『ホワイトアウト』鑑賞メモ

ネタバレ注意!


 当刑務所の『ミステリ映画情報』における、今年最大の目玉作品が、とうとう公開されました。下記は所長の独断と偏見による感想記です。

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原作徹底比較へ。


 8月27日、職場「布施東劇」での仕事を終えた後、夕方5時15分の回を鑑賞しに、系列の映画館「布施ラインシネマ」へと向かう。受け付けカウンターで顔見知りでないスタッフに、客と勘違いされて呼び止められるが、無言でスタッフの名札を見せて突破。無言というところが大人げない。

 場内の客の入りは夕方にしては上々の部類。座席は前数列をのぞき、あらかた埋まっている。前から四列目の座席に着いた時の精神状態は、平時より若干テンション低め。仕事の疲れ、日々の退屈、客と間違えられてムッと来ていた事で、ちょっと不機嫌。鑑賞前に収集した知り合いの意見は、肯定3、否定1。公開一週間という事もあり、まださほど感想は集まっていない。作品に対する個人的期待度は、それほど高くなかった。面白かったら儲けもの、なんせスタッフなんだからタダなんだし……。新調したばかりのメガネを磨いている内に、幕は上がる。予告編を経て、いよいよ本編スタート……。


映画版感想

 冒頭、命綱をつけてダムの壁面にぶら下がった主人公富樫(織田裕二)が登場します。どうやらダムの自分の持ち場以外のところを修理しているらしく、上司にやめるように怒られているのですが、作業を中止しようとはしません。とりあえず、命知らずぶりと高いところに慣れているというところ、そしてダムへの愛がアピールされます。作業中に画面がぐぐっと引き、ロングショットで舞台となるダムの全景が画面に映し出されます。たくさんダムを見た経験があるわけではないのですが、とにかくでかさだけは充分に伝わります。

 次のシーン。主人公富樫は、ダムの近くの山で遭難者が倒れているとの報を聞き、友人吉岡と共に救助に向かう事を決意。外は吹雪いてますし、上司や同僚は止めるのですが、「大丈夫ですよ」。きっちり装備を固めた二人、山には自信があるようです。放っておいたら、遭難者は死ぬかもしれない。余所からの救助を待つよりは、近場にいる自分達が出ていくべきだ。と言って、やけに軽い調子の二人は出かけていきます。

 すぐに画面は切り替わり、雪山の中、二人は雪に埋もれて倒れた遭難者二人を発見します。ダムから見えるところですから、わりと近い距離だったんでしょうね。衰弱した方を吉岡がかつぎ、まだ歩ける方を富樫が支えて、帰路をたどります……が、意識を取り戻した遭難者が暴れたせいで、吉岡は斜面を滑り落ち、骨折してしまいます。「俺はもう歩けない、おまえ一人で助けを呼んできてくれ」、遭難者の衰弱を理由に富樫の吹雪がおさまるのを全員で待とうとの提案を却下し、吉岡は自分の懐中磁石を託して富樫を送りだします。しかし帰路を急ぐ富樫を、途中、吹雪とガスで視界が遮られる「ホワイトアウト」現象が襲います! ああ! 何も見えない……! 立ちすくむ富樫=織田裕二……!

 再び画面は切り替わり……天候が回復してます。かなり時間が経ったようです。キャンプで待っていた富樫の元に、救助隊のそりに引かれた遭難者たちと吉岡が連れてこられます。……が、しかしその時、すでに吉岡の命は失われていました……富樫は間に合わなかったのです。「吉岡らしいな、遭難者をかばうなんて」という救助隊員の台詞。……あれ? もう死んだの? 何で?

 疑問が私を襲いました。最初に出かけていくシーンにあまりにも緊迫感がなく、またすぐに遭難者のとこに辿り着いたように見えたので、そんな死ぬような事態になるとは思いませんでした。近くだとばっかり思ってましたが、意外と遠い距離だったんでしょうか。まあ山の上は見通しがいいし、ダムからでも遠くの遭難者たちの姿が見えたんでしょう。しかし、いくら骨折してたとはいえ、どうして遭難者は無事で、吉岡は死んでるんでしょう。遭難者の一人は衰弱してたはずなのに、どうしてそっちが先に死なないんでしょうか? かばったってどういうこと?

