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  日ソ基本文書・資料集 茂田宏 他編 世界の動き社 1988/11


ソ連代表グロムイコの演説
(一九五一年九月五日、第二回総会)

 議長並びに代表各位、ソ連代表団は、まず最初に、対日平和条約問題の重要性を強調する必要を感ずるものであります。この問題の重要性は、自国領土を侵犯した日本の侵略者に対しその民衆が長期間孤軍奮闘しなければならなかった中華人民共和国は言う迄もなく、この会議に列席している諸国の多数が日本の侵略の対象であったという事実から容易に諒解されるのであります。
 一九一三年、日本軍は満州を侵略しました。その後六年にわたる満州占領の間に、日本は、満州をアジア大陸に関する一層広汎な侵略のための軍事基地化し、一九三七年に至り、軍国的日本は、中支に侵入し中国の死命を制する重要な中枢部を占領したのであります。日本の侵略者に対する抗争において、中国民衆は、重大な人的並びに物的損失を蒙っているのであります。
 日本の侵略に対するこの抗争において、独立のため戦い、敢然として侵略の矢面に立った中国民衆は、日本の軍国主義者達に対する闘争の大義名分にこの上もない貴重なる貢献をすると共に、自由愛好諸国民の究極の勝利を促進したのであります。
 周知のように、十三年前軍国主義日本は、ウラジオストック地区のハサン湖においてソ連邦に侵入したのであります。然るべく撃退されたとはいえ、日本軍国主義者達は、ソ連邦に対する彼等の侵略計画を放棄したわけではありません。一九三九年日本の侵略軍は、再び他の場所においてソ連領内への侵入を企てたのでありました。選ばれた場所は、蒙古人民共和国領内のハルヒンゴルでありました。
 この時もまた前回と同じくソ連軍により正当に撃退されたにもかかわらず、日本軍国主義者達は、御承知の如く、ソ連邦に対する彼等の侵略企図を捨てず、ソ連領極東を占領せんとする彼等の意図を公然表明して憚らなかったのであります。
 インド、ビルマ、インドネシア及びフィリピンを含むアジア及び極東諸国の多数が日本の侵略を受けているのであります。
 逆に米国国民もまた日本の侵略がいかなるものであるかを知るのであります。米国の太平洋における海軍基地、真珠湾に対する攻撃は、米国民の脳裏になお新たなるものがある筈であります。米国に対するこの攻撃は、日本の侵略の範囲を拡大したのであります。この攻撃の後日本軍国主義者達は、アジア及び極東における他の多くの国を侵略しました。戦争は、拡大するにつれて全アジアを捲き込みました。約十五年の間にアジア及び極東の諸国が次から次へと日本軍国主義者達の攻撃の犠牲となっているのであります。日本の侵略者によって攻撃を受けた諸国の独立を救い極東に恒久の平和を樹立するための諸条件を造り出すためには、列強が力を併せて努力することが必要だったのであります。アジア及び極東の多数の国は、日本の軍国主義者達に対する彼等の国民的独立を戦い取るために多大の損失を蒙っているのであります。
 以上のことは、今や日本侵略者の敗北の結果生じた諸条件を利用し、極東に平和を樹立するのに適当な時期が到来したことを示すものであります。右の事実に基づき、ソ連邦はすでに繰返し本問題の解決策として実際的な手段を採ることを提案してきたのであります。最近の数年間にわたり、ソ連邦は、対日平和条約締結の促進を提案したのであります。申す迄もないことでありますが、ソ連邦は常に平和が民衆の利益に合致する民主的なものであるべきであり、あくことを知らぬ帝国主義者達の一団のみを利するものであってはならないという事実から進んだものであり、又進みつつあるものであります。平和は、平和愛好諸国及び、何よりもまず日本の侵略の犠牲となった諸国の合法的な要求を現実に満足させるものであり、且つ、侵略国家としての日本の再生を防止するものでなければならないのであります。従って、われわれは、対日平和条約並びに対日講和が日本の軍国主義に対し彼等が再び擾頭する余地を与えるようなものであってはならないし、アジア及び極東のあらゆる国々に平和と保障を与えるものでなければならないと考えるのであります。
 これは、ひとり日本の侵略を受けた国々のみならず、彼等を他国家及び他国民に対する侵略戦争に引きずり込んだ軍国主義者達の犯した罪を償いつつある日本国民の利害にも関係を有するのであります。日本国民の国家的利害は、日本と他国、就中、その隣接諸国との問に平和的関係の存在しなければならぬことを要求するものであります。
 ソ連代表団が対日平和条約問題の重要性を指摘することの必要を考える所以は、この会議に列席の各国が、すべての国がそうだとは申しませんが、ある一の情勢の利用を防止しようという意欲を示さないからであります。その情勢というのは、日本の軍国主義者達がそれを利用して再び日本をして侵略の道を歩ましめるかも知れない情勢であります。さらに、会議に提出された対日平和条約に関する米英案は、この草案の起草者達が日本軍国主義再生の道を拓くのに一層熱心であり、日本を再び侵略と軍事的冒険の道に押しやろうとするのに一層熱心であることを示しているのであります。
 このことは、まず第一に米国について言いうるのでありまして、米国の対日政策は、米国政府が日本に対し独自の特別な計画、真の対日講和とは何等関係のない、極東における平和の維持強化とは何等関係のない計画をもっていることを示す十分な証拠を提供しているのであります。
 対日平和条約問題を考究するに当って先ず最初に生ずる問題は、この条約の基礎として役立つ原理原則はなんであるか、いかにして日本が再び侵略国家となるのを防止するか、どうずれば既に日本において台頭しつつあり、信として恥ずる色もなく公然復讐の計画を揚言しつつある軍国主義者達の手に日本が再び陥ることのないように日本を導きうるか、ということであります。
