赤熱した太陽が中天を横切り、灼けた大地を照らす中、砂塵を蹴り立ててそのジープ
は疾走していた。日没まであと数時間、第二地点は今だ遥か先である。
 助手席でシートにもたれ、目を閉じていた"狙撃者"が、不意に身じろぎをした。何事
かと"監視者"が目をやると、青年は顔をしかめて自分の荷物を探った。やがて、透明な
液体の入った瓶を取り出す。
「兵士の親友だ」
 青年は乾いた笑みを浮かべ、瓶を開けて中身を一口飲んだ。ウォッカか何かであろう
強い酒の匂いが、車内にたちこめる。
 苦笑いして"監視者"が前方に視線を戻すと、"狙撃者"は瓶を彼女の方にさし出した。
「未成年よ」
 少女が首を振ると、青年は着ているランニングシャツの左肩を外した。その時初めて、
"監視者"はそこが血まみれなのに気付いた。
「ちょっと、ひどい傷!」
 思わず声をあげると、"狙撃者"はその朱に染まった肩をすくめ、
「ヘリとは相性が悪い」
 とだけ呟いた。爆発を避けた時に負ったのだろう。血は止まっているが、皮膚が大き
く裂け、肉が露出している。
「手当しないと……」
 そう言った"監視者"に、青年は手にした酒瓶を振って見せた。
「塗りたいのか?」
 絶句した少女から目を反らすと、"狙撃者"は傷口に酒を振りかけた。血を洗い流すよ
うに、傷のまわりに塗り付ける。痛みをこらえるように顔を歪め、目を閉じて大きく息
を吐く。
「あれ……なに?」
 しばらくして、"監視者"の視線の先、地平線の方向に二台の自動車が、停まっている
のが見えてきた。その周辺に数人の人影が見てとれる。
少女にはよく見えなかったが、目を開けた"狙撃者"は舌打ちをして身体を起こした。
「まずいな。生活指導だ」
「え?」
 走り続けると、フロントガラスの向こう、次第にその先の光景が見えて来た。
 "監視者"達が乗っているのと同じようなジープと、数人乗りのライトバンが、荒野の
真ん中に停車している。
 ジープの周りには数人の男女が立っている。ジャージ姿やスーツを着た者など、格好
はまちまちだが、全員が手に機関銃を持っている。この地域を支配している教師達に間
違いないだろう。
 その内の幾人かがライトバンのドアを開け、中にいた者達を銃で脅して追いだした。
中にいたのは、制服姿の学生達五人だった。背に銃を突きつけられ、手を頭の後ろで組
んで、横一列に並ばされる。スーツ姿の女教師が、その背後で何やらわめいている。わ
めき声の内容はすぐに想像がついた。校則違反だとか何とか言っているのだろう。
 立たされているのは、変形した制服を着た男子学生。耳にピアスをした男子学生。茶
髪の女子学生。PHSを持っていたらしい女子学生。それと車を運転していたらしい男
子学生の五人である。
 ジャージ姿の男の教師が女教師を遮ると、一見穏やかそうな口調で何か話し始めた。
……背後から銃を突きつけたまま。何やら教師達の価値観に合わせた訓辞をたれている
のだ。
「君達がそうやって自己主張をしたい気持ちは解らないでもない。が、集団の中
には規則という物があり、君達が自分達の行為をどう正当化しようと規則は規則なんだ。
集団生活をする以上、破ってはいけないルールという物があるのはわかるだろう。
 君達は我々大人に比べて、未熟な存在だ。君達には善悪という物が判断できない。だ
から規則を破ったりする。これから、君達に善悪とは何か、規則とは何か、規則を破る
とどうなるか。それを教えこまねばならない。それが、我々教師の務めだ」
 "狙撃者"達のジープは、もう教師の声が聞こえる所まで近づいていた。接近する車体
に気付いた教師の内二人が、手を振って停車するように声をあげた。
「停めるな。ひき殺せ!」
 スピードを緩めかけた"監視者"を見て、"狙撃者"は叫んだ。
 教師の声が聞こえる。
「学校規定では、服装違反、所持品の違反、無免許運転などに対する罰則は、こうなっ
ている」
「飛ばせ! スピードを上げろ!」
 が、並ばされた生徒の一人のあげた、おびえたような声を聞いた時、"監視者"は魅入
られたかのようにブレーキを踏んでいた。彼女が高校に入学する前、世界中で繰り広げ
られていた戦争、それがここにあった。少女の知らなかった世界がここにあった。彼女
は知りたかった。あの戦争の中、体制に反抗した学生の多くがたどった運命を、知る必
要があった。少なくとも、彼女はそう思った。
「何をやってる! 停めるな!」
 "狙撃者"の声も、耳には入らなかった。
 ジープが完全に停まると、"狙撃者"はかすかに唸り、彼もまた目の前の光景を見据え
た。彼が"監視者"と違うのは、これから起きるであろう事を知っている事だった。戦争
の最中、幾度も目にした光景だった。
「罰則は、銃殺」
 そう口にして、教師達は一斉に機関銃の引き金を引いた。銃弾の雨が、無抵抗な学生
