かえるの絵本

第20話 精霊の姫



――おいでなさい――。

自分を呼ぶ声。
暗い静寂のなか、でもどこかあたたかくて・・・懐かしい気さえして。

――ここに、おいでなさい――。

思い出しても、聞き覚えのない声なのに。
呼ばれている。
強く。強く。

(誰なのです――?)

その瞬間、見つめるように浮かんだ光は、すぅっと彼方に消えていく。
照らされた景色が、だんだんと薄れて・・・。意識が遠のいて・・・。

最後に(待って!)と手を伸ばす。

目が覚めても、決して消えない、その面影・・・・・・。


――どんっ。

「・・・あっ、ごめんなさい!!」

ほうきをぎゅっと握りしめたまま、カリンはあわてて頭を下げた。
「いいえ」と、青年は軽く笑って通りすぎる。

ぼぅっとしていて、ぶつかってしまった・・・。
カリンは小さくため息をついた。

駆けまわる子どもの声。噴水の音。
昼下がりの広場は、今日も変わらぬ憩いの風景を見せているというのに・・・自分の心だけが、どうにも『ここにあらず』の状態で・・・。

と。

「カリン、大丈夫!?」

気持ちがまた憂鬱になりかけたところを、その声に救われた。

「あ・・・アンジェ。・・・こんにちは」

ふわりと髪を揺らして駆けてきた少女は、もういちど心配の言葉をかけてから、あらためてにこりと微笑んだ。

「あの、アンジェ。今日は・・・?」

「うん、依頼を受けにきたんだ。コロナのババに」

「・・・おばあさまに・・・?」

ババが依頼を出していたなんて、まったく知らなかった。怪訝そうな顔をするカリンを見て、アンジェは「そっか・・・」と小さく続ける。

「もしかして、カリンにはまだ言ってないんだ・・・」

「・・・・・・?」

いったい何のことなのだろう――。
とりあえず、自分も一緒に聞くべきのような気もして、アンジェが向かう先・目と鼻の先にある占いテントへと、カリンも一度帰ることにした。

「じゃ、行こ!」

ひらりと振り返り、アンジェが歩き出す。
自分もはやく行かなければ。なのに・・・。

「あの・・・、アンジェ」

足を動かすどころか、カリンは、そのままアンジェを呼び止めていた。

「よかったら、話を聞いていただけないでしょうか」

まっすぐ見つめるエメラルドの瞳に映った友は、一瞬不思議な顔を見せつつも、足を止め、おだやかに次の言葉を待ってくれている。

カリンは、その様子に安心をしながら、ゆっくりと話し始めた。


「おばあさま、アンジェさんがご用のようですのでお連れしました」

そう言うと、カリンはそのままテントを出て行こうとした。
やはり自分は聞かないほうがいいのかも、と、遠慮すべきだと思ったのである。

だが、「おまえもここで話を聞いてお行き」とのババの声。
カリンはそれに従って、アンジェの座る椅子の横に立った。

「さて、アンジェ。おまえさん、あたしが酒場に出した依頼を受けてきたんだろう? まあ、そこで話を聞いておくれ」

そこまで言うと、コロナのババは、急にカリンへと顔を向けた。

「それで、カリン」

「はい、おばあさま」

「おまえひとりで夢に出てきた城を目指すなんて、許さないよ!」

「――!」

う・・・とカリンは息をのんだ。そして、みるみる寂しそうに瞳を落とていく。
だが・・・そんなカリンの反応は見越していたのだろう。ババは、それからフッと笑って言葉を続けた。

「この、アンジェに一緒に行ってもらうんだ」

「・・・本当ですか!」

それでは、行ってもいいんですね。その声と同時に、少女の顔にはパァッと希望の色
が浮かぶ。
ババは再びアンジェを見た。

「聞いての通りさ、アンジェ。この子が、夢で見たお城で、誰かが呼んでるなんて言うもんでね。そこに行くと言ってきかないんだよ」

アンジェはこくりとうなずいている。
そう・・・たった今、この占いテントに入る直前で、カリンが打ち明けた話がこれだったのだ。
突然の話だったにもかかわらず、嫌な顔せず聞いてくれたアンジェ――優しい彼女だ
からこそ、そうして聞いてくれることを、カリンもわかっていたのかもしれない――であるから、ババが続けて

