かえるの絵本

第15話 光、手にする者



「・・・アンジェ、どうしたんだ?」

気がつくと、彼女は足を止めていた。
数歩先でこちらを振り向くマーロの声に、はっと我に返る。

この街に着いた瞬間から、確かに、何かを感じていた。
コロナの街とは、また違う風景。建物の並び、人々の様子・・・。
初めて触れるはずの空気が、なぜか、自分の肌に妙な感覚をはしらせる。

できれば、もう少し、ここにこうして立ち止まっていたい――。
この目に見える光景を、耳に入る音を、じっくりと受け入れてみたい。・・・そう思う。
自らの願望に正直に、身体は動きを止めたのだ。

・・・けれど。
「う・・・ううんっ。なんでもない」
今はそんなときじゃない・・・と、アンジェは小さく首を振った。

「――あっ! いたいた!!」

さらに前方から、こちらを呼ぶ声。「あのベンチに座ってるの・・・きっと、そうよ!」

・・・・・・そう。今は自分の不確かな感情で、立ち止まってなどいられない・・・・・・。

少し不本意そうなマーロの瞳に、「行こ!」と声をかけながら、アンジェは足早に駆け寄っていく。

手招きする仲間は、レティル。そしてここは、彼女の故郷――バレンシア。


アンジェたちが今回、このバレンシアを訪れることになったのは、ここの出身であるレティルが、とある重要な事柄を思い出したからだった。

十年前、この地に赤竜――アンジェの呪いの元凶――が現れたとき、竜退治に向かった勇者たちは、何か特別な「力」を手に、戦いに赴いた・・・というのである。

・・・木陰のベンチに、ひとりの老人の姿があった。
冬の初めだというのに薄着で、ぼーっと通りを眺めている。
三人が揃って目前に立つと、老人はようやく、ゆっくりとすわった目を上げた。

「ウィー、ヒック、・・・おまえさんがた、何か用かね?」

瞬間、マーロは「うっ」と口に手を当てた。
アルコールを帯びた息。本当にこいつなのか?と、思わず顔をしかめてしまう。

「ジムじい! あなた、ジムじいでしょ?」

「ん・・・・・・どこかでお会いしたかの?」

ずいと前に出たレティルは、酒気もかまわず、老人の目線で自分を指さす。

「あたしよ! レオンの友だちだった、レンフレーテよ」

「な?」老人は一瞬、目を見開いて絶句し、それからみるみると表情が一変。「誰かと思えば・・・。アストニシア家のレンフレーテお嬢ちゃんかい!」

バレンシアに辿り着いてすぐ、一行はこの老人”ジム”を探して歩いた。
レティルによれば、このジムじいさんは、かつての勇者・レオンの冒険を助けた人物。

「ジムじい、あなた、レオンと親しかったわよね。十年前のこと、なんでもいいから、知っていることを教えて!」

再会を懐かしあう暇もなく、レティルは単刀直入に本題をきりだす。
そんな彼女と連れの二人の様子を見ながら、ジム老人もまた、すっ・・・と今までの酒が抜けたかのように、表情を正してみせた。

あるいは、彼らのような・・・何かを真剣に追い求める若き冒険者の姿に触発されて、かつての勘がよみがえったのかもしれない・・・。

「わしは昔、勇者たちの冒険に、いろいろと手助けをしたものじゃ。『竜のねどこ』を突きとめたりな・・・」

そして話は、アンジェたちが探すもの――『ロンダキオン』へと移っていった。


ロンダキオン。
それは、聖なる守り。選ばれし者のみに与えられる力。
――竜と戦うために、倒すために、きっと必要なもの――。

翌日、アンジェとマーロ、レティルは、ジム老人の案内で、街の北方にある山のふもとに足を運んだ。

この山の頂上に、十年前の竜と勇者の決戦地――「竜のねどこ」がある。

ふもとでジムに見送られてから、山道を登り始めた三人を、待ってましたとばかりに魔物が襲う。それでも、難なく進む彼らであったが・・・。

前方に、その男の姿を見たときには・・・さすがに足を止めていた。

「きみは・・・」

振り返る、長い黒髪。
青銅の鎧に身を包んだ、あの剣士――。

「・・・アンジェといったか? また会ったな」

名前を言われて、アンジェは思わずドキリとした。

「あなたは・・・、あなたはレオンでしょう? どうして正体を隠そうとするの?」

口を開いたのはレティルだ。
そして、そこに返ってくる答えは、以前会ったときとまったく変わるところはなく・・・

「今の私に名前などない。それに、私が誰なのかなど・・・きみたちには関係のないことだ。・・・そんなことより、きみたちには竜に関わるなと忠告したはずだ。私のようになりたいのか!」

(――!?)

