かえるの絵本

第1話 かえるの冒険者



新緑の木々より差し込む、あたたかい光を身に受けながら、
私は森の小径を進んでいた。

・・・何かの呪いにかかり、かえるの姿になっていたのだ・・・。

数刻前にかわされた言葉が、ひとつひとつ甦る。

・・・その呪いは、とても強く、わしの魔法でも、おまえを少しの間だけ人間に変えてやる
くらいしかできん。

あのときは気付かなかったけれど・・・。
私の、その・・・「呪い」とやらを一目で感じ、すぐさま姿を変える魔法をかけてしまうような
上級の賢者が、このときばかりは、自信無さげな口調だった。
そして、賢者は、こう続けたのだ。

わしの魔法は、一年で消えるだろう、と。

・・・・・・いちねん・・・・・・。

目前に映る光の具合が変わったところで、私は思考を、一時中断した。
木々の覆いはとぎれ、短い街道と・・・その先に、目指す場所が見えていた。

コロナの街。

いつの間にか、歩幅が早くなっている。まるで何かにとりつかれたかのように、一点を
見据え、私は走った。


声・・・・・・。
さまざまな「声」が、「音」が、そこにはあった。人間のつくりだす、音声・・・。
その場にしばし足を止め、耳をすます。そして今度は、目を凝らしてもみる。

ふつふつと、自分の中で、何かが踊り始めている・・・・・・。

心と身体の勢いは、どうやら比例していたらしい。
気が付くと、私は街の奥の広場・・・らしきところまで、足を運んでしまったようだった。

・・・コロナの街で、おのれを鍛え、友を探し、呪いに打ち勝つ力をつけるのじゃ・・・。

今一度、賢者・・・ラドゥの言葉を思い出す。

さてと・・・。これから、どうすれば・・・・・・。

心の踊りは、いったん収められた。
静まったと同時に、ひとつの音が耳に入ってきて、私はその音の方へと歩みを進めた。
・・・・・・水の音・・・・・・。
ここの広場の中心には、豊富な水量の噴水がある。
懐かしい流れの音に惹かれ、その縁に腰を下ろし、あらためて・・・途方にくれた。

・・・おのれを鍛え、友を探し、力をつけて、呪いに勝って・・・・・・。
ハァ・・・と、思わず溜め息をついた、そのときだった。

「あの・・・。冒険者の方・・・ですよね・・・?」

ビクッとして、私は顔を上げた。目の前に、いつの間にか、ひとりの女の子が立っていて、
いかにも優しい眼差しで、私のほうをうかがっていたのである。

「このコロナの街には、初めていらっしゃいましたか? もし、何かお困りのようでしたら、
私、力になりますが・・・」

「あ・・・・・・」

・・・どうしよう・・・。
困っていることは、たくさんある。けれど、いざそう聞かれると、何からどう話していいのか
見当がつかなくなってしまって・・・私は再び地面へと、視線を落としてしまったのだった。

女の子は、しばし目の前に座る人物の返答を待っていたが、すぐのち、自ら口を開いた。

「今夜、お泊まりになる宿は・・・お決まりですか?」

宿! そうよ、宿、やど!
まるで何かの隙間がふさがったかのような、単純な喜びを覚えた私は、ぶんぶんと必死
に首を振ってみせた。もちろん、タテに、だ。

こういった旅人を見慣れているのか・・・わからないが、彼女はまた優しい微笑みを浮か
べて、話を続けた。

「それでは、大通りにある酒場へ行かれるとよいでしょう。この街を訪れる冒険者の方々
は、皆、そちらの酒場にお泊まりになるようですから。よろしければ、案内いたしましょう
か・・・?」

大通りに・・・酒場・・・・・・。ああ、そういえば・・・!
たぶん、ここに来るまでに通ってきた道が、この街の大通りだったのだろう。
途中に、やや大きめの「酒場」らしき建物が、確かに目に入っていたのを思い出した。

