そう言って、再び手をふり、歩いていく。
(・・・・・・アンジェ、あなたも、失われていた自分を取り戻したのですね・・・・・・)
――大変な運命を背負った者。
「精霊たちよ・・・」
カリンは祈り、想いをとなえた。
「カリンが命ずる・・・。汝らすべての力にて、アンジェを、大切な友を、守りたまえ」
・・・あとは呪いという、最後の枷を解くために・・・。
時は刻々と近づいている。 |
わぁー、長ぁーい!!(爆)
あわわ、久しぶりに書いたらゲーム中のセリフほとんど使ってしまいましたよ・・・。どこか省略できなかったのか!?
・・・とりあえず、本編が長すぎるのでここのコメントは短めにすませておきます。カリン、一番最後に一番最強。
そして、しつこく続けてきたこの連載も、ついにラストの数話を残すのみとなりました。
次が最後というわけではありませんが・・・でも、もうゲーム的には最終日。さて、次の更新はいつかのぅ・・・(笑・・えない)
次回、第21話 「竜、あらわる」。 ・・・あらわれました。
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