1978年(昭和53年)2月6日 朝日新聞 朝刊


 北洋サケ・マス漁業が対象魚種の乱獲にとどまらず、海鳥・海獣類の殺害につながと国際非難を浴びているとする記事


乱獲漁法 袋だたき 北洋サケ・マス
「未成熟魚も」と米ソ  日本側資料も認める


 北洋の「ドル箱」漁業として良い伝統を持つ日本のサケ・マス沖どり漁業が米、加、ソ連の三力国から袋だたきに合っている。これまでにも未成熟魚を含む乱獲の実態が、部分的にはソ連の科学者に私的されたりしてきたが、このほど東京で開かれた日米加漁業委員会に参加した米国研究者のレポートでも攻撃された。さらに米、加の環境保護団体から漁網にからまって死亡するオットセイ、アザラシ、イルカ、トド、海鳥の被害まで告発されるなど、沖どりをめぐる国際世論は近年になく過熱してきた。こんななかで、サケ・マス漁師たちは、七日からパンクーパーで再開される日米加の協議、さらにはその先に控える日ソ交渉を不安げに見守っている。「国益」を背景に、水産庁の指導のもと、ずるずると継続してきたこの伝統漁業は、いまや転換期を迎えた、といえそうだ。

「オットセイを殺すな」 環境保護団体も非難
 一冊の部外秘資料がある。表紙に「さけ・ますの資源状態に関する資料」とある。水産庁遠洋水研(清水市)が作った対ソ漁業交渉用の手引で、表紙の右上に通し番号が打たれている。ペニ、シロ、カラフトマス、ギンザケ、マスノスケのサケ五種別に、調査船による漁網の一反当たり尾数、回帰量、漁区別平均体重、資源量などが乱数表のように配されている。
 当事者は、基礎知識集だという。が、「乱獲の手引書」という学者もいる。七四年版をみると、西カムチャツカにおけるベニザケの平均体重がある。一九六一年に二・六キロあったペニザケの平均体重が、十一年後の七二年には一・五キロ。「未成熟魚に対する漁獲圧力、漁獲努力が加わり」と記され、解説では「漁獲量の減少が
未成魚の比率増大をより顕著に示した」と指摘している。さらに関連資料でも、日本の中型流し綱船によるペニザケの総漁獲尾数中に占める未成熟魚の混獲割合の推定値について、七三年にソ連側が五三%とみているのに対し、日本側は四一%、七五年は、ソ連四九%に対し、日本三六%と双方にかなりの開きある。
 「漁獲量の確保が、行政の当面の目標となれは、国益の見地から漁獲管理に片棒をかつぐことになる。研究者個人のモラルにすぺての責任を帰せられるのはいたたまれない」と、この部外秘資料に関与したある研究者は内部批判ともとれるぐちをこぽす。
 サケ・マス漁業は、北西太平洋の漁場にカーテン状の流し網を直線に伸ばして沈め、回遊中を網にひっかける。そ河性の魚を沖でとるこの種の漁法は、わが国だけだ。五十二年のサケ・マス船団は母船式、独航船合わせて六船団二百四十五隻(A区域)、四八度以南の中、小型二百九十八隻、太平洋小型八百三十二隻の計千三百八十一隻。毎年、交渉が妥結し漁獲割当量が決まる五−六月が漁期。
 魚種、魚体の大小、漁獲量は網の長さ、深さ、網目(メッシュ)の寸法がかかわってくる。使用できる漁網の総延長は区域により一隻当たり十二−十五キロメートル以内。網目の結び目間の長さは110−130ミリ以上。単一魚種としては、世界最大の漁場内に日本の船団が張りめぐらす漁網の総延長は数千キロともいわれる。
 漁網は、出漁前に出港地で検査官の点検を受け、封印される。しかし、漁場へ出るとチェック機関はない。漁獲量を競うあまり、「洋上で、商船やサケ・マス母船からこっそりと別仕掛けの網を補給されるのを見た」研究者もいる。網の長さは決められていても、シケなど強波によるたわみを理田に、数百メートル長いことは業界で
は常識化している。
 とりわけ、母船内は秘密に包まれている。沖合で独航船が運び込む水揚げ量は巧みに操作されているという。深夜から未明にかけての水揚げには、母船に乗船している検査官も気づかない。サケ・マスの漁獲量が多い時には、混獲される他の魚種にすり変えて報告したり、魚種名をやめ電算処理用にコード番号を使っているため、陸の関係者でも正確な実態はつかめないでいる。とくに、魚価が高いうえ国際商品として需要の多いベニザケに漁獲は集中する。そ上するのを専門に岸でとるソ連と、そ上途中を沖でとる日本との漁獲量の対比は最近十年間で一対二0になっている。
 基地へ直接戻る基地独航船の場合は、市場価格をにらみながら操業しているため、サケ・マスの本体を海上に捨て、イクラ、筋子だけを水揚げする例もある。
 あらたな難題がさらに加わった。北西太平洋のサケ・マス漁場での流し網に、回遊中のイルカをはじめ、北洋に生息するオットセイ、アザラシ、さらには北へ帰る途中の海鳥が網にからまって死亡する事例だ。昨年は米、加の環境保護団体や学者グループから抗議文が外務省や水産庁に相次いだ。
 水産庁は対応に苦慮し、日本鮭鱒漁業協同組合連合会(日鮭連)と検討した結果、昨年五月ごろ、「イシイルカ数千頭、オットセイ、アザラシ、トド五百頭については投網時や揚網時に不可抗力として避けられないので認めてほしい」との異例の要請書を北太平洋漁業管理会(アラスカ)に提出している。米国の海産ほ乳動物保護団体の圧力やオットセイの国際条約、米国の海産ほ乳動物保護法、日米、日ソの渡り鳥条約などにふれることを恐れたためともみられる。
 サケ・マス関連団体や研究者の話によると、これら海生ほ乳動物や渡り鳥の死亡例は過去にさかのぽって続いており、くわしい調査結果はないが、オットセイ、アザラシ類は年間二千五百頭以上が不可抗力的に網にからまり、防ぎようがないという。
 このような推移を経てきたサケ・マス漁業につい北大西洋漁業委員会(ICNAF)の事務局次長として長年、北洋漁場を見てきた水産庁遠洋水研の主任研究官長崎福三氏は「この二十年間、水産行政は沖どりに対する統計処理や解析に終始し、最も重要な資源保護や保存に対する一貫性や論理性がなかった。学者の一人として反省している。もはや、小手先だ
けの塗り薬ではダメで、資源保護を前提とした合理的漁業への再編成が望まれる。今となっては、日、米、ソ、加四力国共通のサケ・マスに関する条約、条例を作ろうとしなかったことが悔やまれる」と語っている。

許容量内と思う 松浦昭・水産庁海洋漁業部長の話
 サケ・マスの漁獲割当量に対する漁獲実績については、一割増の許容量はある。それ以上の漁獲はしていないと思う。 漁網に海鳥やオットセイなどがからまる例は今に始まったことではない。米側への要請書は出していないと思う。


出典:朝日新聞縮刷版

北方領土問題の先頭ページへ   北方領土問題関連資料のページへ