「・・・そんなおとぎ話みたいな話と、笑うかもしれないけどね」

などと伺うように言ったのにも、アンジェは素直な眼差しで「いいえ」と首を振った。

・・・・・・アンジェと一緒に行けたら・・・・・・。
心の中で、ひそかに願っていた想い。

「では、アンジェ。さっそくまいりましょう」

弾む気持ちが、自然に動きにあらわれる。アンジェを伴って、すぐにもテントを出ようとする勢い――そんなカリンを、ババがあわてて呼び止める。

「これ、カリン、お待ちって! このまま、あてもなく出発するつもりなのかい?」

その問いかけに「・・・ええ」と答えるカリンを見て、ババは少々呆れたそぶりを浮かべつつ、スッとふたりの前に立って言った。

「オルフォスの城に行ってみるといいよ」

カリンとアンジェが、「えっ・・・?」と同時に目を向ける。

「国が滅んで久しく、今は廃墟になってしまったが、きっと何かわかるはずだよ」

・・・行き先が判明して、アンジェは純粋に勇んだ顔をしていたが・・・カリンは、少し考えてから首をかしげた。

「・・・おばあさま、どうしてそれを?」

一瞬、ババの言葉がつまったかのようにも見えた――。だが、すぐに何事もなかったかのように、水晶玉に手をふれた。

「占いに出たんだよ」


コロナの街からは、ずいぶんと離れた地にある広大な森。
その森を奥深くまで歩くと、やがて視界がひらける。周りを木々に囲まれた、石造りの・・・。

「・・・こっ、ここが城かぁ!?」

思わず第一声を上げたのは、少女ふたりに同行してきたアルターである。
依頼主のババが用意した旅費が三人分だったので、酒場に戻ったアンジェが誘ってきたのだ。

「廃墟・・・ですね。確かに今は見る影もありませんが・・・」

つぶやくように言ったカリンの言葉どおり、目の前に広がる『オルフォスの城』は・・・壁は所々が崩れ落ち、焼けた跡だろうか、白亜の壁に目立つかすれた黒。崩壊して、森の緑と一体化してしまっている部分もある。・・・三人は、しばしその風景に感傷的になる。

そのうち、とにかく眺めていても仕方がない、ということで、入り口らしき場所から古跡の中へ。

「ふたりとも、オレのそばから離れんじゃないぜ! どんなヤツらが襲ってきたって――」

「あっ・・・! きた!!」

人里離れ、陰気を好む魔物たちには、最も適した廃墟である。さっそく、棲みつく魔狼の群れがとびかかってきた。
とっさにカリンは二人の背に守られて、斬音を聞いている間に戦闘は終わる。

・・・精霊使いの職についているカリンではあるが、さすがに冒険慣れしたアンジェやアルターからすれば、無言のうちに『守るべき存在』。もともと、カリンが戦いを好まないというのも、二人は理解してくれている。

その後も幾度か魔物に道を阻まれたが、特に危ういことなく探索は進み――やがて、三人は古びた玉座の置かれた部屋へと足を踏み入れていた。

「・・・・・・・・・」

カリンは、ぎゅっ・・・と胸の貴石を握りしめた。
自分の髪の色と同じ・・・淡い紫の首飾り。ちょうど先ほど、この玉座の間にくる手前の部屋にて、思わず手にしてしまったものだ。なぜだかはわからないが・・・持っていたい気を強く感じた。

(・・・・・・。ここは・・・)

そのとき、玉座の上の暗闇に、突然、すぅーっと小さな光の玉が浮かんできたのである。

――よくきましたね。継承の資格を持つ者よ――。

(!!)

