かえるの絵本

第11話 女剣士



裏山にて、剣の練習。

いつかアルターとの対戦でそうしたように、低い体勢で剣を受け止め、そこから素早く後ろにまわって、反撃を繰り出そうとする。

一本、とれるはずだった。

「甘いわよッ」

けれど相手は、まるでその動きを読んでいたかのように、ひらりと優雅にかわしてみせた。

「まあ、良い考えではあったけどね。あたしには通じないわ」

あてが外れて、ポカンと拍子抜けな表情をしているアンジェを見ながら、彼女は構えを解いて言葉を続ける。

「でも確かに、ガタイのいい男なんかには有効な技よ。例えばホラ・・・あの赤い鎧の戦士くんとか」

ははは・・・と、アンジェは思わず苦笑いしてしまう。

「・・・休憩にしましょうか」

彼女の名前は、レティルといった。
二ヶ月ほど前、このコロナの街にやってきて、アンジェと同じ酒場の冒険者宿に暮らしている。部屋は隣同士だ。

女ながらに剣士としての一人旅を続けてきたのには、とある大きな理由が存在している。

竜を追って、旅をしているの――。

レティルは確かに、そう言った。


つい先日のことだ。
アンジェは、そのレティルとともに、谷へ現れた怪物退治に出かけたのである。

気軽な腕試しのつもりで来たのが、まさかあんなことになろうとは、レティル自身予想だにしていなかったであろうが・・・ともあれ、そこには彼女にとっての、思いがけない再会が待っていたのであった。

「ハハハ、なつかしいのう」

腰を抜かして座り込んだまま、その人物は笑った。

仕立てのよい革製の服を着たこの色白の男は、名をパトリックという。
「バレンシア」という街の高名な貴族であるという彼は、従者をつれてこの谷に狩りへやって来たところを、例の怪物に襲われたのだそうだ。
必死におさえて逃げたのか、帽子についた派手な羽根飾りは、無造作に乱れていた。

「あの泣き虫レンフレーテが・・・」

「チョット!! 余計なことは言わなくていいの!」

少し顔を赤らめつつ、レティルが声高に反論する。

レンフレーテ――それは、レティルの本名である。
今ここにいるレティルは、どこからどう見ても颯爽とした旅の剣士であるのだが、実は彼女は、バレンシアの良家の生まれである令嬢なのだった。
そしてこの、目の前にいるパトリックとは、どうやら幼なじみであるらしい。

「つまらないこと言ってると、ここに置いてくわよ!」

レティルは、普段はほとんどその身分を表に出さずに接していたが、こうして実際に明かされても、アンジェはあまり驚かなかった。
というのも、ルームメイトのかえるが、お得意の噂話でアンジェに情報をくれていたからである。「隣にいる女剣士は、貴族のお嬢様らしいケロ」とか、「あんなに強いお嬢様っているケロ?」・・・などと。

「そ、それにしても、ずいぶんと勇ましくなって、見ちがえたぞ」
パトリックが、冷や汗まじりに話題を変える。
「剣士になり、赤い竜を追って街を出たと聞いたが。どうしてそんなことに?」

「・・・・・・」言葉が止まった。

地面の一点を見つめたまま、答えを求められた女剣士は、けれどなかなかその口を開こうとしない。

やがて、その静寂のなかに、ポツリと小さな声があがった。

「・・・もう一度、レオンに会うため・・・」

声の主は・・・・・・アンジェだった。


(レティル・・・自分で休憩しようって言ってたのに)
そう思いながら、アンジェは微笑った。

木陰に座る彼女の前では、先ほどまでの練習相手が、今度は素振りを始めている。

その手にあるのは、練習用の木刀ではなく――真剣。

手に入れたばかりの武器を、腕になじませるかのように、ときには素早く、ときにはゆっくりと、剣を振って風を斬る。

そんなレティルが、一瞬だけ剣を見つめて、柔らかな表情になるときがあった。
鋭い眼差しのなかに浮かぶ、大きな確信の光。

まるで、何か愛おしいものを見つけたかのような・・・。

アンジェには、レティルのその気持ちが、なんとなくわかるような気がした。

(レオンの剣――)

竜を追って、あの剣の持ち主を追って・・・レティルは旅を続けてきたのだ。


「アンジェ・・・・・・」

思わぬ発言をした傍らの少女に、レティルは驚いて振り返った。

自分を見上げるみずいろの瞳は、気のせいか、かすかな光を放っているかのようにも見える。

「そうかもね」心を覆っていた霧が、だんだんと晴れていくのを、レティルは感じていた。

「自分でも、よくわかってなかった。でもきっと、そういうことなんだと思う」

今日、この谷に怪物退治に来ていたのは、実はアンジェたちだけではなかった。
もう一人――すでに一度、怪物に傷を負わせた者がいるという話を、彼女たちはパトリックの従者から聞いていたのである。

その剣士らしき者は、しかも、彼らの故郷のとある人物に似ていたのだという。

それが、バレンシアの英雄――レオン。

かつて赤き竜と戦い、命を落としたと伝えられている、伝説の勇者。

・・・けれど。

「他の誰もがみんな、レオンは死んだって言うけど」レティルは主張する。「あたしは信じない。どこかできっと、あの人は生きてるわ」

アンジェは、ここへ来るまでに、そんなレティルを何度か見てきた。
何者をも崩すことはできない、信念の証――。
だからこそ、この女剣士の心を、代わって答えることができたのだ。

そして今、レティルは続ける。

「レオンはあたしの恩人で、バレンシアを救ってくれた恩人でもある。生きてるって信じてるから、もう一度出会うため、旅をしてるのかもね」

穏やかな口調だった。自分の迷いを、静かに消し去るように。

・・・と。
突然、谷中に不穏な轟音が響き渡った。

「アンジェ、どうやらいよいよみたいよ」

「うん・・・!」

この先に、目指すものがある。
倒すべき怪物。けれど・・・それだけじゃない。

レティルの不敵な瞳の裏で、とある、従者のひとりの言葉がよみがえった。

・・・そういえば、怪物の背に、何か剣のようなものが刺さっていたようですよ・・・。

怪物に傷を負わせたという、剣士の剣。それをこの手で、確かめられたら・・・。
ずっと探していた「あの人」の持ち物かもしれない。自分なら、わかるはずだから・・・!

