かえるの絵本

第17話 街角うためぐり



もっと、強く――。

「・・・このままじゃ、駄目な気がする・・・」

もっと、力を――。

「何かこう・・・特別な強さ・・・」

「・・・・・・ああ、だからそれがアレだろ!? ロンなんとかっつー・・・」

新年明けて、冬の午後。
寒気の外とは対照的な、熱気生み出す酒場の一隅。

「そう! ・・・あのロンダキオンを持って、竜と戦うその時のために・・・。私は・・・もっと何か、とにかくチカラをつけなきゃいけないの!!」

声にあわせて揺れるのは、その本人のピンクの髪。
珍しくもあるそのアツい語り口には、普段より『熱血』を地でいく傍らの戦士でさえも、思わず二の句を継げないほどだ。

「・・・け、けどよ、アンジェ。おまえ、絶対強くなってるぜ? その調子で鍛えていきゃいいと思うんだけどよ・・・ダメなのか??」

なんとなく困ったようなそのフォローの言葉にも、アンジェは辛い表情で頷くしかなかった。


・・・確かに、アルターの言ってくれたことに、間違いはない。
剣も、それから魔法も、アンジェはどちらをも駆使して、それなりに戦えるようにはなっている。確実に『力』はつけている。

けれども――。

「・・・・・・わざ」

ポソリと開いた少女の口と、ちょうど同時に、マスターが空のジョッキに手を伸ばした。

「・・・ワザ?」

「うん」反復したアルターに応えるように、アンジェはかすかに微笑み、続ける。

「例えば・・・アルターなら剣を、マーロなら魔法を極めているように・・・。私も、そう・・・何か私らしい『技』・・・みたいなのを、見つけなければならないと思うの」

「必殺技か!!」

「・・・おいおい」

熱血を取り戻したアルターに、思わず苦笑いしたマスターの脳裏には、この戦士ばりに剣を振り回す、闘志みなぎるアンジェの姿が。・・・・・・いやしかし何か違う。

「うーん、アンジェは『必殺技』ってイメージじゃないよなぁ。その細腕で弾き語りやってる姿が、目に焼き付いちまってるからかもしれないが・・・」

(――!)

一瞬、電撃が走ったようにハッとしたアンジェの横で、アルターとマスターの会話は続いている。

「だったら『必殺ウタ』ってのはどうだ!? ・・・ん? そういやアイツ! ミーユ!!」

「ははっ、なんだそりゃ。なんでそこでミーユが出てくるんだよ。あいつは見るからに芸術肌じゃないか」

カウンターの裏の流しに手をつけつつ、からからと笑うマスター。
そこに、あくまで真剣なアルターの、とっておきの『事実』が跳んだ!

「それが、そうでもねぇんだよ! あいつ、メチャクチャ戦闘慣れしてるぜ!? なぁ、アンジェ!!」

「・・・それ!!」

ピンと張った人さし指。輝かんばかりの瞳。
傍らの少女の、そのどちらともが自分に向けられていたのだから、アルターは思わず息を飲み込んだ。

「もしかしたら、あるかもしれない・・・うん・・・」

アンジェは、ひとり大きなものを確信したように、表情をひきしめ、それからぴょんっと椅子を飛び降りて、

「ありがとう、アルター! マスター!」

勢いよくマントをなびかせ、「ちょっと行ってきます!」と、あっという間に酒場を出ていってしまったのだった。

「・・・・・・」唐突な行動も、アンジェにしては珍しい。「・・・やれやれ」

呆れ声とは裏腹に、まだ揺れを残す扉を無言で見つめるマスターには、すでに隠すこともままならない、彼女の心の焦りがわかっている。
着実に近づいている、呪いを解くための、期限――。

「そんなに強くなろうとしなくたっていいのによ・・・。このオレが・・・ついてるんだから」

同じ方向を見ていたアルターが、そのとき、ぽつりと呟いた。


必殺ウタ・・・と言えるのかは定かではないが、あの優雅な吟遊詩人ミーユが、とにかく戦い慣れしているというのは、確かな事実だ。
それは先日、一緒に冒険をともにしてきたばかりのアンジェとアルターが、一番よく理解している。

(あ・・・)

真っ先に走ってきたここ、広場から、風に乗る竪琴と、そして弾むように重なるリュッタの笛の音が聞こえてきて、アンジェは微笑んだ。

集まった聴衆の一員に身を置き、しばし、耳を澄ます。
ミーユは、ほぼ毎日、街のいたるところでその歌声を披露しているが、その場所は一定でない。だから、アンジェの(あまり当たらない)勘が今日はピタリと一致したことは、彼女にとっては好運だった。

同じく歌を紡ぐ者として、アンジェは特に、楽器の織りなす曲調と、そこに流れる歌詞・・・そのどちらにもへ真剣に、耳を、心を傾けるようにしている。
・・・この歌はどうやら、新しい年への希望を表現した歌のようだ。

「・・・・・・」

――パチパチパチパチ――!!

