細野曰く「最高傑作」

BGM:YMO

 

僕が10代後半にいちばんたくさん聴いたレコードがコレです。JAPANの"TIN DRUM"も相当聴きましたが、こっちの方が多いような気がします。なにしろ、聴きすぎてレコードの溝が擦り切れてしまい、新たにもう1枚レコードを買ったのですから半端ではありません。回数でいうと、1000回は軽いっすね。その後CD化されたのですぐ買って、やはりガンガン聴いていたんで、2000回も超えてるかもしれません(苦笑)。

YMOというと一般的にはライディーンとテクノポリスの入っている"Solid State Survivor"が有名ですけれども、音楽通の間ではこの"BGM"と、その次に出た"TECHNODELIC"の評価が高いんです。特に"BGM"は細野晴臣をしてYMOの最高傑作と言わせしめるアルバムです。僕もYMOというとまずこのアルバムを思い浮かべます。

 

非ポップ宣言

時に1980年、YMOは売れまくってました。アルバムはもちろんことごとく売れるし、テクノカットの少年少女は街に溢れ、至る所でライディーンやテクノポリスが流れ、YMO現象なんて言葉まで生まれました。もうYMOの存在そのものが社会現象になっちゃっていました。そして、本来YMOを聴かなくてもいい人たちまで、にわかYMOファン化を起こすに至ったのです。この状況をいちばん嫌がったのが何を隠そう、YMOの3人です。売れないうちはシャレでポップなものを作ってみたりして真面目に遊んでいたわけですが(そうやってできたのが"Solid State Survivor")、いったん売れちゃうと、もともと天の邪鬼な人たちですので、同じことはやりたくなくなるんですよね(笑)。それに加えて、とりあえずにわかファンを切り捨てたい、リスナーを限定しちゃいたい、という高飛車な欲求が生まれたようなのです。さらに、ポップよりも何よりも、まず良い音楽・良いサウンドを作りたい、そういう思いがこのアルバムのレコーディングの根底にあったようです。

もうひとつ、ヨーロッパ系のエレクトロ・ポップの影響があります。ヨーロッパといってもほとんど英国なのですが、JAPANやROXY MUSICなど、退廃的で耽美的なサウンドはとてもオシャレでした。実はエレクトロ・ポップのアーティストはシンセサイザーの使い方などにYMOの影響を受けて自らのサウンドを具現化していったという事実もあり、本家としてはこれらアーティストの活躍を黙って見過ごすわけにはいかなかったのでしょう。特に高橋幸宏は元々英国ポップの影響が色濃い人ですし、お耽美なものも大好きということで、このアルバムのサウンドの方向性も内省的なものへと導かれたのではないかと思います。結果として出来上がったアルバムはお世辞にもポップとは言えない内容のものになり、テクノポリス&ライディーン路線を期待していたリスナーたちから猛反発を受けます。アルバム評に堂々と「駄作」などと書かれたこともありました。しかし、年を追うごとにこのアルバムの評価は高まり、いまやYMOの最高傑作としての地位を不動のものにしているわけです。

では、このアルバムはいったいどんな内容なのでしょうか。

 

曲の傾向

YMOは基本的には各自が曲を持ち寄って他の2人がいろいろ手を加えながら作り上げる、という方法論でレコーディングを進めてきたグループです。しかし、このころYMOは分業化がさらに進んでいて、おそらく3人そろってスタジオに入ることはほとんどなかったのではないでしょうか。つまり、マルチトラックに入った他のメンバーのプレイをもとに、自分一人でサウンドを加えていくというのがスタジオでの基本作業になるわけです。そして、とりあえずポップなものを作る必要はなくなったということで、各自がその当時興味のあったことを全面的に展開してます。ゆえに、個々の曲のキャラクターがかなり異なり、作曲者の個性が表面にあらわれるようになりました。