突如現れた光と、耳に届いたその声に、アルターとアンジェは驚きとともに辺りを見据えた。
だが・・・。

「この声、夢の中と同じ! あなたはいったい誰なのです?」

心のままに、カリンは飛び出し、問いかけていた。
もう幾度も見たような光景・・・。淡く照らされた玉座の間・・・。だけど――今この時は『夢』じゃない!

「教えてください、あなたは・・・!」

声は、そんなカリンの問いには応えなかった。

――資格を持つ者よ。この王国が滅んで、はや十数年の月日が経ってしまいました――。

光が、ゆっくりと下降する。

――この国には、大いなる精霊の遺産が封印されています。あなたには、それを受け継ぐ資格があるのです――。

「・・・・・・!?」

今度は、三人が三人とも同じ反応をみせた。
瞳を大きく見開くカリンの、その目前で光はゆらめく。

――これから、遺産が眠る封印の神殿へ、あなたを案内しましょう。あなたが封印を解くことができれば、大いなる遺産は、あなたの前に姿を現すでしょう――。

そして光は動いた。『さあ、ついていらっしゃい』との言葉とともに。

「・・・・・・!」

「――追いかけよう!!」ゆるやかにその場を移動していく光を目にして、真っ先にそう言ったのはアンジェであった。しかし。

「カリンに遺産だとかを受け継ぐ資格があるってのは、どういうことだ? 話がさっぱり見えねぇぜ!」

腕を組み、首をかしげるアルターの言い分も、ごもっともである。
・・・三人の足は、なかなか前を向こうとしない。

「そんな・・・、私はおばあさまに拾われた、ただのこどもだったのです・・・。ずっと、私はただの孤児だと聞かされてきましたから」

ほんとうに、話がさっぱり見えない・・・。やり場のない想いが、カリンの声に表れる。

「それに、大いなる精霊の遺産と言っても、私が精霊使いだからというだけのものかもしれませんし・・・・・・」

だんだんと落ちた瞳が、そうしてついに城の床をとらえようとした、そのとき・・・。

「とにかく、行ってみよう?」

再び、促したのは、今この場で最も迷いのない瞳をしている――アンジェ――。

「行けばきっと、何かがわかる・・・。カリンの・・・自分のこと、何か掴めるかもしれないんだったら・・・やっぱり、行ってみたいでしょう?」

優しく、それでいてどこか力強い。そんな眼差しに、カリンの勇気が導かれていく。

・・・思い起こせばこのアンジェこそ、ここまで自分探しの冒険を続けてきた本人・・・。
足が、大きな一歩を踏み出そうとしている・・・。
カリンは、「ええ・・・!」とうなずいた。

「そうですね、アンジェ・・・私、真実を確かめてみたいんです。あの光が消えてしまわないうちに、追いかけましょう」

「うん!」

「よっしゃあ、やっぱりそうこなくっちゃな」

むろん、先ほどまで疑問で止まっていたアルターも、前向き意見には大賛成だ。
廃墟ゆらめく光のあとを、三人は急いで追い、走った。


「消えてしまいました・・・」

王城跡を出て、深い森をさらに奥へ奥へ。
到着したその場所で、光は止まり、そして姿を消した。

獣も、魔物も、もちろん人間の気配さえ感じない。もう何年もの月日を、誰にも見つからずにいた静かなる神殿・・・。ひんやりとした空気の中にも、どこか神秘な、心に何かを訴えかけてくるかのような奇妙な感覚を、カリンは感じずにはいられなかった。

「・・・何かある」

石碑――。

  精霊の遺産をここに封印す。
  その大いなる力は、災いをもたらすやも知れぬ。
  資格持つ者に封印をゆだねよう。悪しきものにそれをけっして渡してはならぬ。
                              オルフォス王 カロン八世

そのとき、アルターが突然うしろを振り返った。

「どうしたの・・・? アルター」

アンジェとカリンも、同じく、いま来た入り口付近に目をおくる。・・・が、特に変わったところはない。

「・・・気のせいか・・・。まあ、いいや。で、どうすんだ?」

「ええ、やはりここがオルフォス王国の遺産が眠っているという、封印の神殿のようです・・・。では、奥へと進んでみましょうか」

神殿の内部は、さすがに『大いなる遺産』を封印しているという地だけあり、回廊の所々に魔力で封じられた扉が配されていた。
不思議なのは、カリンがそれらの扉を封印解除の魔法で開けるたび、薄闇の小部屋に置かれた小さな宝玉が、共鳴するように光り輝くことであった・・・。そうして、彼らが神殿の一番奥まで辿りついたときには、その手に四色の宝玉を持っていることになったのである。