周りの拍手にはっとして、アンジェもあわてて手を叩いた。

・・・そう。歌には確かに、力がある。
だからこそ、竜を倒すための『強力な歌』を・・・覚えることができれば・・・・・・。

「・・・ンジェ! アンジェ!!」

「はいっ!?」

思考に届いた突然の呼び声に、びくりとして我に返る。・・・と。気が付けば、いつの間にやら聴衆たちは、場を離れ始めていたのだった。

「リ、リュッタ・・・」

「もー、なにぼーっとしてんだよー、アンジェ!? 手たたいたまま、とまっちゃうしさぁ〜!」

小さな陽気人の言うとおり、今も無意味に胸の位置で重ねられている自分の両手。
アンジェはそれを苦笑いで元に下ろしながら、その先に座る人物を見た。

「こんにちは、アンジェ。私の歌を聞きに来て下さったのですか」

噴水の縁よりゆっくりと立ち上がった吟遊詩人は、その問いかけに対する少女の答えが発せられる前に、滑らかに続きの言葉をつなぐ。

「それとも。何かお悩みの出来事でも・・・おありですか?」

アンジェは目を見開いた。


それから、一週間後。

ミーユとリュッタ、そして少々緊張した面持ちのアンジェが、広場の噴水前へと集合した。

「それでは、まいりましょうか」

そう言って歩き出したミーユへと、あからさまに驚きの声を投げたのはリュッタだが、それも無理もない話。・・・なんでも今日は、『アンジェが歌を披露してくれるので、一緒に聞きに行きましょう』と、そうミーユに聞かされていたはず。

なのに・・・当のミーユの足先は、どんどん噴水から離れていく。

「おっ、おーい、ふたりとも〜!? いったいどこにいくんだよー??」

リュッタにとってさらに不思議なのは、本日の演奏者アンジェまでもが、何の疑問も持たずに、ミーユの後へと続き歩いていってしまっているところだ・・・。
首をかしげながらも、とたとたと二人の行く先を追ったリュッタは、ほどなくそのアンジェの演奏地――?と思われる場所へと到着した。

そこは広場・・・・・・の奥にある、裏路地の一角であった。

ポロロン・・・と、竪琴の弦を一度つまびいて、深呼吸する。
そして、アンジェは演奏を始めた。

表の広場とはうってかわって、人通り少ないこの場所は、一見、音楽などとはほど遠い印象を受けさせる。
・・・だが、この裏路地にも人々の住む家が確かに建ち並んでおり、聞いてくれる人の生活がそこにある。

アンジェは、そんなことを考えながら、静かな一角を邪魔しないような、それでいて、安らかな午後のひとときにちょいとアクセントをもたらすような、そういった趣のメロディをつくり、奏でてみせた。

演奏が終わると、家々の窓から顔を出して聞き入っていた住民たちから、惜しげもない拍手が贈られた。ほんのりと照れ笑いを見せてお辞儀するアンジェに、満足げな表情のリュッタとミーユ。

賞賛の言葉のあとで、ミーユは言った。

「では、アンジェ。そろそろ次の演奏地へと移動しましょう」

ええーっ!?と、またもビックリ顔のリュッタの後ろで、アンジェは片手に小さな紙切れを取り出し、ちらりと目を通した。そして再び、真面目な表情に戻る。

「次は・・・倉庫」

――広場の裏路地、倉庫、診療所、牢獄。

紙切れには、それだけの文字。
走り書きながらも美しいその筆跡は・・・ミーユのものである。


それは、ミーユからの『宿題』だった。

あの日。一週間前。
この吟遊詩人の優しい微笑みに促されたアンジェは、今の心境そのままに、求めている情報を、そして教えをまっすぐに請うた。
――すなわち、自分に呪いをかけた赤竜に勝利するための、最強の歌を。

ミーユはそのとき、少し何かを考えてから「わかりました」と穏やかに承知し、懐から紙とペンを取り出すと、さらさらと書いてアンジェに手渡した。
そして、言ったのである。

『その前にアンジェ。あなたの歌を、街で披露して聞かせて下さい。・・・一週間後、そこに書いた場所にて』――と。

その言葉を素直に受けたアンジェは、この一週間、それぞれの場所で発表するための歌を、念入りに考えてきた。
正直、酒場以外の場所で歌うのにはあまり慣れていなかったが、歌曲をつくるのは楽しかったし、何より、この課題のあとにはミーユから直々に『強い歌』を伝授してもらえるものだと、確かに期待していたのだから。

