かえるの絵本
第16話 天才の試練
――『パカドの森へ、おつかいの護衛をお願いします』。
魔物が多い森を通るという依頼だ。いつもなら、迷わずアルターを誘う・・・のだが。
(うーん・・・どうしよう・・・)
出発の準備をしてくると、ひとまず街に出たアンジェは、目指す場所もままならないまま、大通りを行き来していた。
(ああもう、早くしないと・・・!)
焦りとはうらはらに、アンジェの歩みはそこで止まる。
――スタット先生! 本当に護衛を頼んじゃったのかよ?――
依頼主に、『虹の宝珠』という借り物を持っていくことを頼まれている、その人物。
マーロのことを。
そんなマーロの不機嫌を、少しでも和らげるためにも、一体誰を誘ったらよいのか。
「よっしゃあ!! ドワーフをなめるなぁーっ!!」
ゴブリンの群れを、あっという間に一掃。
「・・・ちっ・・・、もう少し静かに戦えないのかよ!!」
「なんだ? 静かにって・・・おまえの魔法のほうがよっぽど派手じゃないか! わっはっは」
迷うアンジェが、何度目かに立ち止まったその場所。気が付けば、そこは鍛冶屋の前であった。
「・・・だから護衛なんていらないって言ったんだ・・・」
トゲ立つ視線が、なんとなく自分のほうに向けられた気がして、アンジェは思わず肩をすぼめた。
パカドの森は、確かに広大で入り組んだ森ではあったが、スタットから渡された地図を見て進めば、さほど困難な道のりではなかった。
出口は目前。・・・・・・だが。
最後で足は阻まれた。
「ざんねんでしたー! ここから先には、すすめないよーだ!」
・・・この甲高い感じの声には、あまり良い思い出がない・・・。
依頼主スタットが最も懸念していたこと。
「だめだ、火が強くて、わきから抜けられない・・・」
炎に近付いてみたマーロは、しぶしぶ引き返すと、それからキッと妖精を睨んだ。
「おい、おまえ! おまえがいたずらしてるのか!?」
妖精の表情が、ぴくりとひきつる。
「ちょっと!! 『おまえ』っていうの、やめてよね! 私には『ピンク』っていう、カワイイ名前があるんだから!」
ふふん、と再び得意の眼差しを浮かべる妖精『ピンク』に対して、一同は思わず絶句。・・・と、そのとき。
「だっせえ名前・・・」
マーロが・・・とどめを刺した。
「・・・・・・ひっどーい!!! 『ダサい』っていったわね、今! なにさ、あんたなんて、女みたいな顔してるくせに、この火が消せるっていうの?」
「・・・・・・今、女みたいって言ったな!? おれは男だ!! ぜんぜん、女みたいじゃないぞ!!」
(ちょっ・・・ちょっと待って・・・)突然の言い争いに、アンジェは戸惑ってしまい
「おいおい、マーロ、ちょっとは落ち着いた方がいいぜ?」
ロッドも横から止めに入ろうとしたが、もはや熱気は収まるところをしらず、マーロはひらりとローブをひるがえしながら、炎の前に進み出た。
すっと伸ばした左腕には、輪状に繋がれた四色の珠――『虹の宝珠』。
「見てろよ・・・!」
魔法の力を増幅させる『虹の宝珠』を身につけたマーロは、怒りにまかせて、ありったけの魔力をこめた「突風」を唱えた。
次の瞬間!
「うわああああ!!」
――バチッ――!!
マーロのフードが、アンジェの髪が、突然の激風にあおられて乱れた。
彼らの前には、数秒前と変わらぬ大火が残っていた。
「・・・あーあ。やっぱり失敗しちゃったね! ざんねんでしたー、またどうぞ!」
「ちっくしょー。今度こそうまく・・・・・・あっ!」
そこでマーロは、重大な事実に気が付いた。
「・・・宝珠が・・・、宝珠がない!!」
赤、青、黄、緑。
「あった! 青の宝珠だ!!」
マーロにとっては、大事な「おつかい」の品である。
その中のひとつ、青い宝珠は、幸運にもロッドが飛んだ方向を見ていたので、出口からほど近い水辺で、見つけることができたのだが・・・。
森は広い。
刻々と過ぎてゆく時間に、焦りと疲労だけが、着実に重なってきていた。
「おい、マーロ。おまえさんさっきので、ずいぶん力を使っちまったんだろ? いいからちょっと下がってろ」
「・・・うるさい!! あんなのぜんぜん大したことない! 子供扱いするな!!」
「いや、別に子供扱いしてるわけじゃないけどよ」
(・・・まぁ、オレからみればガキには違いないけどな)――ロッドは心の中で苦笑い。
そのとき、彼らの目前で、茂みがカサリと音を立てた。
「あのー・・・」
「!? 誰だ!!」
「わっ!? ちょ、ちょっと・・・っ」
とっさに突き出したマーロの杖に驚いているその姿は、腰と背中に大きな荷物を三つほど抱えた、商人風の男であった。
「薬を仕入れにきたんですが、道に迷っちゃって・・・」
「・・・ん!?」
と。
「あんた、薬売りのハンスじゃないか!」
「・・・えっ・・・、ああっ! なんとこれは、鍛冶屋のロッドさん!!」
突然の再会を懐かしあう二人の様子に、マーロとアンジェは、『?』顔で見合わせた。
「おお、紹介するぜ! こいつは行商で薬を売ってるハンスってやつでな。オレの古い知り合いなんだ」
「いや〜、まさかこんなところでロッドさんにお会いするなんて・・・・・・あ、でもちょうどよかった!」
すると次に、薬売りは、生き返ったような笑顔でこう続けたのである。
「ロッドさん、私これから、コロナの街に行くつもりだったんですよ。なんでよかったら、ロッドさんにご一緒させてもらえませんかねぇ? なんだかもう、私一人の足じゃ、こっから出られる気がしなくって・・・」
「ん・・・? ああ・・・そりゃかまわないけどよ・・・」
ロッドは、複雑な面持ちで答えた。
見れば、後ろのアンジェは穏やかに頷いているし、そっぽを向いているものの、マーロにも反対の色はないようである。同行に問題はないということ。
・・・だが。
少し考え、間をおいたロッドは、そして・・・こう言った。
「マーロ、アンジェ。・・・すまんが、オレはこれからハンスを送って、コロナに戻るぜ」 |
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