かえるの絵本

第14話 勇気のために、笑顔のために



漆黒の闇を背に、その館はそびえ立つ。

穏やかなコロナの街に、これほど不気味な建物があるとは想像もつかないような・・・一目で感じる禍々しい雰囲気。

ごくり・・・と、アンジェは息をのみ込んだ。

「アンジェ、怖いか?」

頭上からかけられた声に反応し、アンジェはとっさに、ぶんぶんと首を横に振った。
それを見た傍らの「依頼主」は、かすかな微笑を浮かべて続ける。

「安心していいぜ、アンジェ。オレのそばにいれば、絶対安全だからな。・・・必ず見つけて帰るんだ・・・待ってろよ、月のしずく! 待ってろよ・・・アレックス・・・・・・!!」

決意を闇に響かせて、開かれた門をくぐりゆく。

伝説の秘宝の眠れし館。人呼んで――「死者の館」へと。


思えば、あのときから変だったのだ。この依頼主の・・・アルターの様子は。

数日前、アンジェが盗賊団退治の依頼を受けたとき。
詳細を聞きに政務室へと向かう途中で、アルターに出くわした。

これこれこんなわけで・・・と、いま自分が向かおうとしている場所と目的について話しながら、アンジェは即座に確信したものだ。「とりあえず、同行してくれる仲間はこれで決まったなぁ」――と。

それが、である。

「・・・そうか、冒険に行くのか。気をつけて行ってこいよな」

こともあろうに・・・アルターはこう言ったのだ。
当然「オレも行くぜ!」といった答えを予想していたアンジェは、思わず呆然と目を見開いてしまった。

(・・・あのアルターが・・・!? うそ・・・)

その頃、冒険者宿の酒場でも、アルターの突然の奇妙ぶりは、しばし話題にあがるところであって・・・・・・いつも毎日のように顔を出していたはずの、この熱血戦士が、ここのところぱたりと足を運んでこなくなっていたのである。

その矢先の、この依頼。

久しぶりに姿を見せたアルターは、短い誘いの言葉をアンジェに残して、またすぐに酒場を出ていってしまったのだが。

「・・・なあ・・・アンジェ」

溜まった懸念を吐き出すように、たまらずマスターが声をかけてきた。その手には、「月のしずくを探す」と書かれた依頼用紙。

「アルターのヤツ、このごろ元気がないんじゃないか? おおかた、いつものように、可愛い女の子にでもふられたんだろうと思ってたが・・・。実はこの前、アルターのヤツを、診療所の前で見かけたんだ」

準備で街に出るついでに、アルターの様子を伺ってみてくれないか・・・と。
アンジェ自身も、診療所へ向かうアルターの姿は何度か目撃していたが、ただ、追って理由を聞くことはしないでいた。・・・できなかったのだ。

何かを抱え、その何かを悟られぬよう、辛い冷静を装っている。

それが、今のアルター。

密かに寄った診療所で、アンジェはほどなく、その「真相」を知ることとなった・・・。


ひやりと冷たい空気が頬をなで、・・・そうかと思えば、その一瞬には、妙に生暖かい感覚が全身をふるわせる。

館に足を踏み入れた今宵の訪れ人を迎えるように、壁の燭台が静かに灯っている。

「ん?」

と、アルターが何かに気づいて近寄った。

「なあアンジェ。この石像、よくできてると思わないか? まるで本物みたいだぜ」

魔族・・・ガーゴイルの像であろうか。見れば見るほど本物らしいそれに感心しながら、アルターはポンポンと像の膝のあたりをひと叩きして、くるりと背を向けた。

「・・・・・・っ!? アルター、うしろ!!」

「ん・・・わああっ!!」

キキーッと怪声。バサリと羽音。
瞬間、なんと台座の石像が動き出し、突如アルターの背後に襲いかかってきたのである!

「ちぃっ――!」

ザシュッ!!