相変わらずの返答に、そっぽを向きかけたマーロも、その最後の言葉で、思わず視線を戻してしまった。

・・・”私のように”・・・?

「ねえ、何を言ってるの? それどういうこと?」

「・・・・・・」剣士は、顔をしかめて無言になった。そのうち、また今までのように、くるりと背を向け、歩き出した。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

あとを追おうとした三人だったが、運悪く、鳥獣モンスター・グリフォンの群れに目をつけられてしまった。

「もう、こんな時に!!」

苛立ち混じりの剣技と魔法で、魔物たちを蹴散らした彼らだったが、剣士の姿はもうなかった。


・・・・・・心が、落ち着かない・・・・・・。

まるで昨日の、バレンシアの街で感じたような、奇妙なざわめき。
あの人・・・「レオン」という人であろう剣士に対し、必死で問いかけるレティルや、少し疑い深げな視線をおくるマーロとも、また違う・・・。

剣士の姿をじっと見つめて、自分の心に、言葉を探して――。

そんな反応をしてしまう自分に、アンジェは気付いて、さらに上の空になっていた。

とはいっても、そんな上の空の状態でも、襲いくる魔物たちにしっかりと対処できているのは、彼女が強くなった証なのだろう。
それに・・・冒険中、常に”自然に”アンジェのそばについているマーロの存在も、忘れてはならないところだ。

だが、そんな彼らも、あと少しで山頂というところで、思わぬ強敵に出くわしてしまった。

「マンティコア――!」

獅子の体に、魔族の羽。不気味な蛇の尾を持つその魔物は、ここに来るまでに倒してきた相手とは、わけが違う。
マーロやアンジェが放つ魔法は、速い動きにかわされてしまい、レティルは得意の剣技を続けざまに浴びせたが、その強靱な皮膚には、なかなか決定的な傷をつけられない。

そのうちに、魔物の爪が、鋭く反撃に出る――!

「レティル!!」

殴り飛ばされたレティルのもとへ、アンジェが急いで駆け寄る。
とっさに直撃は避けたものの、腕には痛々しい三本傷。鎧の布地をざくりと切り裂かれていて、さすがのレティルも、痛みに顔を歪ませる。

アンジェが薬草を当てて応急処置をしたが、魔物にとってはそれこそ格好の餌食!
マンティコアはカッと大口を開け、避けられない体勢にある二人へ向けて、火炎の息を吐き出した――。

「くっ――氷の刃!!」

立ちはだかったマーロが、呪文を叫ぶ。
空間から降ってきた氷の柱が、間一髪、炎の進路を打ち消し、ジュワーッと激しい蒸気を生み出す。

(このままじゃ勝てない――)

三様にそう思ったそのとき、マーロが素早く振り返った。

「あいつを倒せる魔法がある! 悪いけど、二人であいつの気を少しだけ引いててくれ!!」

「なっ、気を引けって・・・何するつもり!?」

腕を押さえて、レティルが立ち上がる。

「ちょっと時間がかかるんだよ! 覚えたばかりの魔法だから・・・」

最後の方の語尾が低めなのは、プライドの高いマーロらしいところだが・・・とにかく、ここはマーロに任せようと思い、アンジェは頷いた。

「それじゃ・・・お願い、マーロ!」

まだ半信半疑のレティルも、そんなアンジェに促されて、再び剣を手に走る。
付かず離れずの距離で攻撃をしかける二人の後ろで、マーロは杖の宝珠に手をかざした。

ぐっと集中。魔法のイメージを、頭に強く浮かび上げる。そして・・・・・・!

