かえるの絵本

第16話 天才の試練



今回の依頼ほど、一緒に来てもらう仲間に迷ったことはない。

――『パカドの森へ、おつかいの護衛をお願いします』。
依頼主は、魔法学院の講師・スタット。

魔物が多い森を通るという依頼だ。いつもなら、迷わずアルターを誘う・・・のだが。
今日に限っては、それはできない。
酒場のマスターも、この依頼用紙を店に出すべきか否か迷ったあげく、ちょうどそこにやってきたアンジェに(やや耳打ち気味で)手渡してきたのだから。

(うーん・・・どうしよう・・・)

出発の準備をしてくると、ひとまず街に出たアンジェは、目指す場所もままならないまま、大通りを行き来していた。
話によれば、そのパカドの森とは迷路のように広く、やっかいな魔物や妖精が潜んでいるとのことなので、さすがに、アンジェひとりで付き添うわけにもいかないのだった。

(ああもう、早くしないと・・・!)

焦りとはうらはらに、アンジェの歩みはそこで止まる。
そしてふと空を見上げながら、再び、その「護衛される」人物のことを考えてしまう。

――スタット先生! 本当に護衛を頼んじゃったのかよ?――

依頼主に、『虹の宝珠』という借り物を持っていくことを頼まれている、その人物。
この依頼に、たぶん一番納得していないであろう彼の・・・・・・

マーロのことを。

そんなマーロの不機嫌を、少しでも和らげるためにも、一体誰を誘ったらよいのか。
立ち止まったままのアンジェの背後で、そのとき、キィ・・・と扉が開いた。


「よっしゃあ!! ドワーフをなめるなぁーっ!!」

ゴブリンの群れを、あっという間に一掃。
剣に斧、そして魔法。戦力的には、かなり成功している三人なのだが。

「・・・ちっ・・・、もう少し静かに戦えないのかよ!!」

「なんだ? 静かにって・・・おまえの魔法のほうがよっぽど派手じゃないか! わっはっは」

迷うアンジェが、何度目かに立ち止まったその場所。気が付けば、そこは鍛冶屋の前であった。
店の前で背を向けてつっ立っているアンジェの姿を、窓越しに見つけて出てきた店主のロッドは、そしてアンジェから事情を聞き、同行することにしたのである。

「・・・だから護衛なんていらないって言ったんだ・・・」

トゲ立つ視線が、なんとなく自分のほうに向けられた気がして、アンジェは思わず肩をすぼめた。

パカドの森は、確かに広大で入り組んだ森ではあったが、スタットから渡された地図を見て進めば、さほど困難な道のりではなかった。
コンビネーションはともかく、個々に冒険慣れした彼らの前には、魔物たちも敵ではなく・・・。

出口は目前。・・・・・・だが。

最後で足は阻まれた。
そこにあったのは、木々の向こうも見えないような――場にそぐわない奇怪な業火。

「ざんねんでしたー! ここから先には、すすめないよーだ!」

・・・この甲高い感じの声には、あまり良い思い出がない・・・。
ふんわりと得意気に飛んできたその姿に、アンジェは顔をしかめた。

依頼主スタットが最も懸念していたこと。
・・・これこそが、やっかいな妖精の「いたずら」だったのである。

「だめだ、火が強くて、わきから抜けられない・・・」

炎に近付いてみたマーロは、しぶしぶ引き返すと、それからキッと妖精を睨んだ。

「おい、おまえ! おまえがいたずらしてるのか!?」

妖精の表情が、ぴくりとひきつる。

「ちょっと!! 『おまえ』っていうの、やめてよね! 私には『ピンク』っていう、カワイイ名前があるんだから!」

ふふん、と再び得意の眼差しを浮かべる妖精『ピンク』に対して、一同は思わず絶句。・・・と、そのとき。

「だっせえ名前・・・」

マーロが・・・とどめを刺した。

「・・・・・・ひっどーい!!! 『ダサい』っていったわね、今! なにさ、あんたなんて、女みたいな顔してるくせに、この火が消せるっていうの?」

「・・・・・・今、女みたいって言ったな!? おれは男だ!! ぜんぜん、女みたいじゃないぞ!!」

(ちょっ・・・ちょっと待って・・・)突然の言い争いに、アンジェは戸惑ってしまい

「おいおい、マーロ、ちょっとは落ち着いた方がいいぜ?」

ロッドも横から止めに入ろうとしたが、もはや熱気は収まるところをしらず、マーロはひらりとローブをひるがえしながら、炎の前に進み出た。

すっと伸ばした左腕には、輪状に繋がれた四色の珠――『虹の宝珠』。

「見てろよ・・・!」

魔法の力を増幅させる『虹の宝珠』を身につけたマーロは、怒りにまかせて、ありったけの魔力をこめた「突風」を唱えた。
生み出された竜巻は、一瞬にして目の前の炎を覆い・・・・・・

