『私からの……メッセージ…………』
あたしがムーンブルク城の夢を見たこと。王女さまを助けたい一心で旅についてきたこと。すべてを話し、……ロトの血筋ではないですけど……と、そこは一応つけ加えてから締めくくる。
やがて、王女はそうつぶやいて、見開いていた瞳が、だんだんとゆるやかなものに変化していった。
「…………ここに飛ばされて、目が覚めて…………」
白い手のひらが、膝元の毛布をにぎっていた。
「はじめはずっと、泣いていました…………」
くしゃ、と、その両指にわずかな力がこめられていく。
「……どうしたらよいのかわからず、生きたまま地獄を味わっているのだと…………。いっそ命を絶たれたほうが良かった……。そうすればお父さまのもとへ……ともに…………っ」
……嗚咽がもれた……。今までどこか冷静だった姿勢は、きっと緊張の裏返しで、張りつめていた気持ちがようやくここに解きほぐれたのだろう、とあたしは思った。顔に手をあて、王女はしばらくしゃくり泣いた。
「……けれども……」
ふたたび唇がひらいたのを確認して、あたしはまたそえていた背中の手を離す。
「空腹と絶望でうずくまっていたところを、教会の神父さまに助けられて…………。私は生きている……。絶望が消えることはなかったけれど、希望をもつこともできる…………。そうして、願ったのです」
――自分と同じ、勇者ロトの血を引く方々が、いつか私のもとへとやってきて下さることを――。
(………………)
軽くうなずきながら、あたしは後ろと隣の存在に、かすかに、勝手に、重圧みたいなものを感じてしまう。……それを聞くと、やっぱりあたしは彼女の前では異質だ。なんだかちょっと……いたたまれない。
「――。そういえば……!」
突然、アイリン王女は何かに気づいたかのように顔を上げた。
「公園に……! 城の兵士がいたと思うのですが……!」
確か、リモーネがジョギング中に見つけたという衛兵だ。『城から逃げ出した』と自らを恥じて、泣いていたという兵士。「ああ」と答えたリモーネは、続けて「会いに行ってあげるといい」と提案する。
「あっ……だ、大丈夫…………?」
ベッドから降りようとするアイリン王女へ、あたしは遠慮がちに声をかけた。
「…………フィナ、とおっしゃいましたね」
ふちに腰を下ろしたまま、ゆっくりと床へ足をつけながら、アイリン王女はあたしを見上げた。自分の表情(カオ)が固くなっているのがわかる。何を言われちゃうのかわからない――という不安は、しかし……。
「私の願いは、あなたが受け取ってくださった。……きっと、同じ女の子どうしだからかもしれませんね」
優雅というより、その微笑みはどこか近しい雰囲気がして。
「…………。そう、ですね」
笑みを返せた。
部屋を出て行く、”世界の平和を託されし”伝説の勇者の末裔たち。とりあえずこれからも、あたしは彼らの旅に同行することができる…………。
「ま、まさか、アイリン姫さま!? ご無事でしたかっ!」
大きな池の外縁をぐるっとまわって、町の外壁の代わりに茂みがうっそうとした反対側に辿り着いて……ここじゃさすがに町の人にも見つかんないわっつー場所……ムーンブルクの主従は再会を果たした。
口ひげが伸び、顔はすすけ、衣服は破れて……でもその服装は確かに一国の衛兵のものだった。ふるえる瞳に、みるみると涙がたまっていく。責務の重みがあふれだす。
「わ、私は……王さまや城の者たちをおきざりにして…………。私はなんという情けない兵士なのでしょう! もう姫さまに顔むけできませぬ…………」
あとずさり、顔をそむけた。本当は望みに望んだ姫の無事な姿であろうに……。アイリン王女は、頭(こうべ)を垂れる兵士のその肩に、そっと手をのせ、口をひらく。
「いいのよ、顔を上げて。誰もあなたを責めることはできないわ」
「ひ、姫さま…………。うっうっうっ…………」
むせび泣きの色が、夕陽のかげにひそかに響きわたる。
兵士さんは、ひとまず町に残ることとなった。
城のことが気にかかると言ったが、今のムーンブルク城はモンスターの住処と化してしまっていることを語り、むやみに赴くのは危険だとこの場にとどまらせた。
王女と再会して、気力は取り戻し始めたものの、あのぶんじゃ体力はまだまだ危うい。
そして翌日。あたしたちは、一路ムーンブルクの城へ。
居城の『あの』状態を目の当たりにしたアイリン王女の驚愕は……もう、わざわざここに説明することもないだろう……。
重い足取りの王女をささえて、王の間へと導く。出てきて……。出てきてあげて、王さま…………! 願いがつうじたのか、するとあのときのように、ぼう……っと炎が浮かび上がった。
「王さま! 王さまだよ、アイリン!」
呼びかけて、あたしははっと口をおさえた。呼び捨てで呼んじゃった……。
ランドなんかはもうすっかり名前で呼んでて、思わずつられそうにはなっていたけど……。そういえば、逆にリモーネは、なぜだかいまだに姫づけで呼んでいたりして……、っていうか、まだ必要以上に話していないような気も…………。と、それはともかく。
「お父さま! 私はここにいますわ!」
口惜しき思念を語るムーンブルク王の魂に、アイリン姫は懸命に自らの存在を訴えた。
「誰かいるのか……?」
…………でもね…………。
「わしにはもう、何も聞こえぬ……」
あたしたちが会ったときとは、やっぱり、違うんだよ…………?
「何も見えぬ…………」
王の魂は消えることなく、そこに在る娘の姿をゆらゆらと照らし続けた。
――お父さま……お父さま!! 声がやがて、涙に変わって……。
焼け崩れ、魔物がさまよう、どんなに無残な場所になったとしても、ここは彼女の大切な場所。あたしたちは、アイリン王女の心の赴くままに、ムーンブルクの城を歩んだ。
自らの部屋。大広間。バルコニー、中庭、侍女たちの控えの間…………。アイリンの瞳にはきっと、平穏で幸せだった日々が、まるで昨日のことのようにそこに浮かび上がっていたのだろう。
そのまなざしが、現在(いま)の景色を映したそのとき……肩をふるわす彼女の時間は、ハーゴン征伐という、大きな決意の日々へといざなわれていった。
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