第二話

衝撃!! 天才の運命



「だから……用もないのに話しかけるなって言っただろ」
「用がないわけじゃない。今日はどの要素を練習するのかと思ってね」

 マーロは盛大にため息をついた。
 叔父スタットが講師をしている、このコロナの街の魔法学院に編入して約一ヶ月。学院生活にも慣れ、それなりに(たまに、あの熱血戦士のアルターには絡まれるものの……)平穏無事な毎日を過ごせているはずだった。
 それが、この四月に入って、一変。
「そんなの、あんたには関係ない」
「……ボクが思うに、キミはそろそろ水の要素へ移ってみたほうが良いと思うんだ。炎の魔法を練りすぎて、力が常に熱を帯びてしまっているようだよ」
「――ッ、よけいなお世話だ!!」
 今まさに、新たなステップ――水の刃――の練習を始めようかと、気分を整えたところだったのに……。
 やる気が失せた。何か違う魔法に手をつけようと、マーロは足もとの魔導書をつかんで、めくった。

 アイビーという名のこの冒険者は、つい先日コロナの街にやってきて、その翌日からさっそく、連日のようにこの魔法学院へと顔を出すようになっていた。
 受付のナヴィから、学院外の者でも受けられる魔術訓練の話を聞けば、毎日熱心にバイトに励んで、お金をためては訓練にやってくる。その勤勉さは、学院の生徒をしのぐといっても過言ではないほどであった。
「そういうあんたはどうなんだよ。まだ炎の矢の訓練を抜け出せない、って聞いたけど?」
『まだ』の部分にチカラをこめて言ってやった。アイビーは、前髪を指でちょんとすくうしぐさをしながら、答える。
「まだ完璧とは思えないんでね。天才とは、常に自分にきびしくあるものなのだよ」
「…………、あっそ」
 ……そう……。
 この少年は、自分がかつて『天才』と称される魔術士であったと公言してはばからない。そこがマーロの最も理解しがたい部分だった。
 さらに聞けば、何者かに強い呪いをかけられ、記憶をなくし、数日前までかえるとして、森で暮らしていたのだという。森の神殿に住む賢者の魔法によって、とりあえずの人間の姿を保ってはいるが、その期限も一年ののち。それまでにアイビーは、自らの過去の記憶を取り戻し、その強い呪いを解かなければならない――。
 と、ウソかホントか謎とはいえ、これだけの話を、アイビーは堂々と人びとに言ってのける。そこにはまったく悲愴感というものはなく、むしろどこか誇らしげというか、なんというか……。
(……馬鹿と天才は紙一重……っていうっけ、そういえば)
 ひらひらと手をふりながら部屋を出ていく後ろ姿を見つめるうちに、なぜかいい感じに脱力してきて、マーロは本来の目的だった練習にふたたび集中しはじめていた。


 四月も、末日をむかえた。
「マーロ……マーロはいるかい?」
 休日の、がらんとした学院のホールに声が響いた。床を歩く音に、大股の足音が重ねて聞こえる。
「やぁ、やっぱりここにいた」
 練習室へ顔を現した男ふたりへと、マーロは低い口調で振り返る。
「……休日くらい、ゆっくり練習させてくれ……」
「休日くらい、気分テンカンに冒険だろ! な、アイビー」
「……冒険?」
 マーロは視線を上げた。嬉々としたようすのアルターを後ろに、アイビーがうなずく。
「……そう。これからボクの運命にかかわる、大事な冒険に出かけようというところなのさ」
「……」
 一息おいて、くるりと背を向けようとした、そのとき。
「東の森の神殿に行くんだってよ。あの、魔物や宝がウジャウジャ転がってるっつー、ウワサの」
(――!)
 聞き覚えがあった。東の森……。教室でも、確か誰かが話していた。古びた神殿の内部には、水晶の玉がまつられていて、のぞいた者の運命を映すのだという。自分を失った者の道標。その神殿の扉が開かれるのが、そういえば、四月の終わり……。
(……アイビー、あんた……)
 本当だったのか。呪いと記憶喪失の話は。マーロの、アイビーを見る目が少し変わった。
「わかった。……助けが必要だっていうなら、つきあってやるぜ」
「いや。別に手助けはいらないよ」
 マーロはコケた。
「……じゃあ、何なんだよ!」
「この天才の運命を見届ける最高の冒険だよ。キミにも魔術士の同志として、その感動を味わわせてやろうと思ってね」
 だが、ここでプイとそっぽを向かなかったのは、やはりマーロの中にも冒険への興味が大きくあったからであって。
「だったらそいつは?」
 アルターを指さす。「ああ〜……」と、語尾長くして、斜め後ろを見上げるアイビー。
「マスターと話していたのを聞いていたらしくてね……。まぁ、ボクは力まかせに武器をふりまわす戦術というのは、あまり好きではないんだが……」
「力まかせってなんだよ、オイ。……ま、いいや。オレ様の戦いっぷりを見れば、その考えも変わるだろうぜ!」
(…………似たものどうし…………)
 さっそく憂うつになったマーロであったが、自分の力に絶対の自信をもっているあたり彼も共通、という事実には……とりあえず、気付いてはいないのであった。

