かえるの絵本
第15話 光、手にする者
気がつくと、彼女は足を止めていた。
この街に着いた瞬間から、確かに、何かを感じていた。
できれば、もう少し、ここにこうして立ち止まっていたい――。
・・・けれど。
「――あっ! いたいた!!」
さらに前方から、こちらを呼ぶ声。「あのベンチに座ってるの・・・きっと、そうよ!」
・・・・・・そう。今は自分の不確かな感情で、立ち止まってなどいられない・・・・・・。
少し不本意そうなマーロの瞳に、「行こ!」と声をかけながら、アンジェは足早に駆け寄っていく。
手招きする仲間は、レティル。そしてここは、彼女の故郷――バレンシア。
アンジェたちが今回、このバレンシアを訪れることになったのは、ここの出身であるレティルが、とある重要な事柄を思い出したからだった。
十年前、この地に赤竜――アンジェの呪いの元凶――が現れたとき、竜退治に向かった勇者たちは、何か特別な「力」を手に、戦いに赴いた・・・というのである。
・・・木陰のベンチに、ひとりの老人の姿があった。
「ウィー、ヒック、・・・おまえさんがた、何か用かね?」
瞬間、マーロは「うっ」と口に手を当てた。
「ジムじい! あなた、ジムじいでしょ?」
「ん・・・・・・どこかでお会いしたかの?」
ずいと前に出たレティルは、酒気もかまわず、老人の目線で自分を指さす。
「あたしよ! レオンの友だちだった、レンフレーテよ」
「な?」老人は一瞬、目を見開いて絶句し、それからみるみると表情が一変。「誰かと思えば・・・。アストニシア家のレンフレーテお嬢ちゃんかい!」
バレンシアに辿り着いてすぐ、一行はこの老人”ジム”を探して歩いた。
「ジムじい、あなた、レオンと親しかったわよね。十年前のこと、なんでもいいから、知っていることを教えて!」
再会を懐かしあう暇もなく、レティルは単刀直入に本題をきりだす。
あるいは、彼らのような・・・何かを真剣に追い求める若き冒険者の姿に触発されて、かつての勘がよみがえったのかもしれない・・・。
「わしは昔、勇者たちの冒険に、いろいろと手助けをしたものじゃ。『竜のねどこ』を突きとめたりな・・・」
そして話は、アンジェたちが探すもの――『ロンダキオン』へと移っていった。
ロンダキオン。
翌日、アンジェとマーロ、レティルは、ジム老人の案内で、街の北方にある山のふもとに足を運んだ。
この山の頂上に、十年前の竜と勇者の決戦地――「竜のねどこ」がある。
ふもとでジムに見送られてから、山道を登り始めた三人を、待ってましたとばかりに魔物が襲う。それでも、難なく進む彼らであったが・・・。
前方に、その男の姿を見たときには・・・さすがに足を止めていた。
「きみは・・・」
振り返る、長い黒髪。
「・・・アンジェといったか? また会ったな」
名前を言われて、アンジェは思わずドキリとした。
「あなたは・・・、あなたはレオンでしょう? どうして正体を隠そうとするの?」
口を開いたのはレティルだ。
「今の私に名前などない。それに、私が誰なのかなど・・・きみたちには関係のないことだ。・・・そんなことより、きみたちには竜に関わるなと忠告したはずだ。私のようになりたいのか!」
(――!?)
相変わらずの返答に、そっぽを向きかけたマーロも、その最後の言葉で、思わず視線を戻してしまった。
・・・”私のように”・・・?
「ねえ、何を言ってるの? それどういうこと?」
「・・・・・・」剣士は、顔をしかめて無言になった。そのうち、また今までのように、くるりと背を向け、歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
あとを追おうとした三人だったが、運悪く、鳥獣モンスター・グリフォンの群れに目をつけられてしまった。
「もう、こんな時に!!」
苛立ち混じりの剣技と魔法で、魔物たちを蹴散らした彼らだったが、剣士の姿はもうなかった。
・・・・・・心が、落ち着かない・・・・・・。
まるで昨日の、バレンシアの街で感じたような、奇妙なざわめき。
剣士の姿をじっと見つめて、自分の心に、言葉を探して――。
そんな反応をしてしまう自分に、アンジェは気付いて、さらに上の空になっていた。
とはいっても、そんな上の空の状態でも、襲いくる魔物たちにしっかりと対処できているのは、彼女が強くなった証なのだろう。
だが、そんな彼らも、あと少しで山頂というところで、思わぬ強敵に出くわしてしまった。
「マンティコア――!」
獅子の体に、魔族の羽。不気味な蛇の尾を持つその魔物は、ここに来るまでに倒してきた相手とは、わけが違う。
そのうちに、魔物の爪が、鋭く反撃に出る――!
