BL学園リレー小説
第1話 出会い〜それはほんのプロローグ〜B

 やめろ、やめてくれ…!俺は必死に耳をふさぎ、両目を堅く閉ざした。それでも壁に埋め込まれたスピーカーからは
激しいジルバのリズムと男二人の(つまり俺自身の)息づかいが大音量で響いてくる。ところどころに「はっ!」とか
「うっ!」とかのかけ声、あまつさえ「ううっ…」とか「あ、あぁぁ…」とかのうめき声ともあえぎ声ともつかぬ
二人の吐息までアンプで増幅され、広間中を埋め尽くす。
恥辱のあまり燃えるような体をこわばらせたまま俺はそっとあたりを伺った。広間ではお嬢さんと環とが手を取り合って
満足そうにほほえんでいる。笠原ははやりのカメラ付き携帯で『くずれおちた三枝・片桐あおりのジルバ映像(大画面)』
の撮影に余念がない。すぐさま「送〜信!!」と叫びながら仮面ライダー変身ポーズを決めている。
「今さら運転手やめるって言うのはかまわないけど…どうする?」
 ぴろりん♪とかわいらしい音を立てて、携帯カメラを構える笠原から逃げようと体をひねると、そこでは先ほどの
メイド少女達がいつのまにかステージにかぶりつきで、歓声をあげている。
こ…こんなことって…あっていいのか…。
 そのとき意外なほど力強く上体を持ち上げられ、くるりと俺の体は回転した。片桐が崩れ落ちた俺を支えてスクリーンに
相対するように座らせる。
「やっ、やめろ! …なにをするんだっ!」
 目をそらしても、画面の中の俺達は相変わらず情熱的な動きを繰り返し、体を上気させ、潤んだ瞳で見つめ合っている。
「ふふふ…三枝の中にはあんな表情が眠っているんだね…」
 肩越しに片桐がささやく。その行為に俺の耳はさらに熱くなった。
「はなせ!」
 片桐の力は存外に強く、その華奢に見える手足からは想像できないほどだった。俺は先ほどからのダンスの疲労も重なって
ふりほどくことができない。なおも片桐の声が響く。
「私も…踊っている間、我を忘れるほどだった…そうさせたのは…三枝だよ?」
 空気をふるわせて体に響いてくるリズムと片桐の低い声に、俺は不思議な陶酔感を感じ始めていた。
「普段はおとなしそうな顔してるくせに、こういう激しさを隠してる…昔からそう…」
 そのうち片桐の静かなささやきだけが俺の耳にすべりこんでくるようになる。なんだ?これは…と頭の片隅が叫んでいても
体は動かない。先ほどステージに出た瞬間に感じた甘い痛みが俺の体を支配しようとしている。
急に口の中が乾いて、舌がのどに張り付くように感じられた。
「三枝……いや……祐倶…」
 片桐の白い指が俺の頬をなぞり、耳に触れ、首筋までするりと包み込むように支えるようにして近づいてくる。
 気がつくと俺はステージの上に横たわって、片桐を見上げている。赤い色の光に包まれた俺達は見つめ合ったまま動けない。
 いや動けないのは俺だけで、片桐は徐々に俺に近づいて来ている…こ…これは……本当に…ま…ずい…。
 俺は流されそうになる意識を渾身の力でねじ伏せると、勢いよく右手を振り下ろした。
 腕に激しい痛みが走る。
「さ…!三枝っ!」
 広間に悲鳴が響き、大慌てでメイド達が駆け寄る。無理もない。俺の左腕には真っ黒な『くない』が突き刺さっているのだ。
「なにっ!」
 片桐が青ざめた顔で俺に飛びつく。俺はそれを軽く受け止め、右手で『くない』を引き抜いた。
 じわりと鮮血が滴る。メイド達は何が起こったのか分からずに軽いパニック状態にあった。
 どこからか賊が侵入したのか、と不安な表情で辺りを見渡す者までいる。俺はなんとかおちつかせようと立ち上がる。
 そのとき。
「自らの腕に傷を付けることで、片桐の支配から逃れたのね、三枝。しかも急所をはずしているわ…何者なの?…あなた」
 広間によく通る声が響いた。環だった。その隣ではお嬢さんが厳しい顔でこちらを見つめている。
「その『くない』……もしかして…あの『三枝家』なのね」
 環の指摘通り、俺は『三枝流忍法』の使い手、つまり忍のものなのだ。肌身離さず持っている親父の形見の『くない』がなかったら
今頃…どうなっていたことだろう。
「お嬢! いかがします?」
 お嬢さんは目を細めるようにして黙っていたが、次の瞬間、まるで花がほころぶようにほほえむと、今度は声を上げて笑って言った。
「おもしろいわ、三枝…本当に楽しませてもらったわ。合格よ。明日からもまたがんばってちょうだい?」
 傷の手当てをしてあげて、とお嬢さんがメイドの一人を呼んだ。
 程なく、お嬢さんが広間からいなくなってしまうと、急にお祭りが終わったような寂しい雰囲気になり、
メイド達もどこか気抜けしたように部屋を片づけ出す。俺はメイドの一人と片桐に手当を受けながら、
お嬢さんからの『合格』宣言はありがたかったのかいい迷惑だったのか、真剣に考え始めた。とりあえず1日で2回職を失わずにはすんだが…。
「三枝♪」
 膝にもたれる男を、いったいどうしたらよいのだろう…。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::(B)

第1話・完
第2話へ続く

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