かえるの絵本 第19話
「なくした記憶」




・・・そう。ぜんぶ・・・全部思い出したんだ・・・。

自分のことも・・・。呪いのことも・・・。

あいつの・・・レオンのことも・・・・・・。



・・・私はもともと、冒険者ではなかったの・・・。

バレンシアから、街道沿いに少し歩いていくと、ヴィエナっていう街があってね。
私は、そこの王立音楽院に通う生徒だった。
・・・ふふ・・・音楽が好きなはずだよね・・・。私のそばには、いつも、楽譜や楽器が手の届くところにあったんだから・・・。

それで・・・あれはたぶん、入学して2回目の春を迎えたころだったかな・・・。

課題の調べ物をするのに、院の書庫で資料を探していたとき・・・私は1冊の本に目がとまった。

本の名前は、忘れちゃったけど・・・・・・とにかくそれは、『呪歌』に関する本。

音色や、詩や、曲の旋律・・・。
そういった、まさにそのとき自分が学んでいた『音楽』そのものを使って、危険な魔物から身を守ることさえもできるのだと――。そういう使い方もあるんだってことを、私はその本を読んで知った・・・。

そして・・・そのときから私は、本格的に呪歌をマスターしたいと思うようになったの。


呪歌を扱えるようになるには、まず、魔法をある程度使えるようにならなくちゃいけなくて・・・。呪歌というのは、自分の魔法力をもとに生み出すものだから。
だから、音楽の勉強のかたわら、毎日のように魔法の練習をするようになった。

幸いなことに、自分はもともと、普通より割と高めの魔法力を備えていたらしくて・・・そのおかげで、小さな炎程度なら、すぐに出せるようになったんだ。
それで、部屋での練習だと危なくなってきたので、今度は外で続けることにしたの。

場所は、バレンシアとの街道からちょっとそれた所にある、小さな森。
人気のいないその森で、毎日、日没近くまで通って練習してた・・・・・・んだけど・・・。

――あれは、その森に通い始めて、四・五回目くらいのことだった。

突然、”いるはずのない”チャームフラワーが、木々の中から現れたの・・・・・・!!

私は目を疑った。
そこは街からも近くて、魔物は出てこない森・・・だったはずなのに・・・!

しかも、まずいことに、せっかく使えるようになっていた魔法も、突然のことでぜんぜん集中できない。
そうこうしてるうちに、逃げるスキさえも失ってしまって――「もうダメだ・・・!」と、私は目を瞑った。

・・・そのとき。

――――ザシュッ――――!!

斬音のあと、魔物の鈍い悲鳴が続いて聞こえ、私は目を開いた。

そして、そこに立っていた剣士・・・。
・・・それが、レオンだった・・・。


お隣のバレンシアに、なんだか凄腕の英雄さんがいるんだって話は、私も周りの人から聞いていたんだ。

でも、実際に会ったのは、そのときが初めてだった。
・・・思ってたよりずいぶん、普通の剣士っぽい感じなんだなぁ・・・と思ったっけ。

レオンは、振り向いて言った。

「最近は、ここも魔物が多くなっている。これからは近付かないほうがいい」

その頃、各地で大きな被害をもたらしていた存在――赤い竜――が、今度はバレンシアの北山に降り立ちそうだ、という噂が広まり始めててね。
その影響で、ヴィエナの森にも魔物が出るようになっていたみたい。

・・・けど。

結局、私はその後も、同じ場所で練習を続けていた・・・。

魔物が出るとわかってれば、それを意識して森に入ればいいことだしね。

・・・・・・なんて。
そう思っていたのを気付かれちゃったのかどうか・・・はわからないけど。

それからレオンは、ちょくちょく森に現れては、私を諫めにやって来るようになった。
ときには、また危ないところを助けられたり。
あ、でもね、私が助けたこともあったんだよ。
レオンが魔物に後ろをとられたときとか・・・。

・・・で。
そんな日が、何回か続いて。

いつの間にか・・・私とレオンは、お互いにいろいろと話をするような・・・そんな仲になってたんだ――。


剣を使えるようになったのも、レオンのおかげ・・・。
魔物の種類とか、戦い方とか、私が知りたいと思ったことを、あいつはそのつど教えてくれた。

焚き火を囲んで、夜更けまで話し込んだこともあったな・・・。

そのうちにレオンは、一緒に冒険にも連れて行ってくれるようになったの。
そして――その道中で、私たちは偶然あの『ロンダキオン』を見つけた――。

・・・この前、竜のねどこで降りてきたときと同じように。
空から、光が。
私はビックリしたよ。だって、そのときはまだ、ロンダキオンの存在なんて知らなかったんだもの・・・!