「レティル!!」
殴り飛ばされたレティルのもとへ、アンジェが急いで駆け寄る。
アンジェが薬草を当てて応急処置をしたが、魔物にとってはそれこそ格好の餌食!
「くっ――氷の刃!!」
立ちはだかったマーロが、呪文を叫ぶ。
(このままじゃ勝てない――)
三様にそう思ったそのとき、マーロが素早く振り返った。
「あいつを倒せる魔法がある! 悪いけど、二人であいつの気を少しだけ引いててくれ!!」
「なっ、気を引けって・・・何するつもり!?」
腕を押さえて、レティルが立ち上がる。
「ちょっと時間がかかるんだよ! 覚えたばかりの魔法だから・・・」
最後の方の語尾が低めなのは、プライドの高いマーロらしいところだが・・・とにかく、ここはマーロに任せようと思い、アンジェは頷いた。
「それじゃ・・・お願い、マーロ!」
まだ半信半疑のレティルも、そんなアンジェに促されて、再び剣を手に走る。
ぐっと集中。魔法のイメージを、頭に強く浮かび上げる。そして・・・・・・!
「――魔岩竜――!!」
ゴゴゴゴゴ・・・と音が響き、マンティコアの目前の土が、命を吹き込まれたかのように盛り上がった。
山壁に打ちつけられたマンティコアは、仕上げにバラバラと降る岩の下敷きになり・・・そのまま、動かなくなった。
「やったぁー!!」アンジェがぴょんっと飛び跳ねる。
「やるじゃない!!」レティルも喜びの声をあげる。
「ふうっ・・・」マーロは額の汗を軽く拭って、実戦では初めてだった魔法の成功に、ほっと安堵。そして、歓喜の二人に、これまたいつものすました笑顔で応えてみせた。
強敵を倒した一行は、意気揚々と山頂へ――。
そしてそこには、彼らを見据える、あの剣士の姿があった。
「きみたちの戦いぶり、見せてもらったぞ。なかなかやるではないか」
剣士の言葉に、マーロは見るからに不快な表情を浮かべる。
――と。
次の瞬間、剣士がいきなり、マーロとアンジェの間を押しのけた。
「・・・なっ!?」
突き飛ばされて、少々よろめきながら見た光景はなんと・・・さっき倒したはずのマンティコア。
「大丈夫か?」
剣をしまって、こちらを振り向く。
「は、はいっ・・・ありがとう・・・ございます」
「・・・怪物の中には、しぶといヤツもいる。気を抜いたら命取りだぞ」
(・・・くっ・・・)
これには、さすがのマーロも、悔しさを噛みしめる以外に反応ができなかった。
「冷たいふりをしているけど、人が危ないときは、必ず助けにきてくれる。やっぱり、あなたはレオンだよ」
(・・・・・・レオン・・・・・・)
みずいろの瞳が、再びその姿を受け入れようとしたが、剣士・・・レオンは顔を伏せ、三人の傍らを横切り、立ち去ろうとしていた。
・・・そのとき。
「・・・アンジェ・・・?」
まるで誰かに導かれるように、アンジェはゆっくりと、切り立った崖のほうへと歩いていく。
すると・・・。
今まさに崖の先端へ辿り着こうとしている、ピンクの髪の少女を出迎えるかのように、地面にふっと、突然まばゆい光が広がったのである――!
「!!」
後ろで見ていた誰もが、驚きで一瞬言葉を失ったが、
「それは、その光は、まさか・・・!」口をひらいたのは、剣士。「それはあの時、消えてしまったはず・・・・・・」
それから、さらに言葉を震わせて、少女を見つめる。
「まさか、アンジェ・・・・・・きみが選ばれし者だと・・・・・・?」
アンジェは、光の中に手を差し入れ、持ち上げながら天空を見上げた。
白い手のひらの上で、光は円を形どる。
「この光・・・間違いない・・・。これこそ、何年も捜し求めた聖なる守り『ロンダキオン』。これは、選ばれし者の手の中で放たれるという、聖なる光だ」
今までとはうってかわって言葉多めの剣士は、次の瞬間、今度は表情をしかめて続けた。
「しかし、なんだ? 聖なる光が、十年前よりも弱っている。これでは竜にとどめをさすことなど・・・・・・。アンジェ、見せてくれないか。そのロンダキオンを!」
近づく剣士――レオンに、また妙な胸騒ぎを覚えながら、アンジェは何も言えずに手のひらを差し出した。
ふわりとなびくマント。鎧の装飾。
心が、落ち着かない。
何かが、こみあげてくる・・・・・・!