 なんかようわからんかったのですが、取りあえず死んだという事はわかりました。理由なんかどうでもいいらしく、絶望的表情の織田裕二。友人は懐中磁石だけを形見に残し、彼の元から永遠に去っていったのです。

 友人の死に責任を感じる富樫は、吉岡の婚約者平川千晶(松嶋奈々子)のいる東京へと向かいます。彼の形見となった磁石を手渡すため……しかし折悪くすれ違い、彼女とは会えずじまい。しかし千晶はこの時、婚約者の死んだダムを訪ねていく事を決意していました。

 千晶のダムへの到着と時を同じくして、個人的に待望していたテロリスト集団がダムを襲撃! 東京のシーンなんかが登場した時は、「おいおい、このまま20分ぐらい、だらだらテレビドラマまがいのことをやらへんやろな」とちょっと不安になったのですが、ここらへんはさすがに展開が早いです。

 千晶を迎えにきた富樫の上司を手始めに血祭りに上げ、麓への唯一の道であるトンネルを爆破、ついでに電話線もぶったぎって、テロ集団はダムを占拠します。ここでテロリストのボスが登場! ウツギ(佐藤浩市)という、長髪、髭もじゃ、そして車椅子の怪人が登場! コンピュータ担当の部下(吹越満)に命じてダムのシステムを占拠させます。ダムの偉いさんがシステムダウンなどの脅しとうそ八百を並べて、阻止しようとしますが、テロリストの一人に脚を撃たれ、ついでとばかりに車椅子のウツギに頭をぶち抜かれて二人目の血祭り。取りあえずテロリスト映画のセオリーその1、冒頭で二三人試しに殺してみること、をクリアです。

 テロリスト映画のセオリー、思い付くままに並べてみましょう。

 人間味のある役は吹越満が担ってます。お約束どおり襲われそうになるヒロイン(つってもセーターがちょっとほころびただけですけどね!)を助けてくれて、どうやら他のテロリストとは違うらしいというのがわかります。

 さて、規律といえば、リーダーのウツギ。何せ車椅子キャラ、人質をためらいなく撃ち殺して冷徹さとサイコぶりを強調……なんですが……どうもそれ以上のものが伝わってきません。舞台は雪山、はっきり言って車椅子に乗ってるような人間はこの作戦には足手纏いにしかならないはず。それなのになお来ていると言う事は、不自由な脚を補って余りある統率力、指導力、人望、冷酷さ、決断力などを兼ね備えていなければなりません。そういったものが台詞まわし等から、もう一つ伝わってこないのです。部下よりは幾分冷静かな、という程度で……。まさか「車椅子に乗ってるのにここまで来てる」という事実から、上記の事を逆説的に読み取れという事じゃないだろうな……それは本末転倒だろ……。

 色々あってテログループと富樫は交戦状態に入ります。まずは一人目、消火器を浴びせた上でタックル! 揉み合う内にテロリストと富樫は絡まったまま階段を転がり落ちる……思わず、おお! と叫びかけました。最初の一人と絡まって階段落ちと言えば、かの『ダイ・ハード』にも似たシーンがあったではないか! 『ダイ・ハード』ではテロリストは首の骨を折ってましたが、この映画では死因は不明。頭でも打ったんでしょう。和製『ダイ・ハード』とうたい文句をかかげられて、製作スタッフはどう思ってるのかな、と勘ぐってましたが、こうも積極的にオマージュを捧げているとは!(深読みしすぎ、偶然じゃないの? と思われる方、まだまだこれでは終わりませんよ!)

