かえるの絵本

第12話 譲れぬ決意



竜を追う。

それが私の存在理由。

竜を倒す。

それがあいつの意志。

私はあいつに生かされた。

私の命は、あいつの命。



「その洞窟には、『竜の巣』があるらしい」

どこから出たのかはわからない。信憑性のない、ただの噂かもしれない。

けれど剣士は、迷うことなく足を進める。

目的の場所、カナ山。自分はそこに行く必要がある。

波うつ長い黒髪が、一瞬の向かい風に揺れた。


洞窟に踏み入れた瞬間、剣士は大きく確信する。
――噂は本当だった、と。

襲いくる魔物たちは、皆、禍々しいほどの邪気にとらわれている。
そう・・・まるで、この地を支配する「主」の邪力を、一身に受けているように。

すべてを壊す、「ヤツ」の力――。

(あの時もそうだった・・・)

立ちふさがる者たちを、一閃で退けながら、剣士は思わず過去を思い出していた。

十年前。
山の頂上の・・・ヤツのもとに向かう途中。
血に飢えた魔物の群れを、傍らの友が、魔力の声で一蹴していく。
それは「超音波」といって、狙った者の精神に打撃を与え敵を倒す、音声の技だ。

『ザコはコレで片付ける。だから力は温存しといて。本当の敵と戦うまでは・・・!』

「・・・くっ」

本当の敵と戦うまでは――。
・・・そうだ。あのときからすでに、あいつは私を守ろうとしていたのだ・・・・・・。

胸に走った一瞬の痛みが、皮肉にも、振り下ろす剣に力を加える。

魔物の発する断末魔の叫びが、洞窟内にこだまするなか、剣士はとにかく奥を目指した。


無惨に折れた剣・・・。壊れた甲冑の破片・・・。
地面に散らばったそれらは、確かにここで繰り広げられたのであろう死闘を、物語っている。

・・・いや。

死闘、というには及ばない。
それは一方的な残虐行為だ。――「この地に巣くう者」、による。一方的な。

同じく地面に放置された、大型動物の骨からは、かすかに漂う血肉の匂い。

そして・・・。

「え!? こ、これ、何?」

前方から声が響いた。明らかに女性の、それも若い女性が発したものだ。

「これ・・・爪・・・あと・・・なの? 鉄より固いロキの岩に傷がつくなんて・・・。まさか・・・・・・!?」

洞窟の一番奥、そこには、まわりの土壁にはりつくように、大きな岩が存在していた。

鈍い光沢を放つその岩は、「ロキの岩」という。
その岩を囲んだ三人の若者の一人が今、震えるように口をついたとおり、ロキの岩には『鉄より固い』という、周知の事実があるのだった。

そして今、その「ロキの岩」の表面には、縦に伸びた鋭い傷。

「そのまさかさ」

剣士が進み出る。
すると先客の三人は、それぞれ軽い驚きを示しながら、こちらを振り向いた。

(――!)

岩についた当の傷跡に触れていた、背の高い女剣士。青いローブに身を包んだ、魔術士風の少年。そして・・・その中央で振り返った、ピンク色の髪の少女。

あっ・・・と思わず声をもらしたのは、少女とも見違えるような、その端正な顔立ちの魔術士であった。

「あいつは・・・」

言いながら、傍らの少女と顔を見合わせる。

剣士の脳裏にも、おそらく彼らと同じであろう光景が映し出されていた。

あの二人は・・・。そうだ。あれは確か、春頃。
竜の噂を聞いて向かった、街外れの牧場。
明らかに人の手によって作られた「竜の足跡」を囲んでいた、若い冒険者たち――。

またか、と剣士は思い、それから軽い溜息とともに口を開く。

「竜はどこかに行ってしまったようだな・・・」

・・・破壊の化身・赤き竜を倒して、自らの名を上げようとでもしているのか・・・。

そういった輩は少なくない。特に、いま目の前にいる彼らのような、若い冒険者たちの中には。そうして、彼らは簡単に命を落としていく。

やりきれない怒りが、思わず心を支配しそうになったとき・・・・・・ふいにまた、先ほどの女剣士が、伺うように声をあげたのである。

「あなたは・・・・・・レオン・・・・・・」

その瞬間、剣士の眉間に、ほんの小さな動きが走った。

自分を見つめる声は、みるみるうちに高ぶっていく。

「そう! あなたレオンでしょ! あたしよ、レンフレーテよ! ねぇ、憶えてるでしょ?」

「・・・・・・・・・」

レンフレーテ。・・・それは、自分の過去を知る者の名前。
わかっている。けれど自分にはもう、過去はない。過去の自分は・・・もう・・・・・・。

「いや、おそらく人違いだろう・・・。今まで、私は、きみに会ったことはない」

つとめて冷静な口調で、剣士は言葉を返した。

「うそよ! あなたは・・・あなた・・・は・・・・・・」

「残念だが」
女剣士の、そのすがるような訴えをさえぎるかのごとく、彼はロキの岩へと歩みを進める。
「私はそのような人物ではない。私のような戦士など、どこにでもいる・・・」