大剣一閃。ガーゴイルは真っ二つに。

「な、なんだったんだ今のは・・・」

「だ、大丈夫、アルター?」

「ああ。・・・お、あそこに何かあるぞ・・・?」

崩れた石像から視線を外せば、そこには一枚の石版が。

「なに・・・『ねむれる像、むやみに起こすべからず』・・・? なんだよ、わざわざ注意書きが書いてあったのか。ぜんぜん気がつかなかったぜ」

そのとき、アンジェは思わず、くすりと笑ってしまった。

「これからは気をつけて、読んでから行こうな、アンジェ!」

「うん、そうだね」

見つけたものには、一直線。細かいことには気にしない。
・・・いつものアルター。そう・・・いつもの・・・。

(やっぱり、こうでなくちゃ・・・)

他の石像を興味深げに見上げて歩く、赤い背中を見つめながら、アンジェはなんとなく安心し・・・とにかく、今からの館探索に集中すればいい、それが一番アルターの助けになれるのだと・・・そう思えるようになっていた。


「・・・アレックス、実は今日、行ってくることにしたんだ」

酒場を出て診療所に来たアンジェは、ちょうどその会話に遭遇し、あわてて壁際に身を隠した。

アルターと、女医のアエリアが囲むベッドの上には、よく広場でアルターに剣を習っているような、その年頃の男の子がいたが・・・なぜか顔を横に背けているようだった。

「必ず『月のしずく』を持って帰ってくるから・・・そしたら、おまえに一番に見せてやるよ。約束する」

「『死者の館』に行かれるのですか? ・・・そんな、やめてください、アルターさん! あの館を訪れて、帰ってこなかった人が、もう何人もいるのですよ!」

必死の訴えで、アエリアが続ける。「それに、月のしずくが本当にあるのかどうかだって、わからないのに・・・」

「いや、きっとあると思う。ただ、今まで誰も持ち帰ることができなかっただけだ」

そうして答えるアルターの声は、驚くほど落ち着いていた。

「・・・アレックス。もし、その石を見つけてきたら、立つ訓練を始めるって、約束してくれないか?」

アレックスと呼ばれたその少年は、だが、瞳を向けようとさえしない。

「月のしずくが見えるのは、勇気があるヤツだけなんだよな? オレは、おまえにも見えるって信じてる。・・・そうだろ?」

かたくなに沈黙を続ける少年を一目して、アルターは振り返った。

「・・・・・・とうとう今日も、一言も話してくれなかったな・・・・・・」

――そのときのアルターの表情が、いまも胸に焼き付いて、離れない。

アルターが去ったあと、アンジェはアエリアに事の真相を聞いた。

アエリアの弟であるこの少年・アレックスが、アルターとの剣の稽古中、足にケガをしてしまったこと。だが幸い、キズはそう深くなく、足はもう治っているはずなのだが、

「それなのに、ああやって、立ち上がろうとしないんです」

ケガをした恐怖とショックが、足を動かすことを拒絶してしまっているのである。

(・・・・・・。だからアルターは・・・)

今までずっと・・・。ひとりでずっと、抱え込んで・・・。

「・・・わかった・・・」

「え? 何かおっしゃいました?」

「あっ、いえ・・・。それじゃ、私も帰ります。・・・お大事に」

自分が誘われた意味。責任重大だな、と、アンジェは思った。
大切な冒険・・・望むところである。

アルターはいつだって、アンジェの力になってくれた。
たとえ本人にそのつもりがなくたって、顔を合わせれば、楽しく、そして頼もしい存在でいてくれた。

(今度は、私が助けになる番だ)

アルターのためにも、必ず、その「月のしずく」を手に入れなければ――!


「よし、次はこっちだ!」

無限を思わせる長い廊下を走りぬけ、戦士と少女が館の中を駆けめぐる。

襲いくる魔物たちはみな、かつて目的の秘宝を見つけられずに、この場に散っていった、強き無念の亡霊たちだ。

アンジェの喉が、傍らのアルターにはまったくとして聞こえない音――超音波――を発せば、敵の動きはピタリと止まり、即座にアルターが剣をひと振り、とどめをさす。

そうして二人は、先をめざした。光に運ばれ、別のフロアへと移動する。
どうやらこの館には、階段というものが存在しないようで、他の階へと進む手段が、床に描かれた魔法陣なのである。

――と、出た先にはまた、魔物たちが待ちかまえていた。


すぅ、とアンジェが唇を開こうとすると・・・その前に、赤いマントが翻った。

戦士の発した凄まじい剣気が、即座に敵をはじきとばす。

「あんまり連発すっとキツイんだろ? マホウみてぇなもんだしな、その技」

アルターは、優しく笑って振り返った。

・・・本当は、アルターの言うとおり・・・。
魔力をともなう音の技。使いすぎれば、軽い頭痛も感じてくる。
けれど、そのくらい・・・。

「そんなことないよ!大丈夫!」

浮かんだ疲労を消し去るように、笑顔を見せてアンジェは答えた。

・・・と。

「アンジェ。オレ・・・おまえにまだ話してなかったよな」

剣をおさめ、まっすぐと、アルターが話し始めたのである。

自分を慕う少年、アレックス。
その小さな足に突き刺さった、自らの剣。
そして、残してしまった・・・心の傷。

「月のしずく」を、探す理由――。

「オレには、こうすることしか思いつかなかった。月のしずくを手に入れて、あいつに見せてやるんだ。前みてぇに元気に走り回れるように、立ち上がる勇気を取り戻してほしいんだよ! でないと、あいつはッ・・・・・・」

(責めないで――!!)

