衆議院  日ソ共同宣言等特別委員会  7号  昭和31年11月25日

(省略)

○大橋(武)委員 そうすれば、ただいまの総理の御答弁は、現在の状態においては、国後、択捉を放棄しなければ歯舞、色丹を取り返すことはむずかしい、しかし、これを継続審議とすることによって、将来あるいは国後、択捉をも回復し得る希望を生じ得る、そういうことがあるかもしれない、そういうことでこの継続審議を選択された、かように承わったことにいたしておきます。
 そこで、問題は、将来国後、択捉が日本に回復されるような国際情勢が作り上げられたる場合に、日本側として国後、択捉を返してもらいたいという要求を出し得る十分なる根拠をこの共同宣言の中に用意をいたしておくということは、これはもちろんこの共同宣言の当事者たる日本の側としては、当然考えておかなければならない点であると存じます。そこで、果してその点についての用意が共同宣言において十分であるかどうかということを、続いて問題にしなければならないわけでございまするが、共同宣言案第九項に、歯舞、色丹は平和条約締結の際引き渡すと書いてあります。この引き渡しという言葉に相当する露語、ベレダーチという言葉は、譲渡、引き渡しなどと訳し、すこぶる意味の広い言葉なのであります。元来歯舞、色丹、国後、択捉の返還という日本側の主張に対し、ソ連は、樺太、千島はもとより国後、択捉、歯舞、色丹は、いずれも現在すでにソ連領の一部となっておるものであって、平和に際し当然に日本に返還するという筋合いのものではない、もし日本に渡すという場合があるとすれば、それはすでにソ連領となっておる旧日本領の一部をあらためて日本に割譲することになるという主張を続けておるのであります。そこで、ソ連にとっては、このペレダーチという広い意味の言葉を使うことは、特別の意味を持つことになるのであります。すなわち、歯舞、色丹を日本に渡すのは、日本の領土を日本に返すのではなく、ソ連領の一部を新しく日本に譲渡するのだという意味を表わしておこうというのであります。さればこそ、第九項に「本国の要望にこたえかつ日本国の利益を考慮して、」という特別の文句がわざわざつけてあるのであって、日本のものを日本に返すのならば、何もかようなもったいをつける必要はないはずであります。日本のものでないソ連のものを特別に日本に渡すというのであるから、かような文句をつけ加えているのであります。その結果は、将来ソ連は、共同宣言は歯舞、色丹さえソ連領であるという前提を認めているではないか、いわんや国後、択捉は、樺太、千島とともにソ連領であることは当然であるという立論を必ず打ち出してくるのであります。かように考えますと、第九項は、歯舞、色丹をも含めて現にソ連の占領している地方はすべてソ連領になっておるという、ソ連のかねてからの主張を巧妙に織り込んであるものといわなければなりません。従って、将来平和条約締結交渉の際、ソ連はこの条項を援用して、歯舞、色丹以外の領土は共同宣言の際ソ連領として決定済みであるという主張を展開して参るでございましょうし、また、さような主張をいたした場合には、当方としても文理上その主張を打ち破ることは相当に困難になるであろうということを覚悟しなければなりません。従って、将来国後、択捉の領土権を討議する機会があったといたしましても、それは、領土の返還を求めるということではなく、ソ連領の一部となっておるものをあらためて割譲せしむるという、全く新たな問題とみなされるおそれがあるのでございまして、択捉、国後の返還はこの点において事実上すこぶる困難となると思われるのでございまするが、政府の御見解を承わりたいと存じます。


○鳩山国務大臣 私は、その条約上の文理解釈として、日本が非常に不利益な場合に立ったというふうに考えておりません。ただ、文理解釈として譲渡という意味はどういうロシヤ語であるのか、それがどういう意味を持っておるかということは知りませんけれども、文理解釈によって日ソの領土問題はきまるとは思っていないのです。国際情勢の変化によって日本の領土問題は決定できるものと根本的に考えております。その文理解釈については松本全権から答弁してもらいます。

(途中省略)

○鳩山国務大臣 私がロシヤ語をつまびらかにしなかったということについて、私が非常に責任を果さないようにあなたはおっしゃいますけれども、条約文というものは、ソ連文と日本文と両方あるのです。日本文にはちゃんと「引き渡す」という文字が書いてある。その「引き渡す」という文字をソ連の何とかいう文字と同様だと思いまして、私は調印をしたのであります。やはり日本文の原文の条約正文があるのです。それには、ソ連のプルガーニンも署名をしております。私はそれだけで自分の行為について不十分だとは思いません。これだけは明瞭にしておきます。

(途中省略)

○松本全権委員 大橋さんの質問に対して、私が交渉の衝に当りましたので、はっきりお答え申し上げます。この日本語の引き渡しに当を露語につきましては、十分研究をいたしました。先方の日本語をよく知っておる専門家とこちら側の専門家が十分協議した上に、この案文は引き渡しという案文になっておるのであります。この引き渡しの意味は、日本語の引き渡しの意味するごとく、単なる物理的な占有の移転を表わす言葉であります。従いまして、日本側といたしましては、歯舞、色丹は日本の固有の領土であって、北海道の一部であるということは、私が当初から最後まで主張いたしておるところであります。従いまして、引き渡しという意味は、そういう日本側の歯舞、色丹に対する建前を通して、こういう字句で十分だと考えましたので、私もこれを受諾いたしまして、この点を鳩山全権に報告いたしました上で、署名になったのでございます。かように御了承願います。

(以下省略)



北方領土問題の先頭ページへ   北方領土問題関連資料のページへ