かえるの絵本

第18話 神具ロンダキオン



「ついさっき、男が訪ねてきて・・・」

それだけで、即座に感じた姿があった。

「長老に話があると言っておったが・・・・・・一体なんじゃろうな?」

同じ姿が、マーロの脳裏にも浮かぶ。

「・・・あいつだ。絶対」

言葉を放つその表情に、どうあっても隠せない不快の色が含まれるのは、彼とアンジェのその『姿』への、思うところの違いなのであろうが・・・。

「おう、おっさん! オレたちもその長老に用があるんだ。で、どこにいんだ?」

自分の腰ほどの背の高さである村人へと、単刀直入に事をきり出す。
アルターのそんな行動は、一瞬とはいえ、その『男』のことで心を留めてしまったアンジェやマーロを、すぐに自分たちの目的へと引き戻してくれる。

「ああ、案内しよう」

洞くつの内部。岩壁をくりぬいてできた、彼らドワーフ族の暮らす集落。

手に入れた聖なる守り・ロンダキオンについて、アンジェは今まで、図書館の司書シャルルに預け、調べてもらっていたのだが――。
そのシャルルが調査の結果、「ロンダキオンの中心に埋め込まれた青い石は、ドワーフの村ちかくで採れる『月長石』という特別な石」なのだということを、教えに来てくれたのだ。

そのドワーフの村で、今また再び、アンジェはあの男に出会おうとしていた・・・。


「竜は、私にとって許すことができぬ存在」

長老の居所に入る手前から、聞き覚えのある声が岩に響いてきた。

「だが、竜の力はあまりにも強大で、ロンダキオンなしで戦うなど、とうてい無理だとわかっているのだ」

波打つ長い黒髪と、青銅の鎧。
片手の拳を強く握り、話すその眼下では、白いローブと威厳ある髭をたくわえた老ドワーフが、黙って耳を傾けている。

「ロンダキオンは、自ら持ち主を選ぶという。だが私は、選ばれし者ではなかった・・・。私には、ロンダキオンに代わる物が、どうしても必要なのだ!」

(――!)

アンジェたち新たな来訪者に、先に気が付いたのは、老ドワーフのほう・・・すなわち長老であった。
そのわずかな視線の動きを追うようにして、剣士――レオンも、顔を向ける。

「・・・レオン殿」だが、ようやく開かれた長老の口に、レオンの視線は元に戻った。「理由を聞かせてくれんか? おぬしをそこまで突き動かす理由を」

長老の疑問は、正直だ。

「なぜに、そこまで竜に固執するのだ」

「・・・・・・」

その場の誰もが息をのんだ。
話してくれるのか――。疑念がはしる。これまでのレオンを知る者ならば、なおさら。

・・・けれども。

「かつて私は」

静寂のなか、彼は言葉を放った。

「赤き竜によって苦しめられている人々のため、友と一緒に、竜に戦いを挑んだ・・・」


このころ、アンジェにはひとつ、実は未だコロナの仲間たちにも話していない、大きな事柄があった。

それは二ヶ月ほど前、ちょうどこの剣士レオンと再会したのを境に取り戻し始めたと思われる、自分自身の記憶のかけらだ・・・。

「甘く見ていたわけではなかった・・・」

『一番最初に話してほしい』と言ってくれたマーロにさえ、このことは、結局今まで話せずじまいでいた。

「だが、ロンダキオンの加護のない私は、竜の前ではあまりに無力だった・・・」

誰にともなく、ただ一点の空間を見つめて話すこの剣士の姿を、アンジェもまた、じっと見つめた。
――自分の記憶のなかに存在する人。――あの、レオンという人。

「鋭い爪が私を襲い、殺られると思ったとき・・・・・・」

そう、鋭い爪だった。
炎の化身のような赤い肌。大きな悪のかたまり。
・・・その赤き竜と、私は戦っていた・・・。あの人と・・・・・・いっしょに・・・・・・。

「私の友が・・・・・・竜の攻撃から私をかばった」

そのとき、傍らに小さな動きを感じて、マーロはふと視線をずらした。

(アンジェ・・・!)

