エレキでしびれーてーるっ

ここでは、だるけんの趣味趣味音楽三昧を検証してみることにします



1.サウンドストリート時代 中学生の頃、NHK-FMではYMOの坂本教授がサウンドストリートのDJを担当していました。
その番組の中でデモテープ特集なるコーナーがあって、視聴者から送られてくるデモテープを
放送で流し、教授がコメントをつけてくださると云う夢のような番組でした。
YMO大好き少年であった私は、いつか番組でコメントをいただけるようなデモテープを作るぞと
この頃から楽器を始めたのですが、ユキヒロが特に好きだったせいか、最初はドラムでした。
その後、コルグのpoly800を手に入れて、拍車がかかりますが・・・。
重ね録りは、二台のカセットデッキを使って新しい音を加えながら、ダビングをしていくという方法で
ピンポン録音と呼ばれるものです。
2.プレゆでめん時代 中学からの親友であるオバと同じ高校へ進みますが、そこで、新たな出会いがありました。
偶然にもクラスの隣の席だったやさいさんとの出会いで、さらに音楽への憧れを増大させました。
当時、やさいさんもYMOをリスペクトしていたため、多少、音楽の趣味が違いながらも、意気投合
するのに、時間はかかりませんでした。
私は相変わらず、デモテープ作りに没頭する独りよがり自己満足派でありましたが、
やさいさんはバンドを組み、地元のライブハウスでも人気がありました。
ある時、私は、思い切って、開き直って?デモテープ作りに協力を依頼しました。
何回か、何曲かギターを弾いてもらい、それが、ゆでめん結成へと、つながってゆきます。
3.ゆでめん時代 卒業後、私は地元に就職、やさいさんは大志を抱き、東京へ移り住みます。
相変わらず、私は、趣味で、デモテープ作りを継続していました。
そして、1988年、昭和63年、やさいさんの帰省時限定ユニットとして、即興でオリジナル曲を作り、
デモテープに録るのだけを命題に、ついに、ゆでめんが結成されます。
録音機材も4trカセットレコーダーが導入され、実験的な録音を試みてゆきます。
毎年のように帰省する度に、飽くなき実験を繰り返します。
機材も、どんどん進化し、8trオープンリールMTRまで登場しました。
しかし、年を経るごとに、徐々にゆでめんとしての録音は回数を減らしてゆくのでした。
4.こつこつ時代 ゆでめんの活動もほぼ、休止状態となったころでも、私は、相変わらず、こつこつと、
デモテープ作りを繰り広げておりましたが、元来の演奏技術の超未熟さもあって、
単独で、多重録音の形をもって、ある程度の作品を作り上げていくことに限界を感じていました。
そんな背景もあってか、この時期は、もっぱら、詞作が増えています。
ゆでめんでの詞というと、言葉遊びというか、単語のツギハギが多く、それ自体、意味不明な詞が
ほとんどで、よく言えば、シュールとでも言いましょうか!
この時期は、不思議なことに、どうした心境の変化か、まともな詞を書こうという気になったのです。
そんな詞に曲がついたのは、わずかで、ほとんどは詞だけが、ぽつねんと残されています。
5.れんげ&ゆでぇめん時代 ある日、高校の同輩の親友moryさんの企画した宴をきっかけに、ゆでめんの活動が再開します。
時代は変わり、録音機材も、PCソフトを使ったHDDデジタル録音に変わります。
アナログでは考えられないトラック数を無制限に使うことが出来、録音環境も大きく変わりました。
そして、れんげのウェブサイトでも触れていますが、やはりmoryさんの企画した宴が、縁で、
ゆでめんに、づっきぃさんが加わり、れんげが結成されます。
れんげは、ゆでめんと全くコンセプトが異なり、80年代風のちょっと懐かしい歌謡曲チックなサウンドを
イメージして制作されています。
そして、この頃、訳あって、「ゆでめん」は、ユニット名を「ゆでぇめん」に改名したのでした。


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