かえるの絵本

第13話 訓練所にて



「ああ・・・やっぱりマズかったかなぁ・・・」

依頼から戻ったばかりのアンジェである。

「でもでも・・・あんなふうに言われたら、絶対黙ってるわけにはいられないし・・・仕方ない・・・・・・ああ〜、でもやっぱりあれはやりすぎだったかも・・・っ!!」

ベッドに座り、何やらぶつぶつと、否定と肯定を繰り返している。

「アンジェ、どうしたケロ。いったい何があったケロ?」

ただならぬルームメイトの様子に、かえるは心配そうに尋ね・・・すると、アンジェの一声。

「・・・・・・なぐっちゃった」

表情は、もはや苦笑。右手には、心なしか、意味ありげに握られた拳が・・・。

「・・・なぐった?」一方で、かえるは落ち着いてそれをとりなす。「でも、今度の依頼は、盗賊団退治だったんだケロ? 悪い盗賊なら、仕方ないケロよ」

「あ、ううん・・・。違うの・・・」

「じゃあ・・・あっ、わかったケロ。アンジェ、間違って味方を殴っちゃったんだケロね! ・・・うーん、まあ、それも仕方のないことだケロよ。人生にはそういうこともつきものケロ。ちゃんと謝れば、仲間もきっと許してくれるケロ!」

「うう〜ん。・・・それも違うの・・・」

自信があったつもりだが、かえるの慰めは揃ってマトをはずしてしまった。

「・・・。それじゃ・・・いったい誰を殴っちゃったんだケロ?」

「・・・・・・」再び尋ねられた側が、気まずそうに瞳をずらし、やがて・・・。「驚かない?」

「大丈夫。ぼくはめったなことには動じない、冷静沈着なかえるだケロ。で、いったい誰を・・・」

「レーナエさん」

一言、素早く、発せられた答え。

「・・・ああ。な〜んだ。レーナ・・・・・・・・・エーーーーーーッッッ!!???」

瞬間、かえるの見事な大絶叫が、冒険者宿に轟いた。


それから数日後。
アンジェは仕事と訓練を兼ねて、訓練所へと出向いていた。

訓練所は、もともと王国の騎士たちが日々腕を磨く場であるのだが、このコロナの街の場合、騎士たちの他に、冒険者などもよくその足を運ぶ施設となっている。

「アンジェちゃ〜ん、テーピング巻くの手伝ってくれない?」

「横飛びの回数、数えてほしいんだけど!」

「俺の新必殺技を見てくれぃっ」

「・・・はーい! いま行きますーっ!!」

普段は女人禁制なこの施設も、冒険者ならば話は別で、たまに来るアンジェなどは、いつもこんな調子である。
・・・と、そこへ、またひとつ自分を呼ぶお声がかかった。

「アンジェさん」

「はいはいっ。行きます行きます〜・・・・・・。!」

ばたばたと走りながら、とりあえず顔を向けたアンジェは、その声の主を見て思わず足を止めてしまった。

「こんにちは、アンジェさん」

白銀の鎧に、黄金の髪。すらりとした長身と、整った顔立ち。

穏やかに微笑む若い騎士。彼の名は、デューイといった。


『騎士団の、デューイ・K・リデルです。デューイと呼んでください』

それが、彼――デューイの、仲間としての第一声だった。

いや、正確にいえばまだ、「仲間として」ではなく「協力者として」であっただろうか。

豪奢な調度品に囲まれた政務室で、アンジェは、このデューイについて、盗賊団のアジトへと同行することになったのである。

・・・話を少し戻すと。

「盗賊団退治」は、いつものように、酒場に入った依頼だった。
ここ最近、街はずれの砂漠で、貴族や富豪ばかりを狙う盗賊団が頻繁に出没しているので、その退治を冒険者に頼む・・・といった内容のものであった。

