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 noohlさんより、歌舞伎にまつわる話をいただきました。


 五月吉日、歌舞伎座にて歌舞伎十八番の《暫》を見物致しました。
 三升の大素襖に大太刀の豪傑、市川團十郎さん扮する鎌倉権五郎景政は、「暫く〜暫く〜」のかけ声と共に花道に登場します。 江戸歌舞伎らしい極限までデフォルメされた様式美の中で、〈大きさ〉を見せる荒事の芸。 細やかな機微が要求されるような演目では、やや物足りなさを感じさせる團十郎さんの実直さが、《暫》ではそのまま景気の良い破天荒な表現へと昇華されていました。 清々しい初夏の一日、観る者を華やいだ気分へと誘う一幕でございました。 

 さて、〈十八番〉もそうでございますが、歌舞伎由来の言葉は意外に多いものです。 よく業界筋などで使用される「おはようございます」という挨拶も、もとは歌舞伎の世界から始まったといいます。 わたくしがお世話になります舞のお稽古場でも、所作やしきたりの中に歌舞伎由来が多く、挨拶も昼夜を問わず「おはようございます」と申します。 日が落ちていますのにそのような言いまわしは、これまで、どこか玄人っぽくあまり好かない印象を持っておりましたが、非日常の風情が求められるお稽古場で、静かに交わされるその挨拶は、聞き慣れていたそれとは全く異なり、初めて耳にし、初めて口にする言葉のように、わたくしの心を打ったものです。 

 言葉の持つ背景ががらりと変わりますと、その言葉に対する自身の心象風景も驚くほどに変わります。 無知や偏見ゆえ、これまでどれほど多くの風景が、手指の間からするすると失われていったことでしょう……。 その未熟さに、我が身を呪うばかりでございます。 
 何事も、かように美しく自身の口から紡ぎ出したいと、かの挨拶を交わす度に強く思うのでございます。 


* noohl(ノール)さんは、サロメから歌舞伎、舞踊、古武術まで幅広いテーマで下記の様な三十一文字を詠う”メール・ブック《刺繍刑》”を出されています。 

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  《与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)》 
  坂東玉三郎さんのお富と片岡仁左衛門さんの与三郎に……
   ・
   三月二十日/歌舞伎座

   ‡

   た ま さ か の

   雨 の 雫 を 梳 く 晩 に

   位 牌 巡 り て 

   傷 に  さ す
 
   ‡

  
  《源氏物語 浮舟》
  坂東玉三郎さんの浮舟に……
   ・
   三月二十三日/歌舞伎座

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   月 を 追 い 

   彼 岸 の 契 り 待 つ 人 よ
 
   野 辺 に 一 輪(ひとり) 咲 く 

   お  の よ う に
  
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