 この課題は、もし会議参加国が日本に関する周知の国際諸協定中に表明されており、そして履行すれば日本軍国主義の再生を防止することになるところの諸原則に従って手続を進めるならば、十分解決されるのであります。このことに関連して第一に問題となるのは、米国、英国、中国及びソ連邦が対日戦争の終結並びに日本との講和並びに日本をして平和愛好の民主国家たらしめることに関し、明確な義務を負うことを規定している一九四三年のカイロ宣言、一九四五年のポツダム宣言並びに一九四五年のヤルタ協定であります。
 このことは、また、国際連合加盟国が日本を含む敵国と単独講和を結ばない義務を負うことを規定している一九四二年一月一日の連合国宣言の如き協定にも、また、ソ連邦、英国、米国、中国、フランス、オランダ、カナダ、濠州、ニュージーランド、インド及びフィリピンを構成員とする極東委員会が対日終了後採択した対日基本政策の諸決定にも関係を有するのであります。
 一九四五年のポツダム宣言及び同宣言に基き採択された対日基本政策に関する極東委員会の諸決議は、日本軍国主義の根絶と日本における軍国主義の再生を許容するがごとき諸条件の防止を規定しているのであります。例えば、一九四七年六月十九日の極東委員会の決議「対日基本政策」は、日本の軍隊に関し厳重な制限を加えているのであります。
 ポツダム宣言は「日本国民を欺き世界征覇に誤り導いた人々」の権力と勢力を排除する必要を指摘しております。同宣言は、また、日本の再武装並びに征服の野望を防止する措置をとることの必要を説いているのであります。
 日本に対する列強の諸協定は日本軍国主義の排除と日本の侵略に苦しむこと最も甚しかった隣接国を含む他の諸国家及び国民と日本が通常な関係を維持することのできるような平和愛好国に日本を改造することを規定しているのであります。日本をして侵略を繰返させず、日本と他国家の間に平和な関係を招来せしめようと希望する者は何人もこの目的を支持せざるを得ないのであります。
 従って、日本の非武装化の仕事は、対日平和条約によって解決されるべき重要な課題の一であります。これは先ず第一に対日平和条約は日本の陸、海、空軍力を制限する条項を含まなければならないことを意味するのであります。日本の軍国主義者達が外国侵略準備のため莫大な陸、海、空軍を創設したことは御承知の通りであります。真珠湾攻撃直前の日本軍兵力は三百二十万でありました。一九四五年八月の日本の降伏時迄に、その軍隊は約六百万となったのであります。日本軍国主義者によって占領された満州地域に駐屯していた日本陸軍の精鋭であるいわゆる関東軍は百万近くを擁していたのであります。
 これらの不当に膨張した日本軍隊のすべてが勤労階級を掠奪することによって維持されていたことはいう迄もありません。日本の軍国主義者達は、彼等の侵略の相棒であるドイツのヒットラーの例にならい、世界の国民大衆を奴隷化することを目的としていたので、日本国民の死活問題などは大して気にかけず、戦争を準備し行うのに一層多くの金を搾取せんがため日本の農民労働者に対する税金の重圧を更に一層加重したのであります。
 対日平和条約を準備し締結する一方において、日本軍国主義の再生に対する保障、日本の再侵略の可能性を除去する保障に関する課題を議決しなければならないのであります。
 平和条約締結後は全占領軍が日本から撤退すべきであり、且つ、日本領土内に外国の軍事基地を維持すべきでないことはいう迄もないことであります。この点に関する明確判然たる規定が平和条約にないことは、日本主権の再設立に至るべき対日平和取極めの精神そのものに矛盾し、且つまた、極東における平和維持の利害にも矛盾するのであります。
 さきに述べた列強問の諸協定は、日本を民主国にすることを規定しているのであります。ポツダム宣言は単刀直入に「日本国政府は日本国民の中にある民主的傾向の復活と強化に対する一切の障碍を除去しなければならない。」と謁っているのであります。また、「言論、宗教、思想の自由及び基本的人権に対する尊重」を確立しなければならないことをもいっているのであります。「対日政策」に関する極東委員会の諸決定には、「日本国民は個人の自由、基本的人権の尊重、特に宗教、集会及び結社、言論及び出版の自由に対する意欲を発達せしめるよう力づけられなければならない。民主的代議制組織を形成するよう力づけられなければならない。」と述べているのであります。
 かくのごときが、即ち日本の民主化という課題が、日本との戦争中列国によって定められた第二の重要なるものであります。この課題を置いた目的は、全く明瞭であります。軍国主義日本は、反動的閥族によって統治されていたのであります。全政治社会生活がこの反動閥とこれを支持する巨大な商社、三菱、三井その他の財閥の支配下にあったのであります。従って日本の非武装化の課題が必須となるのであります。日本軍国主義の再生防止は、日本の政治的社会的生活の民主化の仕事と緊密に関係しているのであります。また、日本が一団の反動的軍国主義者達の専横に委ねられないように民主的秩序の下に日本を建設する課題とも密接な関係を有するのであります。
 このことは、対日平和条約にはポツダム宣言及び日本国民の問にある民主的傾向の復活強化並びに日本の民主化に関する列強問のその他の決定のうちに表明された諸原則の履行を規定する条項がなければならないことを意味するのであります。
 対日平和条約の準備に関連して非常に重要なのは、日本経済の発達に関する諸問題であります。過去においてこの経済は軍閥の目的に奉仕したのであります。その発展は日本の工業及び農業を、軍需を満足させるようなやりかたをもって指向されたのであります。戦前及び戦争中における日本経済の特徴は、その軍国主義化であり、日本国民の死活的需要にとって有害なものであったことであります。工業及び農業の基礎的資源は、武器及び戦略物資の生産に使用され、民需に応じなかったのであります。
