BL学園リレー小説
第1話 出会い〜それはほんのプロローグ〜A
「さ、ここまではどっきりでした〜ふふ〜驚いた?」
通された小部屋で、俺は環がそういって笑ってくれるのを待っていた。半裸で踊り狂う片桐が、さっきまでとはうってかわった快活な口調で「もちろん、三枝さんの会社はつぶれてないし、今までどおり。だまされたね?」と言いながら、そのドアを開けて出てきてくれれば、俺だって笑って彼らを許すことができるだろう。自分自身、そんなに心が狭い人間ではないと思う。
しかし現実は非情で、かすかな期待を寄せる俺の目の前に突き出されたのは、紫のかたまり。さっき片桐が身にまとっていたのと同じように見える布きれだった。
「これに着替えていただくわ」
環が冷たく言い放つ。はらりと環の腕から滑り落ちそうになったので、俺は思わず手を伸ばして、その紫の薄物を受け取ってしまった。そのあまりの頼りない感触に眉をひそめたくなる。
「こんなものに…」
着替えろといわれても、一体どうやって体に巻き付いているのか、見当もつかない代物だった。さほど大きいわけでもなく、形もあやふやで、なによりはっきり言ってその布は透けていた。
「初心者では難しいかもしれません。…まぁその危うさがお嬢にはたまらないのですけど。むろんあたくしにもね」
ふふふと笑う環の視線に、思わず汗が流れた。右手に薄物を抱えたまま、目の前が暗くなって、すうっと意識が遠のきかける。
「もし、自分でうまく着替えられないのだったら、うちのメイドに手伝わせます」
環の言葉に振り向くと、そこにはステレオタイプのいかにもメイドのコスチュームに身を包んだ10代とおぼしき少女達がずらりと並んでいた。全員、きらきらとした好奇の視線を俺に注ぎ込んでいる。
おもわず身震いがして、俺は思いきり首を振った。
「自分で着替えていく!」
環は俺の言葉に満足げにほほえむと、さらに追い打ちの一言を宣った。
「5分以内に出ていらっしゃらない場合は、遠慮なく踏み込ませていただきます。…片桐が」
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そう言い残すと、環は名残惜しそうなメイド軍団を引き連れて、楽屋から出て行った。
一人残された俺は、呆然と立ち尽くす。
しかし、残された時間は5分、いや、もう4分とちょっとだろう…。
タイムリミットまでにこの…衣装に着替えなければ片桐が踏み込んでくるらしい。
踏み込んで、どおするのだろうか?
無理やり着替えさせる?とは考えにくい。
それならばさっきのメイド軍団がとっくにやっているだろう。
でわ何を…お嬢さんの大事な宴の途中で席をはずして踏み込んでくる…
それ以上は想像できなかった。いや、脳が推測を拒否していた。
貞操の危機という単語を。
とにかく、着替えればいいんだ。着替えれば!
勢いよくシャツを脱ぎ捨て、ベルトに手をかけようとしたとき、ハタと気がついた。
着替えたところでクネクネ踊り!