見ればアンジェが、片手で強く額のあたりをおさえている。

「気がついたときには・・・もう、あいつの姿はなく・・・・・・。私ひとりだけ・・・生き延びてしまったんだ」

アンジェの瞳は、確かにレオンのほうを向いてはいるが・・・そのみずいろの輝きの中には、今みるみると苦渋の色が浮かんできている。

「私は竜を倒せなかったばかりか、大事な友の命まで犠牲にしてしまった・・・」

(・・・おい・・・)

「私は、友に誓ったんだ。あいつの遺志を継ぎ、必ず竜を倒す・・・。私ができることは――」

「やめろよ!!」

『それしかないんだ!』という剣士の語尾に、その声は重なった。

「マ・・・マーロ!?」

不意の大声に驚きを見せるアルターの隣で、アンジェもびくんと片手を下ろす。

「それ以上、竜の話をするな! あ・・・あんたの過去につらい出来事があったのはわかった・・・。けど、竜によってつらい思いをしてるのは、あんただけじゃないんだ!!」

傍らの少女をかばうようにして前に出たマーロが、射抜くような瞳でレオンを睨んだ。

その真紅の眼差しを、レオンはまるで受け流すかのように「フッ」と息をつき、そして今度は少し自嘲気味に言葉を続けた。

「しかし、ロンダキオンは私ではなく、アンジェを選んだ」

「! なに?」

長老はじめ、その場にいたドワーフたちが、すぐさま一斉にレオンの視線を追う。

「おまえさん、ロンダキオンを持っておると言うのか!」

皆の視線が、突如アンジェに集中した。


・・・それは、ドワーフの祖先が古い言い伝えに従い、月長石から造りだしたものだとか。
・・・この強力な戦いの道具を悪用しようとたくらむ者が大勢いたため、誰も知らぬ場所に封印しておいたとか。
・・・以前の戦いで、これの中心に埋め込まれた月長石の結晶に亀裂が入ってしまっており、このままでは使いものにならないとか。

ドワーフの長老たちが、そのロンダキオンを手にあれこれと論じている間も、アンジェの脳裏は迷路のように定まらなかった。

――自分が、レオンとともに赤き竜と戦ったことがあるのは、確かなことなのに。
それなのに、その当の『レオンと自分との関係』が、どうしてもまだわからない。

それがわからない限り、アンジェはマーロたちに、そして無論レオン本人にさえ、このことは話すわけにはいかないと思う。
・・・もしかしたら、記憶のかけらに存在するのはあのレオンではなく、『レオンに似た別人』だということもありえるのだから。今のままでは、話そうとしても、自分自身がまとめられない。

けれど・・・。結局この場で、アンジェの思惑が固まることはなかった。

「長老!」

長老の居所に、突然息をきらしたドワーフが駆け込んできて、彼らの仲間の危機を伝えたのである――。

「月長石の洞くつに魔物が!!」

アンジェたちは、すぐさま洞くつに逃げ遅れたドワーフの救出に向かった。


オークにグリフォン、サラマンダ、マンイーター・・・。
あらゆる種類のモンスターたちが、この洞くつ内に押し寄せてきている。
その異様なさまに臆することなく、アンジェたちは魔物の群れを蹴散らしていった。

薄暗い道をめぐりながら、4人ほどのドワーフを見つけだし救出。そして――。

「うわー、もうダメじゃ! 殺される! 誰か助けてくれぇーい!!」

おそらくこの洞くつの一番奥地かと思われる場所で、彼らは、今まさにひとりのドワーフを襲おうとしている、悪魔系の魔物に出くわしたのだった。

「キィシャァァァァァ!!」

魔物は、こちらが間合いをとる前に、バサリと翼を広げて飛びかかってきた――!