 さて一人目を倒して自動小銃を奪い、ダム運転員富樫の反撃が始まります。仲間がやられた事を知って襲い掛かってくるテロ第二波! 「うああ〜!」高圧電線で一人を葬り、スローモーションで物陰から乱射! 後退するテロリスト。え〜残念ながら、銃撃戦は織田裕二が叫んでますけど、さっぱり迫力がありません。富樫は素人っていう設定なので、めくら撃ちみたいになるのは当然なんでしょうけど、スローモーションははっきり言って無駄です。織田裕二の気合いだけは伝わってきますが、なんであんなめくら撃ちに当たってんだよテロリスト! と間抜けさ加減が歯がゆいです。

 また一人やられて慎重になったテロリスト。なんせ人数が少ないんです。2人やられて残りは車椅子のウツギを含めて5人(ホントになんで車椅子の奴なんか連れてきてるの?)、これ以上やられると作戦の成功すら危ぶまれます。さて、それではどうするかというとダムの機能を押さえている事を利用し、空調をカットして発煙筒攻撃、入り口を爆破してダム封印などの攻めにでます。富樫はしかしダム運転員、ダムの設備を熟知しているため、これらをあっさり切り抜けます。うわ〜地味! 銃撃戦はもうやんないんですか!? 発電設備を止めてダムの外に抜ける水道から水を引かせた富樫、そこを通って脱出を計ります。しかし切れ者のコンピュータ担当がそれを許しません。脱出路を見切って、再び水を流し込みます! 流れに飲まれる織田裕二! さっぶう! ピンチ!

 さて、これらの戦いと並行して、テログループと町の警察との交渉シーンが進行します。なんか知らんけど方言をしゃべる地元のおっさん署長(以下、方言署長)が、ここで主役級に躍り出ます。最初に犯人の要求を聞き、県警の偉いさんがやってきた後も、事態の重要性を認識しない彼らに毅然と諫言。さて、ここでセオリーを追加。

 テロリストの交渉の手際は良く、人質とダムの放流をちらつかされて、結局は要求を飲んで50億を支払い、脱出用のヘリを用意することに。方言署長も事態の危険性を認識している故に、かえって金を払うべきだという方向に結果として流れてます。安全重視派ですね。対する県警の偉いさんは頑迷。時間を稼ごうとしますが、金のスイス銀行への振り込みを要求されるなど(『ゴルゴ13』『去りなん、いざ狂人の国を』(西村寿行)などを思い出します)、かえってテログループの用意周到さを認識するばかり。そんな中、方言署長はテログループの予定になかった電力の低下で、ダムの中で誰かが戦っていることに気付きます。

 さて、放流に流されながらもダムを脱出してきた富樫、凍死寸前ながらも無線を使える数キロ離れたダムに到着。警察に連絡をとります。県警の偉いさんを押し退けて、マイクを握る方言署長。手持ちの情報をすべて告げた織田裕二に、そこでそのまま待つようにいいますが、富樫はすでにダムに戻る事を決意していました。「どうして、そこまで!?」「約束したんです。必ず戻るって」

 さて、ダムでは脱出した富樫が舞い戻ってくることを、ウツギが予想していて、警戒体制がしかれています。さて、そろそろ富樫が戻ってくるかなという時刻、深夜。何者かによってテロリストの一人が撃たれ、スノーモービルが奪われます。

 同時刻、麓では、通信用の中継車が二台奪われた事を知った方言署長が、テログループの詐術に気付いていました。時を同じくしてダムに残されたテログループも、ウツギの消失に気付きます。

 このテロは全てウツギ一人にしくまれたことで、警察が話していたのはダムのグループではなく離れたところにいたウツギの仲間、テログループもまた、警察ではなくウツギの仲間と交渉していたことが判明! そして実は車椅子がなくとも自由に歩けたウツギは、スノーモービルで脱出……ちょっと待てえ!