達の背に撃ち込まれた。五人の生徒は背中を蜂の巣にされ、血まみれの肉塊と化して大
地に倒れ伏した。
「そこで反省しなさい」
 完全な死骸となった学生達の上に、無感動な教師の声が降りかかった。
「あ……」
 "監視者"は息を飲んだ。彼女と同じような年格好の学生達が、目の前でゴミ同然に扱
われていた。これが「スクール・ウォーズ」だった。彼女の経験していなかった戦争だ
った。いたずらに戦火を拡大させた、教師達の狂気そのものだった。
「ぐ……」
 "狙撃者"は歯をきしらせた。
 男の教師が二人、ジープの方に早足で歩み寄って来た。左右から、車の中をのぞきこ
んで来る。
「おまえら、学生か? 生徒証明を……」
 皆まで言えず、"狙撃者"の側から顔を突っ込んだ教師は、青年の抜いたナイフに喉笛
を切り裂かれ、血飛沫をあげて崩れ落ちた。
 "狙撃者"は続いて腰から拳銃を抜くと、"監視者"の肩越しに、反対側の教師を撃った。
その教師も顔面を撃ち抜かれて倒れる。
 銃声に気付いて、残りの教師四人が振り返った。叫び声をあげて、ジープに向けて銃
を乱射する。呆然となっていた"監視者"は、悲鳴をあげてダッシュボードの下に身を伏
せた。 車のドアを開けながら、"狙撃者"は乾燥した大地に向けて飛び出した。銃弾が
ドアを弾ける。大地を一転し、"狙撃者"は正面の教師に向けて拳銃を連射した。くたび
れたスーツの胸元に銃弾の穴が空き、血が吹き出る。
 一瞬動きの止まった教師達に向け、さらに"狙撃者"は撃った。一発が女教師の眉間を
撃ち抜く。
 学生が武力で反抗をすると、教師はいつも驚いたような顔をし、動きを止める。自分
達は学生を暴力で支配してきたのに、その学生が報復するとは夢にも思わない。学生が
反抗するなど有り得ないと、心のどこかで思っている。自分達がいつも絶対者だと思い
こんでいるのだ。大半の学生が銃を持っている、戦時中でさえそうだった。何故だ? 
何故そうまで形のない権力を信じ、何故そんな物にしがみつくのだろうか? 
 次に放たれた銃弾で、五人目の教師も胸元を撃ち抜かれ倒された。正確無比の射撃の
前に残ったのは、先ほどまで喋っていたジャージ姿の、角刈り頭の体格のいい教師のみ。
その教師は、すでに自分の銃を取り落としていた。普段は強面で威勢が良いであろうそ
の教師の顔は、今は恐怖に引き歪んでいた。教師は"狙撃者"に背を向け、荒涼とし果て
しなく広がる大地を走りだした。
 "狙撃者"は一度、その背に拳銃を向けかけたが、思い直したように銃口を下ろした。
ゆっくりとした足取りで、ジープの方に戻る。
 車の外に出た"監視者"は、逃げる教師の背を目で追った。教師は汗みどろになりなが
ら、何もない地平線に向けてひた走っていた。時折後ろを振り返りながら、走り続けて
いた。乾いた風が教師の身を切り、砂が足元に絡みついていた。
 "狙撃者"はそれを気にもしないかのようにジープの背後に回り、トランクを開けた。
中から荷物を取り出し、鞄の中から一丁のライフルを取りだした。狙撃に使った物より、
一回り小さい。弾をこめると、スコープも付けずに、地平線の彼方に向けて肉眼で狙
いをつけた。
 ……どれだけの距離を走っただろう。道無き荒れ地を抜け、教師は湿地に入り込んだ。
一度、泥に足を取られて地面に倒れ込んだ。が、教師は息を切らし、喘ぎながらも立ち
上がった。もはや振り返ろうとはせず、ただ背後から迫る存在に恐怖し、走り出した。
 走って、走って、走って、走って、走って……。すでに、"監視者"の視界の中、逃げ
る教師はゴマ粒ほどの大きさしかない点になっていた。彼女は"狙撃者"を見た。ライフ
ルを構え、青年は悽愴とした表情で、猛禽のような視線で確実に教師を捕捉していた。
 走りながら、その教師はいったい何を考えていただろう。ただ恐怖を感じていただけ
だろうか。それとも、彼の胸にわずか一片でも後悔の思いが去来しただろうか。教育の
名を借りた支配のために何人もの学生を殺した事を、少しでも悔いただろうか。……否、
教師とはそういった人種ではない。この教師もおそらく、これから訪れる死という事実
に対して、ただ理不尽さを感じているばかりだっただろう。五人やそこらのカスを教育
しただけなのに、なぜ俺が死ななければならない……?
 だから、青年は引き金を引く。
 ……どれほどの時が経っただろう。やがて、銃声が響いた。
 教師の胸元が弾けた。教師は衝撃に一瞬身を震わせ、やがて静かに倒れ込んだ。
 白日夢を見ているような光景だった。"監視者"が車を停めてからわずかに数分しか経
っていない。しかし、一分が永劫とも感じられたその間に、五人の学生と六人の教師が
死んだ。今や、立っているのはそのどちらにも属していない二人だけだった。
 青年は銃を下ろすと、呆けたように立ち尽くしている少女を振り返って、怒りを押し
殺すような表情で言った。
「なぜ停めた」
続きへ。