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９９

共
振
す
る
肉
体

by

立
木
燁
子

「季刊ダンサート No.17」 2000年2/10発行　から
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EX...it!99 IN GERMANY

　「共振する肉体」　

txt by　立木　燁子　（たちき・あきこ）
協力ブル－リン城国際芸術交流センター

世界的にもどこか閉塞感が感じられるこのところの舞踊状況の中で、いま民族的踊りに注目が集まっている。世界の細分化が進み、民族的なものへの関心が高まったのと呼応するように、リヨン・ビ工ンナーレは多文化主義の方針を示し、モントリオ－ル・ダンス・フェスティバルはアフリ力のダンスを特集した。その背景に、酉欧型の尺度にあうものだけを許容してきた近代の合理性を超えるオ－タナティブ探しという切実な思いが感じられる。この傾向は、日本のダンス・シ一ンのなかで、伊藤キムなど舞踏の身体性を軸に新しいダンスを創ろうとする舞踊家たちが、その存在感を強めつつあることとも呼応する。定型化した舞踏の表現は時代とずれこんでしまったという評価がある一方、欧米の舞踊家たちのなかで、身体を機能的に評価する西洋的な舞踏観こ行きづまリ、舞踏の底にある東洋的な身体性が改めて見直されている。

さる八月、ドイツて開催された国際アート・プロジェクト、”EX...It！99”に参加してみて、こうした関心が現場の舞踊家レべルで着実に芽生えているのを実感させられた。今回で第ニ回目（95年に第一回開催）となるこのプロジェクトは、舞踏家のほか舞踏に関心を抱く振付家やダンサー、演出家が世界各国から参加し、ワ－クショップや作品の創作を通じて広い視野から舞踏とは何かを問い、再評価してみるというプログラムである。（ディレクション:ダンサ－・演出家のデルタ・ライと天変地異アート・ファクトリ－吉岡由美子＝元ミゼール花岡）八月始めから半ぱまて開催された今年のプログラムには、世界各地からの振付家・演出家15人に加えプ口、アマを含めたワ－クショップ生四十一名、ミュ－ジシャン十一名が参加したほか、内外のジャーナリストや研究者を集めシンボジウムも行なわれた。約ニ週間にわたるプ口グラムは、デモンストレ－ション・パフォ－マンスに統き、ワークショップ、各振付・演出家のもとでの最終パフォ－マンスという構成で進められた。身体性という観点から興味をそそられたのが身体の基本を学んでいくワ－クショップである。

身体を物質として意識させる－方で、無意識の動きを身体的に自覚させていく訓錬や外界の事物へ身体を共振させていく訓練が行なわれ、人間の自我を出発点とする西欧の舞踊概念に慣れたダンサ－たちに新鮮な体験を与えていた。 Ex...it!99が開催されたのは、旧東ドイツ領のポ－ランド国境の近くにあるブル－リン“城”である。広大な田園地帯の真っ只中に位置するこの場所は、現在は文化活動の企画を行なう異色の拠点となっているものの、城という呼称とは裏腹に東独時代には矯正者向けの集団農場であったという。今もどこか重い歴史の時間を感じさせるプルーリンの空間を使って共同制作された最終公演では、十ニの作品が披露されたが、「場」と反応するという舞踏の醍醐味がうまく生かされ、何もない荒れた場所に熱気のある芸術的磁場が形成されていく過程には興奮させられた。

最終公演は、Ex...itにちなみEXを冠頭語とした言葉をてがかりに創られた各々独立した作品が全体を形作る構成になっている。なかでまず印象に残ったのはドイツの舞踏家サビ－ネ・ソイメの作品だ。ピナ・バウシュの薫陶を受け力ルロッタ・池田の下で舞踏を学んだというソイメはソ口活動を中心に活動している人だが、今回の作品では自身の踊りとワークショップ生の踊リを立体的な構成で巧みに場に溶け込ませた。大きな納屋の一角を舞台として、ダンサーたちは地中と身体半分を土に埋められた形で踊る。納屋の土間をニメ－トル程掘リ下げた穴の中で胎児か冬眠中の生きものが目覚めるように踊るソイメのソ口は、周囲の音や気配に反応してゆっくリとした動きを作リ、透明なアクリル板の向こうに幻想的な雰囲気を醸し出した。