「――魔岩竜――!!」

ゴゴゴゴゴ・・・と音が響き、マンティコアの目前の土が、命を吹き込まれたかのように盛り上がった。
土は空中で竜の形を成し、ぴかりと眼が光ると同時に、魔物へと激しい正面体当たりをくらわす!

山壁に打ちつけられたマンティコアは、仕上げにバラバラと降る岩の下敷きになり・・・そのまま、動かなくなった。

「やったぁー!!」アンジェがぴょんっと飛び跳ねる。

「やるじゃない!!」レティルも喜びの声をあげる。

「ふうっ・・・」マーロは額の汗を軽く拭って、実戦では初めてだった魔法の成功に、ほっと安堵。そして、歓喜の二人に、これまたいつものすました笑顔で応えてみせた。
「・・・まぁな」

強敵を倒した一行は、意気揚々と山頂へ――。

そしてそこには、彼らを見据える、あの剣士の姿があった。


「きみたちの戦いぶり、見せてもらったぞ。なかなかやるではないか」

剣士の言葉に、マーロは見るからに不快な表情を浮かべる。

――と。

次の瞬間、剣士がいきなり、マーロとアンジェの間を押しのけた。

「・・・なっ!?」

突き飛ばされて、少々よろめきながら見た光景はなんと・・・さっき倒したはずのマンティコア。
そして、それを見事に一刀両断した剣士の・・・静かに揺れる黒髪だった。

「大丈夫か?」

剣をしまって、こちらを振り向く。
アンジェは慌てて礼を述べた。

「は、はいっ・・・ありがとう・・・ございます」

「・・・怪物の中には、しぶといヤツもいる。気を抜いたら命取りだぞ」

(・・・くっ・・・)

これには、さすがのマーロも、悔しさを噛みしめる以外に反応ができなかった。
・・・最終的にアンジェを守ったのが、自分ではなかったことに・・・。
一方、もうひとりの仲間・レティルは、剣士の行動を確信して、穏やかに微笑んだ。

「冷たいふりをしているけど、人が危ないときは、必ず助けにきてくれる。やっぱり、あなたはレオンだよ」

(・・・・・・レオン・・・・・・)

みずいろの瞳が、再びその姿を受け入れようとしたが、剣士・・・レオンは顔を伏せ、三人の傍らを横切り、立ち去ろうとしていた。

・・・そのとき。
アンジェの瞳は、剣士を追わず――その先の”何か”を映しとったのである。

「・・・アンジェ・・・?」

まるで誰かに導かれるように、アンジェはゆっくりと、切り立った崖のほうへと歩いていく。
マーロやレティルはもちろんのこと、そんな少女の様子に目を奪われた剣士もまた、思わずそのあとに続いた。

すると・・・。

今まさに崖の先端へ辿り着こうとしている、ピンクの髪の少女を出迎えるかのように、地面にふっと、突然まばゆい光が広がったのである――!

「!!」

後ろで見ていた誰もが、驚きで一瞬言葉を失ったが、

「それは、その光は、まさか・・・!」口をひらいたのは、剣士。「それはあの時、消えてしまったはず・・・・・・」

それから、さらに言葉を震わせて、少女を見つめる。

「まさか、アンジェ・・・・・・きみが選ばれし者だと・・・・・・?」

アンジェは、光の中に手を差し入れ、持ち上げながら天空を見上げた。
その瞳にこたえるように、雲の隙間からひとすじの光が現れ、やがてアンジェの手の中におさまった。

白い手のひらの上で、光は円を形どる。

「この光・・・間違いない・・・。これこそ、何年も捜し求めた聖なる守り『ロンダキオン』。これは、選ばれし者の手の中で放たれるという、聖なる光だ」

今までとはうってかわって言葉多めの剣士は、次の瞬間、今度は表情をしかめて続けた。

「しかし、なんだ? 聖なる光が、十年前よりも弱っている。これでは竜にとどめをさすことなど・・・・・・。アンジェ、見せてくれないか。そのロンダキオンを!」

近づく剣士――レオンに、また妙な胸騒ぎを覚えながら、アンジェは何も言えずに手のひらを差し出した。

ふわりとなびくマント。鎧の装飾。
・・・一瞬だけ重なる、おたがいの手・・・。

心が、落ち着かない。

何かが、こみあげてくる・・・・・・!