私は、スッと腰を上げた。眼下の少女は、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに元の様子
に戻って言った。

「行かれますか? では・・・」

「あ・・・、大丈夫」

前を行こうとする女の子を止めるように、私は声をかけた。
そして、ここに来るまでに酒場の前を通ったこと、場所はわかるから心配ない、ということ
を手短に告げ、その場をあとにしたのだった。

何でも、人の助けばかり受けては、いられない――。

「どうもありがとう」

振り返り、礼を言ったそのときの私が、どんな表情を見せていたのかなんて、自分では
わからないけれど・・・。
ただ、少女は先ほどまでの、いかにも頼りなさげな冒険者ならぬ力強い発言に、何か、
納得せざるを得ない・・・といった様子を見せて、見送りの言葉を小さく贈っていた。

「・・・お気をつけて。・・・大変な運命を・・・背負った方・・・・・・」


もと来た道を戻る形で、目的の酒場はすぐに見つかった。

そろそろ日も傾こうかという時間。中からは、楽しげな雰囲気と、一方、静かな雰囲気が
両方感じられていた。私は、例によって、少しの間そこに入るのを躊躇していたのだが、
そうもしてはいられない。こぶしにキュッと力を入れ、とにかく一歩、足を踏み入れた。

入口に立ち、様子をうかがう。・・・と、すぐにひとりの人物と目が合ってしまった。

「おっ!?」その人物とは、正面にあるカウンターごしにいた、この酒場の店主・・・らしき
人だった。店主は、これまたカウンターにもたれかかっていた戦士風の客?と話をしてい
た最中のようだったが、私の姿に気付くと、勇んで元気な声をかけてきたのであった。

「あんた、新しい冒険者かい?」

そして、その返答を待ってか待たずか、手招きをしてこう続ける。
「ちょっと、こっち来な!」

言われるままに、カウンターのほうへと足を進めた。すでに酔いの入っているかであろう
何組かのテーブル客たちも、どうやらこちらのほうに視線を向けていたみたいだが・・・。

「・・・ほら、アルター、どいたどいた!」

店主のほぼ正面に立っていた、鎧とマントに身を包んだ戦士らしき男が、その声にうなが
されて、少し端へと移動する。

低い段差を登り、その場所に辿り着いた。
横に立っている赤い戦士に、チラと目をやり、それから、声の主へと体を向けた。

「あんた、冒険者だろ? このコロナの街は初めてかい? この街にやってくる冒険者は
みんな、この酒場に泊まるんだ。あんたもゆっくりしていくといいぜ」

先ほどの少女と同じ文句をひととおり言ってから、次の言葉はこう続く・・・
「・・・で、あんた、名前は?」


「・・・さて。それから、名前も用意しないといかんな・・・」

ラドゥは言った。かえるだった私を人間の姿に変えてから、直後のことである。

「その姿は、完全ではないにしても、呪いにかかる前のおまえより確実に影響を受けて
あらわされたものなのだが・・・・・・。名前はのう・・・覚えてはおらんのだろう・・・?」

何やらブツブツとつぶやきながら、ラドゥは考え始めた。
名前、か・・・。誰かに呼ばれるためのもの・・・。自分を表す、ひとつの言葉・・・。

私に、必要なもの・・・・・・!