次の瞬間!

「うわああああ!!」

――バチッ――!!

マーロのフードが、アンジェの髪が、突然の激風にあおられて乱れた。
突風は、まるで術者のマーロを襲うかのように、突如風向きを変え・・・と、今度は気まぐれのごとく、スッとその勢いを消し去ってしまったのである。

彼らの前には、数秒前と変わらぬ大火が残っていた。

「・・・あーあ。やっぱり失敗しちゃったね! ざんねんでしたー、またどうぞ!」

「ちっくしょー。今度こそうまく・・・・・・あっ!」

そこでマーロは、重大な事実に気が付いた。

「・・・宝珠が・・・、宝珠がない!!」


赤、青、黄、緑。
『虹の宝珠』の四つの珠は、マーロの突風にはじき飛ばされ、森中に勢いよく散らばっていった――。

「あった! 青の宝珠だ!!」

マーロにとっては、大事な「おつかい」の品である。
妖精のいたずらに閉ざされた出口からは、ひとまず引き返し、彼らは宝珠探しに森をさまようこととなった。

その中のひとつ、青い宝珠は、幸運にもロッドが飛んだ方向を見ていたので、出口からほど近い水辺で、見つけることができたのだが・・・。

森は広い。
魔物の数は、キリがない。
そして・・・他の宝珠は見つからない。

刻々と過ぎてゆく時間に、焦りと疲労だけが、着実に重なってきていた。

「おい、マーロ。おまえさんさっきので、ずいぶん力を使っちまったんだろ? いいからちょっと下がってろ」

「・・・うるさい!!  あんなのぜんぜん大したことない! 子供扱いするな!!」

「いや、別に子供扱いしてるわけじゃないけどよ」

(・・・まぁ、オレからみればガキには違いないけどな)――ロッドは心の中で苦笑い。

そのとき、彼らの目前で、茂みがカサリと音を立てた。

「あのー・・・」

「!? 誰だ!!」

「わっ!? ちょ、ちょっと・・・っ」

とっさに突き出したマーロの杖に驚いているその姿は、腰と背中に大きな荷物を三つほど抱えた、商人風の男であった。

「薬を仕入れにきたんですが、道に迷っちゃって・・・」

「・・・ん!?」

と。
今度はロッドが、マーロを押しのけるように、その商人の前に歩み出たのである。

「あんた、薬売りのハンスじゃないか!」

「・・・えっ・・・、ああっ! なんとこれは、鍛冶屋のロッドさん!!」

突然の再会を懐かしあう二人の様子に、マーロとアンジェは、『?』顔で見合わせた。

「おお、紹介するぜ! こいつは行商で薬を売ってるハンスってやつでな。オレの古い知り合いなんだ」

「いや〜、まさかこんなところでロッドさんにお会いするなんて・・・・・・あ、でもちょうどよかった!」

すると次に、薬売りは、生き返ったような笑顔でこう続けたのである。

「ロッドさん、私これから、コロナの街に行くつもりだったんですよ。なんでよかったら、ロッドさんにご一緒させてもらえませんかねぇ? なんだかもう、私一人の足じゃ、こっから出られる気がしなくって・・・」

「ん・・・? ああ・・・そりゃかまわないけどよ・・・」

ロッドは、複雑な面持ちで答えた。

見れば、後ろのアンジェは穏やかに頷いているし、そっぽを向いているものの、マーロにも反対の色はないようである。同行に問題はないということ。

・・・だが。

少し考え、間をおいたロッドは、そして・・・こう言った。

「マーロ、アンジェ。・・・すまんが、オレはこれからハンスを送って、コロナに戻るぜ」


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