 テログループは『赤い月』という名で、コンピュータ担当の吹越満以外は少なくとも数年はチームを組んでいたはずなのです。いったい、いつからウツギは車椅子だったのでしょうか!? 数年前から今日のために歩けない芝居をしていたのでしょうか? そんなわけがないですね。また、いくら長年のチームでも、まさか昨日今日に車椅子になった人間をわざわざ足手まといとわかっていて連れてくるわけがありません。ある意味、テロリストほど実力重視の世界はないはずですから。また、長年の付き合いなら作戦直前に脚を負傷するなんていう事態を怪しまないわけがありません。最初に車椅子を見た時「実は歩ける」という可能性も考慮したのですが、明らかに矛盾してるので却下したのですが……。観客向けのサプライズとして用意されたらしい車椅子ですが、ただ単に視覚的にミスリードするためだけの御都合主義的アイテムだったようです。

 ダム中に爆薬をしかけて脱走したウツギ……ああもうどうせキャラ立ってないし、佐藤浩市と呼びましょう。佐藤浩市はスノー・モービルで、麓の方言署長が気付いた詐術……実はヘリも要求された物以外にもう一機あった……を遂行するために離れたダムを目指します。ボスの裏切りを知って暴走した仲間を射殺、実は妻子の仇を取るために赤い月に侵入していた吹越満は、逃げ出そうとした松嶋奈々子をケツに乗せてスノー・モービルで佐藤浩市を追跡、ようやくダムに辿り着いた織田裕二も、松嶋の消失と、ダム爆破を佐藤浩市の持つリモコンで阻止できる事を知り、これまたスノー・モービルで追跡を開始します。時刻は深夜。さて、深夜にスノー・モービルチェイスといえば……何か思い出しませんか? そうです『ダイ・ハード2』です! やっぱりオマージュ説は正しかったのか、とちょっと嬉しい気分。

 さて佐藤浩市に追い付いた吹越&松嶋、モービルを銃撃で転倒させて追い詰めます。「なぜだ! なぜ裏切った! なぜおまえだけで逃げようとする!」迫る吹越ですが、佐藤浩市「昔の自分を洗い流したくなったんだ」とわけのわからんことを言います。ああもう、バックボーン全く不明だし全然キャラも立ってないのにそんな事言われても、何も伝わりません。こちらが白けているうちに油断した吹越は撃ち殺され、逃げる松嶋も脚を撃たれて失神! 富樫……こっちも面倒だし織田裕二でいいや。織田裕二の追跡を警戒して再び逃亡を開始する佐藤浩市。

 湖の上に出た織田裕二のスノー・モービルを、追ってきた好色テロリストが襲います。にらみ合った後に、いきなりチキンレース! 激突するモービル! そして格闘戦! ま、どうせここらへんはセンス皆無なんで、詳しくは触れません。顔のアップと長めのスローモーションだけでは迫力は出ないよ。

 大して必然性のない対決を追え、しつこく佐藤浩市を追う織田裕二。雪原に出たところで……ああ、間に合わなかったのか! 佐藤浩市を乗せたヘリが上空に飛び上がります。……あれ?

 麓の警察、方言署長の活躍で二台の中継車と二機目のヘリの存在が明らかになってたのに、そっちでは結局、何の手も打ってなかったんですか? ま、依然舞台は雪山だし、しょうがないか。方言署長は麓では重要な役柄でしたが、全体の展開には全く絡めませんでしたね。ストーリーをスムーズに進行させ、お話の状況を観客にわかってもらうための役回りでした。観客としてはいいんだけど、織田裕二的には役立たずですね。

 さて、浮上したヘリ、織田裕二なんかほっといてさっさと逃げればいいのに、なぜか上空から彼を銃撃します。おいおい、もう金は手に入ったんやし、こんな奴ほっといてもええがな。ここでわざわざ織田裕二を追跡する必然性は、全く感じませんでした。少なくとも今までの話の展開からは伝わりませんでしたね。ここで必然性を出すには、織田裕二VS佐藤浩市の図式を、例えば佐藤浩市が散々煮え湯を飲まされるなどして強調しておくしかないのですが、ダムでの織田裕二は基本的に逃げの一手、佐藤浩市の全体の計画には、何のダメージも与えていないのです。キャラクターの立ってない佐藤浩市の中途半端なサイコ演技にのみ必然性を求めるのは、あまりに安易に過ぎます。

