かえるの絵本 第19話
「なくした記憶」



「・・・もういい! もういいよ、アンジェ・・・!!」

マーロはあわてて声をかけた。

小さな嗚咽が聞こえている。
両手で顔をおおい、うずくまったままの少女の背中へ、マーロはそっと手を置いた。

「ごめんな・・・。無理に話させて・・・」

・・・今かけられる、精一杯の言葉。
その声に、少女は――アンジェは、首を横に振りながら答えた。

「ううん・・・私のほうこそ・・・・・・すぐに話さなくて、ごめんね」

言いながら、また溢れ出しそうになる涙をごしごしと拭う。

「・・・話を聞いてもらうには、自分に起きてた出来事が・・・ちょっと大きすぎたよ」

・・・そして、わずかに微笑。

ふと見れば、ベッド脇の棚の上では、アンジェのルームメイトのかえるがなんとなく、自分と同じように複雑な表情を浮かべて・・・いるようにも見える。

自身の予想をはるかに超えた彼女の真実に対して、マーロは未だ、うずまく心中を整理できずにいる・・・。

「図書館に行ったのはね・・・」

話は、今日の出来事へ。

「真っ先に・・・レオンのことを思い出したから・・・」

・・・と。途端に、マーロの胸がズキリと痛んだ。

『秘密にするなよ!!』と声を荒立てた自分に対して、もうすべて洗いざらい話してくれようとしているアンジェの気持ちに、決して文句は言えないのだが・・・やはり、アンジェの口からはあまり聞きたくない名前だ。

「親友・・・なんだよな」

と、思わず本音で確認してみたり。

アンジェは、そんなマーロの”微妙なところ”を知ってか知らずか、「・・・うん」とだけ頷くと、そのまま話を続けた。

「レオンは、私が死んだものだと思ってる。しかも、それを自分のせいだと思ってる・・・。あれから十年経ったのだとしたら・・・・・・あいつは、その間ずっと、ずっとそのことを背負い続けて生きてきたことになる・・・・・・」

・・・アンジェの声に、再び悲痛が生じた。

「私は結局、レオンの助けどころか、レオンの重荷になってたんだよ・・・!!」

「――!?」


彼女は言った。

図書館に走ったのは、この街で唯一、レオンがいたという場所だったから。

謝りたくて・・・。
自分はここにいる。生きているからと伝えたくて・・・。
その一心で、部屋を飛び出していたのだと――そう、語った。

・・・でも・・・。

「・・・・・・」

しばしの沈黙のあと、マーロは口を開いた。

「それは、違うよ・・・」

・・・自分でも驚くくらいの、なぜか、穏やかな声。

「あいつは・・・レオンは別に、アンジェのことを重荷だなんて思ってないと思う」

隣では、まだふるふると首を横に振って否定している。

――違うんだ。慰めというわけじゃなくて。

「むしろ、アンジェの存在が、あいつの生きる力になってるんだよ。むかつくけど――でもわかる」

その言葉を聞いたアンジェは、今度はかすかに「?」の表情を浮かべている。
無理もない。・・・最後の部分は、マーロのごく個人的な感情であるのだから。

皮肉なことに、あの”むかつく”剣士のことをあらためて思い出していたら・・・ざわついていたマーロの心は、だんだんと一つにおさまってきたのだ。

・・・と。

「なぁ。・・・アンジェリシア、だっけ? でも、今までどおり『アンジェ』でいいだろ?」

「えっ・・・。う、うん」

ちょっと唐突な話題転換に、アンジェも拍子抜けたような声を上げるが。

「もちろん。そのほうが、私も落ち着くから」

そうして答える表情には、なんとなく柔らかな笑顔が戻ってきた。

マーロは確信する。

――結局、一番つらい思いをしたのは、アンジェなんだ――。

そして、そんなアンジェに自分がしてやれるべきことは、ただひとつ。


「・・・もう大丈夫か? 何かあったら、すぐに言えよ。って・・・、あ、いや、ムリにとは言わないけど・・・」

痛々しい過去を、半ば強引に打ち明けさせてしまったことへの申し訳なさが、まだ彼の胸中に残っている。

「うん。大丈夫だよ。それに・・・・・・なんだかスッキリした」

アンジェは、続けてぐっと背伸びをして。「やっぱり、マーロには秘密は無し。だね」

その見慣れていたはずの瞳に、やはりなんとなく以前とは違う雰囲気を感じるのは、記憶という名の『確かな光』が、彼女のもとに、こうして戻ってきたからなのだろう・・・。

――帰り際、暮れかけた空を見上げて、マーロは問う。

(・・・わかるさ。大切な人のために戦うのなら、どんなヤツにだって立ち向かいたいって思うんだろ・・・?)

この空の下どこかにいる――自分と同じものを求める相手へと。

・・・・・・すべての過去を知ったとしても。
・・・・・・本来の生き方がわかったとしても。

実際に、いま求めるものは変わらないから。

(・・・でも)

――おれは、あんたとは違う。

最後まで・・・絶対に一人にさせたりはしない・・・!

幾度の魔法を生み出してきた右手を、そしてまっすぐとその空に伸ばして、マーロは宣言した。

「おれの力をこの空に放って、必ず竜を倒す。――アンジェと、共に」


第20話につづく


1話で3ページ。・・・いつもの3倍近くの長さでおつかれさまでした。m(__)m
一応、今回は全編を通してマーロ視点。記憶部分はアンジェの語りという形でお送りしましたですよ。(・・・くどい(^^;)

ところで、アンジェは・・・というか主人公は(ここの設定では)「十年前のままの容姿」のはずなのですが、
では何故、何回か会っているレオンは気がつかなかったのか。
・・・自分的には、こう推測しています。
 #記憶をなくした主人公は、どこか虚ろな表情をしているので、レオンが知っている昔の姿とは印象が違っている。
 #「似てるな・・・」とは思っても、まさか本人だとは思わない。(年とってないから(^^;)
 #そもそも、レオンが一番「死んだ」と思い込んでいる(爆) ・・・責任感あるが故ですナ。

アンジェとレオンの出会いは、後日また詳しく物語として書くつもりです。連載が完結したあとにでも。

さて、一気にクライマックス!といきたいところですが、ここでもうひとつ、仲間に関する冒険を。
次回、第20話「精霊の姫」。カリンのクエスト。 ・・・って、やっぱタイトル変かね。カリンが精霊なワケじゃないしな(汗)

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