そのとき、風が吹いた。その風にのせられて、私の・・・この「髪」がフッと揺れ、一瞬だけ
顔に触れた。そして・・・。

「アンジェ・・・・・・」

浮かんだ言葉を、知らずのうちに、私は声に出していた。

「!? いま、何と言ったのじゃ? ・・・・・・アンジェ? そうか・・・姿が変わって、名前を
思い出したのじゃな」

そういうわけで、私の名前は決まった。
けれど、実際のところは・・・・・・。
私のなかに浮かんだその言葉は、完璧じゃない。何かの「一部」、だったのだ・・・。


「・・・ふーん。アンジェ、か。オレがこの酒場のマスターだ。よろしくな!」

こく・・と、うなずいて、私は返事をかえした。「よろしく・・・」

一瞬の沈黙のあと、待ってましたとばかりに口をひらいたのは、傍らに立っていたあの
戦士だった。あらためて見ると、その身につけた鎧も、髪も、本当に「赤」でまとめられて
いる。いかにも冒険慣れしていそうな雰囲気のなかにも、まだ血気盛んな若者らしさが
十分にあらわれている・・・そんな印象が感じられた。

「オレはアルター。街で一番、腕が立つ男だぜ」

自信を持って、言ってのける。

「あんたみたいに可愛い女の子のためなら、いくらでも力になってやるぜ!」

・・・・・・。こういうのには、慣れてない。どういった反応をしていいのか迷っていた私だった
が、どうやら無縁の行動だったようだ。
アルター・・・は、ひととおり言ったあと、マスターのほうへ振り返り、「じゃあな」と残して、
その場を去ろうとしていた。

そのときだ。

「おい、ちょっと待て! どこ行くつもりだ!」

明らかに、こちらに向けた声だった。一斉に、声の発したほうへ顔を向ける。・・・と。

先ほどまでの私のように、入口付近に、ひとりの少・・・年?少女?・・・が立っていた。
落ち着いた青のローブに身を包んだ、見たところ魔術士風の人物である・・・。

「仕事がないんだとよ。じゃあな、マーロ」

アルターは、その人物の肩をポンとたたいて、いかにも軽い足取りで酒場をあとにした。
納得いかないのは、残されたその人物。
「人を誘っといて、勝手なヤツだな!」

頭から湯気が吹き出す・・・とは、こういう状態のことをいうのだろうか・・・。呆気にとられ
て視線を送るこちらに気付いたらしく、ローブの人物がくるりと振り向いた。

うわ・・・・・・。

「・・・・・・あんた、見ない顔だね。おれはマーロ。魔法学院にいる」

つかつかと目の前に歩いてきた彼・・・マーロは、真っ直ぐな視線で私に声をかけてきた。

・・・なんて・・・綺麗な顔・・・・・・。

「魔術が必要なときには、おれに言いなよ。手が空いてれば、手伝うぜ。・・・・・・じゃあな」

また、違う意味で呆気にとられている私に対し、マーロは続きの言葉を残して、その場を
去っていった。
呆然と立ちつくす新入り冒険者を見て、マスターが声をかける。「・・・びっくりしたかい?」

振り返った私は、さぞ「びっくりした」顔をしていたのだろう・・・マスターは、余裕の笑顔で
話を続けた。

「あんなやつらだが、ふたりとも腕はいいんだ。冒険のときには、手伝ってもらうといい。
さて・・・と、ちょうど二階の手前の部屋が空いてるから、好きに使っていいぜ。長旅で
疲れたろう? 今日は早く休むんだな」

ちゃらん、とかすかな音をたてて、マスターから小さな鍵を渡された。・・・あとでわかること
なのだが、この酒場は(・・・というよりむしろ「この街は」といったほうがいいかもしれない
が・・・)、他方から来る冒険者たちを本当に歓迎していて、彼らに無償で宿を貸すことは
ほとんど常識という考え方であるらしかった。

