全歌集と文庫
 『安永蕗子全歌集』(河出書房新社)が刊行された。第一歌集の『魚愁』から第十四歌集の『緋の鳥』までを完全収録し、別巻として、安永蕗子論、略年譜、初句索引等の資料を揃えている。現役の歌人の「全歌集」というのは、考えてみれば奇妙なものだが、一般に、数年で絶版になりがちな歌集の出版事情からすれば、定期的に「全歌集」を刊行することの意義は大きい。安永の「全歌集」も一九八四年に雁書館から刊行された版に次いで二度目のものである。塚本邦雄、岡井隆、馬場あき子、佐佐木幸綱といった一部の歌人を除けば、仕事の全体を一望できる現役の歌人はきわめて少ない。愛好者の域を超えて読まれるべき貴重な出版であると言える。
 こうした「全歌集」の出版とともに注目しているのは、国文社の「現代歌人文庫(第2期)」と砂子屋書房の「現代短歌文庫」の展開である。たとえば「現代短歌文庫」の新しい巻を見ると、久々湊盈子、藤原龍一郎、花山多佳子、佐伯裕子、島田修三といった名前が並んでいる。その活躍ぶりが短歌の世界で広く知られているにもかかわらず、いざ歌集を揃えようとすると難しい、という歌人たちが次々に収録されるのは、これまでの状況を考えると、信じられないくらいに事情が好転している。二つの文庫の多くの巻を揃える書店も増えているようである。
 詩集では、この種の、数冊分の作品やエッセイを収め、価格も千円台で流通する廉価版が、思潮社の「現代詩文庫」や土曜美術社出版販売の「日本現代詩文庫」等、それぞれすでに百点を超えて刊行されている。歌集の場合、まだまだ淋しい状態は続いているが、さらに普及し、定着してゆくまでに、それほど長い時間はかからないであろう。むろんこうした文庫化における最終的な課題は、目先の売れる売れないを超えてどれだけ多く大切な作家の版を残せるかである。編集者たちの慧眼と手腕に大いに期待したい。

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