また、従来の舞踏体の考え方を重視しながら、身体の場との共振性によって踊りを作った森田－踏の作品も素朴な詩情を生んで印象に残った。森田が踊る場として選んだのは、城に隣接する古い教会前の空き地である。墓場を背に、夜気に包まれ、巨木揺らす風の感触や音、小糠雨などすべての気配に反応しつつ揺れ続けるダンサ－たちは、無理なく自然と溶け合い地霊を想わせた。本格的な舞踏体など体得できているはずもないが、ダンサ－たちはそれぞれに舞踏の基本を体現して作品の確かな構成員となっていた。

舞踏のコンセプトで死は重要な要素だが、死を内包した生の概念をヨーロッパ的に消化し、土方の述べた犠牲体をドラマティックに表現したのが、イムレ・ト－ルマンの作品である。ブル－リンの荒涼とした佇まいから喚起されたものを出発点に、コソボやアウシュヴイッツなど人問の愚行に対する政治的な推評性と死とともに生きるという舞踏独特の思想をナラティブな演劇的構成の中に巧みに表現した。闇の中にワゴン車が現われ、男たちがゴ口ンと死体を捨てていく。その前で急停車し、倒れる自転車の男。男もまた犠牲者だ。男の身体を両脇から木で支え、広場の奥の苔蒸した沼ヘと運んでいく行列は、一種キリスト教的なイメ－ジである一方、あぷりものにされる身体を象徴的に見せた土方巽の「幡犠大踏艦」を想起させるものがあった。

全体にクラシックな印象を与えるこの美しいパフォ－マンスは、現代と共鳴する確かな政治性をそなえてもいた。実験演劇で活躍するドイツの演出家、ア－サ－・クゲルラインが演出したフィナーレも特肇に価しよう。納屋を改造したホールに入ると観客は目を奪われる．ほとんどが全裸の数十人の白塗りのダンサ－が身体を胎児のように丸めて広がっている。各ダンサ－が裸電球を抱き闇の中に横たわつている光景は感動的で、全体が美しいインスタレーションとなっている。じんた風の楽隊の音がヨハン・シュトラウスのワルツに変わるなかで、ダンサ－たちがよろよろと立ち上がっていく。新しい始まリを表現したこの幕切れは、冒頭で紡ぎ出された誕生や「胎内回帰」のイメ－ジが舞踏の基本である立つ、歩くというコンセプトにもつなげられ秀逸であった。土に埋まったリ、裸や白塗りも厭わず果敢に演技したワークショップ生の姿から、西欧的な舞踊概念とは異なる舞踏の基本を身体で感じ取ろうとする参加者の熟意がよ＜伝わってきた。

シンポジウムでは、舞踏の再検証と今という時代に舞踏がどのような価値を持ち得るのかを中心に討論が行なわれた。身体の物質性、ものや状態にメタモルフォ－ズする（なる）身体、場や環境と敏感に共振する身体、あるいは衰弱体や犠牲体など、舞踏独目の身体性に光があてられ、身体ヘの視線の革新性が再確認された。外界との身体の交感を考える舞踏は、身体と精神を解放し感覚を覚醒させ、大野一雄や岩下徹が実践しているように精神療法の現場でもあらためて注目を集めている。精神療法を大学で教える学者でもある今回の参加者森田一踏もその実践に熱心である。

知覚に影響を与えるほどに激しい情報革命を駆け抜ける現代において、舞踏の身体観が今日的な視点から見直されることは意味のあることではないだろうか。ただ、芸術的創造性については、舞踏の現状が示す通リ課題が多い。「自我を捨てるところから始まる」という禅や能の思考さえ想起させる土方の舞踏体の理論は、踊り手にとって巧妙な逆説を含む考案と考えた方がいいかもしれない。空である身体をもって確たる表現を創りだせという不条理とも言える課題をどう乗り越えるかが、舞踏家それぞれに問われている。ソイメやト－ルマンなとヨ－口ッバの身体と感性が受けとめ、育んだ舞踏の表現には"ハイブリッド・ブト－”と呼ぴたい新鮮さと強さを感じた。皮肉なことだが、その底に強い創造的"自我"が感じられるからかもしれない。

DANCEART No.17, 2000 SPRING pp12-13.
「ドイツ・シュロスブルーリン国際セミナーイン・８月」
季刊ダンサート No.17 2000年2/10発行「ダンスカフェ」定価815円から転載

発行「ダンスカフェ」　〒175-0082　東京都板橋区高島平3-10-1-610
Tel/Fax 03-3975-6405
（Mar.13, 2000. Made by ）