・・・でも、レオンは知っていたのね・・・。
それどころじゃない。あいつはずっと、ロンダキオンを探していた。

――竜を倒すために。

けど、そのための聖なる光が、まさか私のとこに降りてこようだなんて・・・私はもちろん、レオンだって信じられなかったと思うよ。
・・・まぁでも、そうなった以上、考えはひとつ。

「じゃ、私も一緒に行こうか。竜退治!」

レオンは、最初こそ驚きを見せたけど・・・。

「・・・本当は、きみには言わないでいくつもりだった・・・。
しかし、私は迷っていたんだ・・・。自分ひとりで行くべきだという気持ちと・・・
きみと一緒に戦いたいという気持ち。
・・・アンジェリシア。私とともに、大いなる敵に挑んでくれるか・・・?」

「・・・うん! もちろん!!」

そのとき、私はなぜあれほど自分が『呪歌』に・・・魔物と戦える『力』に・・・こだわっていたのか、ようやく気が付いた。

罪もない人々を、襲い続けている竜。
その”諸悪の根源”を、いつか滅ぼしてやりたいと思ってた――。
想いは、レオンと一緒だったんだよ・・・!

そしてレオンは、特に故郷のバレンシアでは『孤高の勇者』などと言われ、名を馳せていた人だったけれど・・・。
でも、私にとっては、同年代の気の合う友だち。
・・・大切な、親友・・・。

その親友と、ともに大きな悪を倒しに行ける・・・・・・!!

迷いはなかった。
おそれもなかった。
竜がどんなに強大な相手だとしても、私たちには聖なる力・ロンダキオンがある。
・・・・・・そう、信じていたから・・・・・・。


――そして、あの日。

出発前のバレンシアでは、レオンがたくさんの人に見送られ、声をかけられていた。
・・・そうだ。あのとき、最後までレオンの背中を追いかけてた女の子・・・。
あれがきっと、レティルだったんだ・・・・・・。

私はね、その様子を街の入り口で遠巻きに眺めて、待ってた。
もともと自分は普通の音楽生で、冒険に出たりしていたことは、レオン以外には秘密にしていたから・・・。
だから、レオンみたいにあまり”有名人”になるのもマズイかなー、と思ってたんだ。

あらかじめジムさんに教わっていた山道を登って、私たちは竜のもとを目指した。
邪魔をする魔物の群れは、竜の邪気のせいで、完全に我を失ってて・・・。レオンに無駄な力を使わせないように、私の超音波で動きを止めながら急いだ。

そして・・・・・・ついに竜と対面した。

・・・・・・・・・・。
・・・・・・竜は、やっぱり強かったよ・・・・・・。
・・・やつに対して、結局何ができたのか・・・。それは、いまだに思い出せない・・・。

ただ、ひとつ。
私たちには・・・ううん、私自身といったほうがいいかもしれない・・・そのとき、大きな誤算が生まれ始めていたの・・・。

(・・・ロンダキオン・・・! 本当に力をくれてるの・・・!?)

・・・正直、私にはどうしても自分に『聖なる力』が与えられているとは、感じることができなかった。
確かに、体はいつもより軽く動けるような気はしたし、魔力も高まってはいた――とは思うんだけど――。

(・・・・・・でも、この程度じゃ・・・・・・!!)

そのとき・・・。

「く・・・ッ!!!」

私が不信を感じてる間に、レオンがついに攻撃を受けて倒れたの。
竜は間髪入れずに炎を吐き出そうとしてる・・・・・・私はとっさにレオンを、岩陰に突きとばした――。

(・・・・・・う・・・うぅっ・・・・・・)

私は炎を受けたけど・・・なんとか・・・持ちこたえた・・・。
そう思えば、やっぱり聖なる力は働いていたのかもしれない・・・。竜の炎は、ひどい熱さは感じたけど・・・でも、実際に自分の体には触れていないようだったから・・・。

レオンは、そのまま気を失ってしまったみたいだった。
・・・でも、とにかくあの岩陰にいれば、レオンも炎を避けられる。

私はなんとか・・・なんとか竜に一撃でもくらわせられればと思った・・・。
ありったけの力をふりしぼって、魔法を唱え、剣を振るった。でも・・・通じない・・・。

(も、もう・・・、カラダが・・・・・・)

膝をついたまま、立ち上がれなくなって。
腕も、足も・・・上がらない・・・。

「・・・はぁ・・・はぁ・・・っ」

・・・・・・そのとき・・・・・・。

・・・・・・竜が・・・竜が・・・口を開いたの・・・・・・。


「ちっぽけな人間にしては、意外にしぶといな。
とどめをさすのは簡単だが・・・
偉大な竜である我に逆らったことを後悔するように、
死よりもみじめな運命を与えてくれるわ」


(――っ!??)

・・・突然、体が金縛りのように動かなくなった。
――声も出ない。

(・・・何・・・何・・・!?)

それどころか・・・・・・。

(・・・・・・い・・・や・・・・・・)

・・・・・・自分が、自分でなくなっていく・・・・・・!!?


(イヤぁぁぁーーーーーっ!!!!)



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