リゾーム的短歌史
 篠弘・馬場あき子・佐佐木幸綱の監修による『現代短歌大事典』(三省堂)が刊行された。昨年十二月に刊行されている『岩波現代短歌辞典』とともに、この数年、企画の進行段階から、ひそかに大きな話題となっていたものである。岩波書店が、歌ことば(短歌作品中に独自のニュアンスで用いられることばや言いまわし)を中心とした編集だったのに対し、三省堂は、歌人および結社等の事項を核に構成されている。タイトルとなった「辞典」と「事典」という微妙な用字の違いにも、そのあたりの事情が反映したのだろう。もちろん基礎的事項は二冊に共通しているものが多いわけで、二十世紀の終わりである現在から、近・現代短歌を俯瞰する二つの窓だと考えればいい。若干風景は異なるが、見ようとしているのは同じものなのである。
 今年は「明星」が創刊されてからちょうど百年目にあたる。この数年、与謝野鉄幹・与謝野晶子によって幕をあけた短歌の近代を見なおすという試みが随所で行われている。立て続けに刊行された辞典ならびに事典の狙いもそこに集中しているのだ。それぞれの監修者たちが「狙いはつねに、この百年の短歌とは何だったのか、という問いかけ」(岩波書店、岡井隆)、「この近・現代の百年を再認識し、再評価するための総合的な事典」(三省堂、篠弘)と序文や発刊のことばで述べているように、いずれも、辞典・事典というスタイルによる近・現代短歌史なのである。線状の時間的な記述ではなく、「そして」の積み重ねによって広がるリゾーム的記述だと言えようか。比類なき現代短歌史の書き手である篠弘が、同じく発刊のことばで、短歌史の記述に功罪があることを述べ、多くの事項をすくいあげられる事典の価値を評価していたのには、感動に近い驚きがあった。これらの辞典や事典がつかわれ、時間とともに消費もされ、また批判をうけること。それが二十一世紀の短歌史のはじまりであろう。

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