ドラゴンクエストU
3 夢の中の王女


 守りを失い、開け放たれた城門。灰にまみれた壁はところどころが崩れ落ち、かろうじて『城』としてのかたちをとどめた外見に、夢に見たムーンブルクの城があたしの心のなかで重なる。
 そう。きっと、白亜の・・・。うちの城やサマルトリアの城ともまた違う・・・白く輝く、優美の象徴のような雰囲気をもつ城だったんだ、ここは。
 その光あふれる城が、突然の魔物の襲来を受け、平和な時が破壊され、最後には火を放たれて――。
(・・・・・・・・・っ)
 あたしはいやいやをするように首を横にふって、前に進めなくなった。三人ともゆっくりと無言で城門をくぐっていた。内部はしんとして、人の気配がしない。すすけた空気がまるで身体にまとわりつくように漂う。暗い・・・。怖い・・・。
 ふたりもあたしを振り向いて立ち止まった。
「・・・本当にここにアイリン王女がいるのかな・・・」
 ランドが声色低くあたりをうかがう。そのとき、ガラン、と近くで何かが崩れた音が響いた。廊下の斜め先・・・。
「――! 誰かいるのか!?」
「あっ、あそこ!!」
 リモーネが背中の剣の柄を掴む。ランドは前方を指さした。ふたりとも同時に何かを見つけたのだ。たちのぼる灰煙のなかに、それは・・・・・・人影!? ひと・・・、人だよ・・・! 兵士がよろめきながら歩いてくる!
「だっ、大丈夫ですか!」
 駆け出したふたりのあとを追って、あたしの足も動いていた。ランドがホイミをかけようと兵士に近寄る。よかった・・・、まだ生きて残ってる人がいたんだね・・・、今からでも助けて・・・・・・・・・。
「うわぁッ!?」
 ――えっ――?
「ランド・・・!!」
 ランドの肩にもたれかかった兵士が、突然、そのままがぶりとその肩に噛みついた――。えぇっ・・・!? 噛まれた左肩をおさえて逆によろめくランドへ向けて、兵士はまたもつかみかかろうと両手を前に伸ばしてくる。リモーネがとっさに羽交締めにして引き離すと、今度はそのリモーネに襲いかかってきた。
「っ・・・しかたない」
 両指で引っ掻いてくるかのように暴れる腕をかわしながら、リモーネは軽くみぞおちに拳を入れた。ワケがわかんないからとりあえず気絶させようとしたんだろう・・・。でも、倒れない。どころか、相手の襲う姿勢も変わらない。リモーネはもう一度、今度は一瞬低く腰を落として拳を入れた。
「あっ! まず――」
 ガタンッ――と、すごい音がして、兵士は背中から壁に強く打ち当たった。
「力入れすぎた・・・! 悪い」
 兵士は壁の下にしゃがみこみ、それから動かなくなった。・・・次の瞬間。兵士の姿が、煙に混じって消えていく・・・・・・。そして、兵士がいたはずの壁際に、きらりと光るもの・・・・・・。
「・・・・・・!!」
 あたしは口をおさえた。それはまぎれもないゴールドだった。
「なっ、なんで・・・」
 兵士が・・・、『人』の体がゴールドに変わった・・・。自分から血の気がひいていくのがわかる。
 『魔物』を倒せばゴールドに変わる。『魔物』は、神官ハーゴンの魔力の産物。ハーゴンの悪の力の・・・・・・。

 胸に重みを抱えたまま、あたしたちは先へ進んだ。大廊下をまっすぐ行くと、そこは王の間につながっていた。
 飾り柱は折られ、装飾も剥がされ果てた広い部屋。その空間にぽつりと残された玉座の前に、ぼうっ・・・と突然炎のようなものが浮かび上がったものだから、あたしは思わずすくみ上がった。
「わしはムーンブルク王の魂じゃ・・・」
 ひぃ――!! しゃ、喋った・・・ッ!? って、ムーンブルク王の魂・・・? ということは、あの、夢に出てきた・・・王さま・・・なの・・・・・・?
 王のいまだ現世をさまよう魂は、ゆらめく炎のかたちとなって、この場所に声を生む。
「わが娘アイリンは、呪いをかけられ犬にされたという。おお、くちおしや・・・」
 あたしたちは顔を見合わせた。
「犬・・・!?」
 予想外の情報に、思わず頭が錯乱する。王女の居場所を質問しても、王の魂はただいつまでも無念の思いをつぶやき続けるだけだった。・・・呪い・・・。さっきの兵士も、そんな感じで魔物にされたんだ。だとしたら、とにかく早く探し出してあげないとマズイよ・・・!
「中庭の地下室!」
 あたしは声をあげた。
「・・・地下室?」
「そう。夢ではそこに隠れたんだもん・・・王女はきっとそこにいるよ! とにかく中庭を探そう!!」
 王の間を出たあたしたちは、自分たちの城を思い出しつつ、勘を頼りに中庭を探し歩いた。
 そのあいだ、魔物化された城の住人たちが時に現れては道を阻んだ。でもそれだけじゃない。なんとここには暗所に住みつく虫型モンスターたちまで、わがもの顔で巣くっていたのだ。
 振り払いながら、ようやく見つけた庭園は・・・。たくさんの花が咲き誇っていたはずの花壇も、木々も、すべて荒れ尽くされ、燃え果てていて・・・・・・あたしは唇を震わせた。枯れた小川にかけられた小橋を渡って、確か、この先に――。
「あるよ、階段!」
 ランドが床土に槍を立てた。土から隙間が覗いていた。石の”扉”が半分ほどずれている。地下へと続く段差が見える。

 階段を降りると、倉庫のような小さな部屋。でも、道具も何も置かれていない。ただ、ここにも壁の崩れと、戦いの痕跡が・・・。ちょっと・・・これって・・・・・・。
「うう・・・」
「――!」
 うめき声がした。奥が暗くてすぐに気づかなかった。人が、兵士がひとり倒れてる――。
 リモーネが警戒しながら近付いた。すると兵士はうつぶせに顔をつけたまま、独り言のようにゆっくりと口をひらいた。
「ああ、姫さま・・・。私は姫さまをお守りできませんでした・・・」
「!!」
「そのため姫さまは呪いで姿を変えられ、どこかの町に・・・」
 えっ・・・!?
 三人が三人とも、わずかな声を発していた。その聞こえた声に反応したのか、兵士は頭をちいさく動かした。この人は魔物化されていない。リモーネがそっと両手で抱き起こす。
「しかし、もし真実の姿をうつすというラーの鏡があれば・・・姫さまの呪いをとくことができるでしょう・・・・・・」
「・・・鏡・・・?」
 リモーネが繰り返した。兵士がうなずいて・・・微笑んだような気がした。
「旅の人よ」
 そう、これはやっぱりあたしたちに言ってることだったんだ。
「どうか姫さまを・・・。姫さまを・・・・・・」
 ・・・光が途切れた。閉じた兵士の瞳は、もう二度と開かなかった。

 兵士の体を静かに横たえる。そのとき、階段の上にゆらりと影がかかった。


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