何だかんだ言ってもBGM以前のYMOは細野さんのバンドだったわけで、彼はYMOというコンセプトを第一に考えていたので、サウンド上にあらわれるメンバーの個性は非常に希薄だったんですよね。ですから、このアルバムのサウンドは彼らに訪れた一大転機ということになります。さて、三人のうちで表面的に過激なのはもちろん教授です。"MUSIC PLANS"にしても"1000 KNIVES"にしても、むちゃくちゃ自己主張が強いです。どうしてかというと、このアルバムは細野主導−高橋賛同で制作開始されていますので、ソロアルバムを作りたかった教授としてはあんまり乗り気になれなかったのが原因ではないかと推測します(笑)。またサウンド的にも教授はB2-UNIT路線の硬質なものが好きだったのに、ほとんど180度違う方向性を細野さんに打ち出されてしまったので、自分の曲だけでも死守したかったということもあるかもしれません。そんなわけで、教授自身はあんまりこのアルバムを気に入っていないんじゃないかなーと思います(最近出たYMO関連書籍でもそれを認めるような発言がある)。一方、精神的に過激なのは幸宏で、この時期は相当にロウアーだったのか、異様に重くて暗い曲ばかりです。歌詞の内容もアイロニーたっぷりで非常に深いものとなっていて、それまでのYMOとは完全に異なる独自の世界に行ってしまいました。おそらく彼は思いきり好きなことができて、満足したと思います。細野さんも幸宏の影響で暗いですが、"RAP PHENOMENA"のような遊び心のある曲の入るところがいかにも彼らしいですね。

余談になりますが、このアルバムはレコード・CDともに歌詞カードが無いのです。しかしシングルカットされたレコードと「YMO BOOK OMIYAGE」には日本語対訳付きで収録されていまして、これが唯一歌詞を確認できる手段だったのです(ちなみに"U.T"の喋りは"OMIYAGE"には載っていない)。この本、シングルとも今となっては非常に入手困難ですので、持っていない人はご愁傷様でした。なお1998年にアルファから発売になったCD-ROM "YMO/SELF SERVICE"には全曲の歌詞が収録されていますので、どーしても知りたい方はそちらをご覧下さい。

さて、これだけ個性的なメンバーがいて、どの曲も3人の個性がしっかりと表現されているので、さぞや散漫なアルバムになるだろうと思うのですが、面白いことにどれも立派にYMOの曲として統一感の取れたサウンドになっています。YMOというのは不思議なグループで、3人集まってアルバムを作ることで、それぞれがソロでやっている曲とは全く違った個性が出てくるんです。それぞれの曲は違うんだけども、3人で作るサウンドはいつでもYMOそのもの、というのがこのグループの最大の魅力なのかもしれません。あと凄いのは収録時間です。下記の通り、A面とB面がまったく同じ時間なんですよね。これがもう、全然違和感ないんです。さらに凄いのは、FADE OUTしていないでしっかり終わる曲ばかりということです("Very famous TAKAHASHI Ending"と呼ばれています)。アレンジの段階から収録時間を一致させることを申し合わせていたんだと思いますが、それにしても非常に美しいことをしたもんだと思います。

A面

B面

タイトル

収録時間

タイトル

収録時間

BALLET

4:30

CUE

4:30

MUSIC PLANS

4:30

U.T

4:30

RAP PHENOMENA

4:30

CAMOUFLAGE

4:30

HAPPY END

4:30

MASS

4:30

1000 KNIVES

5:20

LOOM

5:20

ネタばらしをすると、当時YMOの使っていたRoland MC-4というシーケンサには、演奏時間を指定するとそれに合わせて自動的にテンポを調整してくれる機能がありました(笑)。

 

サウンド傾向

このアルバムは、1つ1つの音を究極まで追い込むというのが基本姿勢になっていますので、安直な音色やフレーズは一切存在しません。特徴的なのはフェイザーの多用で、単なる左右定位の変化だけでなく位相まで変化させて独特のサウンド空間を演出しています。特に、エコー成分だけをフェイザーに通し、余韻だけがスピーカーの外側に広がるような効果をあちこちで聴くことができます。また、サンスイのQSエンコーダなどを用いて立体的な音場効果を狙ったものもあります。なお、この辺のアイディアは全部細野さんだと思いますが(笑)。フェイザーの他にはフランジャーも多用されています。"Ballet"のようにほとんどすべての音色がフランジャーを通ってるすごい曲もあります。ちなみにProphet-5のPoly-Modurationで作られた音色は通常の波形とは異なる倍音を含んでいるので、このようなエフェクト効果を得やすいのが特徴です。