大きな扉の前に、何かを置くための台座のようなもの。その数は、四つ。

カリンたちは、四つの石を、いろいろと並びを変えて置いてみた。・・・・・・すると。

前方の扉が、キィ・・・と音をたて、開いていく。

――継承の資格を持つ者よ、今、封印は解かれました――。

「うおっ! やったぜ!!」

いつの間にか現れていた光に気にすることなく、アルターがガッツポーズをかかげてみせた。

――さあ、進みなさい。そして、大いなる遺産を受け取るのです――。

頭上の光の輝きは、いっそう強まっているようにも見える。
十数年の月日、待ち望んでいたのであろう、この瞬間・・・・・・。
けれど――。

「どうして私がその遺産を受け取るのか、まだ私にはわかりません」

曖昧のままではいられない一番の疑問を、カリンはすがるように訴えた。

「教えてください! オルフォス王国と私には、どんな関係があるのです?」

光は、それでも終始落ち着き、ただ、”継承の資格者”カリンを扉の先へと進ませようとする。

――すべては、精霊の導きのままに。遺産をお受け取りなさい。そのとき、すべてがわかるでしょう――。

アンジェたちにも背中を押され、カリンは、ついに『遺産』への一歩を踏み出すことにした。
・・・・・・だが、そのとき。

「封印が解けたようだな!」

突然、耳をさいた声。一同はとっさに武器に手をかけ振り返った。
そこにいたのは・・・数人のエルフを含んだ男たち。目つき鋭く、嫌な笑いとともに、じりじりとこちらに近づいてくる。

「ちっ・・・やっぱ気のせいじゃなかった。つけてきやがってたんだ!」

アルターが悔しげに吐き捨てると同時に、先頭の男が片手を挙げて号令した。

「我々先遣隊で遺産を頂いてしまえば大手柄だ! さあ、遺産をよこせ」

「あなたたちは、いったい何者なのですか?」
血気にはやる男たちを止めるよう、カリンは声高に尋ねた。
「ここは今は亡き王国の大いなる遺産が眠る、神聖な場所。あなたたちのような者が、むやみに立ち入るような場所ではありません!」

すると・・・。
男は、顔中にそれはいやらしい笑みを浮かべながら、目の前の少女にからりと言ったのである――。

「我らが、その遺産をいただくために、王国を滅ぼしたとしたら?」

(――!!)

・・・・・・この国が、”亡き”ものとなった理由。
判明した過去の惨事に、心がじわりと熱をおびる。

「なんて・・・ひどいことを!」

カリンはたまらず杖を握った。しかし、

「! アンジェ!?」

「ここは私たちが! カリンは早く、扉の向こうへ・・・!」

剣を構えたアンジェが、すばやく男たちの前に立ちはだかった。

「おう、とっとと行って、継承だかなんだかをすませて来な!」

アルターも、にっと笑って大剣を手にする。

カリンは一瞬とまどいながらも、すぐに二人に礼を述べ・・・自分のなすべきことをしてくる決意をかためた。
扉をくぐるその後方では、怒号と剣のぶつかる音が激しく響き始めていた。


――さあ、カリン。あなたに、この大いなる精霊の遺産をさずけましょう。あなたはたくさんの精霊たちの加護を受けているのですよ――。

光の玉に言われるまま、カリンは薄闇の部屋の中央まで歩み寄る。
そんなカリンの姿を確認したかのように、四方から神秘の力が集まってきた。

「・・・・・・!! これは!?」

気が付くと、カリンはその身に、清らかな新緑色のローブをまとっていた。
右手には同じく宝玉のついたロッド。左手には小さな盾と、指輪が身につけられている。

「教えて下さい!」

それら身にまとった『精霊の遺産』は、自分の身体を突然おおったにもかかわらず、不思議なほど心地よい感覚をおぼえさせる。カリンはいよいよ自らの”正体”を、強く問わずにいられなくなった。