 このことは、対日平和条約が日本軍隊に対する制限と日本経済の軍国主義化の防止を規定する条項を含まなければならないことを意味するのであります。同時に、平和条約は平和的な日本経済の発展途上に障碍を置くものであってはならないのであります。この原則は、米国、英国、中国及びソ連邦によって調印されたポツダム宣言のうちに既に定式化されているのであります。
 このポツダム宣言の原則に基き、ソ連政府は一九四八年九月目本軍需工場の再建及び創設を禁止すると共に、この禁止に関する適当な管理機構を設置する一方、日本人口の要求を満足させるための目的を有する平和産業の再建並びに発展、及び日本の平和経済の要求に基く他国との貿易の発展に対しては何等制限を設けるべきでない旨の提案を極東委員会に対し提出したのであります。
 米国政府により予め廻付された平和条約草案に対する、一九五一年五月七日附の注意書に、ソ連邦政府は上記の原則から出発し、日本の平和経済の発展に関しては何等制限を課すべきでないこと及び日本と他の諸国との貿易に関する一切の制限を除去すべきことを主張したの
であります。日本の平和経済の無制限な発展及びその外国貿易の発展を許すことは極東における平和維持の利害と、日本と他の諸国、特にその隣接諸国との問の善隣関係の確立に即応するばかりでなく、又日本国民の利害とも一致するということを詳細に述べる必要がありましょうか。日本経済のかくのごとき発展こそは実に日本国民の前に初めて開かれたるその福利改良に対する機会ではありますまいか。
 対日平和条約にかかる条項を挿入することに反対するのはひとり日本経済を絞殺しこれを外国の独占に依存せしめんと試みる者のみが考えうることであります。対日平和条約にかかる条項を挿入することに反対するのはひとり将来における日本経済の発展を日本国民の平和的要求の満足乃至は日本と他国との通常な経済関係の強化の方向に指向せず、反って日本の武装化の方向に指向し、その経済をある諸大国の抱懐する極東における一の新たな戦争に対する計画に適応せしめんとする者のみが考えうることなのであります。
 日本の健全にして平和的な経済は日本軍の占領によって被害を受けた多くの国の合法的請求を容易に満足させ、日本の侵略者によって与えられた損害を補償するでありましょう。日本にとってこれは米英草案の規定する日本人の労力を直接使用することによって賠償を払うと
いう方法より遥かに容易でありましょう。なにがかかる提案を草案中に盛り込ませるに至ったかを諒解するのは困難ではありません。かくのごとき奴隷的労務の形式を以てする損害賠償の方式は、日本の生産力の大部分を分散せしめるという事実を無視し、日本労働者並びに農民の低賃銀労力を使用せんとする希望に出でたものであります。かかる方式は日本により損害を蒙り、その賠償を合法的に要求している、しかも人力過剰なる諸国にとって有利な方式とはいえないのであります。それは日本人の安い労力を利用して利益を得んとするある諸大国を利するだけであります。
 対日平和条約は、当然、日本との講和に関連する幾多の領土問題を決定しなければならないのであります。米国、英国、中国及びソ連邦はこの点についても明確な責任を負担したのであります。これらの責任はカイロ宣言、ポツダム宣言、及びヤルタ協定中に述べられている
のであります。
 これらの協定は中国から分離された領土に対する中国の、現在は中華人民共和国の絶対的に論争の余地のない権利を認めているのであります。台湾、膨湖諸島、西沙群島及びその他の中国領土の如き、中国の原領土で分離されたものが、中華人民共和国に返還さるべきであることは論議の余地のないところであります。
 樺太の南半部及び隣接諸島、並びに現在ソ連の主権下にある千島列島に対するソ連の領土権はこれまた論議の余地のないところであります。
 かくのごとく、対日平和条約を準備するに当って生ずる領土問題を解決するとともに、もしわれわれが日本が武力によって占領した諸地域に対する論議の余地なき国家の領土権から議論を進むべきものとするならば、条約はこの点に関し明確を欠いてはならないのであります。
 以上は、現存する国際間の諸協定に基き、対日平和条約の基礎たるべき主要原則でありまして、その履行は極東に於ける恒久平和の確立を意味するものであります。
 ことに対日平和条約米英草案がどの程度迄日本に対する連合国の適切なる諸協定中に盛られた諸原則と一致するか、ひいてはそれがどの程度に迄極東における平和維持の利害に一致するかという一の問題が生ずるのであります。
 この点に関して、当然起るべき疑問は、この草案が侵略国としての日本の再生に対する何等かの保障を含んでいるかどうかということであります。残念ながら草案はこの点に関する何らの保障をも含んでいないのであります。草案が日本軍国主義の再生に対する何らの保障を含んでいないことは、日本軍隊の数に関する制限を何ら規定していないことから諒解されるのであります。第二次世界大戦後他の国と締結された平和条約、例えばイタリアとの平和条約が、これらの国の兵力量に対する判然として明確な制限条項を含んでいることは周知の事実であります。然るに、この点に関して日本はそのような取扱いを受ける何らの理由がないにも拘らず、他の諸国家に比し比較にならぬ特権的地位に置かれているのであります。
 かくのごとく、米英案は極東に平和を確立することを得、且つ、日本の再侵略防止を保障しうる真正の対日平和条約を樹立しうべき根底となるところの諸原則を全く無視しているといわざるを得ないのであります。この草案は、またすでに早く一九四七年の頃前記の文書、「日本占領基本政策」に現われた極東委員会の決定に反するものであります。即ち同文書は「全般的武装解除、日本の戦力をはく奪するための経済的改革、軍国主義者の勢力排除、及び戦争犯罪人に対する峻厳なる裁判及び一定期間の厳重な管理の必要を含む諸措置によって日本の物理的、精神的武装解除の仕事を成就する」ことを規定しているのであります。この決定は極東委員会を構成するすべての国、すなわち濠州、カナダ、中国、フランス、インド、オランダ、ニュージーランド、フィリピン、ソ連邦、英国及び米国によって採択されたものであります。
