このページは、以下の書籍からの抜粋です。
  日ソ基本文書・資料集 茂田宏 他編 世界の動き社 1988/11

ソ連代表グロムイコの演説

(一九五一年九月七日第八回総会)

 議長、ソ連政府は米国政府に送った平和案に対する第一回修正に関する覚書において、平和条約の基本的問題に関する立場を述べています。そして本会議においてもソ連代表団はまた対日平和条約の問題に関するソ連の立場を説明いたしました。ソ連政府が米国政府へ送った覚書においても更にまたこの会議においても提唱する基本的問題とは何であろうか。私はすでに前に述べられたことを繰返したくはない。特にソ連代表団の最初の基本宣言において述べてある点は繰返しません。それは本会議中に行われた議論と共に記録に載っています。この議論は不幸にして米国代表団側の圧迫の下で行われた議論でありました。それは米、英の平和条約草案に述べてある問題特に本平和条約に関するどの問題についても実質に関する腹蔵なき議論でありました。ソ連政府は最も重大な問題の一つは日本軍国主義の復活と新しき攻撃、新しき侵略に日本を用いることを防止する問題であると指示しました。この理由によって対日平和条約に関連してソ連代表が行った諸提案はアジアの外の諸国の国家利益と一致するものであります。ソ連政府の要求と一致しない平和と安全保障のために戦わんとするものは全世界に一人としてないのであります。米、英案は日本軍国主義の復活に対し、武装兵力として日本を使用することに対し何等の保障をも与えるものではありません。米、英案にはさような保障は存しません。それどころかこの案は反対に日本軍国主義復活に道を開くものであります。それは日本軍国主義を日本軍国主義者に返上するために堰をより広く開いてやり、より多く許容し、より容易にするものであり、且つまたがって日本を破局に導いた政策を日本に返還するものであります。米、英案は日本軍国主義の復活への道を開くばかりでなく、それは平和への大なる危険となるのであります。何となればそれは米国の戦略基地として日本を使用することを考慮しているからであります。米国政府はこの立場を隠そうとさえしないが、この企図を隠そうとしても出来ないことであります。この企図は明白であります。占領軍は九十日以内に日本から撤退しなければならないが、日本は米国または他の如何なる国とも外国軍隊の日本領域へ再び駐屯し、または駐留を目的とする協定、二国間又は多数国間の協定を締結する権利を有するという事実に関しては、米、英案に盛られた立場は真の立場を示すものであり、そしてそれは米国が日本を軍事基地として使用せんとする企図を有することを示すものであります。かつてフィリピンで起ったことと同様なことが日本に起るであろうことを否定することは出来ない。フィリピン型の自由、そこには今日においてすら米国の軍事基地が存するのであります。
 対日平和条約草案は、また平和に対する危険でもあります。何故なればそれは連合の形において、米国に服従し、且つ、米国の侵略を援助する連合の一員として日本を使用することをも考慮しているからであります。これらの意図を「カモフラージュ」することは不可能であります。しかし、われわれは極東の事態を客観的に考慮することも出来ましょう。そしてそうするには、米国当局の日本支配以後の日本に存する事態を考慮するだけで充分であります。米国政府が日本を基地とする戦争「ブロック」を形作り、いわゆる大西洋条約に似た新しき攻撃同盟を形成しはじめる希望をもっていることには何等疑う余地がありません。こういうものを作り上げることと平和防衛の利益との問には何等の共通点はないのであります。しかしてソ連代表団は多くの国民が、第一に日本侵略に被害を蒙ったアジアの国家国民がこの見解を諒解することは、確かであると思うのであります。この点に付て公然と発言することは、ある人々にとっては困難かも知れないことは、私の了解によるところでありますが、われわれはソ連の立場及び本会議においてソ連が行った条約草案に対する提案及び修正案が諸国民の間に、特に極東における真の平和防衛に関心を有する諸国民の問に反響を見るであろうことについて何等の疑いをいだくものではないのであります。
 ニュージーランドの代表者は彼等もまた米、英草案において、なんとかして制限しなければならない規定の