「なぜ私にそんな力があるのですか? 私はいったい何者なんですか?」

すべての役目を全うした安堵であろうか・・・。
光は、少し感慨深げにゆらめいて止まり、そして、すべての真実を語り始めた。

――あなたこそ、オルフォス王家の血をひく、ただ一人の生き残り――。

「・・・えっ・・・」

予想だにしない、その返答。カリンの瞳が大きく見開く。

――オルフォスの国は、代々、精霊の加護を受けてきました。だからオルフォスの王は、精霊使いの力を持つのです――。

光の声は、淡々と続く。

――しかし、それは争いの力でもあります。ときの王カロンは、その力を封印し、争いをなくそうと願いました。しかし、邪悪な者たちはその力を狙い、王国を滅ぼしてしまったのです・・・――。

「そんな! では、私は・・・」

――そう、あなたはカロン王の娘。今はなき、王国の忘れ形見なのです――。

(・・・・・・・・・)

しばらく、言葉を発することができなかった。

孤児だと思って生きてきて。それでも、コロナのババや友たちと暮らす毎日は、なに不自由なく充実していて・・・。
でも、あの夢を見たときから、どうしても『この場所』に行きたいと願った。変わらぬ日常を、抜け出してでも。慣れぬ冒険に身を乗り出してでも、行かなければと。そして・・・。

何よりも今、この身にまとった遺産たちが、強く心に語りかける。
――大いなる精霊の力は、自分を、カリンを待っていたのだ――と。

「・・・最後に、もうひとつだけ!」

カリンは、うつむいた顔をゆっくりと上げた。

「あなたは・・・・・・誰なのですか?」

うっすらと涙をためたエメラルドの瞳に見上げられて、光がその問いに応える。

――私は代々この国を守ってきた精霊です。この国の、今は亡き王たちの魂も、私と共にあります。・・・さあ、もう行かなくてはなりません――。

「待って! 待ってください! あなたは私の・・・・・・!」

手を伸ばした瞬間に、瞳の雫がはらりとこぼれた。

――あなたは早く、待っている仲間のところへ戻りなさい――。

・・・・・・・・・これからは、ずっとおまえと共にいます、カリン・・・・・・・・・。

「・・・・・・・・・」

・・・涙が止まらなかった。
光も、声も、消えてしまったその場所で、カリンは胸の首飾りを握りしめて泣いた。

(ずっと、共に・・・)

そして・・・ひとしきり泣いたあと、カリンはぐいとその涙を拭い、歩き出した。
戦っている仲間のもとへ。もうひとつの、なすべきことをなすために――。

同じころ、継承の間の外では、戦士と少女が華麗に敵を壊滅させ、後から来た主犯格のエルフと対峙していたところだった。

「・・・! 効いてねぇ・・・!?」

「フン。貴様らの攻撃など、このオレに通用するか。そら、お返しだ!」

ジャッハと呼ばれるエルフは、そう言うとアンジェとアルターの頭上に暗黒の波動を生み出し始めた。広がる闇が、じわじわと二人の身体に絡みついていく。自由が奪われる・・・! と、そのとき。

「お待ちなさい!」

まばゆい光が、瞬時に邪悪な闇を消し去る。

「・・・・・・カリン!」

闇の力に手放しそうになった剣を持ち直して、アンジェが笑顔で振り返った。
カリンは、ここまで戦っていてくれた二人へにこりと微笑みを向けると、再び視線を引きしめ、そして前方の『仇』をきっと見据えて、言い放った。