そのぶん、さまざまな仕事を受けたり、街の人々の力になるのが、このコロナに滞在する
冒険者たちの大切なつとめであるのだが・・・その話は、また後日ということで。

マスターのすすめに従い、カウンター横の階段を上がって、与えられた部屋を見つけた。

ドアを開け、薄暗い中にあかりを灯す。意外にも、部屋は広くて、小ぎれいだ・・・・・・と。

「!」
「!?」

何者かと、目が合った。
いや、実際には「何者か」などすぐにわかった。
部屋を一瞬見渡して、視線が足下・・・床に来たときに目に入った、その姿は――。

「うわー、人間だケロ!」

それは・・・まぎれもない、一匹の・・・かえるだった・・・・・・。

「勝手に入って悪かったケロ! 許してほしいケローーーーー!!」

かえるは、もう「この世の終わり」とでもいえるくらい、驚き焦って部屋を跳び回り始めた。
私はというと、見慣れてしまったその姿を、突然目の当たりにして、何か少し感慨に耽り
そうな勢いだったが、かえるの、そのすさまじいまでの驚きように、思わず声を張り上げ
ていたのだった。

「・・・ねぇ・・・ちょっと、落ち着いて! 怒ってなんかいないから! ・・・ねっ?」

ちょうど、私の頭上を勢いよく跳び越したあとで、かえるの動きはピタリと止まった。
そして一時ののち、かえるは不思議そうな面持ちで、こう言ったのである。

「あれ・・・もしかして・・・、ぼくの言葉が、わかるケロ?」

・・・私はうなずいた。

すると、さっきまでの驚きはどこへやら、かえるは、私の顔をまじまじと覗き込み、今度は
足元をぐるぐる回ったりと、ひとしきりの観察を終えてから、独り言のようにつぶやいたの
だった。

「・・・・・・不思議だケロ。かえるの仲間と同じ感じがするケロ・・・・・・」

心臓が、トクン・・と鳴った。
かえるの、次は明らかにこちらに向かって声が発せられるのと、それは、ほぼ同時の
出来事だった。「だから、ぼくと友だちになるケロ!」

・・・友だち・・・。

もう二度と、出会うことはないと思われていた、その言葉。

心の揺れを悟られるのが、ふいに恥ずかしくなって、私は部屋の隅に置かれた鏡の前に
移動した。
真新しいマントに身を包んだ、ピンク色の髪の少女。
見た目は、とにかく一介の「冒険者」が、そこにいる。

・・・・・・これが、私。

目の前の表情は、複雑に変化を見せていた。
それは、心がそこに表れている証拠。
自分自身が、映っているあかし。
だとしたら――。

「ありがとう・・・よろしくね」

以後、多大な協力者となるであろう、小さな友人へ向けて、笑顔とともに返事をおくる。

私はこれから、記憶のパズルを埋めていくのだ。

本当の自分を、取り戻すために・・・・・・。

運命の期限は、一年。


第2話へGO!


こんにちは! 著者のyumiでございます。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。そして、おつかれさまでした(^^;
なんか、初回からおそろしく長くなってしまって・・・(滝汗) ってか、場面転換しすぎ。序盤の語りはみょ〜にカタイし・・・反省ばかりだぁ。

主人公の名前・・・そうです、アンジェです。某恋愛育成シミュレーションとは、多分関係のないものだと思われます(苦笑)
いや、この名前で3竜編ともやり通したものですから、今さら他の名前で書けないんですよ。すいません、ワガママで。
(余談ですが、ディズニーの「美女と野獣」にも、アン○ェリークというキャラクターがいるんですよー!って本当に余談(^^;;;)

さてさて、この小説風プレイリポート。そーなんです。プレイリポートなんですよ。多少アレンジはしていくつもりですけどね。
だから、今後「本来ならば絵本のできないストーリー展開」でいくことも、あるかもしれないとゆーことです。それが真実だから☆(爆)
とっても印象深かった1stプレイを、何らかの形で残したいと思って、この小説を書いてます。
不定期更新となりますが(やっぱり(自爆))、お時間の空いたときにでも、また読みにきてみて下さいませ。よろしくです!

・・・てなワケで、次回、第2話「依頼」!
酒場のマスターに頼まれた初仕事と、アンジェを襲ったピンチとは!?
(バレバレ(笑)) おっ楽しみに〜!

目次にもどる    トップにもどる


☆ 掲示板 ☆
ご感想フォーム