熊野古道  海南〜湯浅 まで・ウォークレポート

実施日: 2007 3月21日(水・祝日)13℃ 快晴
集合場所:JR紀勢本線 海南駅 10時
コース:  海南〜藤代 神社〜阿弥陀寺〜山路王子神社〜蕪坂塔下王子跡〜山口王子跡〜 (JR紀伊宮原駅・      13km コース・ゴール)〜糸我王子跡〜糸我峠〜JR紀勢本線・湯浅駅 ゴール18km
          高低差 350m            
                                                           
レポーター:独断と偏見の彩色兼美

 

昨日までの寒さと打って変わって暖かい歩き日和です。青春 18切符を申し込んだ参加者とスタッフ共々天王寺駅集合で団体乗車となりました。海南駅前広場に集まり、コース説明 (紀伊宮原到着に時間がかかりすぎると湯浅までいけないかもしれないと言われてがっかり。でも1日で3つの峠越えだものね〜。),諸注意、表彰、準備体操を済ませてスタートです。

暫くは都会の街歩きとなり、だんだん落ち着いた町並みにはいると雰囲気が出て熊野古道を歩くんだ・・と嬉しくなってくる。

 

 

鈴木邸跡です。全国の鈴木性のルーツだと言われています。通過ですが皆さんしっかりウロウロ。 これは鈴木邸の絵図で室内や人々の様子がとても細かく描かれています。写真をクリックするとアップで見れます。
熊野から藤代に移住して熊野三山への案内役を務めた鈴木家の屋敷跡とその庭園の史跡があります。

 

     印がある説明はインターネットの
和歌山県観光情報・和歌山県街道マッ プ〜高野 めぐり・熊野古道〜“から引用したものです。

 

藤代王子跡(藤代神社)  トイレ休憩         有間皇子

 

奈良時代、斉明天皇が白浜の温泉に行幸の際に創建された神社であると伝えられます。付近には熊野の鳥居跡の史跡があります。 藤代王子は、広い意味での熊野三山の霊域の入口で、切目王子、稲葉根王子、滝尻王子、発心門王子とともに五体王子に数えられ、熊野九十九王子の中でも特に格式の高い王子社とされていました。

境内には南方熊楠の命名の由来ともなった樹齢千年の楠の大木 (そっとなら触れてもいいんですよ)

をご神体とする子守楠神社、建仁元年10月9日に後鳥羽上皇が歌会を開いたことを記念する熊野懐紙歌碑があります。平成15年(2003)熊野三山ゆかりの本地仏、千手観音ほか熊野詣が旺んであった平安末期の熊野本地仏を祀る権現堂が建立されました。熊野路に現存する最大の本地仏群です。県指定の「藤白の獅子舞」は熊野詣での際に演じられた里神楽にその起源があります。

 

“家にあれば 笥に盛る飯を草枕  旅にしあれば椎の葉に盛る” (『万葉集』 2-142

19歳で悲劇の死を遂げた有間皇子が詠んだこの歌は、万葉の代表的な哀歌です。父・孝徳天皇にも将来を期待され、難波宮で平穏な日々を送っていた皇子。しかし、その栄華もはかないものでした。斉明4年(65811月、皇位をねらった謀反人として捕らえられた有間皇子は、牟婁(白浜)の温泉に行幸中の斉明天皇のもとに護送されました。その帰り道、藤白坂で絞殺されたと伝えられます

 

藤代坂
藤代神社右から急坂の長いつずら折れの登りが始まります。

和歌山マリーナ。
途中の梨園で花がちらほら咲きかけているのを発見。初めて目にして色と可愛さに感激。
みかん畑はもちろんですが、ビワ園も多く美味しそうな道中で急坂も苦にならない?