前門の虎後門のオオカミならぬ
「前門のクネクネ、肛門の危機か…はははは」
シャレにならないオヤジギャグが思わず口をついて出てきた、そのとき
「うまい!座布団1枚!」
誰もいないはずの背後。楽屋の隅からパンパンという拍手とともにメイドが一人現れた。
「だだだ、だれっ?」
突然の出現に声が裏返る。
振り返った先にいたメイドの制服は、さっきまで並んでいたメイド軍団とはちょっと違っていた。
どう違うのかよく分からないが、多分生地の材質とかデザインが微妙に豪華な気がする。
「はじめまして。三枝氏。私はこの家のメイド頭の笠原あたりめです。お嬢の身の回りのことは秘書である環嬢が取り仕切っていますが、この家の事は私が取り仕切ってます。いわゆる執事ってやつ?です。しかし、執事っていうとどおしてもジーさんのイメージが強い!かわうくない!というお嬢の要望と、私自信の趣味でこうしてメイド頭としてこのお屋敷にお仕えしているわけです。そんなわけで、このお屋敷で分からない事がありましたら遠慮なく私にきいてください。可能な範囲でお答えいたします。」
そこまで一気にまくしたてると、俺の右手をとって握手をする。
「ええと…笠原さん?」
「私のことは『笠原』と呼び捨ててくださってけっこうです。だって「あたりめ」って呼ぶのはダーリンだけだしぃ…失礼。ところで、三枝氏、衣装に着替えなくてよろしいのですか?もうすぐ3分経ちますがまだ上を脱いだだけのように見受けられますが?もし、制限時間内に着替えがすまない場合は、先ほど環嬢も言っておられましたが片桐氏が踏み込んでまいります。この場合、お嬢のための舞を中断してやってくるわけですから?もちろんお嬢はご立腹。それ以上に面白いモノを要求されまして…この部屋には隠しカメラがついておりますからして…ナニをナニしてにゃんにゃんにゃん…」
俺は全身の血がつま先の方に落ちてゆくのを感じていた。
想像はしていたが、改めて言われるとさらに大きな不安と恐怖が襲ってくる。
「かかか…笠原、俺…どおすればいいの…?」
「簡単です。さっさと着替えてステージで踊ればいいんです。」
「でも、俺あんな踊り踊ったことないし…」
「平気平気、ただ立ってれば片桐が絡んできますから。されるがままにしとけばいいんです」
「それに、コレはどおやって着れば?」
「しかたありませんね。さっきのナイスジョークのご褒美に今回だけは私が着付けてさしあげましょう」
そう言うと、笠原は慣れた手つきで俺の服を剥ぎ取り、これまた慣れた手つきで紫色の薄物を巻きつけた。
「ひぃーっ」
悲鳴を上げる間もなく、俺の準備は完了された。
「ささっ、急いだ方がいいですよ。あと20秒で5分ジャストです。お嬢はたいへん時間に厳しい人ですから1秒たりとも遅れを許してはくれません。」
いってらっしゃ〜い、と白いハンカチを振る笠原に見送られて、俺は楽屋の扉を開けた。
目の前に広がるのは、やはりめくるめく宴。
あぁ…やっぱり夢でもドッキリでもないらしい。
「あら、着れたのね?つまんないの」
環がいつの間にか横に立っていた。
つまらなくてけっこうだ。
「あそこで、踊ればいいんだよな?」
「そうよ〜、せいぜいお嬢を楽しませて差し上げてちょうだい」
「努力します」
そう言ってステージに向かって歩き出そうとした俺に環が言った。
「そうそう、今日の片桐はいつにも増して情熱的だから、その気になったらかまわないわよ」
何が?とは聞けなかった。
こうなったら、覚悟を決めるしかなさそうだ。
たしかに、ステージの上の片桐はさっきよりもずっと淫らで激しい動きをしていた。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^(S)
(ええい、恥じらったら奴らの思うツボだ! …こうなったら!)