 三人は、一度賢者ラドゥのもとを訪れてから、転送魔法で東の森へと送られた。
 まったく動く気配のなかった古びた神殿の扉が、アイビーが手を触れた瞬間に開きはじめたのには、さすがのマーロも目を見張った。が――。
(…………)
 噂のとおり、神殿に入ったとたんに、モンスターたちが次から次へと襲いかかってきた。
 アルターが水を得た魚のごとく最前で受けて立っているとはいえ、マーロも負けじと炎の矢や、覚えたばかりの水の刃を駆使して対抗していった。日々の練習の成果を試すには、実戦で使ってみるのが一番だからだ。
 しかし……。もうひとりの魔術士、アイビーはといえば……。何を考えているのか、なかなか自分の魔法を使おうとしない。アルターやマーロの攻撃を逃れた魔物が、その隙をついてアイビーのほうへと狙いを定めたそのときにだけ、もったいつけたかのように杖をかかげ、さも優雅に炎の矢を放ってみせるのである。
(何やってんだ、アイツ……)
 もともと新米冒険者の力などなくとも、この程度の魔物たちなら、アルターと自分、いや、自分ひとりでだって難なく蹴散らす自信がある。マーロはいつしか、この緊迫感あふれる最高の実戦に夢中になり、次々と魔法を繰り出していったのだった。

 延々と続くかのような廊下を、かなり奥まで進んできた。ここで行き止まりかと思われる小部屋の床に、円形の魔法陣が光っている。
「ワープゲートか……。さすがボクの運命をにぎる神殿。なかなか粋なことをするね」
 アイビーがひとりで感動している。と、ここで、来る途中に助け、そのまま一緒についてきていたトレジャーハンターの男が、神妙な面持ちで語りかけた。
「アイビー、よく聞いてくれ。このワープゲートの先には、水晶を守護している怪物がいる」
 アルターとマーロにも、いくぶんの緊張が走る。
「ヤツは強い。しっかりと準備をしてから、先に進んだほうがいいぜ」
 軽々しかった男の、この態度の変化から、先に待ち受ける敵の強さはおそらく本物なのだと予測できた。
 気をひきしめて、ワープをくぐる……。

「――なんだ、おまえは――」
 事典で見たこともない魔物が、重厚そうな扉の前で立ち構えていた。姿はガーゴイルに似ているが、どこか神聖ささえ感じられるこの迫力は、やはりただの魔物ではない。
「おまえも、自らの運命を知るべく、この神殿まで来たのか? ならば、我と戦え! おまえがこの水晶を見るに値する者か、否か、示してみせよ!」
 ――ドゥンッッ!!
「!?」
 いつの間に誰よりも前に出ていたアイビーが、誰よりも先に炎の矢を放っていた。
「悪いけど、キミにはここで倒れてもらうよ! ボクの人生に、『否』という文字はない――ッ!!」
 先制を越されて火のついたアルターも、もちろんマーロも、間髪いれずに攻撃に躍り出た。大剣が斬りかかり、二人分の炎の矢がふりそそぐ。しかし……。
「ヤロウ……なかなかしぶてぇぜ」
 しぶといどころではない。攻撃が……効いていない、ということはないのだろうが……三人でかなりの襲撃を与えているにもかかわらず、怪物はなかなか倒れない。ふらつく気配さえない。
「こうなったら……」
 アルターが、敵から少しの距離をとった。ブンッと、一度大きく頭上で剣を振り回すと、それから、守護魔めがけて一直線に駆けだした。
「くらえ!! 雷(らい)――」
「どきたまえ! アルター……!」
 …………ビリビリビリビリビリ…………!!
 マーロの回転の速い頭脳でも、状況を理解するのに数秒の時間を要した。アイビーが杖を守護魔に向けている。その直線上にアルター。と、その赤い戦士は今、剣をかかげた姿勢のままで、真横にどさりとくずれてしまった。
「……ううん……、強大な敵をめがけて、小型の刃に形づくるのは、なかなか難しいな……。魔力が少々あふれすぎてしまったよ」
 そのとおり。――彼も使えるようになっていたのだろう――水の刃を撃とうとして、強力な勢いの水が敵にそのまま直射した。そして、その水が、敵の眼前をおおっていたアルターへと直撃。
 本来ならば、殴打程度のダメージが…………アルターの繰り出した技、それは『雷牙』と呼ばれる剣技であった。空気中の電気を刀身にまとわせ、相手にくらわす大技。そのまとった電気が一瞬にして、水をつたって放電して……。
 全身に小刻みなけいれんを起こしたあとで、戦士はがくりと眠りについた。
「…………アイビー…………」
 両手のこぶしを震わせて、マーロはアイビーを振り返った。
 けれども、今はこいつにどうこう言っている場合じゃない。おれが……、おれがなんとかしなければ…………!!
「炎の――」
 ありったけの魔力をこめて、大きな矢を放とうとした。これで決める――!

「矢!!」
(…………っ!?)
 炎が飛ばない。
(ま……魔力切れ…………!?)
 そう気付いたとたんに、体じゅうの力が一気に抜けた。魔法の炎も、空中に力なく消滅する。
「……くっそ……」
「マーロ……ボクの魔力配分を見ていたかい? 全力を出すことは悪いことじゃないけど、魔術士というのは、いつだって冷静に先を読まなければ」
「――!? アイビーッ!」
 反射的に名を叫んでいた。が…………。

 怪物の腕が、アイビーの目前で大きく振りかぶられていた。
 鈍い音がしたあとで、少年の体が背後に吹き飛ぶ。ガツン――ッと、痛そうな音。

 冷たい石壁に投げつけられて、アイビーはあっさりと気を失った。

 やれやれ……。運命の冒険に倒れた少年の隣で、トレジャーハンターの男はかの老賢者へと姿を変えると、脱力した声でそうつぶやいた。



<最終話へつづく>


いろんな意味ですいません。
ちなみにアルターは生きてます。(念のため)


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