かえるの絵本

プロローグ



違う。

そんな思いが、いつも私の心を支配していた。

何が違うのかなんて、わからない。
ただの、漠然とした・・・疑問。

・・・ううん。疑問にすることさえ、本当は意味のないことなのかもしれない。

私の気持ちがどんなに晴れなくとも、この「日常」は変わらないのだ。

これが、私の人生。

・・・「人生」ってのは、おかしいか。

私は、かえる・・・なのだから・・・・・・。

 

うつくしい自然にかこまれた、コロナという街の近くに、名もないちいさな森がありました。
そのちいさな森の奥には、一匹のかえるがおりました。
かえるには、名前も過去もありません。
なぜなら、かえるは記憶をなくしていたからです。

 

いつからここにいるのか・・・。どうしてここにいるのか・・・。
私には、わからなかった。
けれど、わかる必要なんてなかったんだ。

私の過去を問うものなど、何もない。誰も・・・いない。
在りもしない答えをさがすより、いま、ここに、こうして自分がいるということ。
それだけが、私にわかる唯一の事実。
だったら、それでいいじゃないか。自分自身に言い聞かせる。いつものことだ・・・。

 

かえるは、ほかのかえるとはなれて、いつもひとりぼっちでした。
その日も、かえるはひとりぼっちで、池のまわりで遊んでいました。

 

・・・はじめから疎外されてたわけじゃない。
むしろ、ほかのかえるたちは、私のことをあたたかく迎えてくれていた。
離れたのは、私のほう。
どうして・・・どうして馴染めないの・・・。
原因のわからない苦しみが、私を襲った。
その苦しみから逃れるために、ひとりの場所を見つけた・・・。

ほんとうは、どこにいたって、曇った気持ちは消せないというのに。

水面に映る自分を見る。
その表情は、心の曇りなどいっぺんも感じさせない、平和そのもの。
まったく、笑ってしまう。結局、私はこうして生きているのだ。

私はこの森に住むかえる。何も変わったところなんてない。
ちょっと、意味のない違和感を持っているだけなのだ。
そう・・・そうにきまってる・・・・・・。でも・・・・・・・・・。

 

そこへひとりの老人がやってきました。
その老人は、かえるを一目見るなり大変おどろきました。
かえるに、なんらかの呪いがかかっていることが、わかったからです。
老人はかえるをつれていくことにしました。

 

「ついてくるがよい」
老人にうながされて、私はあとを追った。
ついていく理由なんてないけど、断る理由もなかったから。
こんな、森の奥を歩いている物好きな人間の、物好きな趣味につきあうくらい
雑作もないことだ。それこそ、なかなかの非日常じゃないか。

しかし・・・これから起こるそれは、非日常をゆうに超えた、出来事だった。

 

じつは、この老人は森の神殿に住む、ラドゥといういだいな賢者だったのです。
ラドゥはかえるにいいました。
「おまえは、ほんとうはかえるではない。呪いの力で、このような姿になってしまったのじゃ。
ワシの力で人間の姿に変えてやろう」

 

・・・・・・・・・・・・。
うつろな目が、さらにうつろになるのを感じた。
あまりにも唐突な、しかし、どこかで待ちわびていた、その言葉・・・・・・。

『ほんとうは、かえるでは、ない』

運命というものの皮肉さに、浸る時間もないまま、賢者の不思議な魔力が、
私の身体を包みこむ。

何かが始まる。大いなる、予感・・・・・・!

 

こうして、ラドゥの不思議な力で、かえるは人間の姿へと変わることができたのでした・・・。


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