依頼主は、コロナの街の政務室長・レーナエ。

・・・だが。
依頼を受けるときのマスターいわく、
「しかし、盗賊団退治だったら、騎士団を使うと思うんだが・・・」

依頼用紙に、詳しいことを書いていないのには、やはりそれだけの理由があり・・・。

政務室長レーナエにとって、これは決して、オオゴトにはできない依頼なのだった。なぜなら――。

彼の姪であるユリア――彼女には、アンジェも一度指輪を届けたことがある――が、この盗賊団に誘拐されてしまったのである。

ユリアの身の安全を考えれば、表だって騎士団を動かすことはできない。
それで、顔の知られていない冒険者のアンジェと、盗賊のアジトを調べていた騎士のデューイを、密かにユリア救出へと向かわせたのであった。

彼らは、そのアジトである砂漠の洞窟を突き進み、そして・・・。


「あの頃・・・」

訓練所の片隅に、アンジェとデューイは腰を下ろした。

「我ら騎士団の長を務められていたのが、レーナエ様でした。きっと先輩は、ご自分の故郷に魔物が・・・危機が迫っているのを知り、すぐにレーナエ様へと、出立の許可を求めたのだと思います」

静かな語り声が、剣や槍のぶつかりあう音に混ざる。

「けれど、レーナエ様は・・・・・・! ・・・あのとき、もっと早く、一刻でも早く、村へと向かうことができたなら・・・・・・多くの人を見殺しにせずともすんだはずですし、そして何より先輩が・・・あのような・・・悲しい道を歩む必要もなかったはずなのです・・・!」

「・・・・・・」

気がつくと、アンジェは右手の拳を握っていた。

数日前、その・・・渦中の人物の頬に、自ら鉄槌を下して振るった、小さな拳。

(・・・・・・やっぱり私は、間違ってない・・・・・・?)
(・・・・・・でも・・・それでも止めるべきだった・・・・・・?)

生み出す答えは、ますます混沌として、心の中をかきまわすばかり。

自分の行動の正否を・・・。
それでもアンジェは知りたくて・・・・・・。


「どうしてです! どうしてあなたが、そんなことを!」

「フィン先輩・・・!」

・・・それが、盗賊団の首領の正体だった。

誘拐された少女ユリアも、そして踏み込んできた騎士デューイにとっても顔見知り・・・いや、それ以上の信頼と、敬慕の念を持たれていた人物・・・。

ユリアに剣を向けた“恩師”を、そして・・・デューイは倒した。

救出された姪の無事に喜び、一方で、首領の正体をののしり笑う元騎士団長――現政務室長に対し、任務を全うした若き騎士は、低い声で問いただす。

「あのとき・・・、なぜ騎士団を、あの村に派遣しなかったのですか?」

「あのとき・・・?」

事情の思い浮かばない様子のおじを見て、ユリアが小さく口を添えた。

「・・・! 何かと思えば・・・もう二年も前の話ではないか。あのとき・・・このコロナの街に、国王が来られていただろう? あのような小さな村に、騎士団を派遣している間に、もし国王の身に何かあったら・・・・・・。わかるだろう? そんなことになっては、大変だからな」

「・・・・・・それが」デューイの声が震える。「それが、あなたの正義なのですか?」

「・・・デューイ君。今、なんと言ったのだ?」

「国王ひとりを守るために、本当に助けが必要な多くの人々を見捨てることが・・・それが、あなたの正義なのかと聞いたのです!」

レーナエの、苦笑。

彼にとっては、ただ、普段は寡黙で温厚な騎士の突然の口上が、ひとつの驚きだ・・・といった程度のことだったのだろう。

「デューイ君。君は何を言っているのだね? 国王や貴族の命と、そこらの平民の命に、同じ価値があるとでも言うのかね?」

居合わせた一同の顔色が、みるみると変わっていくなか、政務室長の「ご演説」は、もはや止まるところを知らない様子で・・・。

「だったら教えてあげよう。平民の命など、国王の命に比べたら、ゴミにも等しい。国王の、国の安泰のためなら、平民などいくら死んでも構わん。それが私の正義だ!」

(・・・・・・っ!!)