あとはボーカルの多用に尽きます。テクノポリス&ライディーンのヒットのためYMO=インストゥルメンタルというイメージがあったのですが、このアルバムでは多くの曲で彼ら自身によるボーカルがフューチュアされ、かなり重い内容の歌詞を唄っているのが特徴です。やはり日本語の真面目な歌詞は重すぎると判断したようで、英語になっているのですが、これが日本人離れした発音なんですよね(特に高橋氏)。実はPeter Barakan氏による発音訓練があったそうです。細野さんの"RAP PHENOMENA"のラップも非常に格好良いと思うんですが、天才肌に見える彼らも人知れず努力をしていたわけです。

このアルバムで使われた楽器は、ボーカルの他はドラムとシンセサイザーだけと言ってよいと思いますので、次にこの二つに分けて考えてみます。

−ドラムサウンド−

ドラムのサウンドはそれまでのYMOとは全く違います。以前はどちらかというと軽めで抜け良いサウンドで、ミックスのレベルもそんなに大きくなく、踊りやすいように設計されていました。しかしこのアルバムではレベルそのものがかなり大きい上にサウンドが太いです。フレーズもかなり複雑で、主張の強いドラミングが全編にわたって展開されます。"CUE"や"U.T"のようにドラムの音色が直接的に曲の雰囲気を決定付けている曲もあり、YMOにおける幸宏氏の位置づけが重要になったことを伺わせます。

実際のドラムサウンド・メイキングを見ると、かなりチューニングを下げ、皮もユルユルな状態で叩いたような曲がかなり見受けられます。特にスネアにそのような傾向が見られます。当時レコーディングエンジニアをしていた飯尾氏の証言によると「すごく不思議なんだけど、幸宏さんが叩くとむちゃくちゃ良い音で鳴る」ということであります。その上でFairchildのチューブコンプを通してめいっぱい音を潰し、ゲートで余韻をばっさり切っています。仕上げはこれでもかというEQ攻撃で、腰のある太いサウンドになっています。このアルバムでは生ドラムのほかにTR-808系のリズムボックスが多用されているのですが、こちらは比較的高いチューニングで軽めのサウンドにしていますので、お互いのリズムが邪魔することなく上手に共存できていると思います。なおハイハット以外のシンバルを使わないのはYMOのお約束ですね。

−シンセサイザー−

機械が大好きな坂本龍一さんと、トニー・マンスフィールドの影響でノイズ大好きになった高橋幸宏さんがスタジオにこもりきりになって格闘した結果がこれです(笑)。このアルバムではSequential Circuits社のProphet-5というシンセサイザーが全面的に使われています。シンセサウンドについて書き出すと止まらなさそうなので(笑)詳しくは各曲の解説でやりますが、大まかに言うと以下のような特徴があります。

  1. 前作までの持続音を利用したシンセらしさの強調なく、メロディも異なった音色をユニゾンするなど、シンセっぽいストレートな音色を徹底的に排除した。
  2. ↑前項に関連するが、演奏上の変化として、持続音による単音のオルガン的アプローチがなくなり、代わりに減衰音を中心としたピアノ的アプローチが増える。
  3. シーケンサの比率が減り、教授が手でシンセを弾くことが増えたため、全体をとりまくコードの雰囲気に教授色が濃厚になる。逆に、教授の参加していない曲では教授色はまったく希薄なものになってしまった。
  4. リズムのアクセントとして、シンセで作ったノイズ・パーカッションを多用している。(トニマンの影響)