「危ねぇ!!」

ガシィィン――ッ

「ぐっ・・・おぉりゃあぁぁーっ」

いち早く、襲いくる進路にかまえたアルターが、魔物の爪を剣で受け止め、そのまま勢いをつけて振り投げる。

「くーっ、シビレるー・・・! へっ、バカ力な野郎だぜ!!」

「それはお互い様だろ」

剣を持つ手を軽くおさえるアルターの横から、今度はマーロの魔法が炸裂した。

「魔岩竜!!」

時間をかけずとも表せるようになった、この高度な攻撃魔法に魔物がよろめくと、そのスキを逃さん!とばかりに、戦士の赤い影が動く。

「くらぇ!! アルタースラァーーーッシュ!!」

その大剣からは想像もつかないような、素早い振り上げから、ザクッ――ザクッ――っと十字をきざむ。剣技でいうところの、真・竜牙という技だ。
立て続けにふたつの強力な攻撃をくらって、魔物は濁った悲鳴をあげて倒れた。

だが、その魔物が起きあがり、次は反撃にくるのだろうと思われた瞬間。

「・・・なっ・・・!?」

淡い光が、魔物自身の身体を包んだ。


「じょ・・・冗談じゃねぇぜ・・・」

魔物の身体からは、岩の竜を打ちつけられた痕も、十字の傷も、きれいさっぱり消えていた。

「回復魔法か・・・厄介だな」

その声が聞こえたのかどうか、魔物はニタリと笑うと、今度こそ反撃に転じてきた。

「キシャァァァ――!!」

三方に対しているため、魔物の攻撃もまた、決定的な殴打をくりだされることはなかったが・・・とはいえ、このままでは埒があかない。
そんな魔物との攻防のさなか、アンジェは戦いながら、ちらちらと、絶えずとある一点を気にしていた。

恐ろしさで、腰が上がらないのか・・・。奥の岩壁に座りこんだままのドワーフ。

「おい、マーロ! 魔法が止まっちまってるぞ!? どうした!?」

アルターの言うとおり、マーロはいつの間にか魔法攻撃を止めている。・・・と。

「・・・・・・・・・攻撃ばかりが魔術士の真髄じゃないんでね。こういうことさ!」

言うやいなや、マーロのかざしていた杖の宝玉から、今まで見たことのない不気味な光がとびだした。

「なっ、なんだぁ!?」

「・・・グッ・・・」その光は、さきの回復魔法のように魔物の身体を包みこんだが、その色も、効果も、『回復』などとはほど遠く――。「ギィヤァァァァァッ・・・!!」

「よし! これで一気に攻撃すれば勝てる!!」

「ぁあっ!? って、そりゃどういうことだ!? 一体なにをやったんだっ??」

「・・・そっか! 防御力を下げたのね!」

「そういうこと」

うなずきあうマーロとアンジェを見ながら、アルターはまだ目を白黒させているが、それも一瞬のこと。
『一気に攻撃』という戦法こそ、この戦士にはふさわしい。

「・・・まぁいいか! そんじゃー、いくぜぇーっ!!」

たたみかけるような剣技と魔法。身体の耐久力を極端に落とされた魔物は、もはや回復する隙もないようだ。あと一撃ほどで倒せるか――。

だがそのとき、ついにアンジェの危惧していたことが起きてしまった。

「いけない!!」

誰よりもはやく、少女はドワーフのもとに走っていた。


邪悪な魔物は、傷ついた魔物は特に、自分より弱い者を即座に標的とする。

「うっ・・・!? うわぁぁぁ・・・っ!!」

「――くっ――!」

カ・・・シンッ。
アンジェの剣が、かろうじて爪を受け止めた。
けれど、ドワーフをかばって片手で受ける無理な体勢のため、そのまま押し戻されようとしている――。

アルターとマーロが、すぐに助けに入ろうとした、その瞬間!

「ギャアッッ!?」

びゅん――と空を斬る音がして、魔物の羽がばらりと落ちた。

「今だ、アンジェ!」

その声に、体が自然に動く。

「光の・・・槍!!」

洞くつの天井に照らし出された光雲から、ひとすじの光が魔物を貫き・・・・・・。

そして、戦いは終わった。

――本当に、一瞬の出来事――。

「・・・・・・」アンジェは、背後のドワーフに軽く微笑むと、ゆっくりと立ち上がりながら振り返った。

「ありがとう・・・」

その声と瞳の行く先で、剣気をとばした黒髪の剣士が、武器を鞘におさめて言う。

「きみならそうすると思っていた。・・・なんとなくな」

(・・・・・・なんて、心地が良いんだろう・・・・・・)