 ……けどね、ま、いいんですよ、実はこれで。必然性はなくとも、このシーンは絶対にやらないといけないんです。なぜかって? フッフッフ、ヘリコプターで上空から主人公に襲い掛かるテロリストのボス、と言えば『ダイ・ハード3』のラストシーンじゃないですか! いや〜はっきり言って私もここまでやるとは全く予想外でした! 「階段落ち」(1)、「スノー・モービル」(2)、「対ヘリコプター」(3)と、まさか『ダイ・ハード』シリーズの全作品を網羅してオマージュを捧げるとは! 一作、二作なら偶然とも考えられたでしょうが、こうまで類似したシーンを立て続けにやられると、パクリ……いやいやオマージュ説を認めないわけにはいかんでしょう。どうせなら銃撃戦の演出も見習えばよかったのに……はっはっは。

 さて、銃撃で自らのスノー・モービルを吹っ飛ばして雪崩を引き起こしてヘリを撃墜した織田裕二、ヘリのパイロットが冒頭シーンで助けた遭難者だったことにショックを受けつつも、佐藤浩市をローターに叩き込んで惨殺、残り1秒でリモコンを止め、ダムを救います。お疲れさん……じゃなくって!

 「必ず戻る」と雪道にほっぽりだしてきた松嶋のとこに、必死こいて戻ろうとする織田裕二を、またも悪夢の「ホワイトアウト」現象が襲います。織田裕二顔面真っ白になって、ほとんどジジイです! 果たして、彼はたどり着けるのか……!? そして形見の磁石は……!

 天候が回復したのち、ようやく警察のヘリが到着。ダムから閉じ込められていた職員達が助けられます。そして、雪原の向こうから、松嶋を抱きかかえた織田裕二の姿も……! いや〜良かった良かった。どうにかハッピーエンドです。警察の姿を見た織田裕二、体力の限界で失神。逆に松嶋が意識を取り戻します。織田裕二の言っているうわ言が、松嶋に伝えられます。「吉岡を頼む……あいつが救助を待ってる……」、逃げ出した負け犬として織田裕二を捉えていた松嶋ですが、ここに至って彼の友情と責任感を知ります。いや〜良かったね、誤解も解けて。ちょっと泣ける話じゃないか……と思ってたら、方言署長の涙ながらの一言がぶち壊しにしてくれました。「彼は間に合ったんですよ、三ヶ月遅れて、でも間に合ったんですよ!」 こら〜!! それは当事者以外言う資格のない台詞やろ〜! なんでよう知りもせん関係ない人間がしたり顔でそんな事ぬかすねん! ま、でもしょうがないですね。この方言署長は、観ただけではストーリー展開とテーマを理解できない想像力のないボンクラに対する説明役なんですから……って、いちいち説明せんでええねん! 観客なめてへんか!?

 この作品のテーマは、言わずもがなですが「友情」でしょう。自分のミスで永遠に失われてしまった友の命、その罪悪感を埋めるべく新たな戦いに命を賭けて臨む男の姿……。くどいぐらいに台詞で説明してくれますから、よく伝わりますね。しかしそれでも「間に合ったんですよ」はやはり言い過ぎじゃないでしょうか。「前回は間に合わなかったけど、今回は間に合った」でいいと思うんですが。織田と松嶋の心の傷は埋まったとしても、失われた命は帰らないのですから……。

 ちょっと面白かったのは、織田と松嶋、主役とヒロインが結局一度も言葉を交わさずに終わるところでしょうか。くだらねえドラマの延長みたいな恋愛話なしでも作劇できるという、いい証明になったと思います。ウラを返せば松嶋奈々子のキャラが「俺に何かあったら……あいつを頼む」なんて男同士で勝手にやりとりされてしまう程度の、アイテム的存在にすぎないって事もあるんですが、ちょっとこれは意地悪な見方ですかね。