瞬間、アンジェはすっと腕を伸ばしていた。
そして、固く握られたアルターの拳を、手のひらで包みこんだのである。

「あ・・・アンジェ!?」

その「らしからぬ」行動には、さすがのアルターも焦りと驚きを隠せなかったが・・・アンジェはそのまま瞳を上げ、そして言った。

「とにかく、月のしずくを見つけよう。・・・そうすればきっとうまくいく!」

明るく、自信に満ちたまなざし。

「だから・・・ね? 行こう!!」

包まれた手より伝わる、まっすぐなあたたかさ。

それは確かに、根拠のない、唐突な励ましであったかもしれないけれども・・・アルターには、それで十分だった。

「おう・・・そうだな! こんなトコで立ち止まってる場合じゃねぇ。行こうぜっ!!」

自分を責めて、苦痛を背負って・・・。
アルターのそんな表情は、もう見たくない。

その一心こそが、今のアンジェのすべてなのだった。


古よりコロナに伝わる、伝説の石・・・月のしずく。
かつて、この街に住まいし勇者が、力を失った友のために、この石を見つけてきた。
友は、その「月のしずく」を目にし、そして失くした勇気を取り戻した。

月のしずくは、本当の勇者と認めた者の前にだけ、その姿をあらわすのである。

「・・・それ、もしかして・・・・・・」

真夜中の診療所で、戦士が少年のもとへと歩み寄る。

「そう、月のしずくだ」

その手には、橙色の石。淡く輝く、光の珠。

「アレックス。おまえにも、この石が見えるだろう?」

言いながら、少年の手に石をのせると、その表情はみるみると明るさを取り戻していった。

「見える・・・。アルター、ぼくにも見えるよ!」

「ああ、そう言ったろ?」

そうして、少年・アレックスは、ついに決意をしたのである。
・・・「がんばって、また歩けるようになる」・・・と。

待ち望んでいたその言葉を聞いたアルターの、心からの笑顔を、アンジェはしっかりと見届けた。

「よかった・・・」

(これできっと、元に戻る・・・)

酒場へと帰りながら、つぶやくアンジェに、アルターも応える。

「ああ、ホントによかったぜ。これであいつも元気になるよな!」

ふふっ・・・と、アンジェは微笑んだ。

アルターは、気づいていないのだ。
この冒険で取り戻した、もうひとつの大切なもの。

アレックスの勇気と、そして――。

意気揚々と前を歩く赤い背中に、アンジェは「ぽんっ」と手を置いた。

「うん! これでまた、元気になるよね!」


第15話につづく


今回のテーマは「男女の友情」。・・・それは、この物語全体のテーマでもあります。(少なくとも筆者はそのつもりです)

というか、この話、なかなか書き上げられなくて、すごく時間を費やしました。それでもまだ気に入っていません。
アルターファンがたくさんおられるというプレッシャーもさることながら、自分的こだわりが相当強いようです・・・このクエスト。
そもそも、アルターというキャラが、自分のなかでビミョーな位置なんですよねぇ〜。・・・よくわかんないけど(爆)
主人公にとっては「お兄ちゃん」的なところですかね。気楽だけど、大切な存在。・・・まぁとにかく、愛すべきキャラです!

ゾンビとか勇者の口とか、ゲーム中の見どころはカットしてしまいました。これ以上、ダラダラしたくなかったので。
「誰かのために、何かをやる。それができる者こそ真の勇者!」ってなふうに解釈するのも良いかなぁ・・・と。(オイ)

さて次回は、いくつかのクエストをすっとばして(すいません〜)・・・第15話「光、手にする者」。
竜と勇者の手がかりをもとめて、一行はレティルの故郷、バレンシアへ――。

目次にもどる    トップにもどる


☆ 掲示板 ☆
ご感想フォーム