muscular dystrophy




その暗闇は　あなたの筋力を少しづつ奪って
手も足も
自分の意志を失った




まだ
この高度な科学の時代にあっても
あなたの暗闇を照らす術はないという




その暗闇は　あなたの心にも穴を開け
あなたはあなたを　精一杯哀しみ
どうすればいいのと叫ぶ




科学者達は
話を聞く事すら放棄し
あなたの叫びに背を向けた








その暗闇は　あなたの中枢にも及び
言葉も理解力も
奪っていった




それでもあなたの心は奪えない
泣きながら　話を聞いて欲しいと何度も訴え
人々を疲労させても
それがあなたの存在の証





その暗闇はやがて　あなたの呼吸する力も吸い取っていった
強制的に肺を膨らませる機械は
本当のあなたの歩調とは合わない



あなたの
生きたいという歩調とは



「これを取って」
そう言ったあなたの願いは
生きたかったのか
逝きたかったのか
人々を困惑させたけれど



これは大切なものだという科学者の言葉に
大きく頷くあなたに
生きる力がないと
誰が診断できようか






或る日その暗闇は　あなたの一切の苦しみを取り払った
衰えたその腕を伸ばし
何を
一体何を捉えたかったのか



掴んでしまったその腕を
はっきりと自分の意志で握り返したあなたの手の力を
最後に感じたのが私でよかったのか



そんな心の秘密を投げかけ
あなたは
去った





一体何がちっぽけで
何が重たいのか






神経内科学も
呼吸器科学も
精神科学も
あなたの日常を取り戻す事はできなかった




あちらこちらに移動して
最後のベッドは
精神科病棟




食べる事
排泄する事
疲労させる事
困惑させる事
悲しませる事
学ばせる事




だらんと伸びた重たい手足を抱え
身体を洗い　便座に座らせ
食べる意欲を持ち　排泄の意思すら訴えていたあなたの
生きた証が
懐かしい



死を怖れる勇気
向き合う闘志



あなたがいる間には
開けられることの無かったこの窓に
今はカーテンが揺れる