そのとき、そんなアンジェの心を表すかのように、洞くつの壁に散らばったところどころの月長石が、ほのかに光り始めたのである。

その輝きはみるみる明るさを増し、ついには、この洞くつの奥地を青色の光がきらきらと照らすほどになった。

それだけではない。
なんと、その輝きの中から一粒の月長石が降り立ち、アンジェの手のひらにゆっくりとおさまったのだ・・・。

「やったじゃないか、アンジェ! ロンダキオンに欠けていたものが、これで手に入ったな」

「・・・う、うん!」

マーロの言葉に、アンジェは大きくうなずいた。

「・・・そうか、これでロンダキオンは復活するのか・・・」

そう言ったレオンの気持ち。
それが脱力か、安堵なのかはわからない。

けれど・・・。

「よかったな・・・」

それはまぎれもない笑顔。・・・かすかだけれど、優しい微笑み・・・。

確かに見えたレオンの眼差しに、アンジェはまた、気の遠くなるような心地よさを感じていたのだった。


「アンジェ殿、このタペストリには、ロンダキオンにまつわる予言が書かれておるのです」

逃げ遅れた仲間たちを、全員無事に救出して戻ったアンジェたちに、ドワーフの長老は心からの礼を述べた。

そして今、一同は長老の居所に飾られた大きな古代布の前で、そこに書かれた秘密を知らされようとしている。

「『月長石に認められし者現れ、竜の災いから、民を救う。その者こそ、正しき心を持つ、まことの英雄なり』・・・。・・・アンジェ殿、おぬしこそが、月長石に認められし者なんじゃな」

「――!」

赤き竜を追う剣士・レオンは、ついに自らが竜に立ち向かえるべき存在ではないことを、ここに証されてしまった・・・。

そして、彼にとってのわずかな望み。すなわち、『ロンダキオンに代わるもの』。
長老の口から、それさえ皆無であることを聞かされたとき、剣士はまた、行き場のないつらさを抱え、その場を去るしかなかったのである。

アンジェは複雑な気持ちだった。

けれど、去ったレオンの背に向けて、マーロが言っていたように・・・。

――あんたの分まで、おれたちが竜を倒してやるさ・・・。なぁ、アンジェ。

(きっと、全てにとって、それが一番なのかもしれない・・・)

アンジェもまた、そうして決意を固めたのだ。

・・・・・・しかし・・・・・・。
・・・・・・運命とは、皮肉なもの・・・・・・。


「・・・・・・っ!!」

コロナの街に帰ってきて、『月長石のロンダキオンへの埋め込み』を、ドワーフの名工・鍛冶屋のロッドに快く引き受けてもらい、いよいよあとは自分の修行に励むだけ――と、心新たに眠りについたはずなのに。

「はぁっ・・・はぁ・・・っ・・・」

うなされて起き上がり、頭をおさえるアンジェのただならぬ様子に、ルームメイトのかえるも心配そうに覗き込む。

「・・・あ・・・ぁあ・・・・・・ぅあぁっ・・・!」

・・・あれは夢!?
・・・それとも・・・それとも・・・・・・。

『――くっ! 私には何もできないというのか!――』

「・・・・・・・・・・・・・・・!!」




ポタリ・・・ポタリ・・・と、粒が落ちた。

「・・・うっ・・・ぅくっ・・・」

ベッドを濡らす、流れる涙はとまらない。

(・・・ごめ・・・んね・・・・・・ごめん・・・ね・・・・・・)

それから彼女は、まるで何かを追い求めるかのように、ぐいと涙を拭うと、ゆっくりと寝床を降りた・・・。

冬空の下。夜明け前。

少女の姿は、そして静寂の街に消えた。


第19話につづく


・・・今回は、あまりバカなこと書くのやめときます・・・。(いや、いつも真面目なコメントなんだけど(?))

メンバーは無論ゲームplay時のままなのですが、でもきっとレティル連れていってたら・・・また違った印象になっていたのかとも思います。
レオンとの関係も、私が思った主人公の過去さえも、もしかしたら違うものになっていたのかもしれない・・・。

1stプレイを小説にしようとまで考え、それを実行してしまうまでに至った、その印象。
それを出していくことが、私のこのクソ長文連載の一番の目標・・・だったりするらしいですが、はてさて。(どっちなんだ)

次回、第19話「なくした記憶」。

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