アンジェの前で、剣士はがくりと膝を落とした。

「くっ・・・あのときの竜の攻撃で、傷が・・・ついてしまったのか・・・・・・」

彼が見たのは、光の中心に埋め込まれた、小さな青い石の部分。そこに、わずかな亀裂が入っているのを発見したのだ。

「すまなかったな・・・ありがとう」

立ち上がった剣士は、またいつもの冷静な表情へと戻っていた。そして、言う。

「ロンダキオンは、きみを選んだようだ・・・。選ばれたきみなら探せるはずだ。ロンダキオンを蘇らせる方法を・・・」

さらばだ・・・と去りかけた彼を、レティルが止めに入った。

「その話・・・やっぱりあなた、レオンね! これ以上隠そうとしたってダメよ! この十年、いったいどうしていたの? ねえ、本当のことを言って!」

無言で行ってしまうのだろうと思われた。
だが――。

「私は、死ぬはずだった」

そこにあったのは・・・冷たいのでもない、厳しいのでもない・・・深くやるせない、悲しみだけが宿った瞳・・・。

「だが・・・私だけ生き残ってしまった! ・・・もう、私に構わないでくれ。すまない・・・」

・・・追えなかった。
アンジェも、レティルも、そしてマーロでさえも、心がずきりと痛んで、動けない。

けれど、ようやく下りてきた山の入り口で、彼らはもう一度、その姿を目の当たりにしてしまう。

「違う! 違うんだジムじい! 私は・・・私は勇者なんかじゃない!」

「レオン、何を言うんじゃ? おぬしは、バレンシアを赤き竜から守った勇者じゃないか」

十年ぶりの再会、心待ちにしたその姿を見つけたジム老人は、さぞ嬉しそうに駆け寄ったことだろう・・・。

レオンは、そのジム老人の言葉に激しく反応すると、ふるふると首を振りながら、声を張り上げた。

「私は、守ってなんかない・・・。私は・・・私は、あいつに助けられたんだ・・・・・・!」

・・・そう、言葉を残して、剣士は・・・「勇者」レオンは、走り去った・・・。

――痛い――。

――痛いよ――。

・・・・・もっと喜んでくれたじゃない・・・・・・。

・・・・・・あのとき、この光を見つけたときは・・・・・・。

(・・・・・・えっ・・・・・・?)

心が渦巻いている。
落ち着かなきゃ・・・。しっかりしなきゃ・・・。

聖なる光を胸にあて、必死にざわめきを抑えようとするアンジェの瞳は、しかし、走り去ったレオンの背中から、捕らえられたように離せない。

そんな彼女の様子を見て、傍らの魔術士・・・マーロもまた、ただならぬ予感を感じていたのだった。


「ねぇ、これホントに、私が持ってていいのかな・・・」

「・・・当たり前だろう? きみが選ばれたんだ。ロンダキオンに」

「・・・なんでレオンじゃなくて私なんだろう・・・? まぁ、いいけど」

「そうだ。私ときみは・・・ともに戦いに挑むのだからな。さあ、行こう!」


第16話につづく


はー、すっごい久しぶりですね本編! ってゆうか、久しぶりなのに相変わらず長いよ(^^; 読者様おつかれさまでした。

今回、けっこう冒険モノっぽく書けてるような気がするんですが、いかがですかっ??(←テンション高)
いや・・・なんかこう、レオン氏が出てくると必要以上に盛り上がっちゃいますね。え?何がって?・・・筆者が(笑)
そんなわけで、主人公の心情に、ちょっと動きを見せたりして。そして、ごちゃごちゃとした愛憎関係が・・・・・・以下規制。

あっ、それと・・・シャルルさんが登場できなかった。大変申し訳なく思っております。どうかお許しをーっ!!(><)

とうとう、この時もきました。アンジェにとって、最も重要な存在である彼の冒険。
アルターと並ぶ人気キャラ。筆者はプレッシャーに勝てるのか!? 次回、第16話「天才の試練」!

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