「・・・だ、れか・・・いる、のか・・・」
人の声・・・! 上にまだ傷ついた人がいる――!?
「待って」
とっさに行こうとしたあたしの腕をランドがおさえた。
「うあぁぁぁあぁぁ・・・!!」
瞬間、弱々しく聞こえたはずの声が、いきなり悲鳴に変わった。リモーネが立ち上がって、階段を駆けのぼる。ランドも続く。さっと剣を抜きながら、リモーネが段上に跳びあがった。
「・・・・・・・・・ッ!!」
「な、なんなの・・・!?」
「・・・・・・・・・」
あたしはおそるおそる頭を出した。武器を構えて目を見開くふたりの、その視線の先へ顔を向けると・・・
「――っ!?」
スモーク! 煙のモンスターが、兵士の頭に絡みついてる――!? しかもその足もとにはキングコブラが3匹。兵士は狂ったように暴れ始めた。こ、これは・・・・・・。
「くそっ・・・離れろこいつ!!」
リモーネが兵士から魔物を引き剥がそうと剣を振るった。
「こっちはまかせて、――ギラッ」
火炎がキングコブラを焼き払う。スモークもすぐに消滅して、兵士はその場にばたりと倒れた。残りのコブラも撃退して、あたしたちは兵士のそばに歩み寄る。
「・・・こうやって人を魔物に変えたのか・・・・・・」
切なさをこえ、心は怒りさえ覚えていた。さっきまで生きていたはずの兵士は、もう息をしていなかった。せめてこの人は魔物にならずに天に召されてくれただろうか・・・。目を瞑り、冥福を祈る。
「・・・王女を探さなきゃ・・・」
あたしはゆっくり瞳をひらいた。
「どこかの町に、って言ってたよね。それに、犬にされたって」
念入りに祈りを終えて答えたランドに、あたしはうなずく。
「その呪いをとくには、何だっけ・・・真実の姿をうつす『ラーの鏡』・・・? って言ってたんだよね。さっきの兵士さんは・・・」
そのとき、倒れた目の前の衛兵の体から、あのムーンブルク王の魂のようなゆらめく炎が浮き上がった――。あたしたちは、ごくりと息をのむ。
「ラー・・・の鏡・・・」
兵士の『魂』は、それから確かめるように言葉をつなぎ始めた。
「ここから東の地、4つの橋が見えるところに、小さな沼地があるという。そこにラーの鏡が・・・」
「・・・っ・・・!」
「これを誰かに伝えるまで、私は死にきれぬのだ・・・・・・」
魂の炎はめらめらと燃えて、強くあたしたちの眼前を照らした。ラーの鏡。必要なもののありか・・・。その記憶、その思い・・・あたしたちは絶対に無駄にしない!!
「問題は、肝心の王女の居場所よね・・・」
あたしは腕を組んで顔をしかめた。わからないのはそこなのよ。
「・・・なぁ」
城を出る直前。・・・リモーネが、やけに落ち着き払ってこう言った。
「犬って・・・ムーンペタのあいつじゃないのか?」
「・・・『あいつ』・・・?」
少しの間があいて、ランドが「あぁ・・・」と城門を仰ぐ。
「ムーンペタの、あの子犬!」
「ああ」
「・・・・・・、えぇぇぇぇーーっ・・・・・・!??」
ふたりの後ろで、あたしは思いっきり驚愕の声をあげていた。
「ちょちょちょっ・・・、やっぱりあのコが王女ってのはありえないでしょ・・・っ! だってぜんぜん、何にも・・・」
「わかったわかった。とりあえず鏡取ってくるから、ここで待ってろよ」
もう数回くりかえされたあたしの焦り問答にさらっとこたえて、リモーネが水際へと足を沈ませていく。
ムーンブルク城から一路東へ。兵士の魂が教えたとおり、橋のかかった川の近くに小さな沼地ができていた。ランドによれば、沼からは微量の魔力が感じられていて、それを頼りにほどなく沼底から大きめの丸い鏡が拾い上げられた。
「いや、だからね・・・。あんなにさわったり抱き上げたりしてたのに、何も、なんにも感じなかったのよ・・・・・・!?」
野営を重ねてムーンペタの町に戻ったのは、あの日、あの子犬に見送られて出発してから、五日ほどたった頃だった。
「子犬く〜ん!! ・・・あっ、そうか。女の子だから『子犬ちゃ〜ん』か」
「やー・・・でもまだそうと決まったわけじゃないし・・・。・・・・・・あのコは確かに女の子だったけど」
「おい、ここにいたぞ」
教会の裏路地をのぞいたリモーネが、こちらを手招きする。「行こう」とランドにうながされ、ふらふらあとを歩み追ったあたしは、そのときどんなに締まりのない表情をしていただろうか・・・。
だ、だって、ムーンブルクの王女さまは、夢を通してあたしにSOS(エスオーエス)を・・・。
でもあのコの姿では一度も・・・。そんなメッセージは全く・・・・・・っ!!
子犬は鳴かなかった。黙って、一定距離を保ったまま、帰ってきたあたしたちの姿を見つめていた。その瞳が、どこか強く見開いているようにも感じる。リモーネがゆっくりと片膝を落として、ラーの鏡に子犬の全身を映しこんだ。かがんで、鏡面を確認する。
「・・・っ!!」
鏡のなかには、ふわりと長い金の髪、すみれ色の布被りと白いローブを身につけた、綺麗な女の子の姿――。
――ピシ・・・ピシ・・・・・・。
「うわっ!?」
鏡が突然、光を発して飛び散るように四方に割れた。光が子犬の身体を包みこむ。ちいさな影が・・・あたしたちと同じ大きさの”人影”に変わっていく。
「・・・わぁ・・・」
「ビンゴ! だな」
あなたたち、どうしてそんな平常心でいられるんですか。あたしは、あたしは・・・・・・。
光のなかに、彼女の姿があった。
「ああ、もとの姿に戻れるなんて・・・・・・」
光がおさまり、彼女は、ふっとその表情を和らげた。
「もうずっとあのままかと思いましたわ」
・・・リモーネ。ランド。そして・・・あたし。順々に、こちらへゆっくりと向けられていくまなざし。
「私はムーンブルク王の娘、アイリン。――きゃっ?」
・・・・・・ごめん。驚かせてごめんね。
それに・・・なんか謝りたいこともいろいろあるけど・・・。今はとにかく、あたしは王女のその身を強く抱きしめていた。
リモーネとランドが小さく後ろで笑い合う。そして、アイリン王女も・・・少し、困ったように。
その微笑み。そっとあたしの背中にふれてくれた優しいその手は・・・・・・もう、夢じゃない。
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