おー、とーこだった〜ら〜♪ というどこかできいたような節を心に固め、俺は目の前のいかがわしい空気をぶるぶるっと首を振って断ち切ると、背筋を伸ばして颯爽と前に進み出る。
目には妖しい色のスポットライトしか入らなかったけれど、離れたところでお嬢さんが小さく息を飲む音が聞こえた。そしてさらさらと揺れて擦りあわさった薄絹のかすかな音。
じっと見まもるいくつもの視線を感じる。身体に痛い。
その痛みは、なぜか甘露となって俺の身体に染みわたる…ああ、これは、酔いしれる、と思った瞬間意識がぶっとんだ。
性急に駆け出した俺がライトの中心に立ったとき、さっきまでの妖しい旋律がぱたりと止んで、静寂が漂った。きっとこれもお嬢さんのわざとらしい演出に違いない。俺は光源を見上げたまま、その場に立ち尽くす。すでに高揚していた心は焦れて…焦れて。痛いくらいに焦れて。
お嬢さんに俺の姿を見せたくて。早く目の前の青年の鼓動を味わいたくて。このステージに立たされているのに、舞う事におあずけをくらっている自分の身の上があまりにも切なくて。額に汗が伝う。
…長い間だった。
俺にとっては弥勒が目覚めてしまうほどに長い間だったそれを、ようやく一本の音がうちやぶる。
ズン、チャチャ、ズン…
「……ジ、ジルバ…!」
そのリズムが俺の身体に荒々しく残る記憶をもたらす。
腰が自然と回りだす。この情熱を、今すぐ、ぶつけたい。
そう…俺、三枝祐具は昔々の学生時代、社交ダンス部のホープと言われた男だった。
「フフフ…目の色が変わってきたじゃないか、三枝…」
いつの間にか、すいっと後ろに回り込んだ片桐が耳元でささやく。
二人は同じリズムを刻んでいた。
「三枝、と聞いて気になっていたんだ。もしかしたら…ってね。ねえ、私に見覚えあるでしょう?」
「え…?」
気になる発言にまじまじと彼を眺める。もちろん身体は激しく波打たせながら。
「何年前だったかな…? 大学社交ダンス大会で顔を合わせたはずだよ、私たち。ほら、最後まで競った組に君はいた」
…そうだ。顔なんか覚えちゃいないがこのねちっこいステップ…忘れるもんか。あれは俺の完全敗北だった。その大会がきっかけで社交ダンスから足を洗ったんだ、忘れるはずがない。
しかし…待てよ!?
「お前ッ、ずいぶんと若ぶってるけど…いったいいくつなんだ? 大学社交ダンス大会って…」
「あはは…私? 私は見ての通り若者さ! 三枝、君…足元がおぼつかないようだ。…歳かな?」
「何をーっ!!」
怒りに目の前が真っ赤になる。ダンスという引き金があったためか、いつもの自分らしくないほど心が乱された。
全身の血がたぎり、まるで油をさしたかのようにキリキリと間接が回る。なんてキレのある動きなんだ…俺は本当に三十路に足を踏み入れた男なのか?
パッション、パッション、またパッション。今、身体の奥底で熱いなにかを求めている!
もう男性パートも女性パートもなく、二匹の獣が雌雄を決してマウントを取り合うように、腰を抱き、抱かれ…このままではドロドロとバターになってしまいそうだ。
そして…俺と片桐は音が鳴り止むまで踊り、絡み続けたのだった。
無音になった大広間に、ぜいぜいと呼吸だけが響きわたる。音楽とともに神経も思考も切れてしまって俺と片桐は全身汗びっしょりで座り込んでいた。まとわりつき、汗にはりついたパープルの薄物の感触がただただ気持ち悪かった。
コロコロコロ…と軽やかな鈴のような笑い声。お嬢さんが食卓から立ち上がる。
「なかなか楽しめたわよ、片桐。でもせっかく頑張ってもらったのに、これはただの余興…」
ちら、と視線を俺に移し、
「本当のお楽しみはこれから…うふふ…」と含み笑いで手を打ち鳴らす。
背後のカーテンがガーッと左右にわかれ、突如として巨大なスクリーンが現れる。
「三枝。あなたはこれを見ても正気でいられるかしら?」
聞きなれた音とともに始まった映像、それは…先ほどまでの俺!?
乱れに乱れ、踊り狂う青年が二人、紫色の薄絹がふわりと舞っては汗ばんだ素肌に貼りつく。…なんて滑稽なんだ!!
「うう…わああ〜あ…」
頭を抱える俺。降り注ぐお嬢さまの笑い声。オーホホ、オーホホ、オーホホホホー…と部屋中をこだまする。
「そうよ! この顔よ! わたくしはこの顔が見たかったのよ! わたくしの楽しみのためにそうやって苦痛を味わって頂戴!!」
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