第一話

天才魔術士!? あらわる



 そういえば確かに、微量の魔力を感じていた。
 ふだんいる学院はそういう存在が当たり前だから、まるで空気のようで、特に意識することもないのだが……場所が酒場となれば話は別。

 あの日、マーロはアルターに呼ばれて、夕方の酒場に顔を出した。
 春の風に誘われて、昼休みにうっかり広場にまで出てきてしまったのが運のツキで、最近顔を合わせれば「冒険だ」「依頼だ」とうるさいアルターとばったり出くわしてしまった。そして、あっという間に、夕方授業が終わったら酒場まで来てくれよと言い残された。
(――授業のあとに何か用事があったらどうするんだよ!?)
 むすっと、あからさまにため息をついたマーロだったが、彼の場合、用事さえなければとりあえず行ってやるというやさしさも持ちあわせていて、(またはマーロ自身、冒険に誘われることは、実はまんざらイヤでもないのであって)、それが、あの日の怒りと、出会いをまねくこととなる。

 怒りとは、このこと。
「仕事がないんだとよ。じゃあな、マーロ」
 酒場に到着するやいなや、当のアルターにその言葉を投げられた。
 すれ違いざまにこちらの肩をポンとたたいて出て行こうとしたアルターに、マーロの頭は沸点寸前。
「人を誘っといて、勝手なヤツだな!」
 いきどおりが頂点に達して、去ろうとする赤い背中へと、炎の魔法を見舞ってやる気でいっぱいになったとき――力が、何かに気付いて引き止められた。
 それが、出会い。
 力に水を差したのは、そいつの視線のせいだと思っていた。……けれども、あれは視線とともに引き出された力。ヤツのまとった微量の魔力。
 異質ではない。同質――。
 思い起こせばそこまで考えられもするが、とはいえ、このときのマーロはただすっと振り向いて、簡素な旅着の新顔冒険者へと、とりあえずの礼儀の名乗りを上げたのだった。
「……おれはマーロ。魔法学院にいる。もし魔術が必要なときには、おれに言いなよ」


『手が空いてれば、手伝うぜ』
 少年アイビーの耳に、そのセリフは届いていなかった。
 魔術……。魔法学院……。揺れる木戸を見つめる彼の心は、今ここを出て行ったあの少女のような少年の言葉が何度もこだまして、熱気球のようにふくらみはじめている。
 一瞬、目を見開いて固まったのは、だから背後のマスターが言うように「びっくりした」からではない。

 数時間前まで、彼は過去の記憶の一切をもたずに、かえるとして生きていた。
 自分の存在に違和感がなかったわけではない。が、その違和感の主が何であるのかがわからないのだから、彼にはかえるとして過ごすほか選択肢がなかったのである。
 それが先ほどのこと。賢者と名乗る老人に突然声をかけられて、「おまえはかえるではない」とたいそう驚かれた。そして森の奥の神殿まで同行すると、あれよという間に、今のこの姿を手に入れていた。
 人間の姿。
 この姿になって初めて、ラドゥというこの賢者の放ったふしぎな力がどれほどすごいものなのかが、全身にひしと伝わってわかるような気がした。人間としての知能、記憶が一気に入りこんできた。
 ただ、どうしてか、肝心の自分自身に関することがまったく思い出されなかったため、彼の『名前』だけはラドゥにつけてもらうことになった。それが、アイビーという名前。
 たまたま目に入った、神殿の石壁に生えるツタからとられた名前だというのは、本人には内緒である。

「あんなやつらだが、ふたりとも腕はいいんだ。冒険のときには、手伝ってもらうといい」
 マスターの陽気な声と、最後のほうだけ重なるように、アイビーはつぶやいた。
「……彼も魔法を使うのか……」
「ん? ああ、マーロか。あいつは魔法学院でも、かなり優秀らしいぜ」
「……へぇ……」
 アイビーはうなずきながら振り向いた。かすかな微笑を浮かべた瞳は、マスターのほうを向いているようで、どこか遠くを見ているようでもあった。アイビーは続けた。
「見る目があるな、彼は」
「? そ、そうか……?」
「魔法はすばらしいものだよ。それを学んでいるのだから……ね」
 かえるだった自分を、あっという間にこの体に変えた賢者の魔法。
 瞬時に一点に熱を集めかけていた、少年のあふれる力。
「アイビー、おまえさんも魔術士かい? そういや、剣も何も持っていないみたいだし」
 白のシャツに、ズボン、ベスト。羽織っている短めのマントがなければ、ふつうの街人と見間違うほどの軽装だ。
 アイビーは答える。
「……ああ。ボクもきっと、魔術士だったんだ」

 賢者ラドゥはこう言った。
 そのすばらしい魔法の力でさえも、アイビーの姿を、一年の間しか変えていることしかできない。
『――おまえは何かの呪いにかかり、かえるの姿になっていたのだ――』
 記憶まで消し去るほどの、とてつもなく強い呪い。
 この身がそれほどの呪いを受けた、その理由は…………。
「今はまだ、自分のすべてを取り戻せてはいないけど……」
 話の見えないマスターは、いよいよ小首をかしげて聞いている。
「かならず取り戻してみせる」
(……なぜならボクは……)

 少年は、そして高らかに宣言した。
「その力をおそれられ、何者かに呪いをかけられるほどの……天才魔術士だったんだからね!!」



<第二話へつづく>



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