あることを見るのであります。彼等は本草案の規定に日本の軍事力を制限してもらいたいのでありましょうが、何か新しい規定をもたらすような何等の提案がオーストラリヤからもニュー・ジーランドからも行われていないのであります。
 私はここに出席しているある他の政府については語りません。彼等は草案の弱点を示すことすらあえて行わなかった。このことはここに代表している政府の大部分が日本の隣国でないという事実によって、幾分説明されることができるのであります。彼等は日本から幾万粁も隔っているのであります。しかし中国の代表者、インドの代表者、ビルマの代表者その他のアジア政府の代表者が出席しようとしなかったのは御承知の通りであり、彼等がここにいないという事実は、極東に新しき戦争を準備する米、英草案に弱点があり、かつ危険があることを立証するのであります。
 この草案は日本軍事力の制限に関する何等の規定をも含んでおりません。これでは日本軍国主義者は、新しき侵略を準備することができるでありましょう。そして彼等は陸軍、海軍及び空軍もまた持つこととなるでありましよう。
 かかる理由に基きソ連は日本軍国主義復活防止に関する提案と日本軍事力制限に関する他の提案をも行ったのであります。こうして、ソ連は、日本における平和経済の無制限なる発展を妨げる草案である米、英草案に見られない提案を行ったのであります。これにひきかえ、われわれは日本の手足をアメリカ経済と、ここで弁護されており、かつあらゆる制度の中で最悪にして最も危険かつ最もごまかしである外国独占企業とに結びつける一連の方策を見出すのであります。しかし日本国民はそれによって利益を受けないのであります。
 ソ連政府は、その提案においてもまた無制限に日本の通商及び海運を発達させることを計っているのであります。現在の草案にはこの種のものは何も見当らないのであります。ソ連は本会議において対日条約の経済規定に関し、ソ連代表団が行った提案は、日本国民は、その資源、人的資源並びに物的資源を戦争のために向けるものでもなく、陸軍のために向けるものでもなく、海軍のために向けるものでもなく、空軍のために向けるものでもなくして、平和のため日本国民の福祉増進のために向けることを許すものであり、日本国民の利益に全く合致するものと思うからであります。そしてこれらのために日本国民は今日に至るまで、その生活水準を上げることが出来なかったのであります。何故なら日本軍国主義者は、国民の必要をかつて勘酌したことはないからであります。過去において一切のものは軍事力の発展のために使用されましたが、今や再び将来においても、そのために使用されることとなるでありましょう。
 これ等の問題に関して、本会議において、われわれは何等真面目な宣言を聞かなかった。しかして日本は本会議においてここで日本が演ずべき役割を自己流に了解しているので、ただ単に米、英草案賛成の二、三の形式的な宣言を行ったに過ぎないのであります。
 ソ連政府は二年前、この問題に関して提案を作成するよう極東委員会に対して要請したのであります。現在としてはソ連政府は、日本がその平時産業発展のための、あらゆる機会を与えらるべきであることを申述べます。
 現在の草案は平和のための草案ではなく、新しき戦争のための草案であるから、ソ連政府は本草案に対して提案修正及び追加動議を行うものであることを以前に言明したことがあり、かつ、議長に対してもすでに申述べました。この理由によりわれわれの提案と修正案とは中国においても、インドにおいても、ビルマにおいてもまた、おそらくはセイロンにおいてすらも受諾されるであろうことは確実であると思うのであります。私は、インドネシヤにおいてもまた、フィリピンにおいてもまた、更に日本侵略の手にかかって被害を蒙ったすべての国々において、これらの修正は充分に好まれるであろうことを、全く確信しているのであります。
 ソ連政府はサン・フンシスコ会議に、その代表団を派遣して、対日平和条約と称せられるものが、全く平和
条約でないということをすべての人々に聞いてもらう必要に基いて、所信を述べたのであります。この条約は極東における新しき戦争準備のために、特に企てられた計画であります。この条約は米国政府によって作成された計画であり、それは極東の平和を防衛せんとする何等の要望にも基くものでなく、一般平和防衛に基くものでもないのであります。
(外務省サン・フランシスコ会議議事録)



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