それから、ふと足を止め、

「きみたちも、竜を探しに来たようだな。どういうつもりか知らないが・・・。ここは、きみたちのような者が来る場所ではない」

魔術士の少年が、怒り露わに反論しようとするのにも気にとめず、剣士は続けて、振り返りざまにとどめの一言を釘さした。

「竜に関わりを持とうなど、考えない方が身のためだ」


「ふざけるな!!」

少年の声が、「竜の巣」に響いた。

「おれたちは、竜に会う必要があるんだ!! ここにいるアンジェは・・・!!」

ローブに包まれた美しい顔立ちとは不相応な、必死の表情がそこにある。
何か理由があるのか・・・と、剣士の心も、一瞬だけ動きを生じたようだった。

だが。
「ま、そう怒るな」剣士は結局、一笑に付す。

「きみたちも見ただろう? 鉄より固いと言われるこの『ロキの岩』に残された爪あとを・・・」

そして、言いながら剣を抜く。「ちょっと、下がって見ていたまえ」

ヒュンッ・・・。空を斬る音とともに、勢いのまま、刃が岩に向かう。

「!!」

独特な金属音を響かせて、見事なまでに折れたその刃先は、若者たちのちょうど足もとに、鋭く落下した。

「どうだ? ロキの岩には、傷ひとつすらついていまい?」

折れた剣の片方を手にしたまま、剣士は言葉を続ける。

「あの恐ろしいバケモノは、この岩にこれほどの傷をつけるヤツなのだ。信じられないと言うなら、きみも試してみるといい」

・・・その提案に促されて前に出たのが、三人のうちの一番小柄な少女だったことには、剣士もさすがに目を疑ったが・・・。とはいえ、誰がやっても結果は同じ。
ピンクの髪が揺れ、剣の振り下りるさまを、彼は黙って静観した。

折れる。・・・そう思った、瞬間。

(――!?)

目の前に、まばゆいまでの光が満ちた。
たった一瞬であったが、確かに・・・・・・!

そして、数回の瞬きのあと、彼らはその「事実」を知る。

「すごい、アンジェ!」最初に口を開いたのは、女剣士。「岩にキズが・・・キズがついたわよ! かすり傷だけど・・・・・・」

折れてはいない、少女の剣。

その刃を受けたロキの岩には・・・小さな、しかしはっきりとこの目に確認できる、真新しい傷の跡。

「・・・・・・その腕で」剣士は驚愕を隠せなかった。「・・・この武器で、この岩にキズをつけたというのか?」

今まで貫いていた冷静を、思わず保てなくなるほど、その声が感情的になる。

「きみは・・・いったい・・・・・・?」

そのとき。

彼は初めて、少女とまっすぐ対峙した。

みずいろの瞳が、自分の姿を映している。
虚ろで透明なその奥に秘められた何か・・・何かに、いつの間にかすいこまれそうになる。

この感じ――。

この感じは――!

(・・・・・・・・・っ)


大きな、ぬくもりにも似た力に、自らの心が包まれようとするのを、剣士は必死で振りほどいた。

「・・・・・・まあ、いいだろう」

言葉を吐き出すことで、ゆっくりと、平静を取り戻していく。

「きみが何者であろうと、私には関係ない」

・・・・・・そうだ。崩されるわけにはいかない・・・・・・。
・・・・・・この使命を。この思いを・・・・・・。

剣士は振りかえり、そして歩き出す。

(ヤツの姿がない以上、もうここにいる意味はない)

「・・・まって!」
背後に響く、必死の呼び止め。だがそれも、彼の進路を変えるには至らない。

「ただ、私は私の求めているものを探す。それだけだ」

揺るぎない決意が、再び、剣士の命を動かした。



目指すものは、ただひとつ。

赤き竜。その討伐。

たとえ何が起ころうと。何者が現れたとしても。

譲ることは決してできない。

あいつの願いは、私が叶える。


第13話につづく


只今ちと生活のほうが荒れ気味でして、本当はもっと落ち着いているときに書くべきでした。
しかし先のことを考えると、そうそう更新を止めるわけにもいかず・・・。
それと、文章が完璧に某合戦ゲームの影響を受けてます。「狙うは家康の首、ただひとぉーーーつ!!」(やめなさい(^^;)

ロキの岩に剣を振り下ろすところで。私は最初「やらない」を選びましたよ。(大笑)
マジで「剣が折れたら困る」と思いましたし。結局レオンが剣を貸して(?)くれるから大丈夫なんだけれど。
話では、そこのところボカしました。今回はいろんな意味でレオン視点にして良かったなぁと、あらためて思う筆者なのでした(爆)

次回、デューイのクエスト。第13話「訓練所にて」。

目次にもどる    トップにもどる


☆ 掲示板 ☆
ご感想フォーム