 対日平和条約米英草案の起草者達は、極東委員会のこの決定は対日平和条約締結前の時期に於てのみ効力を有するものであるといって、この事実の重要性を極力軽視せんとしているのであります。しかしながら、かかる試みが全く不適当なものであることを示すのは困難ではありません。上記の決定が、「日本の戦力をはく奪」すべき手段を単刀直入に規定しているということを指摘すれば足りるのであります。この事実は極東委員会の決定は戦後の時期全般をひとしく包含するものであることを明々白々に示しているのであります。
 対日平和条約米英草案は、あらゆる種類の軍国主義的組織の再建、日本における陸、海、空軍基地の建設と拡張及び旧日本兵器廠の近代化により、在日米国占領軍当局が現在行いつつある措置に追随するものであります。日本工業はいよいよ、ますます、武器と戦略物資の生産に転換されつつあるのであります。日本の物的、人的資源は、不法にも国際連合の旗の下に行われた朝鮮に対する米国の軍事的干渉のため、米国によって広範に使用されつつあるのであります。
 米国政府が日本においてとったこれらの一切の措置は、現在考究されつつある対日平和条約米英草案とともに、米国政府が侵略国家としての日本の再生を防止するため、他の諸国とともに負うべき義務を無視していることを示すものであります。米国政府は、日本軍国主義の
再建という賭博を打っているのでありまして、極東における真正の平和の確保に実際関心を有する各国はかくのごとき思惑に対しては断乎として反対せざるを得ないのであります。
 かくのごとく、米英草案は、このことが対日平和条約の準備に関する重大なる課題であるにも拘わらず、日本の軍国主義の再生に反対する何らの保障規定を含まず、又日本軍国主義の侵略を蒙った諸国に対する安全保障規定をも含んでいないのであります。
 米英草案は、極東における平和維持に何ら関係ある目的を有しない米国の庇護の下に創設された軍事ブロックに日本が参加することを規定しているのであります。日本が他の諸国と軍事協定を締結することを規定する一項を平和条約草案に挿入するのは、何のためであるかは周知のとおりであります。米国政府は、平和条約をもって、米国との軍事協定の締結問題を予断し、平和条約締結と同時に日本をして米国の軍事基地たらしめんと企図しているのであります。
 米国政府は対日軍事協定締結の課題をもって日本の軍国主義を防衛し、日本の侵略によって被害を蒙った諸国の将来の安全を確保する課題に代えんとするものであります。かかる協定の締結は、日本を軍国主義再建の途に一層押進め、日本国民の国家的利害関係を無視して、隣接諸国家に対し新たな軍事的冒険をおかさんと準備しつつある日本の軍国主義者層の活動を更に鼓舞するものというべきであります。
 米英平和条約草案は日本に対して、日本に近接せる諸国、特にソ連邦及び中華人民共和国に対し指向された、軍事的集団に加盟する義務を日本に強制するものであります。このことは、米英平和条約草案によって規定されている軍事協定中に、中華人民共和国及びソ連邦が除外されている事実によって明らかであります。
 米国を盟主とする軍事的集団への参加に関する義務によって、現在日本をがんじがらめにすることを目的とするこの要求の真の性格は、日本に対する隣接国の脅威が何ら存在しない以上、「個別的集団的自衛」に対する日本の権利などという虚偽の字句によってかくし了せるものではないのであります。以上の如く、日本がいわゆる自衛目的のために、軍事ブロックに加盟しなければならないというようなことは何ら根拠がないのであります。いわゆる日本の自衛のため促進するのであるという口実で、日本が他の国家との軍事協定や、軍事同盟に加入しなければならないというようなことは、日本が数世紀に亘り外冦を蒙ったことがない以上甚だ滑稽なものであります。
 かかる事に言及するのは、米英草案の起草者が、日本を彼等の軍事的ブロックに追い込むことに結びつけて抱いている真の目的について世論を誤り導こうとするものであることは明らかであります。それは、これらの目的には、極東の平和の維持と相通ずるものが何物もないからであります。
 米英草案に規定する日本の軍事ブロックヘの加盟は、真に極東に於ける平和の保全と維持に関心を有する諸国家に不安を起させざるを得ないのであります。右に関連して占領軍の日本領土よりの撤退問題及び日本領土内に他国の軍事基地を設定することを防止する問題をも詳述する必要があります。
 周知の通り、対伊平和条約をも含めて、第二次大戦後締結された平和条約中には、占領はできる限りすみやかに終結すべく、且つ、いかなる場合にも、平和条約実施の日より九十日より遅延してはならないことが特に唱われているのであります。米英草案(第六条)にも形式的
にかかる規定がありますが、同条は、更に、日本領土内に、『一又は二以上の連合国を一方とし、日本を他方として双方の間に締結された、又は締結されることのある二国間又は多数国間の協定に基いて又はその結果として』軍隊を残留させる可能性を述べているのであります。
 この留保規定は、占領軍は九十日以内に撤退すべしとする規定を、一片の空文とし、また、明らかに草案の同条の真の意義について、素朴な民衆を誤導せんとする目的に使用されているものであります。然しながら、その真の意義は、すでに日本に諸協定が強制されつつあり、それらの協定によって日本は、米国の極東に於ける侵略計画に基き、その領土を米国の陸、海、空軍基地建設の為、前以て提供しつつあるのであります。
 合衆国政府と現日本政府とが、日本との平和条約締結後においてなお、日本の領土上に米占領軍を保持し、日本に軍事基地を保有することについて、長期間交渉しつつあったと云う事実を誰が知らないものがありましょうか。この交渉の過程において、日本政府が、日本の政治的、経済的生活を現実に支配している合衆国側から、はなはだしい圧力を受けているという事実を誰が知らないものがありましょうか。
