何故にピアソラ?

Libertango - The Music of Astor Piazzolla - : Gary Burton

 

ブームは仕掛けられている

日本人の、ある一定以上の年齢の方々にはタンゴが好きな人が多いですよね。そのくらいの年齢の人が子供の頃から親しんでいる大衆舞踊といえばせいぜい盆踊りだけだと思うのですが、なぜ体験したこともない、そしておそらくは生で観たことすらないタンゴが好きになるのか、かなり謎な人種ではないでしょうか。実は僕の父なんかもすごくタンゴやジプシー音楽が好きなようで、モーツアルトやベートーベンあたりは死ぬほど退屈だし、ショパンは寝ちゃう。Jazzはもちろん理解不能のようです。ちなみに母親は繊細な音楽が好きで、鼻歌でショパンのバラードが出るような困った人ですが(笑)。僕は明らかに母の血を引いてることになりますね。

そこで昨今のピアソラ・ブームです。これはもう、明らかに仕掛けられたブームなんですよね。タンゴ好き人種で、バンドネオン教室なんてものまで出始めた日本においては、適当なネタとタイミングさえあればブレイクする状況は整っていたと言えます。舘野泉さんなんかが先達となってピアソラ・プログラムの演奏会を開いたりして、わりと地道な活動をなさっていたのですが、舘野さんご自身も昨年あたりから一気にブレイクという感じで、さぞお忙しいことでしょう。

というわけで本題に入りますが、このアルバムはヴィブラフォンの天才Gary Burtonも『恥ずかしながら、ピアソラしちゃった』という作品です。

 

めっちゃ熱いっす(笑)

以前"Like Minds"評でも書きましたが、Gary BurtonはJAZZミュージシャンの中でも相当な知性派で、演奏スタイルもひたすら知的でクール、というのが僕の感想です。ですから、情熱の赴くまま熱いフレーズを交錯させるタンゴには不向きなのではないか、という危惧があったのですが、このアルバムを聴いてそんな考えは吹っ飛んでしまいました。Burtonさん、めちゃくちゃ熱いっす(笑)。ていうか、Burtonらしいアレンジや構成の確かさ・知性というのは存分に感じられるのですが、演奏内容はとってもホット。例によってこのアルバムを作ろうと思った経緯などがライナーノーツにた〜っぷりと書かれていますが、要するに『自分はPiazzollaがとにかく大好きで、ずっと彼とアルゼンチンで演奏したかった』そうです。うーむ、知的なスタンスを絶対に崩さないBurtonが、タンゴのような音楽にここまで惚れ込んでしまうというのも面白い話ですが。

では、あのBurtonが熱くなるとどうなるかということ、やはりこの人は熱くなっても知的なんです。ゆえにプレイは超絶技巧の嵐になります。5曲目の"FUGA Y MISTERIO"なんかもー、凄いですね。フーガでタンゴを作ってしまうPiazzollaさんも相当な人だと思いますが、この曲の後半の大ユニゾン大会の迫力はなにか憑いたようなものがあります。それがいったんおさまって、スローなパートに入るときの色気にしても、『これがバートン?』と思うほどの甘い雰囲気です。フーガものは9曲目にもありますが、主題そのものがかなり難しいフレーズで、全体に技巧的。こういう曲を選曲するあたりがBurtonのセンスだと思います。

BurtonにしろPat Methenyにしろ、いろいろな音楽の影響を受けつつも、自分のサウンドを堅固に維持してきた人たちなのですが、このアルバムにおけるBurtonのスタイルはそういった過去のしがらみから完全に逸脱して、Piazzollaの音楽に対する深い敬愛と、何より『タンゴ・バンドの一員として演奏する自分』を心底楽しんでいるように聞こえるのです。これは、全くの新境地という感じがします。結果として、このアルバムはJazzのアルバムではなく、立派なタンゴ・アルバムになったと思います。

それと当たり前のことですが、Burton以外のメンバーの演奏もめちゃくちゃ熱いんですよ。1曲目なんか構成重視でソフィストケイトされてるので『ありゃ、いつものバートン節かな』と思ってしまうんですが、2曲目からはもうひたすら熱い世界。全体に技巧的で複雑な構成の曲が多いので、これで踊ることはできないと思いますが、聴いて十分に満足できる一枚と言えます。

2000.06.11

Back to "Cool Disks"