「あなたですね、私欲のために、オルフォス王国を滅ぼしたというのは!」

まとった神秘のローブから、ほのかな魔力が光り立つ。

「いまはなきオルフォス王の娘、このカリンが、これ以上ひどいことはさせません!」

「なに! オルフォス王の娘だと!? 生きていたのか!」

明かされた真実に、その場の皆が様々の驚きを見せた。
もちろん、仲間たちの顔はすぐに賞賛と喜びの表情へと変わったが・・・とはいえ、今はそれより。

「待って、カリン! 攻撃が・・・届かないみたいなの」

「ああ・・・! あいつのまわりに、見えねえ壁があるみてぇなんだ!」

アンジェとアルターが、鋭い視線をジャッハにおくる。カリンは首飾りへと手をふれた。

(・・・見えない壁・・・)

それから、遺産のロッドを高らかとかかげ、叫んだ――。

「この地に宿りし精霊たちよ。オルフォスのカリンが命ずる。邪悪なる者より、その守護する力を離させたまえ・・・!」

神殿の床から、まるで鋭利な刃物にも似た光が飛び出し、ジャッハの身体を取り囲む。
逃れることのできないその力のなかで、邪悪なエルフは完全に守護の魔力を失っていく。
・・・攻め手を阻む、風の壁。だが、そんな自然さえも、精霊使いの大いなる遺産・・・。

今ここに、オルフォスすべての想いをこめて、カリンは哀しき歴史に終止符を打った。


噴水の水音。にぎやかな話し声。
広場の掃除はカリンの日課だ。いつも通りの風景に身をゆだね、おだやかな日差しに手をかざす。

父王が封印した、大いなる精霊の遺産を受け継いで、カリンはコロナの街へと帰ってきた。
カリンの思ったとおり、ババはすべての真実を知っていた。けれども、隠すつもりがあったのではなく、自分の目で確かめるのが一番だとのことだったのだ。
そうして、少女は今日も、占いババの孫娘として変わらぬ日々を送っている。

・・・向こうから、ふわりと揺れるピンクの髪。こちらへ手をふり、歩んでくる。

「あんなに大きな力をさずかったものの・・・毎日は何も変わらないみたいです」

小さく笑って、カリンは言った。
こうして二人、噴水の縁に座って話すのも、この一年のよくある日常。

「本当の自分を知るって、こういう感じ、なのですね・・・」

言いながら、空を見上げる。
少しの間の、短い無言。

「・・・カリン」

やわらかな声。耳に届くその声は、でもどこか・・・どこか確信を含めたふうにも聞こえて・・・。

「自分のすべてを知るって、重くて、心が押しつぶされそうになることもあるけど・・・でも、やっぱり、知れてよかったなって・・・思うものだよね」

瞬間、カリンはハッと瞳をひらいた。

(アンジェ・・・、あなたは・・・!)

「っと! それじゃ、そろそろ行くね。訓練所の人たちも、お昼食べ終わった頃だろうし」

じゃ、またね。そう言って、再び手をふり、歩いていく。
その足がいずれ向かう先は、もはや後戻りはできない、大きな大きな戦いへの道――。

(・・・・・・アンジェ、あなたも、失われていた自分を取り戻したのですね・・・・・・)

――大変な運命を背負った者。
一年前、ババは言った。アンジェという名の新たな冒険者が、この街に現れたその時に。

「精霊たちよ・・・」

カリンは祈り、想いをとなえた。

「カリンが命ずる・・・。汝らすべての力にて、アンジェを、大切な友を、守りたまえ」

・・・あとは呪いという、最後の枷を解くために・・・。

時は刻々と近づいている。
言い表せない緊張のなかで、カリンは祈りの風を見送っていた。


第21話につづく


わぁー、長ぁーい!!(爆)
あわわ、久しぶりに書いたらゲーム中のセリフほとんど使ってしまいましたよ・・・。どこか省略できなかったのか!?
・・・とりあえず、本編が長すぎるのでここのコメントは短めにすませておきます。カリン、一番最後に一番最強。

そして、しつこく続けてきたこの連載も、ついにラストの数話を残すのみとなりました。
次が最後というわけではありませんが・・・でも、もうゲーム的には最終日。さて、次の更新はいつかのぅ・・・(笑・・えない)

次回、第21話 「竜、あらわる」。 ・・・あらわれました。

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