 平和条約米英草案の領土問題に関する部分について、ソ連邦代表団は、日本軍国主義者達によって分割された台湾、膨湖島、西沙群島及びその他の島々のごとき・中国の領土の欠くことのできない部分の返還に対する中国の、議論の余地なき権利を、この草案がはなはだしく侵害するものであることをのべることが必要であると考えるのであります。草案は、これらの領土に対する権利を日本が放棄することに言及するだけで、これらの領土のそれ以上の運命については、故意に触れることを省略しているのであります。しかしながら、実際には、台湾及び前述の諸島は、アメリカ合衆国によって占拠され、合衆国は、審議中の平和条約草案の中でこの侵略的行動を合法化しようと欲しているのであります。ところで、これ等の領土の運命は、絶対的に明白なものでなければならないのであります。彼等はその土地の主人である中国民衆の手に返還されなければならないのであります。
 同様にして、既にソ連邦の三権下にある千島列島はもとより、南樺太及びそれに近接する諸島に関するソ連邦の主権をはなはだしく侵害しようとして、草案は、又もや日本のこれ等領土に対する権利、権原及び請求権の放棄に言及するにとどまり、これら領土の歴史的附属物及びソ連邦の領土のかかる部分に対する主権を承認すべき日本の当然の義務については何等ふれるところがないのであります。
 われわれは、妥当な時に、カイロ及びポツダム両宣言並びにヤルタ協定に署名した合衆国とグレート・ブリテンとが、領土問題についてかかる提案を呈示することによって、これ等の国際的協定によって約束した義務の由々しき侵犯の道を辿ったという事実について語ろうと
はおもわないのであります。
 米英草案は、琉球諸島、小笠原群島、西之島、火山列島、沖の鳥島、南鳥島及び大東諸島を日本の主権から除外し、これらを国際連合の信託統治組織に含めるという口実のもとに、アメリカ合衆国の管理下に移すことを規定しているのであります。しかしながら、前述の諸島をそのように日本から分割することは、前述の列国の諸協定或は戦略的に重要な地域に対する信託統治について唯一の決定権をもつ安全保障理事会の決定によっても規定されていないのは周知のことであります。これは、米英草案に包含されている要求が恣意的であり、違法であることを意味するものであります。
 米英草案の中に、日本の民主化に関する規定を期待するのは無駄なことであります。この点においても同様、この草案は、日本との平和条約が充たさねばならない必要条件を満足させていないのであります。しかもポツダム宣言がはっきり日本の民主化が必要であると述べている事実にかかわらず、そうなのであります。われわれが既に指摘したように、極東委員会の決定は、日本の民衆が「民主主義的な代議制による組織」を作り、基本的人権を尊重するのを助長することが必要であると云っておるのであります。かかる点で、日本の現情について云えば、それは、占領の全期間を通じて日本の労働組合、日本の民主主義的団体及びすぐれた民主主義的指導者、日本の新聞の進歩主義的機関に対する抑圧が米占領軍当局の承認を得て、又その直接の奨励を受けて実行されて来たという事実からして明らかとなり得るところであります。
 同様にこの草案は、種々様々な軍国主義者やファシストの組織及びそれ等に類似する組織であって、それ等の中の多くのものが既に公然と活動をしているために、その復活の危険がより一層現実的となっているようなものを日本に創ることが許し難いことであるということについて、何等触れるところがないのであります。しかも、極東委員会の決定が「軍国主義と侵略の精神によって鼓吹された組織は、すべて断乎として抑制されなければならない」ということを明瞭にのべている事実にもかかわらず、そうなのであります。こうしたすべてのことは、一体平和条約米英草案の起草者達が何に取り掛ろうとしているのか、一体彼等が日本にどのような道をとるように強制しているのか、ということについて真剣に我々を考えさせるのであります。対日平和条約米英草案を注意深く分析した後で全く明白となることは、この草案が単に日本が侵略を繰返す危険を現実化する日本軍国主義を復活しようとするのみならず、既に日本の国家を破滅に導いた軍国主義者や反動主義者達に国の舵輪を再び握らせようとしているということであります。
 最後に、米英草案の経済問題に関する条項は、重大なる注意を要するところであります。経済問題に関しては、日本におけるある国家、殊に、戦後及び日本占領期間中のアメリカ合衆国によって獲得される経済的特権の保全と云うことに主要な注意が払われているのでありま
す。
 草案は、日本経済の中において支配的地位を占める外国の独占の維持ということを規定する詳細な条項を包含しております。これは日本の産業、海運、貿易に関するものであり、又外国商社及び法人の日本に対する各種の権利及び請求権の保障に関するものであります。同時に条約草案は、日本に対してその、平和産業と外国貿易の自由な発展、その航海と商船の建造との進展を保障するようなものを何も含んではおらないのであります。しかもこれは、偶然のこととは考えられないのであります。日本の産業をがんじがらめにして、日本の市場に外国製品を氾濫させることに、一体誰が関心を寄せているかということについては、誰も知らないもののない明らかなことであります。
 日本に、他国と平等の関係で原料資源を入手しうるようにさせるということは、ポツダム宣言によってはっきり規定されているにもかかわらず、本草案の中で、何等かそのことについて言及しているのを期待するのは無駄なことでありましょう。草案は、そのような規定を含んではいないのであります。それがないのは、世界の原料資源をすべて獲得しようと企てている合衆国とグレート・ブリテンとにとって、不利益だからであります。