ひらりとマントをひるがえし、真っ直ぐに前を見る。

「よおし、アンジェ、行こう!」



あたし、子供のころ泣き虫でね。よく男の子に泣かされたりしてたんだ。
そんなあたしを、いつも励ましてくれたのが、レオンなの。
レオンは若くして、いくつも冒険を成功させた勇者だったわ。
そして、弱いものにとても優しかった。

だけど、恐ろしい赤い竜を倒しに行って、それっきり、帰ってこなかったの。

そのとき、あの人の手に、この剣が光ってたっけ・・・・・・。



「・・・あ、そういえば、レティル」

素振りが中断したのを見はからって、アンジェは声をかけた。

「どうしてその剣が、レオンって人の剣だって、わかったの?」

倒した怪物の背に刺さっていた剣は、騎士剣にも似た片手剣だったが、刃の形も正統で、見た目にはほとんど特徴を感じさせないものだったのだ。

「ああ、それはね・・・」

にこりと微笑みながら、レティルが木陰に歩み寄る。
そして、当の剣の両端を持ち、柄の部分を乗せた手を軽くひらいてみせた。

「ほら、これ見て」

「・・・・・・あっ!」

アンジェは目を見張った。
柄の部分には、今こうして見せてもらってわかったが、しっかりとした彫り物の装飾がなされている。

「月に吠える獅子・・・」

その柄の絵を見つめながら、レティルは静かに語った。

「優しい光を宿す月が、戦いの身を照らしてくれる・・・。この柄の模様を見ていれば、冒険のさなかでも心が安らぐんだ・・・って、レオン、よく話してくれたんだ」

「へぇ・・・」

なるほど。よく見ると、獅子の表情は自信と安堵に満ちあふれているようにも見える。

思わぬ装飾を目にして、アンジェはなんだか無性にうれしくなってきてしまった。

「あ、あの、レティル」踊る心をおさえながら、剣の持ち主に目を向ける。「これ・・・触ってみても・・・・・・いい?」

その顔と声が、やけに遠慮がちだったので、レティルは「ふふ・・・」と軽い笑みをもらしながら、柄の部分を差し出した。

「いいわよ。もちろん」

すると一転。お礼とともに、満面の笑顔を浮かべるアンジェ。そして、軽く手を出してみる。

指先に触れる、獅子・・・・・・。



『ふ〜ん。・・・戦いに身をやどす、勇ましき勇者さま!・・・ってわけか』

『・・・アンジェリシア。そういう言い方はやめてくれ。私は・・・・・・』

『わかってるよ。・・・レオンはレオン。勇者であっても・・・・・・なくてもね』



「アンジェ!?」

柄に触ったまま、少女が石のように固まってしまったのを見て、レティルは慌てて声をかけた。

「・・・えっ・・・・・・」

反射的に指を離して、アンジェは顔を上げたが、その瞳はまだ虚ろだ。

(・・・・・・消えた・・・・・・)

何かが、見えた。何かが、聞こえた。
けれど一瞬の夢のように、「それ」は儚く消え去った・・・。

「ちょっと、ホントに大丈夫?」

いま、自分のなかに映るのは、目の前で心配してくれている、大切な仲間の姿。
だからこそ・・・アンジェは、いつまでも虚ろな夢を引きずらない。前を見る――。

「・・・う、うん! 大丈夫だよ。な、なんだろうね〜・・・びっくりしちゃった」

「もう! びっくりしたのはこっちだよ!!」

「あははっ、ごめんごめん」

失われたものを、取り戻すために。
求めるものに、いつか出会えると、信じて。

アンジェ、レティル、そして・・・英雄レオン。

大いなる運命の道が、今、ひとつに導かれようとしていた。


第12話につづく


展開がかなり交差していますが、どうでしょう・・・「かえる」未プレイ読者様には、やはり訳わかんなくなっちゃってるかなぁ・・・(^^;
ただ自分的には、単調なクエスト話に陥らなかったので、工夫して書けたつもりでいます。
このレティルのクエスト、全体のセリフがめちゃくちゃ多いんですよ〜。従者とのセリフとかね。
ノートに写すだけで、かなり体力を消耗しました・・・・・・が、結果的にほぼカット! ま、それもまた良しとします。

さて、この話でようやく11話目・・・ですが。
今のところのとりあえずの構想をしてみたところ、なんと、全部で24話くらいになることが判明いたしました(核爆)
まだ半分もいってないってことよ? どうする・・・もっとカットするか・・・いや、しかし・・・・・・ッ(←闘ってる(笑))
さあ!最後までついてこれるヤツは、どいつだぁぁぁ!!

・・・ってゆうか、ついてきて下さい。マジで。宜しくお願いします。私も頑張ります。
はやく全ての記憶を解きたいですね。誘惑に負けて、チラッとまた出しちゃったんですけどね。「アンジェリシア」。

竜が現れたという情報をもとに、アンジェたちは洞窟へ向かう。そして、そこに現れたのは・・・。
次回、第12話。・・・・・・カナ山の洞くつ(仮)。 すっ、すいません。タイトルがまだ決まりません。

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