 

登り途中の竹やぶ群 筆捨松。側に石の大硯も有ります。 地蔵峰寺手前の石造宝印塔

 

筆捨松(ふですてまつ)
平安時代初期を、代表する画師、巨勢金岡が熊野詣の途中、藤白坂の松の木に腰かけて写生をしていると、ひとりの童子があらわれ、「どちらが上手か競争しよう」と持ちかけます。ところがどちらもうまくて勝負がつきません。

そこで童子が、描いた烏を飛び立たせたので、金岡も鶯を飛び立たせました。さらに童子が手をたたくと烏は絵に戻りましたが鶯は戻りません。金岡は悔しがって絵筆を松の根元へ投げ捨ててしまいます。実は、この童子は熊野権現の化身であり、おごった金岡を戒めるためにやってきたのです。現在、この筆捨松のそばには、硯の大石もあります。

 

本堂東の民家の近くにある石造宝篋印塔(県指定文化財)は、高さ125尺(3.788m)という巨大な石塔で、那智山青岸渡寺の宝篋印塔(国重要文化財)などとともに県下四大宝篋印塔です。

 

地蔵峰寺(じぞうぶじ) (国重要文化財)

藤白坂の終点にあり、塔下王子跡を境内に含む古刹で、「峠の地蔵さん」の愛称で親しまれています。

禅宗様、本瓦葺の本堂(国重要文化財)は室町時代の建立と考えられ、本尊である地蔵菩薩坐像(国重要文化財)は総高約3m、石仏としては国内最大級で、元享三年(1323)の銘が刻まれています。

地蔵峰寺裏手にある御所の芝は、12ともの熊野参詣を果たした白川上皇の行在所跡です。  ここで1つ目の峠越えクリアー!

 

 

ここでランチタイムです。参加者達がお参り、場所取りなどに散らばっていく中、本堂前の階段に座り込んだ人が “えっ、ここでお昼じゃないの?まだ歩くの?!”口も声もとんがっていました。
いいえ皆さん、座る場所を探して移動しているだけですよ・・と声をかけるとほっとした顔に。そうよね、かなりの登りだったものね〜。お疲れ様でした!

お参りしてから・・と階段を上がりかけるとスタッフが声をかけてくれました。“おミカンの無料お接待があるよ”って。一つ頂いてお地蔵様に感謝!今日の無事もお願いしてから待望のランチタイム。大きなふっくら、ゆったりとしたお地蔵さまでした。淡路島、四国、和歌浦湾の景観が眼下の休憩ポイント!だそう。重大事項: 済ましておかないと次のトイレまで遠いわよ〜ン。

 

橘本神社への道から集落を見下ろし、下ってみかん畑。これは何のお寺かな?この辺で急ぎだしたのでハテナ

 

橘本土橋、木製の橋で下は加茂川。

左に折れて橘本神社へ。

境内にはみかんの先祖である橘の木がある。

ちょっと疲れてきたので私はパス。エネルギーをためておかないとね〜。

 

橘本神社から折坂王子を過ぎてここまではゆるい上り坂。

山路王子神社・一壷王子跡

境内に土俵があり、泣き相撲が行われる王子社の原型をとどめている。ここで小休止、列詰休憩かな?

ここからだんだんと坂道が急になっていく。先のことは考えないことにしよう。

沓掛登山口からは猛烈な急坂!!2つ目の拝ノ峠越えにかかる。冗談じゃない、後ろに引っ張られそう。後ろを振り向くな・と声がかかる。

 

どこか途中の風景(ゴメン)、急に開けて海が見え、思わず“ワー”と声が上がる。疲れが吹っ飛ぶ瞬間だ。中央の写真は無事峠越えの後,ちょっと登りの蕪坂を上がり、蕪峠〈蕪坂塔下王子跡〉でトイレ休憩です。

ここまで来たらクリアーしたも同然と、ゆったり気分でトイレの列でもおしゃべりの花が咲く。気持ちのゆとりもできたようでお休みの様子をパチリ。でも甘かったわ。当たり前よね、登りが急なら下りもおんなじよ!登る方が楽ね。右端の写真は爪書地蔵。スタッフいわく、懐中電灯がないと見えないよ〜!でも格子窓にしがみついて目を凝らす。ダメだ〜!見えなくて良かったかもね、執念を感じて震え上がったりして・・。

 

山口王子跡

何だかやたら広々した所にぽつねんと建つ。

ここを過ぎたら紀伊宮原駅はすぐ。ここで13kmのウォーカーは右へ湯浅組は左へとサヨナラをして私は元気に湯浅の方へ。

道は険しく大変だったけどとても楽しく歩けたのでそれほど疲れを感じていない。気が張っているせいかしら?スタート前に紀伊宮原止まりになるかも・・と聞いていたので嬉しくてルン、ルンのせいかしら!