アンジェの前で、剣士はがくりと膝を落とした。
「くっ・・・あのときの竜の攻撃で、傷が・・・ついてしまったのか・・・・・・」
彼が見たのは、光の中心に埋め込まれた、小さな青い石の部分。そこに、わずかな亀裂が入っているのを発見したのだ。
「すまなかったな・・・ありがとう」
立ち上がった剣士は、またいつもの冷静な表情へと戻っていた。そして、言う。
「ロンダキオンは、きみを選んだようだ・・・。選ばれたきみなら探せるはずだ。ロンダキオンを蘇らせる方法を・・・」
さらばだ・・・と去りかけた彼を、レティルが止めに入った。
「その話・・・やっぱりあなた、レオンね! これ以上隠そうとしたってダメよ! この十年、いったいどうしていたの? ねえ、本当のことを言って!」
無言で行ってしまうのだろうと思われた。
「私は、死ぬはずだった」
そこにあったのは・・・冷たいのでもない、厳しいのでもない・・・深くやるせない、悲しみだけが宿った瞳・・・。
「だが・・・私だけ生き残ってしまった! ・・・もう、私に構わないでくれ。すまない・・・」
・・・追えなかった。
けれど、ようやく下りてきた山の入り口で、彼らはもう一度、その姿を目の当たりにしてしまう。
「違う! 違うんだジムじい! 私は・・・私は勇者なんかじゃない!」
「レオン、何を言うんじゃ? おぬしは、バレンシアを赤き竜から守った勇者じゃないか」
十年ぶりの再会、心待ちにしたその姿を見つけたジム老人は、さぞ嬉しそうに駆け寄ったことだろう・・・。
レオンは、そのジム老人の言葉に激しく反応すると、ふるふると首を振りながら、声を張り上げた。
「私は、守ってなんかない・・・。私は・・・私は、あいつに助けられたんだ・・・・・・!」
・・・そう、言葉を残して、剣士は・・・「勇者」レオンは、走り去った・・・。
――痛い――。
――痛いよ――。
・・・・・もっと喜んでくれたじゃない・・・・・・。
・・・・・・あのとき、この光を見つけたときは・・・・・・。
(・・・・・・えっ・・・・・・?)
心が渦巻いている。
聖なる光を胸にあて、必死にざわめきを抑えようとするアンジェの瞳は、しかし、走り去ったレオンの背中から、捕らえられたように離せない。
そんな彼女の様子を見て、傍らの魔術士・・・マーロもまた、ただならぬ予感を感じていたのだった。
「ねぇ、これホントに、私が持ってていいのかな・・・」
「・・・当たり前だろう? きみが選ばれたんだ。ロンダキオンに」
「・・・なんでレオンじゃなくて私なんだろう・・・? まぁ、いいけど」
「そうだ。私ときみは・・・ともに戦いに挑むのだからな。さあ、行こう!」 |
はー、すっごい久しぶりですね本編! ってゆうか、久しぶりなのに相変わらず長いよ(^^; 読者様おつかれさまでした。
今回、けっこう冒険モノっぽく書けてるような気がするんですが、いかがですかっ??(←テンション高)
いや・・・なんかこう、レオン氏が出てくると必要以上に盛り上がっちゃいますね。え?何がって?・・・筆者が(笑)
そんなわけで、主人公の心情に、ちょっと動きを見せたりして。そして、ごちゃごちゃとした愛憎関係が・・・・・・以下規制。
あっ、それと・・・シャルルさんが登場できなかった。大変申し訳なく思っております。どうかお許しをーっ!!(><)
とうとう、この時もきました。アンジェにとって、最も重要な存在である彼の冒険。
アルターと並ぶ人気キャラ。筆者はプレッシャーに勝てるのか!? 次回、第16話「天才の試練」!
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