にぎやかな午後のおしゃべりが聞こえる。
ここはリリザ。ローレシアとサマルトリアの中継地。
ローラの門であっさり引き返しをくらったあたしたちふたりは、サマルトリアヘ戻る気にもなれず、かといってローレシアに帰る意味もなく、とにかく落ち着ける場所をもとめて、この町に宿をとっていた。
「ちょっと道具屋見てくる・・・」
見ても売ってるものは把握しちゃってるんだけど、部屋にいてもすることないし。リモーネの筋トレの邪魔になるし。
つきあたりの部屋を出て、2階の廊下を歩いていた。窓の外には青い空、白い雲。宿屋の庭木が、建物のすぐ近くまで伸びてる。
木の葉の入りそうなその窓から、外を眺めてる人がいた。自分もつられるように、隣の窓枠に手を置いて立ちどまる。町の外が見えたっけ・・・。――と。
「わっ!!!」
「――!??」
隣の窓の人が、突然大声をあげたから、あたしはびっくりしたのなんのって・・・。目をまん丸くして彼のほうへ顔を向けると、
「あっ! だめだよ、見つかっちゃうって!」
「えっ・・・!?」
わけもわからず、次の瞬間には金髪の彼に肩を押さえられて、窓枠の下の壁にぴたりとくっつくようにしゃがみこまされていた。同じ目線、至近距離に、その人の顔。
い、いったい、なんなの・・・!?
「いっ、いきなり話しかけないでくれ! わわっ! またおしっこが足にかかったじゃないかっ」
窓の向こう、つまり宿の外から声が聞こえた。野太い男の人の声。
「・・・くくくっ」
こっちの顔とものすごい近い距離のままで、金髪は小声で、でもそれはそれは楽しそうに笑い出した。なっ、何? 何・・・? 状況がつかめないんだけど。っていうか、顔が熱い、あたし・・・。あ、赤くなってる・・・!?
思わず顔を背けたあたしに気づいたのか否か、目の前の人はゆっくりと立ち上がって、ふたたび窓の外、というより、窓の下を見ていた。それから、あたしのほうをちらりと見て、もう一度視線を戻して語りだす。
「あの人、何度も驚いてくれて面白いなぁ〜! あはははっ。もうこれで3回目だよ。でも、見つかるとたぶん怒られるから、一緒に隠れられて良かったよ! ねぇ〜!」
一緒に、のあたりから、またあたしのほうに顔が向いてる。大声の被害を受けた男性は、もうどこかに行っちゃったらしい。はぁ、つまりはここで、いたずらの機会を狙ってたってわけね・・・。なるほど、そうですか・・・。
あたしが苦笑いでうなずくと、彼は満足そうに橙色のマントをひるがえし、歩いていった。
無造作だけど似合っている金髪に、青い瞳。やんちゃそうで、でもどこか柔らかなものごしで・・・。背中のマントの裾から、細身の剣の鞘がのぞいてる。旅人かな・・・。旅をしてる、金髪の王子さまってかんじ・・・・・・。
――!!!
「ちょ、ちょっと待ってッ!!」
口を開くと同時に走り、金髪くんの前に回りこむ。緑色の装束の前身ごろに、大きくロトの紋章・・・! 間違いない――。
「リモーネ・・・!! リモーネ・・・っ!!」
あたしは吐き出すようにリモーネの名を叫んだ。ああっ、っていうか呼んでくればいいんじゃん!? あああっ、いや、この子つれてっちゃったほうが早い!!
「お願い、ちょっと来て!? ああ、いえ・・・来てください! あのっ、サマルトリアの王子さま!!」
「えっ・・・。ぼくのことを知ってる? ・・・キミは・・・・・・」
金髪の質問には答えず、あたしはその腕をむんずと掴んで元来た方向を引き返した。華奢、とはいわないまでもわりと細腕の彼も、ほとんど抵抗なしに引っ張られてくる。廊下の一番端のドアを勢いよく開け、ウチの王子を視界に入れて、
「リモーネ! 見つけた!! 見つけたッ!!」
そして、左手につかまった細腕の王子を、力のままに前に引き出す。
「サマルトリアの王子!!!!!」
一瞬の空気が固まった。
向かい合う二人の王子。・・・ちなみに片方は、上半身裸の汗付き。
先に口をひらいたのは”客人”のほう。「・・・キミは・・・・・・」
まず・・・っと思った。あの姿じゃ、こっちのほうが身分疑わしい! けれどリモーネは、介することなく自らの名を名乗った。大丈夫かなぁ〜。信じてくれるかなー・・・・・・。
けげんな表情を崩せぬあたしとリモーネに、それに挟まれたかたちの(仮称)サマルトリア王子は、ひとり自分のペースを保ったまま、ついにその名を口に明かした。つまりは、『サマルトリアのランド王子』だと――。・・・や、やった・・・。とうとう・・・・・・。
「キミがローレシアのリモーネ王子ですか! いやー、さがしましたよ」
・・・・・・・・・は!??
このとき、延々と探し求めたランド王子のこの言葉に、勇者の泉のごとく湧き出る沸点寸前の怒りを『拳』に変えなかったあたしとリモーネは、とってもとっても大人だったと思う。
特にリモーネ。――あんたはやはり、将来国を背負う大っきな器の持ち主だ!
ってなわけで、ロトの血を引くふたりの王子がここに会い揃った。
・・・まあ、気分はどうあれ、これで進路がひらけたことに異存はない。脳裏にきざまれた夢・・・ムーンブルク。待っている、お姫さまのもとへ・・・。辿りつくために・・・・・・!
剣も魔法もイケる! とウワサのサマルトリアの王子の現習得魔法が、回復系の呪文『ホイミ』1本のみだと知らせられるのは、あの後あたしの自己紹介をして、すぐのことだった。
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