 出演者総括。松嶋奈々子はまあ普通、キャラクターがステレオタイプですから。名前知らないけど方言署長はちょっと浮いてました。佐藤浩市は全然キャラ立ってません。脚本のせいもあるでしょうが、反省してほしいですね。吹越満は一人頑張ってましたね、敢闘賞をあげましょう。織田裕二は演技自体はいつもと一緒ですね。でも今回は台詞少なめで、かえっていつものオーバーアクトが控えめに見えました。この人はいつも一緒なだけに役柄にはまるかはまらないかのどっちかですが、今回ははまり役だった部類でしょう。死ぬ程寒そうなとこが舞台でしたが、彼の暑苦しい表情のおかげで、それほど感じませんでしたね。普通のドラマに出てると、「そこまで必死にならんでもええやん」と思うほどの暑さなんですが、今回は状況が状況だけにどれだけ必死になってもオッケーでした。

 さてさて、テロリストもののセオリーをきっちりと押さえ、果敢にも雪山ロケを敢行して、日本映画に新たな可能性を提出したものの、説明過多な脚本、モタモタしたアクション演出(アクション好きの私個人としては致命的でした)、設定の矛盾、佐藤浩市の空回り演技など数々の問題点も露呈してくれ、総合的にとても面白いとは言えなかった本作。観終わった後で挨拶しにいった「布施ラインシネマ」の事務所で、うちの職場のボスが語った構想で、取りあえずの映画版の感想を締めくくるとしましょう。

「村田君、こんど『ホワイトアウト2』なんかどうやろ? アスワンハイダムを舞台に織田裕二が大暴れ……」

 いらん!!


原作徹底比較

 さてさて、原作は未読だったので、映画の観賞後にさっそく読みました。

 映画版ではいまいち緊迫感の無い幕開けをしてくれた冒頭、さすがに原作はよく書き込んであります。近所に思えた遭難場所もかなりの距離があったらしく、また富樫&吉岡も、決死の面持ちを軽口で紛らわせて出ていく、という風に、きっちりと危険性が強調されています。

 状況設定は映画版と同じはずですが、出だしから緊張感が桁違い。山の怖さが的確に伝わってくる描写に、否応なく死の危険を認識させられます。展開も、ほぼ同じ。遭難者を発見するも、吉岡は骨折。「おまえ……一人で先に行け」 富樫は吉岡と遭難者二人を残して引き返します……が、ここでまず展開の相違点を発見。映画ではキーアイテムとなっていた形見の磁石が、登場しないのです。富樫は自分の磁石を持って引き返していきます。

 そして「ホワイトアウト」現象。視界が遮られ、富樫は冷静さを失いかけますが、土地勘と磁石を頼りに前進を再開。目印となる地形を発見し、さらに前進……するのですが、しかしここで判断を誤り、間違った道を進んでしまいます。初歩的なミス。それでも富樫は冷静さを失いません。道を一本間違えたところで、方向さえ同じなら、いずれたどり着ける……! 磁石で確認だ……!

 ここで、富樫は愕然とします。さっきまで持っていてザックに戻したはずの磁石がないのです。しまった、さっき落としたのか! 東に進まなければならないのに、方向がわかりません。なすすべもなく立ち尽くす富樫……! ああ、磁石さえあれば……!

 ……あれ? ちょっと待って下さい。映画では形見の磁石が登場してました。織田裕二はそれを持ったまま引き返してました。状況設定が全く同じと仮定するなら、映画版で織田裕二は磁石を持っていたのにもかかわらず迷っていた、という事なんでしょうか!? そ、そんなあほな……! 映画版は原作よりもなお腰抜けだったという意味なんでしょうかね?