 かくのごとく、会議に提案されている対日平和条約米英草案は、決して日本との平和解決という目的に役立ち得ないか或は、将来における日本の侵略の再発にそなえての何等かの保証をあたえることが出来ないのであります。
 平和条約米英草案は、言葉の上ではなく、実際に永遠の平和の確立と新しい戦争の恐怖の除去のために戦う国を満足させないし、又満足させ得ないのであります。そのような草案は、その人民が日本の侵略の結果に最も苦しみ、極東における近隣諸国の平和的存続にとって不断の脅迫である日本軍国主義の復活を許容し得ないアジア及び極東の諸国を特に満足させないものであります。平和条約米英草案が幾多の国々、すなわち中華人民共和国、印度、ビルマその他の反対に逢着しているのは一にこの理由によるものであります。
 中華人民共和国の中央人民政府は、八月十五日の声明書で平和条約米英草案を正しく評価し、「実際この条約は、新しい戦争の準備のためのものであって真の平和条約ではない」と述べており、又「それは、アジアの人民に対する脅威となり、全世界の平和と安全とを侵し、日本人民の利益を害するものである」と云っております。
 印度政府が平和条約米英草案を非難して、「条約案に規定されている解決は、日本人民間における不満の源以外の何ものでもあり得ず、又極東における将来の不和と起り得べき紛争の種を播くに違いない」という事実にかんがみ、印度は、この条約に参加することが出来ないとのべております。
 これを要するに、平和条約米英草案に関し、次にのべるような結論を引出すことが出来るのであります。
一、草案は日本の軍国主義の再建と、日本の侵略国家への変質に備えてのいかなる保証をも含んでおりません。草案は、軍国主義者日本による侵略を蒙った国々の安全を確保するためのいかなる保証をも含んでおりません。草案は日本の軍国主義の再建のための条件を創り上げ、新しい日本の侵略の危険を創っております。
二、草案は、事実上外国占領軍の撤退について何等の規定もしておりません。反対に平和条約署名後においてなお日本領土上に外国の武装軍隊が駐屯することと、日本国内に外国の軍事基地を存置することを保証しております。草案は、日本の自己防衛に名をかりて、日本が合衆国との侵略的な軍事同盟に参加することを規定しております。
三、草案は、単に、軍国主義者日本に対する戦争に参加した国々のうちのどれかを目標としてなされたいかなる提携にも参加してはならないという日本の負うべき義務を設定していないのみならず、反対に、合衆国の保護をうけてつくられた極東における侵略的ブロックに、日本が参加する道を開いているのであります。
四、草案は、日本の民主化について、すなわち日本における戦前のファシスト体制の復活にとって直接の脅威となる、民主主義的な権利の日本人民に対する保証について、いかなる規定も含んでいないのであります。
五、草案は、中国の欠くことのできない部分、すなわち日本の侵略の結果中国から分割された、台湾、湧湖島、西沙群島及びその他の領土に対する中国の正当なる権利をはなはだしく侵害するものであります。
六、条約草案は、ヤルタ協定で合衆国とグレート・ブリテンとが、樺太のソ連邦への返還と、千島列島の移譲とに関して保証した義務に矛盾するものであります。
七、外国の、先ず第一にアメリカの独占のためにこれらの国が占領期間中に獲得した特権を確保すべく、無数の経済に関する条項が立案されております。日本経済は、これら外国の独占に奴隷のごとく依存する状態におかれているのであります。
八、草案は、日本の占領に苦しんだ国々が蒙った損害に対して日本がなすべき賠償に関し、それらの国が有する合法的な請求権を無視しているのであります。同時に、直接日本人の労働によって損害を賠償することを規定して、この草案は、日本に奴隷のような賠償の形式を課しているのであります。
九、平和条約米英草案は、平和の条約ではなくして、極東における新しい戦争の準備のための条約であります。
 対日平和条約米英草案が日本軍国主義の再建に備えての保障を包含していないのみならず、反対に侵略的国家としての日本の復活のための条件をつくっているという事実は、説明し難いことではないのであります。このことは、日本に関する米英草案の起草者の計画が日本軍国主義の再建を防ぎ、日本の侵略を蒙った国々のための平和と安全とを確保するという仕事と何等共通点を有していないと云う事実によって説明し得るのであります。しかしながら、日本の侵略をもっともひどく蒙り、従ってその繰返しを許さないことにもっとも関心を寄せている国々が日本との平和条約の準備に参加することを妨げられているのであります。しかも日本との平和条約の準備のための手続きが、五大国すなわち、ソ連邦、合衆国、中国、グレート・ブリテン及びZフンスの外相理事会を創設したポツダム協定及び、連合国と交戦した国家とはいかなる単独平和条約をも締結してはならないということを約した一九四二年一月一日の有名な連合国宣言によって規定されている事実にもかかわらず、そうなのであります。ポツダム宣言において、外相理事会は、先ず第一に「平和解決に関する予備的事業」をなすために創設されたということ、及び、適切な平和条約を起草する一方、「この会議は、関係敵国に課せられた降伏条項に署名した国を代表する構成員から構成される」ということがはっきりのべられているのであります。
 このように、対日平和条約の準備のための手続についての問題に関しては、不分明なものはなにもないのであります。国際的協定にしたがって約束された義務を言葉ではなく、実際に遵守する者は、これらの協定に規定された対日平和条約の準備のための手続に厳格に従わなければならないのであります。アメリカ合衆国及びグレート・ブリテン両政府が、平和条約の準備を引受け、自分達が準備した対日単独平和条約の締結を今や他国に強要しつつあるという事実については、何等正当な弁明はあり得ないのであります。
