ドラゴンクエストU


4 風に乗って



「あ……目が覚めた?」
 かすかに震えるようにまぶたが揺れて、ルビー色の光がともった。
 うつろに天井を見つめたその瞳が、声に気づいてこちらへ動く。
 隣のベッドで剣の手入れをしていたリモーネと、窓辺に立っていたランドもすぐにやってきて、あたしの椅子の後ろと横から彼女の様子をうかがい見る。
「…………」
 ムーンペタの宿屋で、あたしたちは王女の眠りを見守っていた。
 王女……そう、ムーンブルクのアイリン姫は、あのとき、教会の裏路地で、ラーの鏡の力によって呪いが解け、本当の姿を取り戻して、あたしに思わず抱きしめられた、あのすぐあとのこと――。応えてあたしの背中へ回してくれた手が、すぅっと落ちて……彼女はそのまま気を失った。
「気分は……。どう?」
 少し気後れぎみに声をかける。王女はそんなあたしの顔をゆっくりと見上げ、それから、隣のランド、あたしの背ごしに立っているリモーネへと瞳を移す。
「…………。ええ……」
 まだ消え入りそうな声。
「……ここは……」
 瞳がふたたび、部屋の空間を映していく…………。

 きっといろんな、いろんな疲れがたまっていたのだろう。
 あたしたちが鏡をかざすその時まで、この、ムーンブルクの王女さまは――あのちいさな子犬の姿で生きていたのだ。この町で、たったひとり、突然、飛ばされて――。
「ムーンペタの宿屋だよ」
 ランドが答えた。そして、解呪からの前述の出来事を話す。
「……そうだったのですか……。私、気を失って……」
 そう言うと、彼女はその身を起こそうとした。あたしはあわてて背中を支える。金の巻き毛が、指にしなる。
「ありがとう」
 と、そこで思わぬ優雅な笑みが返ってきたので、あたしはちょっぴり緊張してしまった。
「……ローレシアの……リモーネ王子さま……」
「――。ああ、俺だけど」
 あたしの後ろ、椅子ごしに立つリモーネが声を返した。
「サマルトリアの……ランド王子さま」
「うんっ。ぼくだよ」
 きもち乗り出すようにして、ランドが王女に顔を見せる。
「それから……」
 …………儚げだけど、ホントに綺麗で、清らかなカンジでー…………。
 そんな人にふわっと微笑まれ、ふいに恥ずかしくなって真顔でうつむいていたあたしの、その横顔に、いつのまにかルビーの視線が向けられていたのだった。
「………………」
「あっ――あたしっ……フィナ! フィナです」
「フィナ……」
「そ、そう。えっと……この、リモーネのいとこなんです」
 上ずった声で自己紹介をしながら、うちの王子をアゴでさし示す。
「…………」
 顔がハテナな色してる。え〜っと……説明不足だよね、これじゃ……。
「アイリン王女」
 いつもの調子で。いや、少しばかり堅いような気もする口調で、リモーネが名を呼んだ。アイリン王女が「はい」と答える。
「俺たちのことを知っていたのか? だから、あの公園で俺のあとをついて来たんだな」
 リモーネはむろん、彼女が犬であったときのことを言っている。…………こらぁ〜、この無神経がぁぁぁ! 目覚めたばかりで『その話』をせんでもっ!! 口をぱくぱくさせながら、目で訴えるあたしであったが……。
「……はい」
 王女の声は、予想以上に冷静だった。
「お召し物に、ロトの紋章がきざまれていたので、確信しました。……ローレシア、サマルトリアの両国には、同じ年頃の王子さまがいらっしゃるとお父さまから聞いていたので……」
 ああ、とあたしたちは顔を見合わせた。リモーネのベルトのバックルにロトの紋章がある。
「まさかこんな状況でお目にかかるだなんて…………夢にも思いませんでしたが」
 …………こんな状況…………。
 平和に暮らしてた一国のお姫さま。ううん、それがどこの誰に起こったことであっても……本当に、過酷すぎる状況だったよね。
 あたしもリモーネもランドも、アイリン王女のその一言に、しばし無言の空気を漂わせていた。
 王女が語った”夢”という言葉が、特にあたしの脳裏に、ありありと彼女の城の悲劇をよみがえらせる。
 あたしがここにいる理由……。
「……そう。夢に見たんだよ」
 背中は、支えなくとも大丈夫そうかな。伸ばしていた腕をそっと下ろして、膝に置き、あたしはまっすぐと王女を見据えた。


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