古道に入る途中の道で見つけました。うめ?もも?

とても大振りの紅白マーブル模様の花びらです。大きな木で根元近くから3本に別れ、他の2本は紅い花でした。

桃よね〜〈大阪城の桃園の花とおなじ感じだったもの〉風に揺らめいていたのでぶれるかな?と心配したけれど結構うまく撮れていました。

写真をクリックしてください。

 

 

古道にはいり、糸我峠越えのうっそうと茂る竹藪の中を歩きます。1ケ所急なところが有りますが問題なし。
太陽も少し陰り加減で柔らかく、そのため時代めいた雰囲気が出て楽しかったけど、当時の人はこわかったでしょうね。

大集団で歩いているんだけど、結構ばらついているので少人数のグループ歩行の感じでなかなかいいのです。全体を通して気分良かったのはこれも大きな一因ね。

古道ムードは 海南〜紀伊宮原 の方があるかな。途中山桜が満開でした。びっくり、だって普通は山桜の方がずっと遅いでしょ。

弘法の井戸

舗装道路の端にポツネンとあります。おやおやっと思いながら写真を撮っているとベテランのウォーカーが近寄ってきて誉めてくれました。“本当に良く頑張ったね、歩けたね”って!

嬉しかったな〜。こんなに大きくなっちゃってからは、誉めてもらえることも久しくなかったし〜!

それで弘法の井戸の謂れを忘れちゃったのです。ゴメン

 

 

湯浅の町です。ご覧のようにもう陽はかなり傾いています。古い町並みを保存しているのでしょうね。落ち着いた美しい通りです。民芸博物館が有り又家々にいろいろの道具、飾り物などが額にいれて飾られています。職業を表す看板のようなもの有り、昔の道具類あり〈写真は医療器具〉、簪など工芸作品類有り。

通りを真っ直ぐ歩かずウロウロ。おまけに湯浅は醤油で有名です。醤油屋、味噌屋、酒屋、大ミカン4ケ¥100まであり、出入り、買い物に忙しいこと。湯浅の町はぴりっとしてどこかのどかな雰囲気で本当に素敵な町です。多分観光の町だけでなく地に足着いた実生活にウエートがかかっているからでしょう。

 

メインストリートを左に曲がって。オットいい感じでパチリ。この通りはほとんど民家。
熊野古道の道標を右に曲がると駅近くになり又商店が。新鮮野菜や果物を安く売る、朝市的な店。こぎれいな醤油屋さんが。(お醤油を買いたくてたまらなかったスタッフが喜んで飛び込んでいきました。)

あっ、駅が見えました。可愛らしい駅だこと!色合いも雰囲気ぴったりです。ここでちょっと意外性に驚きました。なんとタクシーが 薄黄緑色だったの。仲良く3台並んでいました。柔らかい色! ゴールまで楽しませてくれるのね〜

 

5:26の普通列車が入ってきました。
青春18切符なので私のグループ4人そろって乗車。

ふと気ずいて振り向いたらなんと、冷水浦に夕日が!海岸線と町並みと入り江に浮かぶこの夕陽。

思わず声がもれました。こんな美しい夕暮れの風景、それもローカル線で!・一瞬現実を忘れた。

時間にしたらホンの一瞬、でもスローモーションのように脳裏に刻み込まれました。神様ありがとう。

お陰でシャッターチャンスを逃しちゃってこの写真になりました。和歌山駅はまだまだ先〜。

 

                          インデックスへ    前へ  次へ