私だけの秀歌人・正岡豊 |
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ヘッドホンしたままぼくの話から海鳥がとびたつのをみてる 正岡豊
人の話をきちんと聞けよ、と思う。かすかに漏れてくる音楽をかき消すように、こちらの声も次第に大きくなっている。ヘッドフォンを付けた相手がどのくらい話を真剣に聞いているのかはわからない。でも、その眼はあきらかに話題にあわせて動いているようだ。聞いているというよりは見ているという感じで、海鳥がとびたつくだりを彼女の眼が正確に追っている。なんだか落ち着かないけど、対話なんて、ヘッドフォンを付けていてもいなくても、そのような不確かなものなのかも知れない。コミュニケーション不全の時代の真ん中にいるぼくたちにとって……。掲出歌から読みとれる風景、感情、哀愁などは、こうして別のことばにしてしまえば平凡になるが、透明度の高い湖の深みを泳いでいる魚のように、手の届きそうな、でも遙かなところで、一首は魅惑的に光っている。 ・身をもたげ世界最後のガス燈をともしにゆかねばならぬ ひとりで ・留守電にあった 潜ったときにするこぽっこぽこぽこぽっという音 ・包丁で彼氏を刺したあなたから林檎の花がこぼれてました 正岡豊の、私的体験や世界の常識的法則の中にとらわれない作風は、ことばの力をめいっぱいまで引き出して、いつも体験以上にリアルな感触をぼくに与えてくれる。早く第二歌集が刊行されて、彼の作品がもっともっと多くの人に読まれてほしいとつねづね思っている。 |