 イタリア、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア及びフィンランドとの平和条約の準備をした時に遵守されたのは、この手続であったということを想起するのは適当なことであります。御承知の通り、経験はまた、ソ連邦と中華人民共和国との正当な要求を確認しているのでありまして、これらの政府は、対日平和条約の準備のために外相理事会が平和条約の準備をする任にあることを規定する手続に厳格に従う必要があることに関して、しばしばその見解の大略をのべたのであります。
 対日平和条約の準備に際しては、他国との平和条約が締結された場合と同様、日本と交戦状態にあった他のすべての国が参加しなければならないのであります。ソ連政府は、この点について、中国政府宛の一九四七年十二月三十目附公文及びグレート・ブリテン政府宛の一九四八年一月四日附公文をもって、はやくも適切な提案をなしておるのであります。
 対日平和条約の準備の発案権を強奪した合衆国政府はその約束した義務に反して、外相理事会による平和条約の準備に断乎として反対しているのであります。この立場を擁護するために、外相理事会による手続は、平和条約の準備を必ず阻止するものであるという議論が持ち出されているのであります。そのような主張が何等の根拠を有していないということは、明らかなことで、それは、四年前にさかのぼって上述の五箇国との平和条約の締結ができて以来、他の場合においてもそのような仕事が外相理事会によって遂行されたことがあるという事実によって証明されているのであります。
 共同して平和条約草案を提出した合衆国及びグレート・ブリテン両政府は、別の途を選んで、不法にもそもそもの初めからソ連邦及び中華人民共和国がその両国の参加なくしては日本との平和解決が問題となり得ない平和条約に参加するのを妨げたのであります。ソ連政府は、この事実に対して、対日平和条約草案に関する一九五一年五月七日附意見書及び六月十日附公文において、既に合衆国政府の注意を促がしたのであります。中国人民の領土に侵入した軍国主義者日本との長期の苛酷な戦争をなさざるを得なかった中国人民は、この苦闘のために特に重大な損害を蒙っているのであります。従って中国人民の意志を表明すべき唯一の合法的代表者としての中華人民共和国政府は、対日平和条約の準備から除外され得ないのであります。この問題においてソ連政府は、中華人民共和国政府の適切な声明、特に一九五一年五月二十二日及び八月十五日の声明の中で表明されている見解に全く同意し、対日平和条約の準備及び討議に中華人民共和国が完全に参加すべきことを主張するものであります。
 日本との平和解決に特に関心を有する中華人民共和国、インド、ビルマの参加なしに、合衆国及びグレート・ブリテンにならって平和条約に署名をしょうとする国々は、このような不正な不法な行為の余波に対し、自ら重大な責任を負うものであります。
 サン・フンシスコにおけるこの会議が直面しなければならない状態とは、何でありましょうか。
 アメリカ合衆国及びグレート・ブリテン両国政府がこの会議に際して示した事実は、中国が対日平和条約の準備及び討議に参加したこともなく、参加してもいないということであります。そのような状況のもとで極東における真の平和解決は達成されないということは明らかなことであります。その正義の感情及.ひ諸民族間における平和への熱望を公然と自由に表明し得る人民達がこのような立場に甘んずることができるでありましょうか。
 インド及びビルマは、サン・フンシスコ会議に参加することを拒絶し、米英草案が受諾し難いものなることを声明しました。これは、アジアの主要国家たる中国のみならず、インドがアメリカ合衆国及びグレート・ブリテンによって現在の参加者に押しつけられている対日平
和条約草案の準備及び討議から除外されていることを意味するのであります。
 このような行動がこの草案の起草者の信用をおとすものであるということは、本当ではないでしょうか。またそのような政策は、破滅の政策であることを意味しないでありましようか。
 ソ連政府は、サン・フランシスコ会議に参加することを拒否しなかったのであります。その理由は、米英草案についての真実を公然と発言することが必要であり、実際において極東における平和の解決の利益に資し、世界の平和を強化するに役立つような対日平和条約を要望して米英草案に反対することが必要であるからなのであります。
この事実より見て対日平和条約米英草案は、対日平和条約に必要な要件を充していないのであります。ソ連代表団は、アメリか合衆国及びグレート・ブリテン両政府によって提示された平和条約草案の中でなされるべき次の改正を当会議に提案し、考慮を望むものであります。
○副議長静粛。静粛。ソ連邦代表は、条約草案に対する改正の動議を提案しようとしていると思われますが。
○グロムイコ氏私は、声明をしているのであります。そして私は、私の立場を擁護しているのであります。私は、話す権利があります。議長、私は、話を続けうるよう要求します。
○副議長御続け下さい。
○グロムイコ氏
一、第一条に対しましては、
a(b)及び(f)項の代りに次の項を含めることであります。すなわち、「日本国は、満州、台湾及びこれに近接するすべての諸島、膨湖諸島、
東沙島、西沙群島、マクスフィールド堆、並びに、西鳥島を含む新南群島に対する中華人民共和国の完全なる主権を認め、ここに掲げた地域に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」
b(c)項は、次のように修正することといたします。すなわち、「日本国は、樺太の南半部及びこれに近接するすべての諸島並びに千島列島に対するソヴィエト社会主義共和国連邦の完全なる主権を認め、これら地域に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」