 ちょいとはしょって、相違点をピックアップして行きましょう。テロリストのリーダー、ウツギが登場。もしやと思ってましたが、やっぱり車椅子ではありません。当たり前ですね、原作だったら文章で説明しなければなりませんから、そんな無理無理な設定があるわけありません。ついでに書くと随分とルックスも違います。やや頭髪の薄い、40歳前の優男風、と描かれています。ニコラス・ケイジですかね(違う)。物腰も登場時点では柔らかめ。部下をたしなめる役です。しかし中盤を過ぎると興奮し、器の小ささを露呈。それほど強烈な悪役としては描かれてません。

 映画ではさっさと画面を切り替えていたために、ダムとダムの間の距離感が伝わりにくい部分があったのですが、山歩きのシーンは思い入れたっぷりに書き込んであります。しかし、実に地味な作品です。展開は映画とほぼ同じなので、戦いはほぼ素人、自動小銃はこんなに重いのか! 弾倉はどうやって替えるんだ!?(映画ではわりとあっさり使ってましたけど……)など、苦労の連続。唯一得意なのは山歩き。山を歩く度に苦い思い出が蘇り、俺は山になんか負けないぞ、と立ち向かって行きます。山歩きのシーン、ほんとに多いです。テロよりも雪が敵だ、なんて文章もあるぐらいです。

 麓でのストーリー展開も、中継車が登場しないことを覗いてほぼ同じ。県警の偉いさんがそれほど間抜けかつ頑迷に描かれていないところも違います。類型的に描く事を避けたんでしょうか。結果として、なお地味な印象です。

 ヒロイン千晶は、映画よりもさらにいじめられまくってます。顔を踏まれたりしてます。映画では何人かと一緒に捕われてましたが、原作では一人で食事係をやらされてます。孤独な戦いを強いられ、一人で考え込んでばっかりです。映画で「富樫だ、富樫に違いない!」なんて教えてくれる人がいましたが、そんな人もいないため、誰が戦ってるのか途中まで全く気付いてません。ラスト近く、孤独で雪の中に放り出され、吉岡を助ける事ができなかった富樫を責める事は出来ない、と体験でもって実感するところがあり、なかなか感動的でした。

 ラストの対決、スノー・モービルに乗ってたウツギが銃を乱射し、雪崩が起きて埋まってしまい……え〜、そうです。ヘリコプターで上空から襲撃、なんてシーンは一切原作にはありません。最後の格闘もなし。雪崩に埋まったウツギは、そのまま死亡。富樫はウツギを助けにきた仲間二人が、冒頭の登山者二人だったことに気付いて、ショック!(そういや映画では一人足りなかったような……)。しかし原作にもの申したいんですが、これ、遭難者の一人がウツギだったら、もっと盛り上がったんじゃないでしょうか。原作では富樫とウツギはラストまでまったく顔を合わさないんですから、叙述トリックとして盛り込んでもよかったのでは……ま、リーダーみずから山の下見に来るってのも変ですかね。

 ダムにも爆弾は仕掛けられてないので、リモコンで残り1秒、なんてスペクタクルもありません。いや〜ほんとに地味。地味な小説に、切れのある演出も出来んのに無理してアクションシーンを盛り込み、無理ありすぎな設定を付け加えて大作感を出そうとしたのが、映画版の失敗でしょうか。車椅子なんてまったくのこけおどしだもんな……。設定を付け加えたら、それをフルに使う事を考えないと……。映像的に派手にする、というのは映画化の方向性としては間違っていないと思うのですが、矛盾を出すぐらいならもっと大胆に改編すべきでした。

 「三ヶ月遅れて、ようやく間に合ったんですよ。こうして、あなたを助けたのですから」 原作では方言をしゃべらない(方言だったらキャラが立つとでも思ってんの!?)副署長の台詞が、映画とほとんど同じシチュエーションで発せられて、かなりガッカリ。だから、間に合ったかどうかは、富樫と千晶が判断すべき事なの!! おまえが言うなっての!! 原作、なかなか迫力があって面白かったですが、やっぱり最後でちょっとぶち壊し。残念だな〜これさえなければ傑作だったのに。ま、映画よりは面白い事は確かですが。でも地味。西村寿行だったら、取りあえずダム一個壊して五万人ほど殺しただろうな〜。

 当刑務所「ミステリ映画情報」の夏の目玉、「『ホワイトアウト』感想メモ」いかがでしたか? 結果として辛口になってしまいましたが、これは所長の個人的意見に過ぎません。皆様の御意見、御感想などありましたら、ぜひ掲示板に書き込んで下さいませ。


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