富山便りvol-19


最近シリアに留学している人のページを見た。

マメに更新をしている人で、先日の空爆についても書いていた。

そこには全然知らなかった。ニュースで知ったという内容の報告があり、

私はほっと胸をなでおろしたと共に自分がシリアにいたときのことを思い出した。

その当時、湾岸戦争関係の記事が日本で報道され、勝手のわからない

両親や友人から心配する手紙が来ていたが、

シリアはいたって平和で、日本の新聞を見てビックリしていたくらいだった。

今回はそんな程度で済んでよかったと思っているが

最近のテロ事件の激しさを見ると、いよいよアラブ人の怒りは増し、

もうどうしようもなくてヤケクソって感じだ。

自爆テロを見てると、日本の神風特攻隊みたいだなぁと思う。

なんか世の中せちがらくてやだなぁ。

最近思うに、社会全体が変だ。

ニュース見てると、やっていいことと悪いことの判断のついてない人が増えているし、

理性とか、知性とか、自戒心とかそういった美徳とされていたことが

無視されているような気がしてならない。

自分の感情のみで行動している様は、年齢は大人になっていても

行動パターンが幼児と同じで、人間としての成長はなされてない気がする。

最近、犯罪の低年齢化が進んでいる。

考えてみれば無理ないかも知れない。

社会的に立派な地位にいる人でも、人間性としては?マークのつく人が

たくさんいるし、表面は善人に見えても、心の中に悪意を持つ人はたくさんいる。

子供ってのは社会の鏡だから、社会全体が歪んでいれば

子供が歪んでも無理はない。

いくら、やっていい事と悪いことを口で説明しても、行動が伴っていなくては

なんの説得力ももたない。

「どうしてそういうことするかなぁ」とくだらないことで怒りくるう私も、

まだまだ未熟な人間だと自分でも思っているのだが、

中でも許せないのは、職業と人との関係についてだろうか。

職業というものには本来のイメージというか、縛りがあると思うのだが、

そのイメージや縛りをぶち壊す人間に会うと怒りを覚える。

教師、警察関係者、法律関係者、政治家、僧侶といった職業についているひとが、

私の怒りのボタンをスイッチオンって感じだ。

「”ほにゃらら”にあるまじき行為」ということに敏感なのである。

こういった職業につく人には、なぜこの職業があるのかを考えてもらいたい。

そしてその職業が理想とするものを追求していってもらいたい。

そうじゃなきゃ辞めろって感じだ。

・・・・・・・・・・いかん、また怒りモードに入ってきそうだ。

私って器が小さいなぁ・・・・・・・・・反省

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