二、第三条に対しましては、第三条は、次のように修正することといたします。すなわち、「日本国の主権は、本州、九州、四国、北海道並びに琉球諸島、小笠原群島、西之島、火山列島、沖之鳥島、南鳥島、対馬、及び、第二条に掲げられた諸地域及び諸島を除いて一九四一年十二月七日以前に日本国の一部であったその他の諸島に及ぶ。」
三、第六条に対しましては、「a」項を次のように修正することといたします。すなわち、「すべての連合国の軍隊は、できる限りすみやかに、且ついかなる場合にもこの条約の効力発生の日から九十日以内に、日本国から撤退しなければならない。また、それ以後はいかなる連合国及び他の外国も、日本国の領土にその軍隊または軍事基地を保有してはならない。」
四、第十四条に対しましては、「a」項の本文及び同項の一は、次の案文におきかえることと致します。すなわち、「日本国は、連合国に対する軍事行動により、及び、ある連合国の領土の占領により生じた損害を補償することを約束する。日本国によって支払われるべき賠償の額及び源泉は、関係諸国の会議において検討されるものとする。この会議には日本国の占領下にあった諸国、すなわち中華人民共和国、インドネシア、フィリピン、ビルマは、必ず参加招請するものとし、この会議には日本国も招請される。」^
五、第二十三条に対しましては、(a)及び(b)項の代りに、次の項を入れるものといたします。すなわち、「この条約は、日本国を含めて、これに署名する国によって批准されなければならない。この条約は、批准書が日本国により、且つ、アメリカ合衆国、ソヴィエト連邦、中華人民共和国及びグレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国を含んで、次の諸国、すなわちオーストラリア、ビルマ、カナダ、セイロン、フランス、インド、インドネシア、オランダ、蒙古人民共和国、ニュー・ジーランド、パキスタン、フィリピン、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国、ソヴィエト社会主義共和国連邦、中華人民共・和国及びアメリカ合衆国の過半数により寄託された
時に、その時に批准しているすべての国に関して効力を生ずる。この条約は、その後これを批准する各国に関しては、その批准書の寄託の日に効力を生ずる。」
六、第四草中の新しい条文としまして、次の一条を新たに加えることといたします。すなわち、「日本国は、日本国人民の問の民主主義的傾向の復活及び強化に対するすべての障碍を除去し、且つ、人種、性、言語または宗教について差別なく、人権の享有、並びに、表現、新聞及び出版、宗教的崇拝、政治的意見及び集会の自由を含む基本的自由の享有を日本国の主権下にあるすべての人に保証するために必要なすべての手段をとることを約束する。」
七、第四章に次の新しい一条を加えることと致します。すなわち、「政治的、軍事的、または半軍事的のいずれを問わず、その目的が国民からその民主主義的権利を奪うことにあるファシスト及び軍国主義者の組織が日本国領土上に復活することを許さないよう約束する。」
八、第八章中に、次の新しい一条を加えることと致します。すなわち、「日本国は、武力をもつて対日戦争に参加したいかなる国を対象とする連合または軍事同盟にも加入しない義務を負う。」
九、第三章に次の新しい一条を加えることと致します。すなわち、「日本の陸、海、空軍の軍備は、自己防衛の任務にのみ供されるように厳格に制限されるべきであります。従って、日本国は、国境警備隊及び憲兵を含めて次にのべる範囲内の軍備を有することが認められる。
a 対空砲兵を含め、総数十五万人の兵力を有する陸軍
b 総数二万五千人の兵力、総トン数七万五千トンの海軍
C 海軍航空部隊を含めて戦闘機及.び偵察機二百機、予備機を含めて、輸送機、海空遭難救助機、練習用及び連絡用飛行機百五十機を有し、総数二万人の兵力を有する空軍。日本国は、機体内部に爆弾積載装置をもつ爆撃機たることを本来の目的として設計されたいかなる航空機をも所有し、または獲得してはならない。
d 日本軍隊の有する中型及び大型戦車の総数は、二百台を越えてはならない。
e 軍隊の兵力は、それぞれの場合に戦闘員、補給整備員及び事務要員を含むものとする。」
十、第三章に次の新しい一条を加えることと致します。すなわち、「日本は、日本の武装兵力の規模を定めている本条約の関係各条によって維持することを許されている兵力の必要条件を超える程度には、いかなる形式の住民の軍事訓練を行うことも禁ぜられる。」
十一、第三章に次の新しい一条を加えることにいたします。すなわち、「日本は、次の諸武器を所有し、製造しまたは実験してはならない。
(T)すべての原子力兵器、ならびに、細菌兵器、化学兵器を含む他のすべての大量殺傷のための手段
(U)一切の自動発進式若しくは誘導式の投射物、或るいはこれらの発射に関連する装置(ただし、本条約によって保有を許される海軍艦艇の魚雷、同発射管で通常の海軍装備と認められるもの以外のもの)
(皿)射程三十キロメートルを超える一切の大砲
(W)接触によらず自動感応装置によって爆発する機雷または魚雷
(V)一切の人間操縦角雷
十二、第四章に次の新しい一条を加えることといたします。すなわち、「日本の平和産業の発展、または諸外国との通商の発展或いは日本の平和経済に必要な原料の入手に対しては「切制限が課せられないものとする。同様に日本の産業海運ないし商船の建造にも制限が課せら
れないものとする。」
一三、第三章に次の新しい一条を加えることといたします。すなわち、
「1 宗谷海峡、根室海峡の日本側全沿岸及び津軽海峡及び対馬海峡を非武装化する。右の諸海峡は、常にあらゆる国の商船に対して開放されるものとする。
2 本条1項に挙げた諸海峡は、日本海に隣接する諸国に属する軍艦に対してのみ開放されるものとする。」
(外務省サン・フンシスコ会議議事録)



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