ぷつりときれた。

アンジェの拳は、止まらなかった。


「でも・・・やっぱりあれはやりすぎだったと思う!?」

アンジェの口は、ついに吹き出る疑問をあらわしてしまった。

「・・・あれ・・・?」

とっさの少女の問いに、デューイもさすがに一瞬首をかしげたが、

「ああ・・・」
すぐに、その意図を理解した。

「あの行動は、アンジェさんの持つ、熱い正義の賜物ですよ」

その突拍子もないデューイの言葉に、アンジェは思わず反復する。

「・・・あ、あつい・・・?」

「そうですよ。・・・アンジェさん、もしかしてそれを、ずっと気にしていたのですか?」

言いながら、くすりと笑う。

依頼の最中は、とても強く勇ましい印象があったけれど、普段はこう・・・思慮深い普通の女性なのだなぁと、デューイはあらためて、この少女の一面を見た気がした。

「でしたらそれは、無用の心配ですよ」

そう。

あのとき・・・自分が剣を抜くより少し早く、アンジェが動いただけなのだから――。

・・・と。

「おい、そこ!」訓練所でも“鬼教官”の異名をとる、指導者・ヴィルトの一声である。

「ここは仲良く談笑する場所じゃないぞ・・・・・・って、アンジェ。おまえそんなことじゃ、呪いの主に勝つことはできんぞ! 手が空いたから、俺が今から相手してやる。準備してこい!」

「はっ・・・はい!!」

びくっとして、とっさに座を立つ小柄な少女。

「・・・そうでしたね。アンジェさん」
対照的なのは、傍らにまだ座ったままの若き騎士である。彼は静かに立ち上がりながら、優しく、それでいて力強い口調で、言葉を続けた。

「アンジェさんは、ご自分の呪いを解くために、竜を追っているんでしたね。私には、他の街の騎士団などにも知り合いがいますから、何か手がかりがあれば、すぐにお知らせしますよ。もちろん、戦いのお役にも立てるつもりです」

「デューイ・・・」
先ほどまでの不安げな表情が嘘のように、アンジェは、今日一番の笑顔を浮かべてみせた。

「ありがとう!」

ピンクの髪をふわりとなびかせ駆けていく・・・そんな少女の後ろ姿を見送りながら、デューイもまた、訓練用の槍を手にとった。

「では私も、自分の訓練に励むとしましょうか」

――守るべき存在が、またひとつ増えたのですから。

自らを鍛える者たちは、さまざまな想いとともに、この訓練所へとやってくる。


第14話につづく


あ、なんかこれで文章結んじゃったけど・・・。ユリアの鉄拳シーンが・・・・・・(^^;;;

このクエストは、最後にデューイの単独戦闘が待っているんですよね。あれには最初かなりビビリました。
出てきたばかりの、まだ使い勝手のわかっていないキャラで、いきなり一対一のボス戦かい!?(汗)みたいな。
初々しい思い出です。
いまなんざもう・・・・・・。一対一・・・一騎打ち・・・槍(デューイ)vs剣(フィン)・・・ということは
決戦でいけば、福島正則vs宇喜多秀家の一騎打ちってなとこかな・・・槍vs刀になるけど。
「相手をせぬかぁーっ!!」「貴様の腕がどれほどのものか、確かめてやるッ!!」とかいって・・・・・・。

妄想連想が止まらなくなってきたので、ここはひとつ、かえる君の感動セリフでシメるとしましょう。

「命の尊さは、誰でもみんな同じケロよね?
 例え、王様でも、平民でも・・・、例え、人間でも、カエルでも、命の尊さは同じだと思うケロ」

全国のアルターファンの皆様、お待たせしたなコノヤロウ!!(爆) 次回は、あのクエストです!
第14話「勇気のために、笑顔のために」。アンジェにとって、アルターとは・・・。

目次にもどる    トップにもどる


☆ 掲示板 ☆
ご感想フォーム