・・・それなのに・・・。

「どれもとても素晴らしい歌でしたね、アンジェ。そう・・・それが答えなのですよ」

たった今、課題の全ての各所で演奏し終えたアンジェに対して、なんと、ミーユがこう言ったのだからたまらない。

本日出発時のリュッタのごとく、アンジェはあからさまに顔をしかめてしまった。

「こ、答えって・・・」

「わかりませんか?」

少女のこの反応も、ミーユにとっては予想済みのことだったのだろう。
彼は表情穏やかなまま、すっとその歩みを止めた。

「それぞれの場所で、アンジェの歌を聞いていた方々。皆さん、とても幸せそうでした。・・・ねぇ、リュッタ」

一日に四ヶ所での演奏会だなんて、リュッタにとっても、なかなかしない体験である。

「うん!! みーんなちがうかんじの歌で、おいらだってとっても楽しかったけど・・・! でも、おいらに負けないくらい、みんなうれしそうだったよねー!!」

思い起こせば、裏路地のあとも。

倉庫では、重労働の疲れをしばし忘れさせ、そして今後の仕事もはかどるような、そんな『癒しと元気』を織りまぜた歌を、アンジェは披露させてもらった。

診療所での演奏で気を付けたのは、極力、高音を用いすぎないようにしたことである。高すぎる音は、心身の傷に障ることもありえるから。

牢獄で歌った歌は、アンジェがつくったものではない。ここにいる聴衆は一人。牢番の男性だ。・・・彼はいつも退屈そうにしているので(見張るべき犯罪者が、なかなか入ってこないのである)、アンジェは以前、彼が酒場にやって来たときに好きだと言っていた『昔の流行曲』を歌ってきかせることにした。
懐かしそうにリズムを踏む彼の姿は、まだ瞼に新しい。

「アンジェ。あなたは聞く人の心を考えて、歌を紡げる人なのです」

ミーユは続けた。

「だからこそ、あなたはきっと『相手を傷つけるような』歌は、歌えないはず」

ぎくりと、アンジェが震えた。

「・・・ですが」

竪琴を胸に抱いたまま、少女は辛そうにうつむいていた。その小さな肩へと、吟遊詩人はそっと優しく手を触れると・・・そして、ゆっくりとこう語ったのである。

「歌も音色も、あなたが生み出す曲は、言葉は、あなたの『心』そのものなのです。ですから・・・あなたがいつか、真に相手に滅びを与えるべき時がきたとき――。そのときには、必ずあなた自身の心が、そこに紡ぐべき歌を教えてくれる」

真に滅びを与えるべき相手・・・・・・赤竜。

「アンジェ・・・あなたは、その歌を紡げる心の持ち主なのです」


数刻後。

三人は街を出て、森の賢者・・・ラドゥの神殿へとやって来ていた。

「おお、また珍しい面子じゃのう」

老賢者が、素直な感想で出迎える。

「ええ。今日はアンジェが『歌めぐり』をしているのですよ」

最後の演奏場所は、ミーユの突然の提案だった。
アンジェは、最初はさすがに驚いたけれども・・・当然、足が後ろを向くことはない。

『今』の自分が始まった場所。強さの源をくれた場所。

(・・・私を見つけてくれたラドゥ・・・! 大好きな、コロナの仲間たち・・・!!)

伝えたい気持ちが、歌詞になる。曲になる。
・・・そうだ、焦ることはない。
その時がくれば、こうして――自分の心が歌を生み出す。

茜空に、少女の歌声が舞った。


第18話につづく


テーマは、友情・努力・勝利ですからッ(ぱくるな(爆))
いやしかし冗談抜きで、全体的にやはり基本は、主人公アンジェの成長物語になりますよ〜。
・・・だって「かえほん」で一番好きなの女主人公ちゃんだもん! イチバン大事なんだモン! フン!(何・・・(^^;)

相変わらず長いのはいつものことなんですが、今回は前半と後半分けたほうが良かったのかもしれないなぁ〜・・・。
もともとあったアイデアは(当然のことながら)ミーユによる歌の課題だったわけですが、なんか思ったより「起点」が長くなっちゃって。
アルターとマスターに喋らすと、楽しすぎてコワイっすね、自分がね。(爆) 勢いが止まらない・・・!
・・・ああー! ですから今回の話の重点は後半なんですってばー!! (でもやっぱ前半も意味アリだな(笑))

ところで、アンジェのキャラクター上、このように音楽ネタをちょいちょいとちりばめておりますが、
はっきりいって筆者はそこらへん思いっきり素人です。ので、詳しい方からの指摘は拒否はしませんが・・・するなら優しくネ。(おい)

ロンダキオンに埋め込まれた、青い石。その秘密を知るのはドワーフ族の長老だった!
・・・次回、第18話「神具ロンダキオン」。 そのままだね・・・まぁ、仕方ないよね(汗笑)

目次にもどる    トップにもどる


☆ 掲示板 ☆
ご感想フォーム