前2作ではシンセがメロディを取る曲が多く、しかもポップさを売りにしていたので、Arp Odessayなどのストレートで抜けの良い音色を単音で使っていました。しかし、このアルバムではストレートな音色は皆無です。メロディの主体がボーカルに変わったせいもありますが、わかりやすい単音がメロディを取る曲はほとんどなく、"1000 KNIVES"などにおいては同じメロディを複数の音色でユニゾンするなど、凝った演奏がなされています。実はProphet-5はその名の通り5重和音までしか同時に発音できなかったので、ピアノのように両手で幅広い音域にわたってたくさんの音を押さえるのが不可能なんです。それで音域別に数回にわけて演奏したりする必要が出るわけですが、何回も弾くならその度に音色を変えちゃった方が面白い、というアイディアです。さらに、音色としては減衰音の多用が特徴となっています。前作までは持続音でシンセらしさを強調していたのですが、ここへきて教授のシンセ演奏のアプローチが非常にピアノ的なものになり、鍵盤を押している間はゆっくりとレベルが減衰し、鍵盤を放すと音が止まるという、ピアノ系の減衰音が多用されるようになりました。あわせてシンセベースも減衰系の音色となり、短い音価で手数の多い演奏になります。リズム隊との絡みや音色・フレーズも充分に吟味されていて、細野さんの凝りようを象徴するようなシンセベースとなっています。

またシーケンサの使用比率が減っているのも特徴です。このアルバムではシンセベースとシーケンスフレーズ以外はほとんど手弾きのようです。YMOはコンピュータでシンセサイザーを演奏することを初期コンセプトの一つとしていたのですが、実は"Solid State Survivor"の段階でかなりのパートを手弾きするようになってしまったんですよね。MC-4は基本的にはモノフォニックなシーケンサ×4という構成で、ピアノ的なアプローチに必須なコードプレイやサスティンペダル情報を扱うことができませんので、当然のことかもしれません。「ライディーン」のメロディなんかも教授が手弾きしてますが、あのメロディの何にグッとくるかというと、微妙な音の伸ばし方・切り方や、ちょっとした装飾音なんですよね。あれをシーケンサで再現するのは大変なわけ。また、これは僕も思うんですが、手で弾けるパートは打ち込むよりも弾いてしまった方が遥かに簡単なんです。坂本龍一というキーボーディストはやはり当代随一の腕前で、彼のかっちりとした奏法はシンセの演奏者としては理想的なんですね。そういう観点でYMOを聴いてると「教授って本当に演奏が上手いなあ」と思うフレーズがあちこちに出てきます。

ノイズ・パーカッションについてはこのときから教授&幸宏の専売特許のようになってしまった感があります。ライディーンを例にあげるまでもなく、教授はシンセにパーカッションをやらせるのが好きなのですが、このアルバムからはリズムのアクセントとしてシンセのノイズを使うようになります。具体的には、高橋氏&細野さんが作った"CUE"で、高橋氏がトニマンの影響でノイズをリズムのアクセントとして使ったのが皮切りになったと思うのですが、この後の"TECHNODELIC"がサンプリングとシンセによるノイズ・パーカッションだらけになったことを思うと、なんと大人しい使い方だろうかと思います(笑)。

 

エンジニアリングについて

MC-4のプログラミングに松武秀樹、エンジニアに小池光夫、飯尾芳文、歌詞の英訳にPeter Barakan、レコーディングはStudio "A"、アシスタントは藤井丈司、永田純平というものすごいメンバーです。松武さんと小池さん以外は20代前半の若手を起用してるのがポイントです。口では「若い芽は早めに摘んでおかないとね」(by 教授)と言いつつも、若手エンジニアの育成をしていたわけです。ちなみに小池さんはStudio "A"の専属だったのですが、この後のアルファYENレーベルのほとんどのアルバム制作に関わったりしますし、教授とも「音楽図鑑」まで一緒に仕事をすることになります。ようするに日本のテクノの心が一番わかってるエンジニア(笑)。飯尾さんはもうここに書くまでもないほどの大御所になりましたし、再生YMOでも大活躍した人です。Peter Barakanも説明不要ですね。藤井さんも教授や高橋氏のソロアルバムに数多く参加していますし、有名なところではサザンオールスターズの"Kamakura"のプロデュースがあげられます。"Kamakura"を聴いた高橋氏に「自分がドラムを叩いてるみたい」と言わせたリズム・プログラミングでありました。あと、永田さんは言わずと知れた矢野顕子さんのマネジャーのどんべえさんです。

なお、このアルバムの録音には3MのデジタルMTRが使われました。日本で初めて、アルファのStudio"A"に入った業務用のデジタルレコーダーなのですが、いろいろと不具合があったようで次のアルバム"TECHNODELIC"ではまたアナログに戻っています。

<第二部につづく>

1999.05.09

 

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